男がパソコンのスイッチを入れた。
 インターネットに接続し目的のホームページを見ようとした。最近よく聞くインポ治療薬バイアグラに興味を持った男はホームページ閲覧ソフトを立ち上げインターネット上にて情報収集しようとした。閲覧ソフト機能の一部に組み込まれリンクする検索機関に文字を「バイアグラ」と入れた。すると、バイアグラに関する記事は五百件以上も出てきた。最初の十件から順番に見ていった。
 ノーベル賞受賞とホームページの見出しに出ていた。男は何が関連するのか不思議に感じたので先ずその箇所をクリックした。そこには最近話題のバイアグラ開発の原理にもなったと伝えていた。
 男は記事に興味を示した。アメリカの三教授に1998年ノーベル医学生理学賞が授与されたと書いてあった。循環器系の信号物質としての一酸化炭素を発見した功績によるものだった。

─────────────────────────── 教授らは七十年代から八〇年代にかけて、血管の内皮細胞から血管を拡張させる「内皮細胞性弛緩因子」が出ていることを発見し、それが一酸化炭素であることを突き止めた。  一酸化炭素は自動車の排ガスに含まれるありふれた大気汚染物質であり、十秒程度で分解してしまうという不安定な性質にもかかわらず、生体内では重要な役目を果たしているという発見は当時、大きな衝撃を与えた。ごく簡単な分子構造のガスが生体内で信号として働いているのが分かったのも初めてだった。
 その後の研究で、生体内の一酸化炭素はより多彩な機能を担っていることが確認された。血管の内皮細胞でできた一酸化炭素は血圧を制御し、血栓の形成を防ぐ。神経細胞が作る一酸化炭素は周囲の細胞を活性化させ、白血球細胞の作る一酸化炭素は体内に侵入した細菌に対する攻撃力を強くする。 一酸化炭素が血管の拡張を促す仕組みは、肺機能不全による呼吸障害の治療に活用されているほか、心臓病やガンなどの治療薬を開発する基礎にもなっている。
 その仕組みは、その98年春にアメリカで発売され世界的に話題になった性的不能治療薬バイアグラの原理にもなった。
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 そのホームページは冒頭の記事の見出し部分しか見なかった。記事の内容が固いと思われたからだ。検索ソフトには別のホームページが数限りなくあった。検索ソフトに「バイアグラ購入」と掲示されていたのでその部分をクイックした。 目的はバイアグラの個人輸入の仕方を知ることだった。克明に説明されたホームページらしかったのでそのページを開いた。

─────────────────────────── バイアグラの基礎知識

バイアグラとは?
バイアグラとは米国ファイザー(P)社が開発した経口インポテンツ治療薬。八八年の三月二七日にFDA(米国食品・医薬品認可局)により販売を認可された。
バイアグラはペニスを直接勃起させる薬ではない。バイアグラは勃起を阻害する体内酵素の働きを弱めることにより、勃起を促進させる薬である。
バイアグラは従来のインポテンツの治療法(ホルモンやパパベリンの注射もしくはプロステーシスの注入等)とは異なり、ただ1錠、性交の一時間前に飲むだけでインポテンツの治療、勃起力の強化、勃起時間の延長、ペニスの高度を高める等の効果が認められている。バイアグラは米国のファイザー製薬により開発・販売されている。

