「ねえ、ここはどこなの?」
「さて、ここはどこだろう。都心のある老舗のビアホールかもしれない。あるいは同じ都心にあっても別の飲食店、例えば焼き肉店にいるかもしれない。元々のきっかけはビアホールで聞いた君の話が元になっているんだ」
「どんな話だっけ?」
「君と交わした会話はこんな風なんだ。例えば、君にこう聞いたんだ。『あそこ、まだ痛むの?』すると君はこう答えたんだ。『まだ、痛むけれど、前ほどではないの』とそう答えたね」
「そうね、そんな話をしたこともあったかもしれないわね。それはどんな内容だったっけ?」
「そうだね、『入れられる時は下の方が相変わらず痛いけれど、少しだけ前と違って感じるようになってきた』って言ってたよ」
「そんなこと言ってたかな?」
「うん、言ってたよ」
「そうかな? でも、言っていることは間違いではないみたいかな。気持ちいいとはどんなのかなって今になって分かってきたのかな」
「君のその話を思い出して、こんなふうに互いが会話する様なシチュエーションが頭の中に浮かんだんだ」
「あなたって、そんなことばかり考えているのね。エロ親爺じゃん」
「いや、そんな中でも何かをふと感じたんだ。だから、この会話の中で表現したかったんだ」
「どんなことを?」
「性器のことを喋っていて、男女の二人だけの秘め事を語っているようだけど、何か他のものと同じようなものがあるように感じたんだ」
「何?」
「その時は、ぼく達二人だけの秘め事に関してで、その瞬間でしか発生しない会話かもしれない。それでも、男女のカップル間で喋っている普遍的に共通したものがあるかもしれないと思ったんだ」
「具体的に言ったら?」
「その身体の一部分のことを喋っている状況は二人で何か共通なものを話題として喋っていると思ったんだ」
「どんなもの?」
「例えば、君の性器の入口の下の部分が痛むとすると、触りながら『ここ?』って言うとするね」
「嫌らしい」
「まあ、聞いてみてよ。そこは別の身体の一部分でもいいし、そこを触りながら『どう?』なんて喋っているとする。すると君は『痛い』とか『ちょっと感じる』とか言うとする。それは、感覚だけど対象のあるものに代えられないのかなと思ったんだよ」
「代えられる訳がないじゃない」
「分からないよ。やってみなければね。例えば水子があるとする。あれは人ではないけれど、生命体の元でもあるし、細胞の固まりでもあるよね」
「それが、どうかしたの?」
「『気持ちいい』という現象は感覚だけれど、その状態を言葉にする時はある概念に近いものだと思う」
「それが何か関係あるの」
「痛みや性感帯を語る時の概念が共通している。生命体ではない。分子構造を持った物質でもないし、有機体でも細胞体でもない。二人の間に介する物質でもない。ただ、共通の概念を持つことができないかなと思ったんだ」
「何か難しい。何言ってるのか分からない」
「ぼくも、喋っていて何を言っているのか分からなくなった。ぼくらは子供がつくれない状態にあるよね。君は子供をいつかはつくりたいという願望を述べていた。その対象になるのも、媒体になるのもぼくでないことは明らかだ。ぼくらの関係は日本の今の時代背景では認知されない状況だね」
「そうね」
「日本の社会では認められない関係にあるけれど、世界ではもっと不条理とも言える劣悪な環境下であっても、子供が生まれている。衛生状態がまともでない未開発国に限って、乳児から子供までの死亡率が高い。死ぬ確率が高いから数多く生むことで種を存続させようとしている。生殖本能に連動していのかな? ぼくから見ているとそうしか思えないよ」
「かもね」
「まるで、動植物の世界のように食物連鎖の中で他の動物に食われることを見越して、それでもある絶対数が残れば種として存続していけるようにね。貧しい国々の人は特に意識しないでそうしているのかな?」
「それが、前の話と何か関係があるの?」
