ぼくの目の前には丸く白い尻があった。ぼくはダブルベットに仰向けに寝ていた。この位置からだとどんな女の尻でも大きく見えるのだった。目の前にはぼくのペニスを挟んだ陰部があり、ほのかにベットサイドのナイトスタンドからの照明が照らす中、二つ並んだ枕の方に彼女は向き、腰を揺らしていた。
彼女の胴回りから腰回りにかけての下腹部の肉付きが極端に薄く幼さが残っていた。細い胴回りから体重が50キロに満たないと聞かされて納得出来た。でも、乳房は細身の身体に似合わず垂れ気味が心配になる程不釣り合いに大きかった。
色白に比例するように乳房の粘度が他の女とは違った。今まで感じたことのない柔らかさだった。素人、玄人との区別なく、女一般の乳房を揉んで感じるのはオイルを入れたゴムマリを掴むみたいだった。彼女の乳房を揉んで感じるのは中に脂肪魂でなく、水が入っているようなサラサラとした感触を受けることだった。
十代女性にほぼ共通なのは乳首が固くないことである。口に含んでも固さはない。子供を生んでいなことと関係はあるのかは分からない。単に下着と擦れる相対の時間が短かったことだけの要因かもしれない。
彼女と知り合ったのは半年前だった。彼女と知り合った時点では十八歳になったばかりだと言っていた。ぼくにはそれまでの最年少として同じ年代の小柄な割りに臀部が大きく安産型の尻を持った女とは交わった経験があった。
仰向けにすると腸骨が浮きでている細身の女の子だった。正面部分から見る彼女の腰回りを見ると細すぎるし幼すぎた。今、後ろから見る細い彼女の臀部は見る位置によるのだろう、大きく見えた。
完成されていないが大きな尻……、目の前にはぼくの腰の上下動につれて共振する彼女の尻があった。ぼくは腰を上下に揺らすだけだった。共振する彼女の尻は自分の意思で動いているみたいだった。
彼女が自分で腰を揺らしているように錯覚してしまうのは、単にぼくが突き上げる反動で上下しているだけなのかもしれない。ぼくはその体位は初めての試みだった。だいぶ前、ソープランドでその体位は経験したかもしれない。しかし、それは自分の意思でやろうとしたことではない。ソープ嬢が勝手にやったことだ。自分が素人の現役の女子高生とそんな体位ができるとは夢にも思わなかった。
彼女にそんな体位を要求したのは今まで援助交際で知り合った相手と駅弁スタイルでやったことがあると自慢げに告白されたからだった。そんな難易度のある体位と比べれば容易に出来そうなことだったからだ。
それと、断ったけれど肛門処女を要求されたこともあると言っていた。彼女はセックスは今まで気持ちいいと感じたことがないと言っていた。あまり感じない、不感症だと自分で言っていた。感じない割にどうして大きな嬌声を上げるのか不思議だった。彼女は中学一年の頃から性体験があると言っていた。ぼくはいろんな体質や性格的なことがあると思うから、愛液が出ないことや感じないことと、ローティーンから開始した性行為とは関連は無いと思っている。早くからセックスをしていると愛液が出なくなると彼女自身はそう自分で思い込んでいた。
見ず知らずの相手とこづかい目当てで愛のないセックスをしている彼女にとって愛液は出ないのが正常であるのかもしれない。だが、彼氏とセックスをする時でも濡れないと言っていた。最初に交わった時は正常位であった。挿入時、痛いからと自分で唾液を含ませた指を小陰茎の襞部分に持っていき、湿らせてペニスの挿入を助けていた。それ以後も挿入の度に彼女は儀式のようにその行為を繰り返した。
自分のペニスが入った相手の女の尻を眺めるこの状況は前に見たことがあった。尻に突き刺さった自分のペニスの挿入部分の尻を見ながら、そんな体位をとったことがあるなあと、昔、トルコ風呂と言っていた頃の体験を思い出した。
夜は誰にでも平等にやってくる。
孤独な人。一日を精一杯生き満足感で満ち一時的にでも幸せだと錯覚した人。どんな者にも平等に夜は与えられている。
寝つかれないで深夜こうやって思考を巡らせている。こんな時しか自分自身の実存を感じることは出来ない。
地球が太陽の光を失い、漆黒に包まれた夜のままであろうと、それがぼくを含めた人類に平等のペナルティならば、そして、恒常的な虚無感に苛まされないのなら、このまま朝が永遠に来なくていい。
それでも、夜は空ける。来てほしいと欲さなくても、朝は来る。時間が経過した後に、朝はひたひたとやってくる。
朝は確実にやってくる。それまでの夜の間、寝つけないでぼくは独白している。闇に浮遊する澱のような意識。スポットライトに照らされた机。ぼくはベットに横になり、机に向かっているだろう自分を想起する。彼は自分であるらしい。
ぼくが思うから彼がいるのか、彼が書くことによりこの印刷物という記録が残るのか定かでない。彼がぼくの意識を記録しているらしい。ぼくはその彼をイメージしている。
深夜、独り起きていても孤独感がないのはなぜだろう。自分が全世界から取り残されているのに、闇との連帯感があるのはなぜだろう。地球の裏側では日が昇り、人間の増殖活動が営まれている。地球のこちらの側では男女の生殖活動の時間帯がピークを終え、それらと関係しない自分であっても、孤独感はない。
ぼくは彼を見る。彼はパソコンに向かっている。ワープロソフトを活用し文章を書いている。目の前にはディスプレィとキーボードがある。ディスプレィに表示されるだろう文字を思い浮かべる。ディスプレィには……こう書かれようとしている。そして、こう書かれる。
彼女を乗せたぼくの車は高速道路のCインターに入ろうとしていた。
