3.採集に行く
 さあ、樹液を出すクヌギが見つかれば、あとは時間を選んで採集 にトライするのみである。樹液採集にはもちろん夜がいい。都会は どこも不夜城。公園だって何やら人影が絶えない。夜遅くうろうろ していても、さほど怪しまれることはない(こともないか)。

 季節はいつがいいか。繰り返しになるが、肝心の樹液が出ていな いことにはすべては空振りに終わる。したがって、樹液が滲み始め る初夏を待たなくてはならない。しかし、ここのところ東京都市部 はもうすぐ熱帯地方に指定されるのではないかと思われるほど平均 気温が上がっている。ご存じヒート・アイランド現象である。これ により、年によって季節の進み方の違いは多少あろうが、ゴールデ ン・ウィークが過ぎたあたりから、採集可能な時期に入る。


活動を始めたコクワ



 肝心なのは、都市部のコクワの活動最盛期はけっして7月から8 月半ばまでの盛夏ではない、ということである。私の個人的な観察 では、コクワがもっとも見られるのは、6月および8月末〜9月。 もともとコクワは初夏と晩夏にもっとも多くの個体が見られるので あるが、それは体格が小さいため、カブトやノコなどの他の大型個 体との競合を避けるための本能的な知恵であると考えられている。 しかし、都市部には他の大型競合個体などいやしない。それでもコク ワは7〜8月を避けているように見える。もしかしたら、東京名物 の熱帯夜を避けているのかもしれない。いやいや、子供達の夏休み の昆虫採集を避けているのではないか(これはもちろん冗談)。

(注) 先日、ふとしたことから私の小学生の頃の日記帳を読み返 した。やはり夏は昆虫の話がよく出てくる。そこで気がついたのだ が、ときおり出てくるコクワの話がどれも6月の日付である。東京 都市部のヒート・アイランド化がまだ今ほど進んでいなかった時代 にも、都市部のコクワは7〜8月の猛暑を避けて活動していたよう に思える。

  お勧めなのは、9月のコクワ採集である。子供達の夏休みが過 ぎれば、採集における競合者の数はぐっと減る。それでいてコクワ はよく活動している。絶好の採集時期である。この話を一般の人に 持ち出すと、9月にクワガタが採れるのかと一様に驚かれる。都市部 でのコクワ狙いに限っていえば、9月が最適と思う。

 もちろん、くわ馬鹿なあなたは、夏の間中、どんな貧弱なポイント であろうと、せっせと通い続けてもよいだろう。ごく少ない確率で、 コクワ以外のクワガタにだってお目にかかれるかもしれない。何事も 、努力なしには結果はついてこない。

  一つだけ都市部の採集における留意点を。それは、ゴキブリで ある。ゴキブリは、もともと森の中を生息地とする昆虫で、それが 人間の家の中という環境に順応したとされている。そのゴキブリが、 都市部の夜の樹液には集団でついている。


都市部はゴキブリが多い



都市部採集ではそのような光景に出くわすのが宿命と言えるが、 昆虫少年達はそのことを母親に黙っているのが無難である。話せば 卒倒されるか採集を禁じられるのがオチである。


 以上、何やらあたりまえのことをダラダラと書いてしまった。言 いたかったことは、都市部に住んでいても、子供達を近場採集に連 れて行くことをあきらめることはない、ということである。少しで も自然が残っていれば、目を凝らせば昆虫が見つかるかもしれない。 いや、やはり見つからないかもしれない。でも、とにもかくにもト ライしてみないと、そして自分で確かめてみないと、本当のところ はわかりようがない。目や体よりも頭が先行することをけっして許 してはならない。私は、いつもそんな風に考えながら、時間と労力 の無駄と引き替えに、都市部の小さな自然の発見にささやかな幸運 と幸福感を求めるようにしている。


春先に見つけたゴマダラチョウ越冬幼虫



無味乾燥に見える街の中でもちょっと宝探しを試みれば、なかなか 面白い都市生活となると思う。

え? コクワだけでは情けないって? 
都区内でもノコやヒラタがよく見つかるポイントがあるって? 
そ、そんな。ぜひ教えて。
 
 



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