「あ、そうか。話がそれてしまった。ぼく達は世間から認められていない存在だね。世間で認められない関係の中で、仮にぼく達の間に子供ができたとしたらどうだろう。それでも、世界の実情から見てまだましだとは思う。日本は今のところ豊かで、近い将来までは、贅沢をしない程度なら食べていける。ただ、生きていくだけに限れば大丈夫だと思うけれど…」
「それが、どうかしたの」
「ぼく達の関係を世間の人達は倫理に反していると言う。感情の部分で拒絶するのだと思う。自分自身に当てはめれば、そんな型に嵌まっていない自由な関係に憧れはある。しかし、そんなことを許していたら、自分の子供がそんな境遇になったら不自然だと思う。日本人は変わったことをする者を認めようとしないし、自分達は皆と同じことをしていれば安心するんだ。親達は生活に汲々として、生活のストレスを発散する場がない。良き社会人として仮装し、自分達を正当化しようとしている。そして、定型化していない家族を異邦人のように差別する」
「何でそんな極端な話に向かうのかな」
「ああ、また話が逸れた。感覚的な対象の概念と子供を語ることも一緒じゃないかと仮定してみたんだ」
「そんなこと、一緒である訳がないじゃない」
「そうかな? できるかできないかはここの世界が構築できるかで決まるのだと思うけれど」
「ここの、世界とは?」
「今、書かれている中の状況だよ」
「書かれている状況って?」
「君とぼくの会話は作者の頭の中で思い浮かべたことだよ。作者は書くまではいろんなことを考えた。今、喋っているようなことは、実際に君と会話したことはないけれど、現実に話した一部を引用して書いているんだ」
「それが、ビアホールでの会話なの?」
「そうそう、ビアホールだった。休日の昼下がりにビールを待つ間に実際にあった会話が含まれているんだ。二人でビールを待つ時にはこんなに饒舌でもなかったし、こんなに理屈っぽくはなかった。昼下がりのビアホールでアンニュイな時を過ごしていた。『まだ、痛む?』とか『感じる?』とかという会話に止まっていたよね」
「それが、どうしてこうなったの」
「どうしてかな。実際は最初にノートにメモ書きしてあった。それを見て会話風だったらどうなるか試してみたかったんだ。そして、ワープロソフトに転記しているうちに何行かの文章に増えていったんだ」
「どこで、書いたの」
「最初は図書館だったかな。読書をしている間に思いついたことをノートにメモ書きしてあったのかな。ノートの一頁めと二頁めの間には一ヵ月以上の中断があったし、その一頁の間でも一気に書いた部分もあったし、何日間も中断していた部分もあった」
「何が言いたいの?」
「こうやって書かれていることが連続されているように読者には感じられる筈だけど、実際には間断がある。テレビで放映されるドラマや映画は、途中のコマーシャルの間に水分補給したりトイレに行ったりしても、また元の場所に戻り画面を見る。すると、直ぐにヒロインに感情移入してしまう」
「それが、どうしたの?」
「読書が顕著なことでないかな、本の各章で区切りで読むのを止めればいいのかもしれないけれど、いつもそんな訳にはいかない。そこで、栞の挟んである文章の途中から読んだとしても、少し前からの文章を読めば途中から違和感なく読み進められる。実用書とかではなくて、小説みたいな状況描写の場面でも、途中からその世界に入れる。書く方も読む方も似たようなことでないかなと思っているんだ」
「だから?」
「だから、ぼくがこうやって書いていても、どれだけの時間の中断があっても、ここの世界は成立するということだよ」
「変なこじつけ」
「こじつけじゃないさ。書かれた世界もこれを読む方の人も似たような世界にいるんじゃないかと仮定してみたんだよ。ぼくを語らせている作者がいる。作者が主体としている意識がここに顕在化している訳さ」
