─後、少し経つと彼女と会える。彼女の到着を待ちながら、K駅前のホテルの一室で、時間待ちの間にノートパソコンを広げている。今度の性行為は期待外れとなるだろうか。それとも、飽くなき快楽の記憶となるのだろうか。そのことは予想できない。
 この前は彼女の膣内へ挿入ができなかった。たかが挿入をしなかっただけでないかと思うかもしれない。が、挿入したかしないで大きく何かが違う。どう違うのかと言えば、実際に自分のペニスが膣に包まれていると、妙な安心感がある。ただ、そのままじっとしていることはないだろう。彼女の喘ぎ声を聞いてしまえば、我を忘れて腰を突き動かしてしまう。
 犬や猫が交尾をしているところを目撃したことがある。雄も雌も人間のように顔を歪めて快楽を表現するわけではない。平穏で穏やかな顔つきだ。快楽を求めるのではなく、自然のまま、本能のままに動いているだけなのだろう。人は自分の表情は分からない。彼女の膣に挿入した時、一時動きを止める。彼女の膣に自分のペニスが包まれていると、帰る場所に戻ったような、何とも言えない安心感に浸れる。─
 目の前には裸同士で絡み合う若い男女がいた。女の方は見覚えがある。ぼくである筆者が、目の前で行われるであろう光景を思い描きながら、この文章を書いている。
 思い描かれている状況の中で、目の前にいる筈の女は、知り合いと言うよりも、もっと深い仲だ。目の前にいる女と性行為を行ったことがある。その女と目の前で繰り広げられようとしていることと、似たような行為を、最近した筈だった。
 「した筈だった」と言うのは当事者である筆者が性行為を行ったことに対しての思いだった。女の身体に触れた筈の指や掌には曖昧な感触しかなく、確かな感触が残っていなかった。しかも、自分がどんなことをしていたのか客観的に見られない。筆者の行った性行為をビデオか何かで撮影されていたとする。その映像を見て、客観的にでも表現しない限り、読者には詳細に伝わらないのかもしれない。自己中心的で、かつ曖昧な記憶の残像でしか、ここの文中では表現できないのだ。
 だから、目の前で行われようとしている光景は、仮想現実のことでしかない。見たこともない妄想を筆者がこうやって書こうとしているのだ。筆者が思い描く状況の中で目の前の若い男女が睦み合っていた。一方の若い男は女の彼氏だった。
 ─彼女からメールがあった。「Kでいいよー」午前三時になっていた。彼女は連休に実家へ帰るらしい。彼女と彼女の彼氏は、育った時期の郷土が共通していた。二人には、近県にそれぞれの実家があった。二人は時々、実家に帰省していた。今回、彼氏と一緒ではなく、一人で実家に帰れることになった。そのことを先日メールで伝えてきた。連休の間を利用して彼女と近間の観光地へ小旅行に行くことになった。それで彼女はKでいいと言うメールを返してきたのだった。
 以前のメール連絡時に、質問も書き添えた。「その両日はKに行くことは大丈夫だと思う。何日から何日まで実家にいるの?」。そうすればメールが途絶えることはないと思ったからだ。何日に帰りいつまでいるかという返信はあった。Kに行くのはちょうど連休の中頃に当たる。二日前、彼女から連休に一人で実家に帰れそうだと連絡してきた。先程の「Kでいいよー」というメールはちょうど三時間半前に送ったメールに対しての返事だった。その時点で、数日後、彼女と会えることになった。─
 最近、筆者はその女と性行為を行った。性行為を行う直前に女と話をした。女は彼氏とはあまりセックスをしていないと言う。事実だろうか? 会話での記憶を頼りに筆者はこれを書いている。
「彼氏といつもできていいね。いつもやっているの?」と聞いた。女と彼氏は同棲しているから、いつでもセックスは行える。日にちの間隔を置かないでセックスをしていても不思議ではない。筆者の問い掛けには、軽い嫉妬心が含まれていたかもしれない。
「何でこんな時にそんなことを聞かなくていけないの?」 女は不機嫌さを伝えたいのか、ややぶっきらぼうな物言いだった。その時、筆者は女と久しぶりに性行為を行おうとしていた。二人が離れ離れになっていた間の、距離と時間を埋め合わせようとする行為になる筈だった。筆者の問い掛けに対しての疑問符は、久しぶりに睦み合う機会なのに、なぜ直前にそんなことを聞くのかという問いだった。確かにその場の雰囲気に合わない、筆者の愚直な問いに、女は素直に答えた。
「三ヵ月に一度位かな」
 筆者と女はセックスをするのは不定期だった。何かの具合で、一ヵ月の間に二回もセックスが行えることもある。休日の二日間の間で二回の時もある。そうかと思えば、半年間のブランクがあることもある。筆者は今、計算してみた。年間で平均すると二カ月に一度のセックスを行っていた。女の言っていることを信じるならば、女は彼氏以上のペースで筆者とセックスを行っていることになる。