夏の終わりと秋の始まり。季節の変わり目のこの時期、大雨になることがあった。T市を出る時は晴れ間も出ていた。C県に入ると大雨が振りだした。この日は台風が接近している訳でないのに強い雨が降っていた。土曜日暇かと、ついでに終わったらT駅まで送ってほしいと昨晩のうちに携帯にメールが入り一時間半掛けてやってきたのだった。
彼女には彼氏がいた。通う大学の夏休みの間は親元のT市に帰ってきていた。彼女は親の転勤の都合で高校を変わることになった。転校試験に合格し、二学期にからは一つ県をまたいだC市にある高校に通うようになっていた。
ぼくは彼女に問うた。
「夏休みの間、彼氏以外にセックスはしいていない?」
「うん」
「そっか、あまりセックスは好きでないと言っていたね。彼が喜ぶから相手をしているだけだったね」
「そっちは?」
咄嗟に問われ、ぼくはつい嘘をついてしまった。援助交際と称し、副業で売春をしている水商売系の相手とセックスした。それでは見境のない欲求の持ち主で伝言やツーショットダイヤルでしか相手を求められない人間だと蔑まれるかと思い嘘をついた。彼女にとって彼氏が唯一の恋人だった。ぼくに会うのはこずかい稼ぎが目的だった。
ぼくが一方通行の性の虜になっていて、彼女だけが最高だと思わせたかった。実際は伝言で知り合った女と交わっていたが、ソープランドしか行っていないと嘘をついた。近くにソープランドはないから手近なツーショットダイヤルや伝言を利用したのだった。最近は携帯の出会い系サイトも便利らしいが確実性からだったら伝言の方が上だった。本当の男女交際が目当てでなく金目当てとすぐ分かる伝言が入っていた。
ツーショットダイヤルや伝言の相手は目的が明らかで交渉事もスムーズだった。それに、素人が殆どだった。プロは最低でも数人を相手しないと予定額の収入が得られないかもしれないが、普通の女の子に人数は関係ないのだった。特定の配偶者的存在がいてとしても、いや、いるからこそ最低限の援助交際で充分なのだろう。彼女らにとって臨時収入が入れば充分なのだった。
罪悪感がなくなってきている現象に現代を感じる。月に一回程度、中には数カ月に一回程度しか援助交際をしない、本当に素人に近い女の子もいた。素人とプロの端境が無くなってきていた。
「男の生理的な欲求だから仕方ないよ。それでソープランドだけ行ってきた」
「そこって本番もやるの?」
「うん、ソープランドはそれなりに安全らしい。昔と違って必ずコンドームは付けなくてはならないしね」
突然彼女は変なことを言った。
「ソープランドに行ってみたい」
「えっ! 勤めたたいってこと?」
「違う。わたしが男だったらどんなとこか行ってみたいってこと」
彼女はぼくに聞いた。
「ソープランドってどんなとこ?」
「どんなとこって……、一口には言えないよ。そのうちに説明するよ」
イメージを繋げて文章にするのだろうか。今、聞いているのはジャズ音楽のマル・ウォルドンのピアノ演奏だ。テープデッキから流れる演奏は何年ぶりで聞くだろうか。何年?もっとだ。十年以上は経っているかもしれない。偶然、カセットテープを見つけ再生してみたのだ。ながら音楽として聞こうとしていたが音楽の方に気を取られる。その演奏を聞きながら何かをイメージできたのか。
久し振りに聞くマル・ウォルドンの音の世界は非日常かもしれない。マル・ウォルドンなんて大したミュージシャンではないと思っていた。同じフレーズを繰り返すブラックミュージックかR&Bのピアノ版でしかないと思っていた。昔の自分には彼の音楽に偏見があった。
ジャズとクラシックの音楽のどこがちがうのだろう。山下洋輔はピアノの鍵盤を肘で叩く。マル・ウオルドンは同じフレーズを繰り返す。ちょっとした打鍵の時差。その時差により魂が入っているように感じる。
駄目だ。別のイメージが出てきた。女だ。目の前に女がいる。彼女はイメージの中の虚像だ。ぼくはに理性があり激情を表現したような音楽を聞いていても意識は覚めている。
今日の日中に映画を見てきた。「小説家を見たら」と言うタイトルだった。肌が黒くても小説が書ける頭脳明晰なスポーツマンはいるさ。偏見は自分の頭の中でつくり上げるだけのものなのか。嫌悪感がないのは無臭な映画の中の世界だけなのかもしれない。新宿「ジャズ・ピットイン」の入り口で黒人とすれ違った。すえたような独特の体臭があった。嫌悪感は自分の中の感覚で決まる。それ以後、黒人一般に対して、意識の中では形而上的存在となった。
女のロボットだった。ロボットの女に脳の機能はない。無線装置と連動し操作されていた。超小型のコンピュータは搭載可能だったが、コスト面で高価になるので中央のホストコンピュータとインターネットを経由して繋がっていた。女のロボットは本物の人間の様だった。女のロボットがそこにいるのは実体だった。
超小型のコンピュータを搭載していないロボットの女は廉価な旧型タイプだ。──征服されることで征服する──山田詠美の小説の中の一節だ。そのロボットの女を征服することは征服されることに繋がる。
今、ぼくは自分のパソコンに向かって書いている。自分の部屋のテープデッキから流れるマル・ウォルドンのジャズピアノを聞きながらこの文章を書いている。
FM放送の音楽を聞いているだけなのか。今、書かれている文章は時間的な経過があるかもしれない。中断後に心境も変化した後で書いているかもしれない。聞いている音楽は和製ポップスなのかもしれない。後日、文章を書き加えているだけかもしれない。
