あれぁイイ日だった-アマミノコギリクワガタ-

標本修理工T



 

リュウキュウノコギリクワガタには6つの亜種が存在するが、その中でも飛びぬけて大型化するのは、原名亜種であるアマミノコギリクワガタ。漆黒の体色、迫力ある大腮、強大な体躯、どれをとっても国産クワガタムシの中では一級品と言える立派なクワガタムシだ。

 分布は奄美大島と加計呂麻島のみ。加計呂麻島のすぐ下にある請島産は体色に変化が出るので、アマミノコギリとしてよいのかトクノシマノコギリとしてよいのか判断がつかない。私が見たかぎりでは、「シルエットはアマミノコギリで、体色はトクノシマノコギリのような赤色もいる(黒もいる)」といったところであろうか。与呂島にも分布しているらしいが、はっきりとした記録もなく、私個人も実物を見たことがないので、なんとも言えない。

 現在のギネスは鳥羽氏の79.5mm。この個体は大腮先端が若干磨耗した個体で、完全品だったらもう0.2〜0.3mmくらい伸びるかもしれないが、80mmにとどくかといったら微妙なところだろう。No.2はS氏の79.1mm。この個体については、後ほど語ることとしよう。

ピーク時の大歯型個体数は小歯型個体数よりも多いんじゃないかと思うくらい多く、67?68mmくらいまでは普通に採れる。平均サイズは63〜65mmくらいではないかと思うが、年によっては小型個体の確率も増えるらしいし、発生後期には小型個体が増える。大歯型の発生率は高いが、大歯型の下限は以外と低く、60mmでも大歯型になりきれない個体もある。

70mmクラスになると若干採れにくくなり、73mmくらいから極端に数が減る。75mmクラスは4泊くらいの採集で1頭入れば大成功で、76mmクラスともなると75mmクラス10?20頭に1頭くらいの割合じゃなかろうか。77mm以上のサイズはこれまでに採集された数が少なく、20頭いるかいないかというところじゃないかなぁ。

 発生のピークを迎える6月下旬から7月上旬にかけては、かなりの個体数が発生するようで、70mmクラスもけして珍しいものではないと思われるが、多産地とされていた金作原がダメダメゾーンになってしまった現在、簡単に大型個体を採集できる場所はなくなってしまった。現在も大型個体を採っている人は、その人の秘密のポイントがあるわけで、誰でも採れるというわけではないと思った方が正解だ。

 分布は奄美大島全域にわたり、標高の高い低いは関係ない。バナナトラップが非常に有効で、ライトトラップも効果はある。アカメガシワの樹液に来た個体を採ったことはあるが、タブやスダジイなどの樹液で採集した経験はない。
 

 第一部
 1991年8月13日。トカラ列島の悪石島と宝島をまわり、大阪行きの飛行機に乗るために1泊だけ滞在した奄美大島にて、このアマミノコギリと出会うことができた。スジブトヒラタの時にも少し書いたが、この時の私は素人丸だしで、今考えても恥ずかしい、バナナみかんネットトラップでクワガタを狙っていたのであった(笑)。

 初めてこのクワガタの存在を知ったのはいつだろうか? 小学3年の時のミニ図鑑だったと思う。本土のノコギリに似たシルエットを持ちながら、全体的に大袈裟な作りをしたノコギリクワガタというイメージだったかと思う。その頃には思いもしなかったが、1人の純情な青年?をここまで来させてしまったのだから、そのミニ図鑑は罪な本と言えそうだ(笑)。

 トラップを仕掛けたのは三太郎峠入り口。道脇の木にトラップを仕掛けていると、地面にノコギリの死骸(頭部のみ)が落ちているのが目に入った。

 「おお! こ、これは……」

 図鑑では何度も見ていたが、死骸とはいえアマミノコギリの実物を見るのは初めてであった。本土にいるノコギリとは明らかに違う黒色で、大腮の大きさや太さもはるかに大きい。

 「早く生きたホンモノが見たい!」

 そう思いながらトラップを仕掛けていく。ふと、後ろのスダジイを見ると、ちょろちょろと出ている樹液にネブトがはさまっていた。

 その夜、意気揚揚とトラップを見まわるも、付いていたのはスジブトの♀が1匹。仕方ないので外灯まわりに切りかえる。しかし、時期の問題だろう。クワガタらしき死骸は転がっているが、一向に生きたクワガタの姿を見ることができない。もう諦めかけたその時、ある自動販売機の下に動いている影が見えた。