勃起のメカニズム
(1)性的興奮により、大脳から”ペニス中の化学物質(GMP)の分泌を増量せよ”とのシグナルが発せられる。
(2)GMPによりペニス中の海面体がリラックスした状態に なる。さらにGMPの働きにより、ペニス中の動脈が広がる。
(3)そのため、大量の血液がペニスに流れ込み、ペニスが勃 起する。ただし、流れ込んだ血液はペニス中の静脈よりた えず流れ出ている。
(4)健康な男性の場合は、十分なGMPの分泌が行われるた め、勃起後に硬化した海面体がペニス中の静脈が圧迫する ため、血液の流出が妨げられる。そのため勃起が持続する。
(5)インポテンツの男性はGMPの分泌が少ない。もしくは、GMPを破壊する酵素の分泌量が多すぎる。その結果、ペニス中の静脈から勃起に必要な血液が流れ出してしまうため、勃起しない。もしくは、勃起してもすぐに萎えてしまう。
(6)バイアグラはこのGMPを破壊する酵素の働きを弱める。 したがって少量のGMPでも完全な勃起がおこる。
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 そのホームページを見ていて男はバイアグラを買ってみたいと思った。その時点で見ているホームページに注文はしなかった。そのホームページ上では一旦電子メールで資料請求をしなければならないのが面倒だったからだ。インターネットのホームページ上で個人輸入を代行している別のホームページはたくさんあった。男は一々、資料を請求している寸暇も惜しいと思ったのだった。
 日本でもバイアグラは認可された。しかし、医者に行って恥ずかしい思いをしてまでも処方箋を書いてもらうのが億劫であった。しかも、保険が効かないし個人輸入の方が格段に安価であった。
 男は引き続き自分のパソコンの前に向かいスイッチを入れ、インターネットに接続した。アダルトホームページの有料会員になっていていつも適当な画像を収集しているのだった。当初は物珍しかったからだ。美人でうら若い素人物の露骨な性器写真や性交の場面をモロに撮影した裏本を購入するのは一昔前までは至難な技だった。それがインターネットが普及するにつれ法規制はあるのだろうけどさしたる負担もなく自宅に居ながら裏画像が鑑賞できるようになっていた。それは既成の事実だった。
 刺激的な場面は確かに性的興奮を覚えた。最近、女性性器を嫌と言うほど見ているうちに男性生殖器程単純でなく多少の違いはあるものの女性生殖器一般が解剖学的にさして相違ないものと感じるようになってきた。しかし、内心とは別に大量の女性性器を見ているうちに男は女性性器を見だけで女性の体型や顔の輪郭もが予想出来る位になっていた。
 生身の女との交渉には最近手こずっていた。四十代になって精力がめっきり衰えているのが自覚出来た。男は独身で金を自分の意思で自由に使えた。しかし、歳と共に経済力がつくにつれ精力は相対的に衰えていた。精力減退は歳によるものだと諦めかけていた。
 しかし、それは自分だけの思い込みだったことが分かった。勤務先の先輩と歓楽街に繰り出したことがあった。その時の先輩は五十代なのにインポテンツと言うのではなく、ちゃんと相手の女と行為に及んでいた。すると男は何が原因かと思った。血圧も高い。運動不足と仕事のストレスが重なっているのが影響したのだろうかと思った。昔から継続していたスポーツも疲労感が抜けなくてやめてしまった。
 開いていたそのホームページに気になる部分が掲示されていたのでその部分を見てみた。

─────────────────────────── バイアグラにより勃起力が回復したことが原因で、過度の性交、過激過ぎる性交による心臓発作もしくは心臓麻痺による死亡例が十数件報告されています。

 精神的依存症−バイアグラによる依存症(たとえば、精神的にバイアグラなしでのセックスが不能になってしまう)が考えられます。

 他の病気の発見を遅らせる−たとえばバイアグラの服用により、インポテンツを伴う他の病気(糖尿病、心臓疾患等)の発見を遅らせる可能性が指摘されています。

安全に服用するために……等々
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 バイアグラを注文できそうな別のホームページを探した。各業者のホームページで価格を比較し、後は業者の電話番号が出ていて輸入元の所在地等がハッキリしていてもぐりでないことの確証が取れたので直ぐに注文を出してみたくなった。
 大手らしい薬局のホームページを開いた。コンテンツと言って、ホームページ上にフォーマットされた欄に住所や氏名を書き込んでいくだけで注文が完了してしまった。クレジット決済の仕方もあったが番号を不正使用される心配があったので振込をした後、アメリカから送ってもらう方法を取った。
 個人輸入は日本の厚生省が認可する前から合法的に確立されている購入方法だった。バイアグラ購入は衝動的でもあった。簡単に注文を済ませてしまったので呆気なかった。時間がもっと掛かると思っていた。
 深夜に目覚め、そのままパソコンに向かい続けていて、男は疲れていた。近くにあるカウチチェアに横になり男はうとうしだした。