「ふうん、何言っているのか分からない。でも、こんな風に二人で語りあっている場面だけの演劇やドラマは他にあったよ。誰かがやってしまったことだよ」
「こんなの、誰がやったかな? こんな語りだけで状況が構築されるような演劇なんてぼくは観た覚えがないな。観た覚えがないことにすれば、ぼくの頭の中ではオリジナルだよ。ここの中では、ぼくだけが全てなんだよ」
「変なの」
「『我思う、故に我あり』と言うところかな」
「やっぱり、こじつけだよ。ところで、ビアホールでの会話はどうなったの?」
「そうだったね。君に言われなければ、収拾がつかなくなるところだった。君にはそんな役割を期待してこの会話に登場してもらっているんだ」
「だから、ビアホールの時の会話はどうなの?」
「ビアホールではないことにするよ。ここは、やっぱり、焼き肉店にする。そこで、君と差し向かいで焼き肉を食べていることにすればいいのさ」
「何で変わったの?」
「これからの展開が面白いからだよ」
「どんな風になるの」
「都会で名の知れたある焼き肉店があるとするんだ。そこで二人は焼き肉を注文して食べている。ある変わった焼き肉がメニューに載っていた。それは豚や牛の膣だった」
「きもい」
「でも、そんなメニューが実際にあるらしい。これから書くけど、それは図書館で調べるかもしれないし、手っとり早くインターネットで検索して書くかもしれない」
「まだ、調べてないの? 呆れた」
「そうなんだよ。作業的なものはつまらないと感じるんだ。自分なりの感性から出たものならともかく、事実とかを調べることが必要ことは苦手だな。読んでいる読者に説明とか、共通の認識を持つためのものを、取捨選択することは面倒かな。事実であるかもしれないけれど、真実ではないかもしれないしさ」
「呆れた。単にものぐさと感じる性格だけじゃないの」
「だけど、面倒だと思うことは合理的に物事をこなす原動力だと思うけど」
「それもこじつけよ」
「とにかく、これからの展開次第では調べておくことにするよ。別にここの中のことだけだから、調べ終わったことにしてもいいのだけどね。本当のところ、ぼく…、と言うか、作者の実態は分からない」
「もう…」
「ぼくの場合だけど、食肉とか内臓の部位、例えばレバーの部分なら食べてみて分かるけど、その他はあまり分からない。腹の中に入ってしまえば何だっていい、牛肉なら、後で聞いてそれがハツだとかタンと言う名前があったと分かる位かな。ぼくは食通ではないと言うことだよ。かろうじて、牛や豚肉、鶏肉の違いは分かる程度かな」
「馬鹿じゃん」
「ぼくは君と焼き肉店にいる。実際は作者の頭の中の架空の世界にいる。語られている中ではここが舞台の上だったとしたらという設定でもあるんだ」
「じゃ、私は舞台に立っている訳? 恰好は?」
「今のところ、描いてないから素っ裸」
「馬鹿」
「そう、言うと思ったよ。一応、下着は身につけていることにしようかな。そうでないと舞台を見る観客にはヌードショーと思われてしまうしね」
「……アホくさ」
「それじゃ、状況を簡素化して、君はジーパンをはいてTシャツを着ている。今、言った服装で君は舞台に出ている。そして、ここは焼き肉店という状況で舞台の中央には肉を焼くコンロだけがある。ぼくが語るだけならそれだけでいいんだよ。舞台では、一応男女二人がいる。そして、ここからもぼくが主に語ることにする。ぼくは、作者兼登場人物でここのかたりべ役の男とする。読者や観客はぼくの服装は適当に想像してほしい。ぼくの格好はと言うと、今までの言動からして、ダンディでないと思って構わない。上下のトレーナー姿とかを思い描いてほしい」
「それで」
「ぼくはその焼き店で焼かれている肉片を見て思ったんだ。その内蔵を良く見ると腸の一部みたいだったんだ。食べてみると、こりこりした食感があった。そのぶつ切りした部分は、胃に近い部分だろうか、肛門に近い部分だろうか、と考えていたんだ。肛門に近いなら、膣の部分にも似ていると思ったんだ」
