Alone in the Coppice of Mt.××.
Words by 京の祇園ちゃん
1. Introduction(はじめに)読み飛ばし可。

日本産クワガタの中で最も人気のある種、「オオクワガタ」は、いわゆる「里山」と呼ばれる、「農業地帯と一体化した雑木林」の住人です。里山は、薪や木炭の供給の場であり、また、落ち葉や下草は農業用の堆肥として利用されてきました。人間のこういった「無意識的」な里山利用は、オオクワガタをはじめとする多くの生物を育んできました。近年、開発などによる里山の断片化が進みました。また、エネルギー革命後の木炭利用の減少、化学肥料の普及による堆肥利用の減少などにより、多くの里山は定期的な管理がなされなくなり、放置された状態になりました。放置された里山は、植生遷移によって極相林へと変わっていきます。

ところで、現在里山でみられる生物は、「寒冷な時代にそのあたり一帯を被っていた落葉広葉樹林の住人の生き残りではないか」といわれております(守山、1988)。ウルム氷期が終結した時代(今から約1万年前)、西日本は温帯性落葉広葉樹林で被われていましたが、気温の上昇によって、徐々に照葉樹林が侵入してきたと思われます。しかし、ちょうどこの頃から焼き畑農業が営まれるようになり、照葉樹林への遷移は「無意識的」に阻止され、代わりに落葉広葉樹林が維持されたといわれています。数千年前からは、弥生人たちによる稲作が始まり、いわゆる「里山利用」が行われるようになりました。このようにして里山は今日まで「無意識的」な利用によって維持されてきました。

自然保護の思想の一つに、「伝統的な自然を保護する」というものがあります。西日本の里山は歴史的継続性が長いと考えられ、この「伝統」の崩壊は、里山の生物相の「弱体化」を招くかもしれません。近年、「オオクワガタが減少した」といわれている地域が多いですが、これは必ずしも「マニアによる採集」によるものだけではなく、「里山の断片化」、「里山の放棄」なども関連しているということを忘れてはいけません。

前ぶりが長くなりましたが、今回我々近畿支部では、このような歴史的伝統のある里山を満喫すべく(?)、2000122日に「オオクワ採集会」を行いました。今回は、その時繰り広げられた、様々な人間ドラマや事件について書かせて頂きます。タイトルは“Alone in the Coppice of Mt.××”で、私が山で遭難した時の出来事を綴ったお話です。



 
2. PAIN(痛み)

「やっぱりまだ痛いなあ…」

サポーターで固定はしているものの、ガーバーを振るたびに右手首に衝撃が伝わってきた。

3日前の夜中1時頃、いつものように筋トレをしていたのだが、その時右手首に違和感を覚えた。右手首は過去にも筋トレ中に痛めているのだが、その時の後遺症かもしれない。念のために接骨院に行った。幸い、特に重傷ではなかった。その日はテーピングと湿布薬を貼ってもらって帰ってきた。

122日、
「きっと安静にしてたらすぐ治るんやろうなあ…」
そう思いながらも私は採集に参加してしまった。

「くらえ!!ガーバーの一撃!!」
tsuu3が貸して下さったガーバーの破壊力は凄い。普段より力が入らないにも関わらず、どんどん割れた。でもやっぱり痛い。今日はあんまり多くの朽ち木は割れへんなあ…仕方がない。今回は、本当に「良さそうな」朽ち木のみを割るようにしよう!!そう思った私は、良好な朽ち木を見つけるべく、ひたすら歩きまくった。朽ち木を割る量が少ないため、必然的に「歩いている」時間が長くなった。今考えると、「歩いている時間の増加」が、後の「遭難」の一要因となったのかもしれない…



 
3. SNAKE(ヘビ)

友人と採集に出かける時は、たいていメンバーは24人である。友人との採集の時は、他の登山者などに気付かれぬよう、気配を消して採集している。小人数での採集の場合、下手にナタを持ってうろついていたら怪しまれるからだ。しかし、近畿支部での採集会は違っていた。今回参加したメンバーは支部長さん、tsuu3、SBさん、松本さん、てらぼんさん、テキサスさん、naoworldさん、私の計8人。仮に登山者が現れても、こっちの人数の方が多い。ゆえに(?)、堂々と採集ができる。

採集ポイントに着くと、皆一斉に山の中に散らばっていった。ひたすら良さそうな木を探すが、本に出てくるような「シハイタケに侵された朽ち木」なんてものは見当たらない。そもそもシハイタケが冬にも生えているのかどうかはよく知らないのだが…とりあえず太い朽ち木を割る。「う〜ん、これもあんまり良さそうやないなあ」そう思いながら歩き回っていると、目の前に切り株が現れた。周りには切り株を覆い隠すかのようにネザサが繁茂している。