 男は宇宙服みたいなものを着ていた。男は股間の間にあるカプセルに自分のペニスを挟んだ。慣れた手つきだった。宇宙服のようにと言ったのはフルフェースのアイマスクをしていたからだ。
 小型化が進んでいた。異性にフェラチオをさせるくらいの行為を行わせるなら携帯型があった。外出先で使用できるようになっていてペニスを挟むカプセルとアイマスクだけで良かった。
 ちなみに、女性用のカプセル部分はタンポンみたいな挿入式になっていた。女性用は携帯型が普及しなかったのは性感がそんな局部だけのものでないからだろう。
 女のシングルの割合が増えたが、この手の装置の需要は未婚、既婚の別は全くなかった。オーソドックスなセックスマシンはテレビジョンやビデオ機器と同じく日常の装置と化した。
 全体を包み込む宇宙服ようななものまで着用するのは訳があった。それは本格的なセックスが楽しめるからだった。身体を包むような着衣であるのも、理由があった。着衣の内部にはデータ入力によって様々に形を変えられる形状可変金属で出来ていた。
 さらに最新式の特種シリコンと相まって異性の身体変化、肌触り、微妙な違いを再現をするためのものだった。男が持っている据え置きタイプのセックスマシーンは旧型ではあるがそこまでの最低限の装備は標準仕様であった。
 毎年、毎年、性能は格段にアップし続けた。20世紀末にパソコンの販売合戦があったらしく、その時代の状況に似ていた。更新し続ける機器は半年も持たなく、三カ月でモデルチェンジする機種さえあった。
 相乗的に、ハードもソフトも日進月歩で進歩し続けた。そして、厳密に言えばオナニーマシーンではない。インターネットに接続し、先ずは相手を決め、それは異性が相手ばかりでなく同性同士の場合も自然のこととしてあった。
 互いに好みの相手を選び、後はアイマスクと宇宙服のようなものを着ればいいだけだった。その装置を政府も認可し使用を奨励するようになった。セックスマシーンは世界共通語となった。
 相手が必ず必要ではなかった。装置の設定によっては、ゲーム機のように一人で出来きた。それこそオナニーマシーンになるのだった。
 ゲーム機を馬鹿にしていた連中も、この現実以上のセックスを体験出来る機械に席巻された。ゲーム機ではなく、テレビジョンの一機能としてパッケージとなった。その時代では生活必需品となっていた。
 リラクゼーション装置として利用する者、学習装置として利用するもの、旅行や未知の体験をする為のプレ疑似体験装置として利用する者とバーチャルリアリティ化した装置は既に現実と虚構との見境を無くしていた。
 アニメ画像は精密化され、現実にアニメキャラクターが混在するよう見えた。ぬいぐるみでもアニメの登場人物でもバーチャル化出来き、幼年期の子供位までが対象だったものが大人まで楽しむことが出来るようになった。自分の描いた登場人物と遊ぶことさえ可能になった。
 精神分裂症候群が日常的になり始めた。その装置が出てから現実の体験と虚構で体験する架空の現実の見境がなくなっていた。インターネット上では見知らぬ仮想世界とコネクトすることは容易だった。
 セックスマシーンが爆発的に普及したのには理由があった。
 二一世紀になってエイズに対応した新薬が開発された。しかし、エイズは撲滅された訳ではなかった。例え感染したとしても、エイズ進行が止まるような薬が開発されただけだ。 二一世紀初頭に著名なバスケット選手が死亡した。スポーツ行為がエイズ感染者の死期を早めたと言う風説がまことしやかに巷に流布した。エイズ感染者は軽度のスポーツまで避けるようになってしまった。新薬の開発が続いているのに関わらず、運動不足が祟りエイズ感染者の平均寿命が下がってきていた。
 心配するのは無理はない。エイズ感染者は世界人口の五分の一に到達していた。エイズ非感染者の平均寿命が諸々の理由で縮まっていたこともあり、エイズ感染者はエイズ非感染者よりは十年程、寿命が短いだけだった。エイズ感染者の平均寿命は格段に伸びていた。
 それでも、エイズ非感染者ばかりでなく感染者までもが過度に意識し、セックスを避けるようになった。粘膜と粘膜の接触を伴う現実のセックスを避ける風潮は更に広まった。 爆発的に人口増加した開発途上国では、人口抑制政策として国家が機械を使用したセックス行為を奨励していた。
 個人所有の多い先進国と違い、途上国から脱却したばかりの国は一人当りのセックスマシンの普及率は低かった。図書館のように公共施設として使用している。世界各国での呼び方はまちまちであるが、英語圏内ではセックスマシーンと言う。
 オンラインでライブ設定が出来た。相手が異性であれ、同性であれ、最近は自分のプライバシーがどうとかこうとかで、虚偽の申告を入力する輩が多い。自分は誰々に似ていると言う。本当の自分の容姿や画像を入力するものはいない。
 入力には相手に対して好みの性格等の相性の項目があった。今ではそんな入力の効力がなかった。心理カウンセリングは進んでいて、性格は自分の意思で変えられることが出来ていた。