「考えていることが変態ぽい」
「実を言うと、それには伏線があるんだ。ぼくは君の言葉に触発されて、こんなことを語っていることになっているけど、ぼくを語らせる作者はメモ書きノートを見返したんだ。日付はちょうど一年前だった。去年の欄に変なイラストが描いてあったんだ。作者の絵コンテのつもりだったのだろう。牛か豚と注記してあって、イラストには◎に縦線を一本引いてあった。誰が見ても女性性器を象徴する図が描いてあった。その横に矢印が引いてあって全く同じ図のイラストが描いてあった。そこにも注記があって人間のものと書いてあった。たぶん、雌の生殖器としては似たようなものだと思ったのだろう。実際にこの目で見てみた訳でないけれど、参考資料を見る限りは、馬、牛、豚の雄の性器であるペニスの形状が人間に近いことからして、それを挿入する雌の性器も同じ形をしていると思ったんだ。それが根拠かな」
「それで?」
「焼き肉店で膣を食べたらどんな食感でどんな味がするだろうと思ったんだ。ぼくは食通でもないし、ゲテモノ食いの趣味もない。ただ、興味を持っただけだよ」
「やっぱり、変だよ」
「変かな? それと、焼き肉店の肉に人間の膣が焼かれていたらどうかな」
「げっ」
「タレを付けたら家畜の肉とも、人間の肉とも区別ができないのではないかと思った。ここまでは想像だけのことで実体験はない。仮定でのことだよ」
「当たり前よ。そんな人間の膣なんてどこで調達するのよ」
「だから、仮定の話だと言ったじゃない。想像の世界なら、そんなこともありかな、と思わないかな。それだけの想像力はあるのが人間だと思うけれどな」
「おぞましい想像よ。考えるだけでも気味が悪い」
「おそらく、焼き肉店で膣を腸の部分に混ぜて食べさせても分からないと思う。誰かに食べさせる光景は想像できるけどね。知らないで食べたら膣だと分からないと思う。ただ、人肉の感触までは分からないけどね」
「分かりたくもないわ」
「でも、君は膣の入り口の下部が弱い」
「急に、何よ?」
「医食同源と言うしさ、君は弱い部分と同じところを食べればいいんだよ」
「私の身体の話題は出さないで! 頭にくるわね。私の身体と関係ないと思う」
「うん、悪い悪い。唐突に例えて悪かったと思う。事実として牛や、豚、鶏肉には睾丸がメニューにあるらしいんだ。男が精力をつけるのと同じことで、女にも冷え性にはこれ、貧血にはこれ、性交時に膣が濡れないのにはこの食物と言う具合に、食べ合わせがあるのと同じことじゃないかな? 身体に食べ物が関係しているかもしれないよ」
「何? 私に対しての皮肉?」
「ぼくだって精力が弱い。そのことを君は知っている。ホルモンを食べればいいのかもしれない。君も分かっているとは思うけれど、実際にホルモンと言っても家畜の内臓のことで、分泌ホルモンを含んでいる訳ではないよね。ホルモンを分泌してしていたことのある臓物だけど、タンパク質でできた、単に入れ物の部分を食べているんだ。それでも、昔から人間の考えることは一緒だよ。例えば、熊や鹿の睾丸が使われて漢方薬になっている。昔から精力剤として珍重されている。高価に取引されているから、効能は実証済らしい。だから、弱い部分を食べるとその部分が強化されたり治ったりするかもしれないよ。あながち迷信とか効能がないとは言い切れないと思うよ」
「私はそんなことは信じたくないわ」