目の前に女がいた。どんな女かはまだ未確定だ。今、表現しようとしているが、識別上女とする。
顔はのっぺらぼうだった。マネキンの顔と同じだ。髪の毛は黒だ。光沢のある緑の黒髪。緑の黒髪って何だ。グローバルインターナショナルソフトに曖昧な項目はない。黒は黒だ。
ショートカットも好きだけどロングヘアーも好きだ。女らしいショートカットの女もいれば男勝りのロングヘアーの女もいる。外見と性格は別だ。
時間は限られていた。今、進行中の言葉の羅列から世界を語るゲームは勿論、人生の残り時間も限られている。今、Enterkerを押さなければ進行しない。髪の毛の色など興味がない。髪の毛を撫でて恍惚状態にトランスするようなフェチな嗜好はなかった。ぼくは普通の女高生のように肩に髪が届く程度の髪形で満足する。
今はソープランドと言っているが一昔前まではトルコ風呂と言っていた。終わった過去のことで一時的な肉体的な快楽を思い出そうとしても頭の中に再現できる訳でもないし、どうでもいいことなので考えないようにしていた。快楽は思い出そうとしても感覚的に無理だった。それにそんな場所にはしばらく行かないだろうと気にもかけていなかった。
しかし、今は寝床の中で関係した彼女達のことを考えていた。今は何をしているだろう。現在は老けてしまっておばさんになっているだろう。子供はいるのだろうか。そんなことが頭に浮かんだ。その思いを語ろう。高校生の彼女に説明することはできないがこの印刷物になるだろう中では語れる。
今みたいにエイズと言う病気はなかった。彼女達自身が身の危険を防御するのために定期的に検査を受けていた。天然痘と同じく梅毒という感染症はなくなったかもしれない。その他の皮膚病はまだ残っているらしく、ソープ穣に言わせると素人の方が怖いと言っていた。
ぼくには金銭的な打算があった。まだ経済的に余裕がなかった若かった頃、彼女をつくりデートに誘ってセックス出来るまでどれだけの金額が必要か計算してみた。押しが弱く強引でない自分の性格上から、セックスに至るまでは時間とか労力を金額に換算すると膨大な額に上った。
結局、生理的欲求を満たすだけならソープランドの方が安上がった。どうしても生理的欲求に苛まされるのならソープランドに行く間の合間合間にマスターベーションで発散させれば良かった。
独り者にはマスターベーションだけだと侘しいので経済的に余裕が出来ればソープランドに行くのだった。僅かに肌が触れ合うだけの接合行為と、前後の短時間の会話だけが目的だった。刹那の温もりが欲しくてソープランドに行くだけだった。
最近はツーショットや伝言ダイヤルと言う便利な媒体が各地方に出来た。身近でセックスが容易に行えるようになった。それに携帯電話が普及し今までは都市部にしかなかった出張デリバルーヘルスと言ってコールガールを現代風な呼び方にした媒体が出来た。昔、「ホテトル」と言うのがあった。今では、「ホテトル」と言う風俗後は死語になっただろう。多分ホテルとトルコ風呂を略したのだが、ネーミングで大体のニァンスは分かる。
地方都市でも電話ボックスに張り紙がしてあった。その張り紙に出ている携帯電話番号先に掛けると時間が掛からず簡単に女の子がホテルにやって来るのだった。ぼくのいる地域では、昔だったらそんな風俗業者は直ぐ摘発された。しかし、プリペイド式やレンタルの携帯電話が普及し、発信元が誰か特定できなくなり、摘発が不可能になった。流しの業者はしばらくしたらいなくなるだろうと最初から警察は放置しているのかもしれなかった。地方ニュースでは摘発されたという報道は聞いたことがなかった。性が誤った意味で開放化・自由化され、売春行為が安易に大衆化されていった。だから、最近はソープランドに行く必要は無くなった。
ぼくは布団の中にいた。じっとしていると悲しい過去のことが思い出される。悲観的な思いは断ち切るのだと自分に言い聞かせる。負のイメージを断ち切ろうと考えを巡らしているが巧くいかない。短い人生の時間は限られている。老い先も短い。
しかし、楽しいイメージなんかあったのだろうか。ぼくは直前までウィスキーを飲みながらアンケートを書いていた。薄暗い部屋のベットから机が見えた。その机で今までアンケートの意見欄に文章を書こうとしていた。
いくら杯を重ねても酔うことはなかった。一枚のアンケート用紙があった。役場の農林課からのアンケートだった。そのアンケートは父親が答えても良かった。しかし、五年後は息子が農業を継いでいるだろう。俺はもう引退だ。お前が農業をどうするか決めろと、迫っているようなものだった。五年後の未来なんか分かるのだろうか。
憂鬱さは増した。アルコールが体内に入っても精神が高揚することはなかった。かと言って泥のように眠くなることもなかった。楽しい思い出を探そうとした。頭の中には楽しかった思い出がなかった。
瞬時の快楽はあった。しかし、それはその刹那が終わった瞬間に霧散した。イメージで今の寂しさを癒せるものは何もない。時々、負のイメージが頭の中に去来する。そんな時は無理やり忘れるようにしている。過去、十代の頃、二十代の頃、そしてその後の年代から今まで、失敗談や事件や事故があった。そのことを今でも引きずっていて現実から逃避してしまうのだ。現実に立ち向かおうとしない。常に逃げてばかりいる自分があった。
思い出すと今でも穴があったら入ってしまいたいような、恥ずかしく悲しくやりきれないイメージばかりだった。仕事やプライベートで一時的にはヒーローになった頃もあった。しかし、今までの人生のほんの僅で瞬時のことでしかなかった。このまま残りの人生も引き続き重い荷を担ぐだけなのだろうか。