 筆者に気をつかって彼女はそう言ったのだろうか、実態は分からない。セックスをしなくても女と彼氏の仲は睦まじい。二人はこれまでに決して短くない時間を費やし、一緒に行動し、時間の共有をしてきた。女と彼氏の間には離れるための口実が全く見当たらない。
 積み重ねられたものがあり、既に離れられない仲になっているのだ。二人の間では互いが精神的な支柱となっている。そのことを二人は認め合っていた。セックスによって愛を確かめ合う時期はとうに過ぎていて、両者の関係は既に安定期に入っている。
 女は「一通り」の性行為を体験していた。女は性行為に関しては無知ではない。世間一般の基準ではどこまでを「一通り」という言うのか分からない。筆者の見解で「一通り」の基準を言ってみる。アブノーマルでなく、仲のいい男女が通常行うだろう性行為のことを「一通り」と表現している。女と彼氏の間で、セックスという行為が、繰り広がれようとしている。
 ─メールは返信してくるまで時間的なロスがあった。最初のメールが来たのは午後一一時半頃だった。県境を超え、彼女の実家近くで逢い引きする手もあった。選択を問うメールを送信した。メールの返事が来たのは日にちをまたいで午前三時頃だった。その間には三時間半のブランクがある。その間に何をしていたのだろう。風呂に入った後、夜食を取っていたにしては、時間が掛かりすぎる。彼女は彼氏に実家に帰ることを伝えた後かもしれない。その後、彼氏と久々に交わっているのかもしれない。次の日は連休前にぽつんと空白のようにある月末前の祝日だった。世間ではその日が大型連休の初日に当たると言う。しかし、暦どおりにしか休日をもらうことができない者にとって、週末の土曜日が、実質的な大型連休の初日に当たる。
 彼女と彼氏との性交の場面を、妄想してもしょうがないから、考えないようにしていた。彼女に関しては、長年の間に、頭のスイッチをオフにする術を身につけていた。数日後に実際に彼女の肌に触れることができる。少し前、彼女の所に会いに行った。久々に会えた。前回は、三カ月振りの再会だった。
 前回、彼女に会いに行った時、話題には出ていた。ひょっとして連休は実家に一人で帰ることができるかもしれないとのことだった。そうしたら会えるかもしれないと示唆されていた。その時はまだ決定してなかった。
 その時、久しぶりに性行為を行えた。それなのに彼女の膣内に挿入できなかった。彼女は生理中だった。彼女が生理中でもセックスをしたことは過去に何度もある。痛みであっても、快楽を感じているのと似た表情になる。その表情を見る筆者にM気の趣味はない。彼女は遠慮なく「痛い、痛い」と繰り返し言う。その言葉を聞くのはあまり気分のいいものでない。
 その気になればセックスはできたかもしれない。万が一、勃起しないことも考えて、ED医薬品を飲んでいた。ファイザー社製のバイアグラではなくて、頭痛などの副作用のない、漢方系の性機能障害対応医薬品を飲んでいた。だから、無理にでも挿入は可能だったと思う。彼女の苦痛を訴える声を聞きながらでも、性交はできたと思う。しかし、その日は彼女の膣内への挿入は控えた。
 生理は前日から始まったらしい。そのことはシャワーを浴びる直前に彼女から聞いた。なぜ、黙っていたのだろう。都会まで飛行機に乗って会いに行っていた。ホテルに着く前、それまで居た飲食店ではそんな話題はでなかった。食事中の雰囲気にそぐわない話題だと遠慮したのだろう。
 セックスに入る前にベット上で話しを聞いた。彼女が現在の体調を喋った。前日から生理が始まったのだが、それまでは生理不純になっていて予期はできなかったらしいのだ。三カ月前に会った時は生理不順などの体調の異状はなかった。三カ月以上、生理がなかったと彼女は率直に言った。
 だから、生理が止まっていたのは、一昨日までらしい。派遣社員として毎日長時間勤務を強いられていた。時給単位では低額だったが、毎日の積み重ねで、一カ月総額としては、一般の正社員よりは給与総額は高いと言っていた。しかし、身体がもたないと言っていた。まだ若いから何とか毎日午後一一時頃の帰宅でも耐えられているのだ。しかし、これからもずっと続くとなると、今後の体調面に不安があった。彼女は自分の職場環境が劣悪なことを自覚していた。このままの労働条件が続くことを懸念していた。
 過酷な労働条件下で生理が止まったのだろうか。しかし、ここ数日は早く帰れた日もあったそうだ。それが、体調を戻した原因なのだろうか。それとも、あのラーメン店から彼女の携帯電話に掛けた時、こちらの声を聞いてから生理の兆候がでたのだろうか。そんなことはないと思う。自分勝手な妄想だ。