「それよりもホルモンで思い出したけど環境ホルモンは微量でも生体系を乱すらしいね。人間の口の中に入る食べ物に関連するから、この問題は無視はできないことだよ。今回のホルモンは内臓を焼いて食べることだけど、本当のホルモンのことが心配だね。そう言えば環境ホルモンの影響で雄が比率的に少なくなっているらしい。動物だけでなく、人間の若者の精子の数が環境ホルモンの影響なのか減っているらしい。女が強くなって、逆に女々しい草食系男子が増えてきたのも、何か関係があるのかな? 学者が調査したデータでは環境ホルモンと精子の減少は関連があるらしいけれどね。実際のところは結論付けるのはまだ早い。けど、事実として世間全体の男が弱くなっている印象は拭えない気がする。先進国に近づくにつれて平和ぼけと言うか、女系中心世界になっていくのかな? 君はどう思う?」
「俊発的な力を必要とする仕事以外は何でも女にできると思う。女性の社会進出は必要なことよ。ただ、生存競争原理を受け入れるのには慣れていないかもしれないけど」
「そうだよ、男と同じように頑張るとストレスが発生する。中には君のように堅実に将来のために貯金している者もいるかもしれないけれど、稼いだ金を自分のストレスを和らげるために使う女もいるだろう。エステや旅行でストレスを解消する位ならいいけど、ホストに入れ上げる女まで出てくる。じゃ、最初からストレスを生み出す職場にいなければいいのにと思うよ。何か矛盾しているように感じるけどね。それでなくても、今の日本では女に不利だね。ストレスが増して、環境面からも子供をつくり難い社会になっているね」
「何が言いたいの」
「あ、また会話の方向がずれた。環境ホルモンに関して作者が思いついたことをぼくに喋らせたらしい。それで、話が逸れてしまった。そうそう、ぼく達は焼き肉を食べるシーンに入るんだ。ここに前から当然あるかのように焼き肉用コンロがある。舞台が暗転して、ここは焼き肉店の客席の設定になっているんだ」
「君は目の前にいる。そして、食材が運ばれてくる。皿には血の滴っている肉の固まりが出て来るんだ」
「本当にそんなシーンを設定するの」
「そう、そんな流れになってしまったんだ」
「そんな中に登場するのは嫌よ。私の役は?」
「ぼくの目の前にいてじっと動作を見ているだけいいよ。骨付カルビみたいのではないんだ。骨の部分の断面は見えない。一塊になった肉の断面は赤黒い。そこにはぼくの見慣れた部位がある。皿にはナイフとフォークがある。ナイフと言っても、フランス料理に出てくるようなのではなくて、医師がオペに使うような鋭利な刃を持った代物なんだ。その肉魂をそのナイフで切り分けするんだ。そこを描写するとこうなるんだ。手術をする前のように陰毛はない。元々の状態では毛深かった筈だ。毛深い女は情が深いと言う。君は確かにそういう傾向にあった」
「冗談でしょ。目の前にあるのは私のなの?」
「いや、誰のでもないし、誰のでもある」
「ぼくはその襞を数えきれないくらいに押し開いて見てみたことがあった。今回も中には小さく丸い突起物があった。突起物はどれもこれもだいたい似たような形をしている。見てきたそれぞれの襞の大きさには若干の違いがあった。しかも、薄いのもあったし厚いのもあった。共通していることは、回りの皮膚よりは黒ずんでいることだ」
「ああ、嫌だ」
「想像しなくても結構。想像してみるのも自由。ぼくはただ言葉を連ねているだけの状況なんだ。続けると、その襞の部分をナイフで切り取る。若い細胞なら生でも食べられないことはないかもしれない。それこそ、イメージだけのことだけど…。そのやや黒ずんだ部分にナイフを入れて切り取る。その部分は新鮮かどうか分からない。幼児から十代、そして二十代から高齢者までの年齢幅がある。それぞれ、味は違うのだろうか。肉本来の味を知るために塩だけを振りかけて食べたらどうだろう。コンロの上に焼けた網が乗っている。ほら、舞台の音響効果ではジュージューと肉が焼ける音が鳴っている」
「肉を焼く音? 蝉が鳴いているのかと思った」