今みたいに布団の中に入っていて寝つかれない時、思い出したくない時に限って負のイメージがリピートする。度数の強いウィスキーが気付けになってしまったらしい。眠れない時に負のイメージが先行して出てくる。
今は布団の中。楽しかったことを思い出すのは難儀だ。辛いことばかりを思い出して自分の人生を否定するだけだ。逆に一瞬の快楽は刹那的で体内感覚で残る訳ではない。イメージで残る訳でもない。
努めて近未来のこと、来週のことを考えるようにした。一瞬の快楽は残らない。しかし、予期することは出来る。想像することはできる。しかし、今はベットに横になって布団に絡まっている。
目の前にさっきまで向かっていた机があった。ぼくはアンケートに記入する鉛筆をしまっていた。パソコンは無いがあることにしてイメージした。パソコンのワープロソフト内に文字を記入するのだった。
そこでは架空の世界が展開されるのだ。夢、現実? ぼくの脳は倒錯していた。うつらうつらしている中では現実と空想の狭間はなくなりそうに思えた。
わたしは彼によって書かれた意識です。わたしは、まだこの世には存在しません。純粋に彼の頭の中にある意識そのものです。その意識がこの文字になったのです。
これは単なる彼の独白です。この世に存在しません。しかし、あなたの意識の中には、確かに存在してしまったのです。
深夜、漆黒の闇の中、カ−テンをしているが、室内はこうこうと明かりに照らされているだろう部屋の中で、彼はワ−プロに向かって、わたしを意識し、わたしは、今、こうやって書かれています。
彼が何を書こうとしているか分かります。わたしは彼によって書かれた意識で、ワ−プロに書き込もうとして、わたしが彼の頭の中にイメ−ジされているからです。
週刊誌があったのです。若者向きのスリ−S、つまり、スリル、スピ−ド、セックスの記事が殆どを占めていて、一見、人生の本質から外れて、一時的な快楽を求めているような、取るに足らないような読み物であるから、彼にとっては、ぼくは普段はこんな低俗なものは読まない、と思っていました。かと言って、全く読まない訳ではなく、たまに本屋の店頭で立読みする時などペラペラめくり、覗く時もありました。たまたま、ある日、いつものように立読みをしていて、詩人のTが青年達に向けたエッセーが載ってる部分を見つけました。立読みできそうでしたが、時間が無かったし、大した値段でもなかっらしく、買ってそのままにしてあった週刊誌でした。目当ての部分だけ読み終え、週刊誌は本棚の本の上の隙間に置かれたままでした。 彼はその週刊誌を片づけようと手に取りました。注意するでもなく、ぺ−ジをくっていたら、グラビアに綴じ込みのわたしの上半身が写ったポスタ−がありました。ポスタ−のわたしが横になってなったまま、彼と目が合いました。彼好みの顔立ちだったので彼はそのポスタ−を引きち切りました。そして合板の壁板にわたしを貼りました。
そう、わたしは壁に張られたただのポスタ−です。わたしは、たまたま偶然張られただけで、名もないポスタ−です。名はあるんだろうけど、そこまで彼が知ろうとしないから、名前は無いのです。偶然と言うのは、たまたま著名な画家の模写画しか飾ってなく、無愛想な感じがその時したから、ポスタ−を張る気になったのです。
わたしは、ただ顔形が整っているからと、たまたまモデルにスカウトされました。それが数ある雑誌の中で若者向きの週刊誌の中のポスタ−にされ、たまたま、この部屋に張られただけです。無愛想な部屋であることが、ものぐさな彼でさえ、感じられたみたいです。週刊誌を廃品回収に出すまでの間、押入れの隅に片づけようと、ペラペラとペ−ジを捲っていたら視線がピタッとわたしと合ったのです。そこで彼はわたしを壁に貼りました。
ちょうど今も、そして、ずっと前からも、と言っていいのか、わたしは彼を見ていました。わたしは彼の頭の中のイメ−ジから生まれた幻影です。わたしは彼の部屋の合板の壁に貼られたただのポスタ−だけど、そんなわたしが、彼を見ています。そして見ながら、こうやって彼のことを喋っています。名前も無い架空のわたしだけれど、彼が意識し、わたしが喋り、これを読んでいるあなたもイメ−ジするのです。
ほら、彼は机のワ−プロに向かって何か書いています。彼はあれで小説みたいなものを書こうとしています。この書かれている文章を下さい。とても幼稚で読み進めない筈です。わたしが今喋っているのも、今、彼が書いているのです。
彼は、今、こう思っています。小説なんて簡単さ。頭に湧き出たイメ−ジを羅列すればいいだけだけだからね……と。部屋の壁に一枚のポスタ−があった。彼は、ぼくは話しかけてみた、と書きました。
「君はかわいいね」
そして、わたしは答えます。
「ありがとう。お世辞でも言ってもらったらうれしいわ」「お世辞なものか。綺麗じゃないものをこの部屋に貼るはずがないじゃないか」
「あら、あの変な絵は何?」
「ああ、あれはミロの模写だよ」
「まるで子供が描いた絵みたい。あれが綺麗なものなの?」「実のところ、ぼくにも良くわからないんだ。みんながいいと言うからいいんだろう」
「そう、わたしのことも、みんながいいと思ったかしら」「違うよ。君のことはぼくが個人的、主観的に綺麗と思ったんだ。ぼくにとって綺麗なものとそうでないものの見分けぐらいつくさ」
「そう?」
「君は毎日見ていて、暫くすると、多分、飽きると思う。でも、あの絵はそのうち分かってくると思う。その相関関係を試しているんだ」