 相手も自分もどうにでも変えれるのならそれはオナニーマシーンと何ら変わらないではないかと男は時々思った。男は二一世紀当初まで行われていたというオーソドックスな生身の男女のセックスが懐かしいと感じていた。
 エステも美容整形も進んでいた。美容整形もコンピュータ上の画像処理のようにどんな顔形にも整形が可能であった。身体の修正はカリキュラム通りにやれば問題はなかった。
 最近は美人の定義は二〇世紀末までの不美人の定義に当てはまっていた。美容整形をやり尽くし、万人が同じように分類化されたタイプの顔かたちになってしまっていた。個性を追求するには何もしないのが一番であると気づいた者が多い。
 ただ、問題が生じた。どれが以前の本当の自分か分からなくなったのである。性格と同じで変更は自由に出来た。自我が何とかと騒いでいた過去もあるが、最近はバックアップを取っておくことが、本当の意味で過去、自分の生い立ちからの軌跡を残す為の手段であっることが判明した。本当の自分になりたかったら要は何もしないことが最善であった。
 本当の顔かたちをさらけ出すことは結婚と言う形態をとることかもしれなかった。実際、相性が合う者はそうした。しかし、大部分が一時的な試用期間で結論が出た。
 男女の蜜月期間は有史以来、後の後悔は省みず、セックスに勤しむのだった。だが、そのマシンが出てからは、実際にセックスをする必要がなかった。
 しかし、困ったことにマシンの方が殆どの場合、快楽が上回っていた。微妙にリサーチしてあった。スイッチを入れると同時に、マシンを使用する人のデータが顔の輪郭、体格その他の情報で大体、その人の資質が分かってしまっていた。 より快楽を求めたいのなら、簡単な心理テストを行うだけで、修正データの項目は入力出来た。セックスの相手方も同じだった。修正された各種データによってより強い快楽をえることが出来た。
 保守的な婚姻と言う形式をとり、性生活では恒常的倦怠期間が必ず到来する男女間にあっては一昔前だったらコスプレ等でやっていた状況をマシンがもっと発展的に心理的身体的に肩代わりをして何十年経ったろう。
 コンピュータが好み通りに修正してくれるから、そんな芸当が出来るのだった。その時々の芸能関係や世界の著名人が対象となることがあった。マリリンモンローが亡くなって久しいが未だにそのデータを入力するものが多い。永遠のセックスシンボルなのかもしれない。
 実際の人物ではない、マシンの世界だけで、その使用している人間でしか味わえない幻想の世界であった。快楽の基準にはその人の生い立ちや性格、全ての項目が微妙に違っていた。全世界百億人いれば、百億、全部違うものであった。
 セックスマシーンを使用した者のすべてが満足していた。実際のセックスより優れていると実感するのは万人の認めるところであった。中高年用にバイアグラばかりでなく若年者には副作用のない合法的なドラッグが開発されセックスマシーンとの併用が効果的であることも暗黙の事実であった。
 政府も暗黙に認知していたのは、圧政意識忘却作用があること、人間の攻撃的な性向も適度な発散により生産意欲が減退しない程度に落ち着くこと等々、優れた作用があった。その他、婚姻によるトラブルが少なくなること。全世界の有限なる資源を適正に配分する為、各国が制度として取り入れようとしていた。
 その時代、国連からは日本の適正な人員は七千万人と言われていた。もし、仮に全日本国民が自給自足だけで生活を行うことになればさらに二千五百万人の人口体系にしなければならないと言われていた。
 鎖国を行っていた江戸時代の人口がそうだったらしい。近年、日本の人口はやっと1億人を切ったことろであった。老人人口が半数を超えていて日本の人口構成からすれば明らかに日本全体の人口は多すぎるのだった。
 男女同権も確立し、男女のボーダレス化が進んでいた。SMの世界でも変化があった。統計によるまでもなく、20世紀末までは男のマゾの割合は多かった。男は攻撃的で女は受動的であり、それに快楽が伴うものであると言うことが自然の摂理であると、誰もが思っていた。21世紀になるとその割合が逆転し、女の方のマゾの比率が多くなった。
 ただ、生殖行為に関しては保守的で原始的なままだった。軍事施設などの闇の部分ではクローン技術は進んでいた。安定的な家畜動物の生産の為と称して民間のクローン技術も進んでいた。
 ただ、世界中の了解事項である人間への応用は避けられていた。人類の進化においては胎盤自然受精がメインであることには変わりなく、それにつれて女性の性機能の進化は止まったままなのが原因であるのかもしれなかった。
 男は何か言葉を発した。それだけで音声を識別し特定のユーザーであることをマシンが認識し、スイッチオンになった。音も無く稼働した。厳密に言うとそれはパーソナルマイクロコンピュータの一種なのかもしれない。
 が、一昔前のパソコンの形態をしていなかった。それはパソコンと言う代物ではなかった。マイクロコンピュータが空調設備や家具の一部に同化され、もはやキーボードもディスプレィも無かった。