「頁の関係で音響まで配慮ができないんだ。無音でも構わなような状況にしていいのだし、どんな舞台でも簡単にできることにもなるんだ。そこに肉魂がある。見ず知らずの人間の部位なら食べられるだろうか。それとも、愛した相手の部位なら食べられるのだろうか。ある隣国では犬の肉を食べる。さっきまで家で飼っていて一緒に遊んでいた犬を食べるそうだ。その国では日常茶飯事のことで異常なことではないらしいんだ。犬を家畜として飼っているからなのだろう。所変われば品変わるで、日本だって非難の対象の例外でない。鯨の肉は戦後の食料難の時代には貴重なタンパク源だった。鯨肉で育った日本人も世代的には多い筈だと思う。欧米人は鯨を食べる日本人を非難する。欧米人にとって鯨は食べる生き物の対象でないからだよ。イルカと同じく人間の身近にいる可愛い生き物というイメージがあるのだと思うよ。欧米人からしたら日本人は野蛮人としか映らないらしい。欧米人は鯨に対するイメージが違うからさ。犬を食べるのと一緒だと思っているのだろうね。それと、タコを食べるのも日本人をゲテモノ食いの人種にしている。地中海料理にはちゃんとタコ料理はあるのにね。あ、また関係なかったかな?」
「そんな他国の人の食感覚なんて分からないよ」
「でも、想像してみたら、家畜業者の飼っている牛や豚だって小さい頃は可愛い。その家畜業者の子どもは小さい家畜と無邪気に一緒に遊んでいただろう。でも、小さい家畜も大きくなれば食べられてしまうことは分かるようになる。命の尊さは分かるけれど、虚しさだって分かると思う。『いただきます』は命をいただくことだと分かる」
「何か関係あるの」
「また、話しがずれた」
「愛した相手の局部を食べる。グロテスクな部分をだ。肛門だったら、特別な料理方法でなければ口にできないだろう。その部分だったらどうなのだろう。使い込んでいるなら噛み応えがあるだろうかとか、いろんなことを考えてしまう。グロテスクな物は美味なのだろうか。グロテスクな生き物の代表格であるナマコは珍味だ」
「良く、そこまで語れるわね」
「まだまだ。ピカソは晩年の死ぬ直前まで女性の局部ばかりを描いていたらしい。ぼくと考えは少し似ている」
「どこが?」
「グロテスクなものに美があるのだろうかと言うことだよ。描き方で美的に見えるようになるのだろうかと、死ぬまで探求したのだろうと思う。グロテスクにしか見えないものに引かれるのはなぜだろう。人間の女性性器は、主に外陰茎と内陰茎の形状の相違がある。医学文献上では、細かな形状の差異として、何百種類以上を分類している。女性性器の外側に限っては単純でないらしい。ただ、膣そのものの形の違いはあまりないと思う。女性性器のある一部に細かい違いはあっても概念的には同じものの筈だ。違いがある筈だと思い込み、男は相手を代えて交尾を求めようとする。別な女へとアタックする。相手を替えると精力を盛り返してしまうのは男の性なのだろうか。子どもをつくるが目的なのか、本能のまま行動しているのか、考えるとキリがない」
「よくもまあ、それだけ思いついたものね。いつもそんなことを考えていたのだと思うと呆れる。聞いている私のことはどうなるの。あなたは私のことを、現実に関わったことのある、実在している女性をイメージして書いているわ。でも、実際、その彼女だったら『そんな、話は聞きたくないわ』と即座に遮る筈よ。現実には彼女の立場の方が強いでしょ。いつも、行動の発端を彼女が優先して決めているでしょ。わがままな彼女はそんな気味の悪い話しを聞き続ける訳がないじゃない。非現実の中で、聞き役に徹するように、あなたが独断で私を登場させただけじゃないの。これ以上、あなたの横柄に付き合うなことはできないわ」
「何とでも、言っていいさ。これはぼくの世界なんだ。ところでそれはどんな味がしたのだろう。これを読んでいる、あるいは聞いている、皆さんがイメージしてほしい。核のない世界。紛争のない世界。差別や格差のない世界。国境のない世界。動物や植物らの生物と、物質との概念に、違いのない世界。……それらと同じように、さあ、皆さん、イメージしてください……それを食べているぼくの姿を……」