「ひどいわ」
と、ここまで喋って、わたしの意識は、部屋のポスタ−から離れ、漆黒の闇の中から見ています。北向きに窓のある部屋。火葬場のエントツが見える窓。カ−テンが引かれ、内部はこうこうと明るく、しかも、スポットライトみたいに机の上を照らした中に、浮かび上がったパソコンがあります。
と、彼はここまで書いて、ワ−プロソフトへの書き込みを止めました。
と、ぼくも彼がそこまで書いてあるだろうディスプレィの文字の羅列をイメージするのを止めました。
ポスターに写る彼女は高校在学中の女学生モデルだった。水着姿のグラビア写真が壁に張り付けてあるのを見た。見る度にぼくはそんな女の子のように綺麗で初々しいものと同化したいと思った。しかし、ミドルティーンの女の子とのセックスなど犯罪だと思った。実際には不可能だと思う。だから、想像力の中だけのセックスなら咎めはないと思った。
ここで、時間的にブランクがあった。ぼくは再びパソコンに向かいワープロソフトを起動させそこに文章を書き込んでいった。
彼女は十八歳のプータローだと言うことにしておこうか。いや、事実は違う。現役の高校生でしかも進学校に在学していた。国立大学を目指して勉強を欠かさない頭のいい子だった。しかし、中学生の頃から援助交際をしていた。ほんのたまにしか援助交際をしないので高額の金額を吹っ掛けてきた。ぼくは定期的に誘うからと少し金額を落としてもらった。ぼくは強引なタイプでなく扱い易いと思ったのか携帯電話の番号を教えてくれて今に及んでいる。
その時は十八歳の誕生日が過ぎたと言っていた。現役の高校生であったとしても、その時は安心して付き合えると思った。ぼくは営業で外回りを主にやっていると言って職業を明かさなかった。勿論、自分の本当の氏名は言う筈がなかった。
しかし、ぼくは悪人でないと察知したのか自分の通っているのはどこの高校か言ったし、父親の勤め先は大手の地方銀行だとも言った。父親の転勤が六月末にあった。しかし、娘の通学の関係で二学期が終わるまで転勤を待ってもらったらしい。
彼女の門限は九時と決められていたが、遅くなる正当な理由を言えば時間を超えての外出は認められていた。彼女は近所の大型ブックチェーン店へ友達と一緒に行くのだと母親に嘘をついて制服のままやってきた。女子高生の制服のままの彼女を車に乗せてラブホテル入った。
彼氏とは制服姿で何度もセックスをしたらしい。一度制服の白っぽいシミを母親に見つけられたと言っていた。それは彼の精液だった。それが何かは母親は知らないだろうと彼女は言っていた。自分で洗いなさいと言われただけだっと言っていた。しかし、母親は知っているかもしれないとぼくは思った。
その彼女の制服を脱がすことになった。彼女は制服を着る前にシャワーを浴びてきていた。制服のベストもスカートもゴワゴワしていた。そんな場面はアダルトビデオでしか見たことがなかった。それを自分が経験することになるとは思わなかった。
制服は着古されているように見えた。清純な女子高生の制服にしては椅子や机に擦れ、てかてかしていた。自分の学生時代の制服を思い出しても数カ月も着ている学生服は清潔ではなかった。それと同じ事だった。仮に小まめに洗濯してあったとしても布地の擦れが目立った。
それにホックとかがどこにあるのか分からないで脱がせにくかった。制服は脱がせにくいとエロ雑誌に書いてあったような記憶がある。女高生の制服を脱がすのは難しいことが事実であった。彼女にホックやファスナーの位置を聞きながら脱がせた。
後で後悔したことがあった。制服を脱がせて全裸にするのではなくどうせ最初で最後の経験なのだから、アダルトビデオのように制服を着たままで合体したかった。彼女の彼氏はそうしたからシミを制服に付けたのだった。ぼくも脱がせないで制服を着たままの彼女とやってみたかった。しかし、もうそんなチャンスはないだろう。土曜日の学校帰りだとしても日中だし着替えてから会いに来るだろう。制服を着てきてくれとかそんな要求は弱気なぼくからは言えないだろう。
彼女は頭が良さそうでしっかりしていた。二十代半ばの職場の女の子より余程大人びた発言をした。夢がなく現実的だった。どこかの一流会社に勤める位の目的しかなかった。ピアノが弾けて体育の時間の持久走も得意だと言っていた。
顔は幼さも残るが化粧をしていると歳が老けて見える。色も白くて顔形も整っていてかわいい方だった。世間一般の人が見てどうしてこんな子が援助交際をするのかと思うだろう。今までのぼくの人生で、出会い交わった女の中では、一番美形の方だった。そして、卑猥感がなかった。それは彼女自身が羞恥心を持ち得ないことからくるのではないだろうか。
現役の女子高生とは久し振りの付き合いだった。でも、体験してみてそんなものかな、という感じだった。ぼく自身がもっと若かったら性欲も抑えられなく興奮したかもしれないが、却って大人の色っぽい女が好みだったかもしれない。ぼくが歳を喰っていて若さが無くなっているからこそロリコン嗜好に走っているのかもしれない。
しかし、セックスはどんな美形でスリムでスタイルが良く、憧れの色白タイプであっても、交わってしまえばそんなものかな、と言う感じだった。場馴れしている彼女に羞恥心がなく、どちらがリードされているのか分からない。セックスよりも日常からの逃避を行っているのかもしれない。勿論、贅沢をしたいが為の金銭目的の援助交際だった。