「この切り株はまだ誰も手を付けてへんみたいや!!」

両手でガーバーを握る。心の中では既にオオクワをゲットした時の青写真が完成していた。切り株をガンガン割っていると、なにやらプニプニしたものが現れた。一瞬「キノコ」だと思ったのだが、冬にキノコって生えるだろうか?さらにじっくり見た。

「これって、ひょっとして“ヘビ”ちゃうの!?」

一瞬、時が止まった。ヘビは変温動物なので、この時期に活動できないことはわかっている。しかし、万が一「最後の力」を振り絞って攻撃されてはたまらない。
私は思わず逃げてしまった。あの後、ヘビさんは無事に冬眠に戻ることができたのだろうか…ごめんね、ヘビさん…



 
4.WHERE??(ここはどこ??)

ヘビからの逃走後、tsuuさん、naoworldさんと合流した。今回、tsuuさんには「越冬中のクワガタをみつける」という目標があったらしく、シャベルを携帯しておられた。tsuuさんが何気にシャベルで掘られた場所から、ネブト幼虫、ネブト♂成虫、コクワ♂成虫が現れた。

「まさかこんな所で越冬していたなんて…」

自分の手でネブちゃんを捕まえたことがなかった私は、昼食後、tsuuさんがネブちゃんを掘り出したポイントと似たような環境の場所を求め、一人で山を駆け回った。しかし、ネブちゃんは現れなかった。
いつのまにかオオクワ狙いに戻っていた。山の斜面をどんどん駆け登っていくと、やがて頂上付近に着いた。サクラの朽ち木があったので、とりあえず割ってみた。ガーバーで夢中になって割っていると、携帯にtsuuさんから電話が入った。

3「みんな、下に集まってるよ」(t3=tsuu3)
私「わかりました。すぐ下ります」

私はガーバーをしまい、一目散に山を駆け下りた。だいぶ山を下った頃に、私はふと思った。

「あれ??ここは何処???」



 
5. ALONE in the COPPICE(遭難してもうた…)

Coppice」とは、日本語でいうところの「里山」に近い意味の用語だそうだ。これはイギリス英語であって、アメリカではこの用語はあまり使わないらしい。そんなことはどうでもよいのだが、どうやら私は遭難してしまったらしい。

「とりあえず山を下りきってしまえばなんとかなるやろう」

そう思った私は、とにかくひたすらに山を下っていった。やがて山の外に出た。目の前には田圃と人家が見えた。あれ??どうも来た時と違う場所に出てしまったらしい。
登山口のゲートのところに、「工事中につき立ち入り禁止」と書かれた看板があった。明らかに、来た時と違う場所である。

「一体ここは何処や??」

一瞬パニックになった。とりあえず現状を伝えねばと、tsuuさんに電話をした。 

私「どうも迷子になってしまったみたいです」
t3「今居る場所がどこだかわかる?」
私「近くに“○×橋”という名前の橋があります」
t3「SBさんに聞いてみるわ…(しばらくして)わかんないって」
私「皆さんはもう帰られるのですか?」
t3「いや、もうしばらく採集してるよ」
私「じゃあ、自力でなんとか戻ってみます」

 私は再び山の中に入った。しかし、途中で再び現在地がわからなくなった…

「これ以上奥地に行ったら、今度は山を出られへんようになるんとちゃうか?」

そう心の中で思いながら、ネザサ群落をかき分け前へ進んだ。ふと私の脳裏に不安がよぎった。

「そういえば今の時期、三草山では狩猟が解禁やったっけ…ひょっとして、この山でも狩猟やってはるんかなあ…もし獣と間違えられて撃たれたら、どないしよう…」

そのようなことを考えていると、不意に携帯が鳴った。

ks「祇園ちゃん、今どこに居るの?」(*ks=支部長さん)
私「再び山の中に入ったんですけど…」
ks「(現在地がわかるように)一回大声で叫んでみて」

私は口に指をくわえ、山中に響き渡るように口笛を鳴らした。

ks「…全然聞こえないよ。次はこっちがやるね。……」

支部長さんたちサイドも大声(笛?)を山中に響かせる。しかし、私の居る場所には何も聞こえてこない。

私「何も聞こえないですけど…」
私「あのう、、、山の外に出れば民家があるので、最悪の場合、ヒッチハイクをして帰りますので」
ks「何言ってるの!?じゃあ、とりあえず山の外に出て、誰かに現在地を聞いてみて」
私「…わかりました」

私は再び山の外を目指して歩いた。なんとか猟師さんに撃たれることもなく、無事、山の外に出られた。周囲を見回す。さて、誰に道を聞こう…下手な相手に道を聞くと不利になる。というのは、「なぜ迷子になったのか」「山で何をしていたのか」という点を詮索される可能性があるからだ。「オオクワ採集をしていて迷子になりました」なんてまさか言えるはずがない。しばらく歩いていると、一人の老婆に出会った。
「何となく頼りなさそうだけど、この人なら迷子の理由について詮索されないだろう。仮に詮索されても、何とかごまかせそうだ…
そう思った私は、その老婆に話しかけた。

