永久凍土
〜南ア・ミヤマツヤハダ採集記〜

by えりー

Feb 5, 2000 静岡県南アルプス辺境

この日、採集に行くことを決めたのは前日の夜のことだった。
「最近、エサケルスの採集に行っていないなあ。
立春とはいえ一番雪の多い季節に採集なんてできっこない。
そんなことは人に言われなくても自分が一番良く知っているさ。
でも、今年は記録的な少雪だ。
(2月はじめの話です。この後、こんなに大雪になるとは思いもしなかった)
もしかしたら、どこか雪のないところがあるんじゃないか?」
そう思って地図とにらめっこが始まった。

候補地はいくつかあったが、悩んだ末、私は南アルプスを選んだ。
ここはまだ一度も訪れたことのない土地だ。
ミヤマツヤハダを産することは分かっていたので行けばなんとかなるだろう。
未知の場所での採集は本当に楽しい。
地図上では自宅から片道約400km。
日帰り採集旅行には決して近い場所ではないが、雪がないという可能性があるだけ気分は楽だ。
もちろん、標高は1000mを越えるので、行ってみたら雪だったということもあるかもしれない。
でも、いかなければ何も始まらないのだ。

仕事を終えた金曜の深夜、意を決して荷物をまとめAM1:00いよいよ出発である。
こんな時間に出るのは高速代を浮かせるためだ。
下道でのんびり走っても、朝までには採集地にたどり着いているだろう。
しかし、本当にのんびり走っていたら名古屋に入ったところで5時を過ぎていた。
このままでは採集時間が削られてしまう。
それに、できれば少しでもいいから寝て起きたいと思ったので、
途中から高速に乗って1時間半ほどSAで熟睡した。
シュラフだけでなく毛布と枕を持っていったのは大正解であった。
眠い頭を起こすために、冷たい水で顔を洗い、歯磨きを済ませた。
さあ、もうちょっとだ。

険しい山が連なる川沿いの道を抜けると集落に出た。
ここから林道に入るのだ。
今回は急に採集を決めたこともあって、事前の準備が不完全であった。
まず、登山地図を入手していなかったこと。
これは大失敗であった。
登山道の入り口を把握していなかったのである。
ロードマップに書いてある林道らしきものから判断して、山頂に一番近い道に登山道入り口があるはずだ。
しかし、実際に林道に入ってみると、ロードマップには書いていない林道が多数ある。
林道は山を切り開いたもので斜面がきつく採集には適さない。
やはり目指すは登山道しかないのだ。
どれが、目的の林道なのかよくわからず、あちこち寄り道している間に、だいぶ時間をロスしたと思う。
やっと登山道の入り口(まさに通行止めの場所であった)を見つけたとき、時計はちょうど10時を示していた。

この駐車場が登山道入り口と勘違いしてしまった。本当は正面のとがった山が目的地であった。
しかし、いい天気だ。雲ひとつない。
ここが本当の登山道入り口。林道は通行止めになっている。この先にも地図でみると良さそうな場所があるのだが、ゲートがあって無理だ。今回はこの山に賭けるしかない。
本当にいい天気だ。
まるで3月下旬のようなぽかぽか陽気で、革ジャンが暑苦しかった。
入り口には大きな針葉樹が出迎えてくれた。
つげだろうか。
ここで標高1100mくらいだというのに、針葉樹がでてくる。
不思議なところだ。
登山道入り口の針葉樹の大木。つげだろうか?もみはもっと枝が水平に出るように思うが・・・。
さて、今回はツヤハダがメインであるから探すのは赤腐れ。赤腐れといえば・・・カツラの木だ。
ところが、この山には思ったほどカツラがない。
そのうえ、登山道の北側は全部杉・檜の植林で日当たりのよい南側は際だった斜面である。
少し登ったところに平らな部分があったのでここぞとばかりに探索を始める。
・・・赤腐れしていそうな材はころがっていない・・・。
すでに採りつくされてしまったあとなのだろうか?
カツラのかわりにヤマザクラが比較的多い。
だいたいにおいて日当たりが良すぎるのだ!!
こんなとこにコルリはいねえぞ・・・・・とぶつぶつぶやきながらふともまっしろな落ち枝を拾うと・・・見慣れたマークだ!
この材・このマークの大きさからするとルリでしょう。
幼虫が4匹でてきました。
さて、ほんじゃさらにとおもって、隣の材を拾おうとすると・・・
あれ?取れない・・・。
ん、んんん?
こ、凍り付いている!!
そうだ、地面にべったりと張り付いているのだ。
つまり持ち上げられる材は最近枝が落ちたもので、まだ地面に凍り付いていない。
このような材はルリのマークがあることが多い。
しかし、大多数の落ち枝はすでに氷ついて地面から剥がすのが一苦労だった。
くろうするのにマークは付いていない・・・。
ためしに凍った材を削ってみると、まさしく氷。
じゃり・・・がち・・・キンッ(○×▲□!!)
こりゃあかん。
採集どころではない。
見慣れたマークです(^^)
さて、気をとりなおして赤腐れをさがすものの、なかなか見つからない・・・。
すでに割られているモノが多いし、地面からほんのわずか覗いている切り株は完全に氷ついていて、ガーバーの斧(注1)でも全く歯が立たない。
ただでさえ堅いのに,、ツヤハダ材は!!
それでも立ち枯れて乾燥したヤマザクラをたたいてみると、出てくるのは埃ばかり。
乾燥した部分は凍結をまぬがれなんとか削ることができるが、クワらしき食痕はでてこない。
何本目だろうか。
根本の一部が赤く枯れていた部分を削ってみると、細い食痕がでてきた。
どこかでみたような感じだと思ったら、マダラだ。
成虫も出てきた。
いかん、昨年から採集に行くと必ずといってよいほどマダラが採れる・・・呪いだ(注2
このままでは本当にマダラ馬鹿になってしまう(^^;
さらに、切り株を削っていると深くなるにつれ氷と化す赤腐れ。
永久凍土なんじゃないだろうな・・・そんな馬鹿なことを考え始めるくらい地面はがちがちに凍っている。