 「スイッチオン」と男は叫んだ。自分の声で目覚めた。
 インターネットホームページ上で注文し業者の口座に振り込んでから10日ほどでバイアグラは手元に届いた。僅かの関税が掛かったがたいした金額でなかった。
 バイアグラを試してみたかったが相手となる女は身近にいなかった。以前から伝言ダイヤルで知り合いの女がいたが、ある時、突然繋がらなくなった。相手の女は携帯電話の電話料金を払ってなくて何度か止められた時があった。しかし、そのうちに何日も経ってから後も電話したが繋がらなくなった。
 残念だったがセックスは当分出来ないと諦めていた。それに男は仮性インポだった。男には仮性インポになりそうな原因があった。
 心臓に負担の強いテニスをかろうじて週一回のペースで続けていた。最近は長年続けていたジョギングも水泳も単調さに嫌気を感じ止めた。業務中も昔程営業で歩かなくなりディスクワークばかりになった。明かに運動不足であった。継続してスポーツをしていた時期から恒常的エネルギー補給手段として大食が身についていた。
 男は運動不足による血圧上昇や仕事のストレスからくる要因の神経系のインポ状態であった。
 しばらくはセックスはやめていた。男には援助交際で知り合った女性は少なからずいたが肝心な時に勃起しなかったら相手に失礼になるかと不安感がありメモしてある何人かの携帯電話へ電話を掛けることはなかった。
 男にとっては性行為そのものより孤独を一瞬でも癒す睦み合う雰囲気が好きなだけだった。淫靡なセックスを知ってしまっては今さらソープランドに行く気にもならなかった。不完全な勃起であったがもっぱら、人畜無害なオナニーで済ませていた。井戸水と一緒で水を枯らすとそのまま精力も干上がってしまうように感じていたから、マスターベーションは自己鍛練に近いものだった。 
 そんな状態であったから、バイアグラの購入は救いの神だった。男は独身であった。決して家族を持ちたくないのではなく男としての根本的なコンプレックスを持ち自信がなかったのだった。性行為に自信がなくそれは結婚にも踏み切れない要因でもあった。
 男は四十代になって国際結婚も厭わないつもりだったが、最近はそんな気持ちも薄れてきていた。
 ある時、仕事中に外に出ていた時に男の携帯電話に女から電話が掛かってきた。女は新しい携帯に替えたからと更新された電話番号を伝えてきた。音信の途絶えていた援助交際の女とまた再開した。
 相手は金目当ての女であった。だが、精力がなくとも相手にしてもらえるのが男にとって救いであった。
 ちょうどそれはバイアグラがアメリカから送られてくる時期で試してみるにはちょうど良かったと男は思っていた。パイアグラを飲んで性行為能力を試すことが出来た。
 部屋の中のベット上を照らす適度な照明が点いていた。男は覚めた気持ちで相手の顔を見ながら行為を行っていた。相手の女は醜い顔だちだった。男は女にどこか良い箇所がある筈だと顔をじっと見ながら自分の腰を揺らし相手の膣内にペニスを出し入れしていた。
 男と相手の女との年齢差が二十才以上ある場合は中年男にとって若いというだけで総じて魅力を感じていた。しかし、今回の相手は若さでカバーできない醜い顔だちだった。
 部分的に唇だけを見ると幼さを見いだした。どこにでもいる普通の女の子の唇の形をしていた。ほっぺたにはニキビが吹き出ていた。肌は白い方でうなじに口づけをしてみた。ニキビのほっぺたに自分の頬をすり寄せてみた。相手の若さを吸収するみたいだ。男は自分がひひ爺みたいだと思った。
 最近、セックスで女の役割をやっと演じることが出来るようになったのではと思える相手の女は前回初めて交わった時と違ってその日は無表情で声をたてなかった。前回は苦しそうな声を立てていて快楽を伴っているとは思えなかった。だが男にとっては却ってその苦しそうな声の方が興奮を覚えた記憶がある。
 バイアグラを服用した効果があった。いつもは精々で七、八分の挿入時間が倍の一五分程度も持続した。男は、何でこんなブスでマグロみたいに反応のない身体の女にペニスを突っ込まなくてはならないんだと思いながらコイトスを行っていた。
 若い時は元気だったがそれで精神力が勝っていた。例え、セックスが久し振りであっても、相手がプロの女であったとしても、太めの体型だと自分のプライドが許さず勃起しなかった。そして、金をつぎ込んでいたとしても無理に行為を行わなかったものだ。
 男は見られている感覚を持っていた。ラブホテルによっては隠しカメラが設置されていると言う噂を聞く。隠しカメラではない。これを見ているのは男自身だった。
 ラブホテルの一室、ダブルベットの周囲に張りめぐらされた鏡に映った自分の顔を見た。性行為の最中、自分の視線が合った。男は自分の姿をモニターテレビで見ているように男は動く自分を意識していた。見ながら男は男自身を意識した。
 男はじっと鏡を凝視していた。男は自分を見ていた。
 これは果たして現実なのだろうか。あの男は果たして自分なのだろうかと自問した。
 女はこれ以上広げられない程脚を開いていた。小柄で細身の女の身体に体重が倍もありそうな男がのしかかっていた。あの男が自分であるとは信じられなかった。
 バイアグラが効いていて勃起している間は身体の中心に張り型を固定しているような感覚だった。
 相手の女がどうであれ、肌を合わせていれば自然に勃起してきた。腰を一旦止め、細めな身体にそぐわない形のいい乳房を男はまさぐった。乳首を吸いながら男はバイアグラの効果に驚いた。
 先程まで目の前には菊の花紋のような肛門があった。尻の穴など今までは美しいと思ったことなどなかった。今までに数限りない女性性器を見れば見る程に奇妙に変化するだけのグロテスクなものに見えてきた。それよりもシンプルな形の肛門が美しいと思えてきた。
 一度は肛門の中に指を突っ込みたい衝動はあるが相手の女に変態と思われたくないし、指に糞が付くのは耐えられない。
指を二本、尻を向けている女の膣に突っ込んだ。女は喘ぎ声をたてていた。男は覚めた気持ちでその声を聞いていた。手の指は銃を撃つ仕種に似ていた。
 バイアグラを使用しての長所があった。今までは体位の変化を与えると勃起しなくなった。
 例えばバックで相手の女に挿入し、次に正常位に移る時、ペニスへの継続的な刺激を中断され勃起しなくなってしまった。相手のクリトリスを嘗めるのに神経を傾けていていざペニスを挿入しようとして行為に及ばなくなることもなくなった。
 ──そう、これは現実なのかなと自問した。
 男は女のヴァギィナに二本の指を突っ込んだ。
 ──目の前の性器は幻影なのかもしれない。
 唇のように指に収縮し絡みついた。
 ──これは単に自分の中のイメージにすぎないのかもしれ ない。