 「いた! でかい!」

 これがアマミノコギリの♀で、いきなり40mmくらいありそうな大型個体だった。図鑑を見ていると、「実物を見ても本土のノコギリ♀と区別がつくのだろうか?」と不安になっていたものだったが、実際に実物を見ると、そんな心配はまったくいらなかった。一目でわかる上翅のスジが、非常に個性的だったからだ。この夜は、追加の♀を2つ得ることができたが、残念ながら♂は1匹も採れなかった。この悔しさは次年度に持ち越されることとなったのだ。
(標本が発見できませんでしたー)

 第二部
 1992年8月27日。昨年、トカラついでに行った奄美大島で念願のアマミノコの♂に出会えなかった私は、その悔しさをバネに再度、奄美大島へ乗りこむことを決意した。しかし、トラブルは容赦なく私に襲い掛かってくる。なんと、飛行機の時間に見事に遅れてしまい、空港に到着したのが飛行機の出発時間だった(笑)。いまだったら、ネットで電車の時間を調べたりするもんだが、その当時はあまり考えていなかったのである(微笑)。

 空港に着いて、空港カウンターのお姉さんに事情を説明する。説明したところで私の落ち度であるからしょうがないのだが、なんとこのやさしいお姉さんは「では、丁度台風がきているので、それのせいにしてキャンセル扱いにしておきましょう」と言ってくださったのだ。キャンセル料などはまったく取られずに、次の奄美行きの飛行機のチケットをあっさりと取ってくれた。未だに、このお姉さんには感謝感謝なのであります。ありがとう、名も知らぬ優しいお姉さん……。

 さて、無事に奄美大島までは行けることが決定したが、問題はここからだ。台風が来ているのである。事前にニュースで知っていたことだが、会社の休みはそう簡単にずらせないから、結局この日になってしまった。天気予報を見るかぎりでは、いま丁度奄美大島付近にいるようだ。私の雨男ぶりが最大限に発揮されていたと言えよう(笑)。

 なんとか無事に奄美大島の地を踏むことができた私は、さっそくレンタカー屋で車を借り、いざ奄美の山へ出発。現地へ着くと、思っていたほど天気は悪くなく、ちらほらと青い部分も見ることができる。爽快感溢れる奄美の空を見ているだけで、気分がウキウキしてくる。これはいつも思うことだが、南西諸島の空は本土で見る空とは感覚が違って見える。なんか、こう、くっきりして見えるという感じだ。雨上がりの空みたいというのかな? とにかく、すがすがしい空なのである。

 今回の目標は、スジブトの大歯型とアマミノコギリの大型個体。4泊5日もあればなんとか採れるだろうという、相変わらずいきあたりばったりな旅だが、それが楽しいのだ。

 前回、ノコの死骸が見られた三太郎峠入り口付近にトラップを仕掛け、そこから中央林道に入って、その周辺にもトラップを仕掛けていく。この時も素人丸だしで、バナナはストッキングに入れていたものの、出発3日前に作って、手荷物で奄美大島まで持っていった(笑)。たったの一箱分だが、すっごく重たかった記憶がある。

 ちなみに、今回の4泊は全て車中泊の予定。貧乏旅行で宿に泊まるなど、まったく考えていなかったのだ(笑)。

 その夜。バナナトラップを見まわるも、いつものごとく大量の蛾が集まっているのみでクワガタの姿をほとんど見ることができず、三太郎峠入り口で早々に寝る私がいた。その翌年に聞いた話だが、私が寝ていたあたりでその前年くらいに殺人事件があったらしい。なんでも、ナタで頭をカチ割られたとかなんとか(ひえ?)。

 翌日、天候は次第に悪くなってきており、昼頃から雨が降りだす。夜には雨足も強まり、だんだんと台風を意識させてくれるような強風となってきた。こんな天気の日は、普通は家にいるものだろう。いくら宿をとってなかったからって、台風が来てるんだから宿に泊まればいいものを、私はこんな夜でもトラップまわりをしていた。その甲斐あってか、バナナトラップには少量のクワガタが集まりだしており、小さいながらもやっと生きたアマミノコギリの♂に巡り合うことができた。

 この夜は、中央林道の途中で前も見えないような土砂降りとなったので、「どうせ誰もこないだろう」と道のど真ん中に車を止めて寝てしまった。翌朝、すぐ脇に生えていた木が倒れていたが、気にしない気にしない(笑)。

 今日も風が強いものの、雨は小降りとなっている。それにしてもガソリンの減りが早い。スターレットのくせになんでこんなにガソリンが減るのか理解できないので、ガソリンスタンドのお兄さんに見てもらったりもしたが、特に異常は無いとのこと。どうやら、林道を走るのがよっぽど燃費が悪いようだ。