私「すみません、ちょっと道をお伺いしたいんですけど」
老「はあ?わたしゃ耳が遠くてのう」
私「(少し大きな声で)山を歩いていたら仲間とはぐれてしまいまして、現在地がわからなくなったんです」
老「はあ?道に迷ったのか。それは大変やなあ。」
私「現在地を知りたいんですけど、ここはどこですか?」
老「ここを真っ直ぐ行ったら清和台に着くから」

いや、清和台の行き方を聞いてるんとちゃうて!!

私「あの、ここはどこなんですか?」
老「ちょっと遠いけど、ここを真っ直ぐや」
 
質問に答えて〜や!!お婆さん!!
でも、これ以上問い詰めても時間の無駄かもしれない…そう思った私は

私「……ありがとうございます」

と言って、とりあえず清和台を目指して歩いた。
どうやら聞く相手が悪かったらしい。結局現在地はわからなかった…
30分ぐらい歩いただろうか…しばらくすると、大きな道に出た。

「あ!!バス停発見!!」

でも清和台ではなかった…
とりあえず現在地が分かったので、tsuuさんに電話をした。

私「現在地がわかりました。阪急バスのバス停○×駅前です」
t3「わかった。じゃあ、迎えに行くから待ってて」

嗚呼、皆様に多大な迷惑をおかけしてしまった…きっと怒られるんだろうなあ…もう採集に連れていってもらえないかもしれない…そう思いながら待っていると、tsuuさん達の車が私の前にやって来た。



 
6. REUNION(再会)

て「心細かったろう、祇園ちゃん」(て=てらぼんさん)
S「祇園ちゃん、かなり歩いてるよ。だって、山を越えてるんだもん」(S=SBさん)

後で地図をみて分かったことなのだが、どうやら私は知らず知らずのうちに山を越えて反対側の登山口に出てしまっていたようである。

私「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

みんなの足を引っ張ったから、きっとこっぴどく叱られるんだろうなあ、と思っていた。しかし、近畿支部の皆様は温かく迎えて下さった。ああ、なんて良い人たちなんだ!!

ところで、私が遭難している間に、tsuuさん達の方でも事件が生じていた。「私の携帯番号」が登録されていたのは唯一「tsuuさんの携帯」のみであったのだが、その携帯が行方不明になったそうである。tsuuさん達は、着信音を頼りにその携帯を必死になって探しておられたそうである。もしその携帯が見つかっていなかったら、一体私はどうなっていたのだろうか…



 
7.  Discussion(考察)

ひたすら遭難していた私は、結局あまり朽ち木を割ることができませんでした。結果的には右手首の負担を軽減できたのですが、何か悲しい…今回の私の採集成果は結局「冬眠中のヘビ」1匹(前述の通り、リリースしました)のみでした。

近畿支部全体でも、オオクワを採集した人はおらず、コクワやネブちゃんがほとんどだったみたいです。やっぱりオオクワは「黒いダイヤモンド」といわれるだけあって、簡単には採集できないようです。

でも、もしあの時遭難していなかったなら…ひょっとしたら、「黒いダイヤモンド」の幼虫の「白い原石(?)」と出会えていたかもしれない…遭難は、周りに迷惑をかけるだけでなく、結局自分も損をしてしまいます。「クワ馬鹿」をご覧の皆様も、遭難にはくれぐれもご注意下さい。

P.S. 後日、支部長さんに言われました。

「祇園ちゃん、今度から、迷子になっても大丈夫なように笛を持ってった方がいいんじゃない?」

確かに…でも、今後は遭難しないように気をつけますので、ご安心下さいませ^^);



 
8. Acknowledgements(謝辞)

本原稿の編集を行って下さった藤森氏に深謝します。また、多大なるご迷惑をお掛けした近畿支部の皆様にも深謝します。



 
Ending Theme Song(エンディングテーマ曲)読み飛ばし可。
 
「黒いダイヤモンド」 仮作詞・作曲:京の祇園ちゃ
大顎に力を込め全てをぶち壊せ〜
こんな大都会の真ん中じゃこれ以上生きちゃ行けない
緑豊かな環境が健全な心を育むのにそのことが過小評価されてる
ねえもうこれ以上俺達の生息環境を
破壊しないでくれ適切な里山管理をしてくれ
俺達はただ安らぎが欲しいだけ
これ以上俺達をもてあそばないでくれ〜
大きな力の前に逆らう術さえ持たない
俺達は闇夜に輝く黒いダイヤモンド〜

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