一緒に風呂に入るのを彼女は厭わなかった。初対面の時から、望むなら構わないと言った。むしろ、ぼくの方が恥ずかしかった。初めて会ったかわいい女の子の前でそそり立ったペニスを見られるのがむしろ自分の方だからだ。
彼女は照明が煌々とした中でも、昼の日差しの中でも、交わりを厭うことはなかった。日本人女性の慎ましやかさはもう昔のことなのだろうか。恥ずかしがるから興奮もするのだがこれでは興ざめだった。中学生の頃から援助交際をしているだけのことはあった。それでも外見は普通の女の子だった。
ただ陰毛の量が多かった。服を着ている外見からは想像できない位に毛深かった。彼女は毛の処理をしていなかった。ぼくがそのことを言うと夏の水着を着る時にしか剃らないと言った。それは外見の可憐さと相反するものだった。風俗で働く女の子は男性達の目を意識しているためか、自分の若さと釣り合わない多すぎる陰毛を気にしていた。それなりに処理をしている女の子はいた。
別に毛の処理をしないからと彼女の価値が低くなることはなかった。外見の可憐さと身体全体からの若さがあった。身体から熱を帯びたような新陳代謝があるのか、彼女は行為が終わって後でもずっと全裸でいた。こちらが心配する位、寒がらなかった。裸でいる方が日常から解放されたように感じているのではないかと思う。しかも、特別変わった子でなく普通一般の女の子のように清潔好きだった。
そんな毛深い陰毛くらいのことで彼女のみずみずしい若さの魅力が失われることはなかった。男の好みの違いだと言ってしまえばそれまでだが、パイパンとはいかなくても縦割れの女性器を少しでも見たいと男は誰でも思う筈だ。彼女は若いから、男性の立場での性視感覚を持てないのだろう。十代なのに毛の処理をするのがかえって卑猥かもしれない。自然なままが一番なのかもしれない。
インターネットのアダルトサイトで画像を閲覧していてもハイティーンとおぼしき若い女の子に限って毛深く局部が見れない疑問も溶けてきた。若さに自信があるのだろう。ただ、ぼくでなく彼氏から毛の処理を言われたら実行したかもしれなかった。
これは架空の物語なのだから、十六、七歳の少女とセックスをしたことにしていい。しかし、それでは危険な読み物になってしまう。児童買春等禁止法に逆らっている。良識ある大人の読み物ではない。だから、彼女の年齢の設定を十八才としようとしていた。
今まで十八歳の女の子だとぼくは確信していた。事実もそのとおりだし、何も犯罪行為ではないと思っていた。つい最近まで彼女は十八才以上だとぼくは思い込んでいた。 ドラッグと児童買春とどちらが道徳に反するかと比べればアメリカなら児童買春の方を厳罰に処すだろう。日本なら歴史的推移からみて寛大に処置すると思う。現代でも身分制度が現存したり貧民地区のある国では児童の婚姻や買春をしているのは既成事実だ。
日本では事情が違う。援助交際は売春かもしれないが贅沢を求めるだけで深刻さを伴わない開放的で罪悪感のないものだった。ぼくと彼女の関係が具体的な事例だった。
相手があることなのだ。需要と供給の関係なのだ。団魂の世代の子供たちの世代のピークは過ぎて病んだ子供たちが生殖機能を備えて大人の行為の仲間入りをして来る。誘いの魔の手に乗り被害者になるのは彼女達の方ばかりではない。
日本では最近、児童売春の事件が多く報道されている。警官や判事そして教師、事件は枚挙にいとまがない。根本的な供給はあるし需要もある。国家の役務を遂行する公務員だから特に報道されるので児童を買う男側の職業は多岐に渡っている筈だった。
オーム真理教信者を検挙するのに軽微な法律違反で対処した。ぼくたちは立ち小便のした位で検挙はされない。落とし物の現金財布を警察に届けないで拾得物としたからと言って公にならなければ検挙されない。普通の生活をして社会生活を正常に営んでいる。それでも、条例でも禁止されている十八才未満の女の子と交わることは犯罪なのだ。 ぼくは彼女との会話の中でロジックの矛盾を発見した。ぼくは寡黙な方だった。しかし、会話の中での整合性を突き合わせることが出来る記憶力があった。彼女は夏休みの間にぼくに言ったことを忘れてしまっていた。
彼女は夏休みに彼氏のいる大学の男子寮まで遊びに行った。彼氏の大学までは遠く、飛行機でしか行けない距離があった。医学部受験に挫折した彼氏は辺境の国立大学に今年から進学していた。携帯で現況を訪ねるメールを発信すると、暑くて死にそうだけど海が綺麗だと返ってきた。
その間ぼくは相手をしてもらえなかった。彼女と彼との間はそれぞれの親の公認だった。それで夏休みに彼のところに旅行に行ったのだった。大手の銀行に勤めている父親も知っているらしい。勉強さえきちんとしていればその他のことは放任されている環境らしい。しかし、まさか援助交際までやっているとは考えていないだろう。
彼氏の方は母親だけだった。彼女の彼氏は父親の財産を引き継ぐ形の建設会社の跡取りだった。従業員がそのまま残り、母親が会社を切り盛りしているらしい。東京の大学の理工系の学部で設計の勉強をしながら二十三歳まで医科系大学の受験もしていた。でも今年の春が親の支援のリミットの年だったらしい。
彼氏の母親は父親がわりも兼ねていて厳しいらしい。そんな未成年の女の子と付き合っていて捕まるぞと脅されていた。ぼくはどうしてかと聞いた。六歳位の年齢差なんかは大人の男女間では普通でないかと伝えた。
そこで分かった。六歳違いの十七歳だと判明した。そうか、と思った。十八歳と言っていたぼくについた嘘は長い夏休みの間で既に忘れていたのだった。しかも最近十七歳になったばかりらしい。と言うことは半年前の春先は十六歳だったということになる。