 この夜も、中央林道のトラップにはチラホラとクワガタが付いていたが、驚くようなものはいなかった。驚いたといえば、この夜見たハブだ。林道を横断していたのだが、頭とシッポの先端が道の両脇に隠れて見えなかった。奄美ハブセンターにある捕獲最大個体は2m40cmとのことだが、私が見たのも軽く2mは超えていただろうて……。

 最終日。前日までの台風天気から一転して、カラッと晴れた台風一過の天気だ。今夜は期待が持てそうである。

 夕方、まだ太陽が沈みきっていないくらいの時間にトラップを見まわり始める。三太郎峠入り口に仕掛けたトラップは、道から10mくらい奥に入った所に仕掛けてあるのだが、ハブが恐ろしい私は、そこまで行くのもかなーりおっくうになっていた。それでも、今夜が最後の晩なので、勇気を振り絞ってトラップの所まで行ってみると、今回最大となる68mmの♂がベタッとしがみついていた。

遠くからトラップを見た瞬間に、トラップに何かがぶらさがっているのは見えていたが、未だに脳裏に焼き付いているので、よっぽどインパクトが強かったのだろうと思う。内歯が一部欠損していたが、このサイズには充分満足してしまった。やっと、子供の頃に見たクワガタに巡り合えたような気がした。

(こちらも標本が発見できませんでしたー。プロポーション的にはそれほどかっこいい個体ではありませんでした)

 第三部
 92年に奄美へ行ってから3年の歳月が過ぎた1995年6月23日。今日から南西諸島大爆発が始まる。しかし、例年であれば梅雨明けをしているはずの時期にもかかわらず、未だに梅雨が明ける気配を見せないのはなぜだろうか? これも私の雨男力とは、この時は思いもしなかったのである。

 奄美入りした私とS氏は、空港から降りるなり一言。
 「ちょっと寒いね」
 6月の南西諸島とは思えないほど肌寒い。これはかなり問題ありだ。

とにもかくにも、レンタカーを借りてトラップ設置に向かう。実は、東京からS氏のビッグホーンを船で輸送しているのだが、到着予定は明日なので、今日はレンタカーを借りる予定となっていたのだ。「明日まで待てばいいのに……」などと考える人がいたら、その人は失格! 1日バナナを仕掛けないだけで、どれだけの損失があるか計算した方が良い。

 小雨がパラつく中、事前に送っておいたバナナトラップを設置していく。この頃は金作原が全開だったので、何の迷いもなくほとんどすべてのトラップを金作原に仕掛けていった。太い木、細い木、樹種などはあまり関係なく、どちらかというと見やすいとか覚えやすい所に仕掛けていたように思う。他の人にいじくられる危険性も多少はあったが、それほどには気にしていなかった。

 その夜。2人でトラップを見まわるが、なんと60mmくらいの♂が1頭来ていたのみ。がっくりとうなだれながら、その♂はリリースした。

 奄美入りしてから5日が過ぎた6月28日。ここまでほとんどクワガタは採れず、初日にわざわざレンタカーまで借りてトラップ設置をした意味はほとんどなかったと言ってよかった(笑)。しかし、昨日くらいから晴れ間が見え始め、昨晩はトラップに73mmのノコギリが来ていた。今夜は中央林道にある伐採地で発電機をたいてみることとする。

そうそう、発電機と言えば、今回は発電機を車に積んできていた。しかも、私の親戚の人に借りたやけにデカイ発電機……。だが、昨日試運転をしたところ、まったく使い物にならないことが判明した。本土でメンテと試運転をした時は動いたというのに……。

とゆーわけで、この発電機はその場に捨てて、奄美在住のM氏に発電機を借りることとなった。この発電機もだいぶくたびれた感じで、あまりにも壊れそうな雰囲気のため、借りる際に断ろうかと思ったほどだったのだが、この発電機がのちのトカラ、口永良部島、黒島の成果すべてに結びついてくるとは、誰が予想しえたであろうか……。

 さて、6月30日の夜である。S氏はバナナトラップの見まわりにでかけ、私は中央林道のど真ん中で一人、ライトトラップを眺めていた。この周辺は、ハブはもとよりリュウキュウイノシシなんかも出る楽しいポイントで、もしこの発電機が止まったらと思うと、嬉しい冷や汗が流れてくるというものであった。

水銀灯を点け始めて1時間くらいしただろうか。無数のアオドウガネが飛来する中、ノコ♀などがチラホラと見え始めたその時、突然大きな羽音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。

 「きたー!」

 白幕の下に落下したのは、74.5mmの大型個体。体全体が細くて、中之島産トカラノコの黒化型と言っても誰も疑わないようなプロポーションだったが、とにかくデカイ! これは素晴らしいものを採ってしまった!