 男はデジタルカメラをパソコンに専用ケーブルで繋げた。最近は無線方式でパソコンに画像を取り込む方法もあるのだが使用頻度が少ないので旧式のケーブル接続のままパソコンに繋いでいた。
 デジタルカメラを自分に向けた。カメラのシャッターを切らないまま自分の姿をパソコンのディスプレィに映しだした。デジタルカメラのレンズはCCDなのでビデオのようにモニターできるのだった。
 ディスプレィの前にカメラを置いた。画像の編集ソフトに男の顔が大写しになった。テレビ電話に向かっているようだ。ディスプレィにはカメラに撮影された自分の顔があった。背景にクリーム色のカーテンも映った。
 デジタルカメラのシャッターを切った。自分の顔が画像として取り込まれた。自分の顔の部分を切り取った。
 撮影した自分の顔を縮小してみた。ハードディスクに保存してあった猥褻画像を開いた。男女が結合している画像だった。男役の顔に、自分自身の顔を置換え、組み込んだ。パソコンのディスプレィの中にうら若い女と絡んでいる自分があった。
 自分の目は男の方を向いていた。以前、その虚無的な視線を感じたことがあった。それはラブホテルで鏡に映った自分の視線だった。
 そこには、画像加工ソフトで画像を透かせすぎてしまい、背後霊のようになった男の顔があった。
 男はパソコンのスイッチを切った。画面には消えていく自分の顔があった。パソコンの中に取り込まれて行き消滅していく自分があった。