本草書とは昔の博物学である,といってしまえば語弊があるかもしれないがそういうことにしよう。
ふと気になり,いくつかの本草書を繙き「クワガタムシ」に関する記載がないものかと探してみた。
本草書は薬品の原料になる物品を集め記したものなので,草木のみを扱っているものが多い。
ここでは調べてみたうちの,興味深い記述のあった3つの本草書を紹介する。
とくに本草書を網羅的に調べたわけではないので,もっと面白いものがあるかもしれない。



本草綱目

「本草綱目」は,中国の明の時代に李時珍が著した本格的な博物学の書である。徳川家康の愛読書としても有名であり,日本の本草学も本書を基準に行われていた。「綱目」とは,諸物を分類してグループ分けしたことを示しており,「網」も「目」も,今の生物の分類学の分類階層単位として用いられている。本書の「天牛」の綱目に、クワガタかもしれない記述があった。「天牛」の綱目は「虫部」の「化生類」中にある。この分類体系は以下の本草書にも踏襲されている。天牛の記述が,どんな感じか以下にちょっと書き出してみる。

天牛綱目 
(釈名)天水牛綱目八角児同上一角者名独角仙
(時珍曰)此虫有黒角如八字似水牛角故名亦有一角者

一般的に中国語で「天牛」はカミキリムシのことだし,「独角仙」はカブトムシのことである。
天牛の説明でキクイムシが化けたものと書いてあり、以下の説明を一部、訳出してみる。

この虫,「八」の字のような水牛の角に似た黒い角があるために名付けた。また,一角のものもある。
「天牛」は蝉ぐらいの大きさで漆のように黒光りし,黄白の点があり,よく飛ぶ。「目」の前には二つの黒い角があり,甚だしく長く前に向き,水牛の角のようである。云々。。。

以下、「ムカデのような口」ともかいてあるからカミキリのことなのだろう。しかし、なんだかよくわからない。カミキリのようでもあり,クワガタのようにも受け取れる。おそらく区別はないのであろう。ちなみに,有毒で,薬用としては,マラリアやら腫れ物やらに効用があるそうである。誰か試してみて下さい。



大和本草
「大和本草」は,「養生訓」で有名な貝原益軒先生が自分で歩いて調べ回った日本初のオリジナル本草書である。 しかし,クワガタらしい記述はなかった。「天牛」には「カミキリムシ」とふりがながついている。 益軒先生自身の記述では天牛の形は「畏るべく悪むべし」だそうである。すごくカミキリが嫌いらしい。 また,「酉陽雑俎」という860年頃の中国の本草書には、天牛がでると必ず雨になると書かれているそうである。

カブト虫については「和品」として天牛とは別の綱目になっており,絵がついている(下図)。 「蛾ニ似テ大ナリ」とか「羽アリ蛾ノ如シ」と形容をしている。どこがやねん。


 



本草綱目啓蒙

「本草綱目啓蒙」は李時珍の本草綱目を小野蘭山が訳し,解釈や補注をつけたものである。日本各地の呼称についても触れている。この書においておそらくクワガタについて書いてある部分がある。以下,前半はカブトムシについての説明の後,クワガタらしき記述(太字)になる。

長サ二寸五分許,濶(広)サ八分許,全身栗殻色ニテ六足腹ニアリ。甲下ニ翅アリ。雄ニハ角アリ。雌ニハナシ。角ハ頭上ニアリテ長サ八分許末ハ,両ニ分レソノ末又各両ニ分ル。コノ角ノ下ニ口アリ,角ノ両傍ニ骨眼アリ,角ノ後ニ又一角アリ。長さ三分許末両ニ分ル。此虫昼ハ伏テ動カズ夜ハ飛翔ス。一種カブトムシニ似テ狭細。頭ニ角ナク両牙長ク対シ出テ手の如キアリ。ダイメウムシ(播州)ト云。又ハサミムシ(江戸)オミタラカシ虫(薩州)等ノ名アリ。此外数品アリ。
これはクワガタに違いない。「カブトムシより細くて,頭に角がなく,手のように両牙が長く対している。」のである。

しかし,気になるのは,ここで登場した方言の「だいみょうむし」「はさみむし」「おみたらかしむし」というのが以前まちかねさんが調査したクワガタの呼び名,方言調査には出てこないのである。もしかしたらクワガタじゃないかも?「おみたらかし」って何か、鹿児島の人で御存じだったら教えて下さい。


これら以外にもいくつかの本草書にあたってみた。例えば,江戸時代の百科事典の「和漢三才図絵」には天牛の絵が付いている(右図)。これは和名もカミキリムシとなっている。「独角仙」についての綱目はなく,天牛の綱目中に,独角仙(一角天牛)と書いているので,カブトムシも天牛の一種という認識なのであろう。

ここまで,みてきて「クワガタムシ」という呼称がいつできたモノなのかが疑問に残った。明治時代あたりの文献も探そうかと思ったのであるが,どなたか続きをやって下さい。

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参考文献

本草綱目 (1596) 明 李時珍
大和本草 (1709) 寛永6年 貝原益軒
本草綱目啓蒙 (1829) 文政2年 小野蘭山
和漢三才図絵 (1712) 正徳2年 寺島良安 東洋文庫版

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