知らなかった。腰のくびれから下腹部にかけて幼いと感じたことに間違いはなかった。両親の承認があれば法律的には結婚もできるが公になればぼくが罰せられる年齢でもあるのだ。とにかくぼくは危ない関係を続けている訳だ。来年、彼女が十八歳になれば犯罪行為でなくなる。しかし、過去の事実はどうなるのだろう。彼女がいくら進学校に通っていたとしも、勉強のストレスを抱えたり、彼氏と会えない寂しさから、突発的な行動、例えば万引きをしないとは限らない。もし、補導され補導員の誘導尋問に引っ掛かったらどうしよう。
ぼくは会社など辞めても悔いはなかっった。しかし、近所の手前がある。自宅も構え、家の農業も兼業し土地もある。どこかに転居する訳にもいかないのだ。彼女はこの前、膣外射精を終えた直後バスルームに直行した。後で訳を聞いた。友達が援助交際で妊娠したことを聞いてから不安になっていると聞いた。
もし妊娠したら責任は取ると彼女に言った。ぼくは膣外射精のベテランで、今まで付き合いのあった相手に、一度も失敗したことがないと彼女に伝えた。それでも彼女は不安がっていた。この次に説得出来なければコンドームを付けなければならないだろう。
彼女が理路整然と言った。未成年の場合、C県の決まりでは、産婦人科で堕胎する時、T県と違って両親の承諾がいらないらしい。相手の男の所在を明らかにすればいいそうだ。しかし、同年代の男子校生なら正常な交際の故の結果であるが、親子以上の年齢差から犯罪行為であることが判明してしまう。これからは、彼女の不安を払拭する為に、コンドームを付けないといけないかもしれない。
今までどおりほくが彼女の腹部に射精した直後、彼女は飛び起きて陰部を洗いにバスルームに行くのだろうか。例え相手が未成年でも男と女の関係であることに変わりなかった。情交後の余韻がなくなることが残念だった。彼女は色白に比例し皮膚が弱いのかもしれない。特に陰部の皮膚が弱い。ちょうど小陰茎の挿入部らしい。彼氏にも異常に痛がると言われていた。生身の人間の皮膚よりコンドームだと今よりは擦れて痛がるだろうから、ひよっとして今のまま膣外射精を続けられるかもしれないが、どうなるかは分からない。
高校三年生の彼女は来春都会の大学に行く為の受験勉強で忙しくなるかもしれないと思っていた。もうそろそろ終わりかと思っていた。でも、彼女の本当の歳を知ってしまった。上手くいって今後一年位はこの関係を続けられるかもしれない。しかし、犯罪行為を持続しているのも事実だった。
関係を絶てば問題は解決する。しかし、この危険と隣り合わせの快楽が魅力でもあるのだ。今の会社ではそこそこの給料を貰っている。彼女との関係を続けられるのも経済力に余裕があるからだった。公序良俗に反したかどで新聞沙汰になったら会社をクビになるだろう。そしたら、次の職には当分の間つけないだろう。家業の農業を継いでいても、あのざまだと近所の人に後ろ指を指されるだろう。
危険だ。それでも今のままの関係は止められないのだった。
ぼくは布団の中にいる。ぼくは布団に入る直前までウィスキーを飲みながら一枚のアンケート用紙に向かっていた。気がかりで幾ら杯を重ねても酔いが回らなかった。
役場の農林課が全農家世帯に宛て、調査をする目的でアンケートが配られていた。アンケート用紙は五年後農業をどうしようとしているのかを問うていた。父がぼくに書けと言った。
そんなもの適当に書いておけばいいのでないかと言ったら叱られた。父がぼくを非難した。お前の歳だったらもう子供は大学生になっている。生活に追われ父親として家庭を守るべき責任感が伴う筈だ。そうしないのはお前のちゃらんぽらんの性格から来ると言うのだ。
それ以上父に反論ができなくアンケート用紙を受け取った。田んぼなんかやりたくない。ただ、それだけで今の会社にいた。今の会社に将来を託せなかった。同僚がどんどん昇進していった。そのことは最近は気にならなくなったが年下の上司から叱られてばかりいる職場が苦痛になってきた。
会社には昇進しなくてもそのことをカバーすべきやりたいことや自分を生かすべきことがなかった。年々仕事への情熱がなくなってきていた。ただ、今の会社に籍を置いていると収入的に苦労することがないし、別の職種で適当なものが見つからなかった。それだけで、会社に留まっていた。
会社の仕事に魅力は乏しかった。ただ、惰性でここまできた。リストラ世代で家族を抱えた者は、自分を殺してでも会社に籍を置こうと必死だろう。自分のことなど考えないでただ日々の仕事をこなすだろう。しかし、ぼくには支えるべき家族は年金を貰っている両親だけだった。
難しい案件に関わらないようにしているが上司からの命令だと逃れられない。案件をどう処理するかだけで、日々精神的に参ってしまう。一週間は仕事のノルマや難しい案件を、どうやってこなし目標に近づけるか、そのことが朝から晩まで頭から離れなかった。それに体力がなくなり交渉事は疲れが増した。
自分には長い休息が必要であると思い込んでいて、いつも寝過ぎてボーツとしてしまうほど布団に入っていることが多くなった。テレビも見ないで早めに床に入る。そして、夜中に目覚めてはたまに寝つかれなくなる。休日が待ちどうしかった。テニスやスキー等の、労働に関連しないスポーツで身体を動かし、気分転換することでしか一週間を乗り切れなかった。