さて、この平らな部分では幾ら頑張ってもツヤハダらしい材がないということで、標高を上げてみることにした。
この山は実は上に行けば行くほど切り立っており、斜面がきつくなる。
その上、尾根はどんどん狭くなり、日陰の北側斜面は見た目にもわかるくらい凍り付いていた。
300m〜400mの標高差を登りながら笹をかき分け材を探すが全然みつからない。
そうこうするうちにいつしか頂上に達していた。
頂上は狭いながらも平らな部分があった。
三角点の横には誰かが削った跡だろうか、ばらばらになって乾燥した材のかけらが散乱していた。
その材をわってみたりしたが、食痕すら出てこない。
午後も1時をまわり、今日はもうツヤハダは採れないなとあきらめかけていた。
それならもう一度最初の平らな林に戻ってルリ属でも探したほうが・・・と帰りかけたとき、1本の立ち枯れが目に入った。
誰かが折ったのだろうか。
途中から折れていて、立ち枯れの表面ははがされて乾燥していた。
しかし、その乾燥した部分はどうみても食痕なのだ。
これを削った人はおいしい思いをしたに違いない。
ツヤハダの蛹室は表面近くなどの堅い部分に多いので、これだけ内部に食痕があるとなると、側をめくっただけで成虫がぼろぼろでたに違いない。

注1)くわ馬鹿99春号参照
注2)マダラの呪い。あんなのクワじゃないって思っている人が多いと思う。採っても「マダラかぁ」などといってはいけない。次からマダラしか採れなくなる・・・(^^;)。これはツヤハダ雌にも当てはまるらしいので、是非とも気を付けていただきたい。

倒されていた倒木部分を削ってみると、意外にも朽ちていない上に比較的新しい食痕もあった。
だが、この食痕はカミキリムシのように細かいものであった。
しかも倒木はあいかわらずのガチガチ状態であった。
それでもがんがん力を入れて削っていくと・・・何か出てきた。
小型のツヤハダの羽である!!
最初にツヤハダ採ったときもそうだったが、最初に見つけたのは死骸であった。
もう、迷うことはない。
この材にはツヤハダがいる。
前の人の取りこぼしとはいえ、まだ何匹か残っていることもあるだろう。
乾燥気味の立ち枯れのほうが(筋張って堅くても凍っているよりはまし)と思って慎重に削っていったら、ついに出ました。
割り出したブロックの中にツヤハダの蛹室があり、メスが入っていました。
あとは・・・ご想像どおり(^^)
残り物でもまあまあ採れました(^^)
見えますか?ツヤハダの雌です。ちょうど蛹室を含んだ形でブロックになりました。
今日の結果。ミヤマツヤハダ14(7ペア)、幼虫8〜、マダラ2(1ペア)、幼虫8〜、ルリ幼虫6〜。



 
3時には切り上げるそう決めていたので、7ペア出てきたところで終わりにする。
まだ出てきそうな気配ではあったが、止めた。
最大でも19mmと決して大物はでなかったが私には満足できる数だった。
使えそうな材はいつものように持って帰る。
登りは休み休みだったが、結果がでたときの下りは足どりが軽い。
ほんの20分で下ってしまった。
浮かれまくってほとんど駆け足状態だったに違いない。
帰りに林道入り口から降りてくると、正面には南アルプスの山々が・・・。
雪がないのが不思議に思える・・・今日には雪景色の福井にもどるのだ。
さあ、頑張って帰らなきゃ。

高速を走りながら風景を撮ってみた。
ふと左を見ると・・・海の向こうに沈もうとしている夕日を見つけた。
今日は本当に良い日だった。