 7月1日。今日からM氏も合流して、楽しい採集三昧にターボがかかってくる。どうやら梅雨も明けたようで、真夏の陽射しが我々を襲うようになっていた。それと同時に、「今までどこに隠れていたんだ?」と思うくらい、バナナトラップに集まる虫の数が爆発的に増えた。毎日毎日、75mmクラスのノコギリが入るのだ。いくらバナナを7箱分くらい仕掛けたと言っても、通常はこんなに採れない。後日S氏からも言われたが、この年はアタリ年だろうとのことだった。

 そんなこんなで今日は7月4日。今夜を最後にM氏は東京に帰り、私とS氏は6日にトカラへと渡ることになっていた。とゆーか、私とS氏は6月29日にはトカラ入りする予定だったのだが、あまりに奄美大島が採れないので、トカラで合流する予定だったもう2人に無断で奄美延長をしていたのである(笑)。

「今夜はレンタカーを1台借りて、計2台でトラップをまわろう」ということになり、S氏は先行して金作原まわる班。私は中央林道を見た後に遅れて金作原へ行く班。M氏は中央林道でライトトラップをする班の3つの班に分かれた。

 私は予定通り、中央林道に仕掛けてあるスジブトトラップを回収し、大量の成果を得て夜中の12時頃に金作原へとやってきた。すでにS氏が回収した後なので、それほど虫はついていなかったが、それでも70mmクラスのノコギリを採集して、その場で朝まで眠りにつくこととした。朝方にまた見まわれば、さらに成果があがるだろう。

 朝5時。もう1時間くらい早く起きるつもりだったのだが、ちょっと寝坊してしまった。朝もやの煙る金作原で、眠い目をこすりながらトラップを見まわるが、さすがに昨夜採り尽くしたのか、大型のノコギリはついていなかった。が、すげークワガタを1頭見つけた。これはここでは言えない。いつかの「あれぁイイ日だった」で語ることとなるであろう。

 宿に帰ると、M氏とS氏が部屋で待っていた。私が先ほど採集した「すげークワガタ」の入った毒ビンを渡すと、2人とも歓声をあげていたが、2人から渡された毒ビンにも信じられないものが入っていた。超特大のノコギリが2〜3頭入っている。毒ビンの中ということもあり、目測が狂ってる私には、その個体がどのくらいのサイズなのかピンとこなかった。

 「ん、でかいですね」
 「どのくらいあると思う?」
 「え、76〜77ですか?」
 「79だよ(笑)」
 「え……えーっ!!」

 そうなのだ。一緒に入ってた他の個体は75mmクラスで、一番でかいのは79mmを超していたのだ。私が目測を誤ったのも当然といえば当然で、採集したS氏も

 「これと一緒に75mmがトラップについてて、最初に見た時はこれ(79mm)が75mmで、ホントの75mmが71〜72mmに見えた(笑)」

 と言っていたほどだ。
 それにしても、体の発達具合もさることながら、その大腮の発達のすばらしいことったらない。キズもほとんどないピカピカの個体で、まさに、“完璧”と言えるだろう。

 さて、問題はこれが誰の手に渡るかという部分だ。今日でM氏が帰京するので、恒例の「わけわけタイム」となった。これだけのバラエティー溢れる内容だと、何を持っていったらいいか迷ってしまうものだが、決着はあっさりとついた。私がスジブト65mmを持っていくかわりに、S氏がノコの79mm、M氏は数が欲しいということで、ノコの75mmクラスを生きたまま持ってかえることとした。

 後日、トカラと大隈諸島めぐりから帰還した我々に、現地の知人が1匹の特大ノコギリをくれた。その個体はその知人の友人が採集したものということだったが、あれだけの数を採集した私とS氏にとっては、半分どうでもイイ個体と写っていた。

 「Sさん、これいります?」
 「いや、Tさんに譲りますよ」
 「そうですか。じゃ、いただきますね」

 とゆーやりとりの末に私のものとなったのだが、のちほどサイズを計ってビックリ! 76mmを超えているではないか! この個体は、しっかりと私のアマノココレクションの一番左上をキープすることとなったのである(笑)。

 いあー、こん時の2週間はホントに楽しかったぞな。
 

(上写真はこの当時に採集されたアマミノコギリ達。左は76.5mmのもらいもん極太トクノコタイプ。真ん中が74.5mmでライトに飛来した細型中之島ノコタイプ。右がプロポーション的に一番カッコイイと思っている74.0mm。ちなみに、S氏の持ちかえった個体はむし社の「オオクワガタ!3」に掲載されているので、興味のある方はそちらを見てほしい))

 
 



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