日々一日、その延長として一週間をどう乗り切るかということしか考えないで、ここまでの年限を重ねた。好んで今の会社に縛りついていた訳でない。でも、どうなのだろう。今までどの部署に配置転換になっていても、その時々で仕事が面白くなかったり、上司の押しつけが厳しく辛かった時は、新聞の求人欄に目が行った。だが、今の会社を辞めてもろくな仕事はないなと、それ程真剣に考えていなかった。だからずるずるずるとここまで来たのだろう。
同期で一番で課長になった奴も本当かどうか知らないが入社したばかりの頃は上司からの指導が厳しく退職を考えてばかりいたと言っていた。そいつは兄貴が社長をしている家業の食料品店を継ぐのが嫌で会社勤めをしていた。ぼくと考えは似ていた。就職難の時期で仕方なく今の会社にしか入社できなかったのだ。
その同期の奴はいつも背広の胸ポケットに辞表を持っていたとも言っていた。奴の違うところは営業成績はいつもトップで昇進が一番早かったことだった。同じように悩んで、もっと苦労したかもしれない。ぼくは出世だけが人生でないと無理に自分を納得させていた。それと、努力したことが周りに評価されないぼくの人的な欠点もあった。
奴はぼくと同じ極楽トンボであるがどんな部署でもその都度対処できて成績を上げれる能力があった。だから会社からは評価されていて会社を辞める理由はなかった。ぼくみたいにリストラの対象になっている身の者が会社を辞めると人事部は歓迎するだろう。長年、会社に功績を残したとも考えられない。なるようにしかならないと考えているうちにここまできた。
さっきまで五年後どうしたいかを問うている、一枚の農業者用アンケート用紙が目の前にあった。五年後なんか考えたことなどなかった。今の会社は面白くない。農業もしたくない。集団農業に委託するとしても、他の誰がなり手になるのだろう。
部落の集会があった時に皆はどう考えているか聞いてみよう。皆は将来に不安を抱いていないのだろうか。ぼくは今までどうり待ちの姿勢で皆と同じことをするだろう。大体の方向が決まったその頃は体力に基づいた根気がなくなっているだろう。
近所の同世代の者は今まで自分から進んで農機具を操作している者が多い。殆どが妻帯者だ。皆が会社勤めの兼業で、日常生活も精神活動も会社が中心だろう。一家の主としての自覚から、積極的とまでいかなくても農業を続けるだろう。
ぼくにとっては何をするにしても負担なのだ。今の会社を続けるしかないのだろうか。そうするとぼくには楽しい思い出をつくることができないのだろう。「モノより思い出」と言って、モノを売りたいが為の広告を思い出す。
次から次へと消費財を購入したい為、今よりも豊かな生活をしたいが為、家を直し車を乗り換える。近所の人たちはそうしてきたし、元地主の先々代から親父までも、そうしてきた。これからもぼくはそうするしかないのか。消費財に金を掛けることでしか現状を打破できないのだろうか。
ぼくにはどうして楽しかった思い出がないのだろう。今、寝床で思い出すのは、穴に入ってしまいたいような、恥ずかしかったことでしかない。
思い出したくないと念ずれば念ずるほど嫌なことが次々と頭の中に去来する。今は布団の中だ。眠れない。この思いから逃れには寝ることしかないのか。死とはただの眠りに入ることだけかもしれないと自問し、自答した。
ぼくには思い出があった。その思い出が何になるのだろう。これからも彼女と交わりを続け思い出が発生するかもしれない。それが何か人生にプラスになるのだろうか。一時的で刹那的な快楽でしかないだろう。しかも、麻薬のように止めたくても止められず寂しい気持ちにリピートするだけのことだ。
彼女と過ごす時間はほんの僅かしかないのだろう。この禁断の関係をどこまで続けるかを決めるのはぼくでなく彼女の方なのだ。都会の大学に行っても彼女は連絡を取ってくれるだろうか。分からない。学業が休みの時で親元に戻っている同時期、彼女の彼氏も親元に戻って来るのだ。その間はただ侘しい時間でいるのに変わりない。短い限られた期間の間にほんの束の間の快楽を求めるだけのことなのだ。
世間から背徳行為であることを自覚し、秘め事を持つだけの人生なのだろうか。誰にかに伝えたい秘め事。下賤な記憶。そのことを自分の生きてきた記録にしようとしているだけなのだ。しかも、事実は誰にも分からない。
一瞬の快楽は表現できない。終わってしまえば快楽だって切なさに変わる。同じ感覚は二度と体験できないのだ。環境、体調、バイオリズム、総てが絡んでいて最高の性交が体感できる。今以上の快楽を求めようとするのは人間の業なのだろうか。ぼくはいつも寂しいだけで、その性交中のシチュエーションに一時的に身を置き、逃避するだけなのだ。
余程の親しい友達でもこの体験はなかなか話しにできないだろう。誰の為の記録か分からないのだ。本当は話したいし自慢したい。愛がない関係であっても愛は生まれる。行動が先で感情が後になる関係もあるのだ。交わった対象に愛しさを注げることが出来る。
英語では情交のことを「メイクラブ」と言うし、中国語では「作愛」と言う。万国共通の現象なのだ。肉体関係の後に精神が伴ってもいいのだ。体験してみて、ドラッグやいい音楽と比べて、美食に近い生理的別領域の快楽でしかないこと、ミドルティーンとのセックスは何だそんなものか、と言うことを伝えたい。
それは体験した者の強みなのだ。そのうちに過去となった時点で人に話せばいい。酒の席で酔った中での与太話だと聞いてもらっていい。しかし、その時に間違ったことを言わないように忘備的意味で日記のように記録する。
闇の中、パソコンの画面を見つめワープロソフトに向かう自分がいた。いや、いたのだろう。自分の頭の中に……。