 彼女の膣に中指を一本入れみた。その時点では湿りけがあった。シャワーを浴びた時の水分が膣内に残っているのかと思った。しかし、ベット脇の照明の光に指をかざしてみた。指先には影があるように見えた。
 彼女の血だった。昼白色の蛍光灯の下では鮮血として見えたかもしれない。照明器具内の電球の明かりだけでは、指をかざしても薄墨が手に付いたようにしか見えない。
 今まで使っていたのはソープランドで使用するような刺激の少ない普通のローションだった。口に入れてもいい海藻が主成分のローションだった。その日は試しに通販で買った別のローションを使ってみた。
 そのローションの中には刺激作用がある成分が含まれていたのかもしれない。安物のローションだったので唐辛子に似た成分が入っていたのかもしれない。普通の女性の肌には適度な刺激となって気持ちいいのかもしれない。が、皮膚の弱い彼女には刺激が強すぎたらしい。「痛い、痛い」と何度も言いながらバスルームに向かった。彼女は時間を掛け、シャワーで内陰茎や膣内に付着したローションを、丁寧に洗い流していた。
 ベットに横たわり一人待っていた。しばらくして、二人は何事もなかったように、同時に腕を絡ませ、再び抱き合った。前まで使用していたローションは持参してこなかった。唾をつけて行っても良かった。が、止めた。それ以後、彼女の膣に指は入れないようにした。生理中だと膣に傷がつくかもしれないからだ。結局、ペニスを彼女の膣に挿入するのも止めることにした。何年か前までは彼女が生理中でも無頓着だった。セックスを支障なく行っていた。
 以前はそれほど強引に行ったという意識はなかった。彼女の同意があるからと、生理中でも平穏に事を済ませた。彼女が十代の学生だった頃、痛いとは言なかった。いつもの性交時と全く変わらなかった。しかし、最近は痛い時は遠慮なく「痛い」と言う。その日、彼女は入れても構わないと言った。が、止めた。
 そこで、最初はキスをしながら抱き合い、彼女に自分のペニスを握らせた。十代の時の彼女と彼氏なら、互いの勝手は知っているのだろう。彼氏からは、フェラチオとともに、ペニスの握り方で一番気持ちが良くなるような手ほどきを受けていただろう。ところが、自分の場合、まともなフェラチオをやってもらったことは、今までに無い等しい。どんな時でも、ペニスは彼女の膣に入れるものだった。そして、生理中でもセックスをしていた。
 だから、フェラチオのように入念にペニスを触らせる必要もなかった。自分でオナニーをするような、射精が上手くいくペニスの握り方を、彼女に教えたことは、今までなかった。金で契約してセックスを行う状況下では、特に必要なことでなかった。性欲解消の範疇にそんなオプションはなかった訳だ。
 その時、彼女のペニスの握り方では射精には時間が掛かりすぎた。彼女の掌はペニスの鬼頭部分を握るのではなく指先でペニスの中央位置を擦った。擦る場所は同じでも、射精に導くような力の入れ具合が、自分で行うオナニーとは違うのだった。彼女はプロではないのだから、当然と言えば当然なのだった。
 振幅動作をどれだけやっても射精までいかなかった。彼女の指の、上下往復スピードが下がってきた。彼女の手の動きが遅くなった。疲れが感じられた。彼女の手を押え、動作を止めた。キスをしながら抱き合い、自分自身の手で自分のペニスをしごくようにした。
 射精した。オナニー後に自分でいつもしているように、ティッシュペーパーで精液を拭き取るまでは、ペニスの包茎部分で鬼頭部分を塞ぎ、精液が漏れるのを防いでいた。右手でペニスを掴んだまま立ちつくし、ティッシュペーパーの有り場所を探す姿は、彼女から見て滑稽だったかもしれない。
 彼女に「何か惨めな格好だね」と言いながらティッシュペーパーを探した。ダブルベット脇のラックにティッシュペーパーはなかった。ちょうどベッドの前に寝間着を入る小タンスがあった。その上に、ティッシュペーパーを入れた長方形の黒い調度品があった。
 その後、彼女に話し掛けた。
「学生の頃は生理に関係なくできたよね」
「あの頃は普通の時も、生理中の時も、痛いことに変わりなかったから」と答えた。─
 女は仰向けになっていた。うつ伏せになった男の下になっていた。顔と顔が交差しているので、最初はキスを始めたらしい。
 筆者は常々過去の状況を思い出す。女はキスが好きだ。相手が誰であれキスと言う行為が好きらしい。フェラチオと同じで、デープキスは嫌いだ。逆に、軽く唇を触れ合うフレンチキスが大好きだ。つがいの小鳥がくちばしを突つき合うようなキスが好きだ。女は軽いキスを好む。キス・フェチと言ってもいい。軽いキスができる相手なら、誰でかまわないのではないのかと思える位だ。
 フレンチキスなら延々と続けていても文句を言わない。セックスは相手が求めるから与えるだけのもので、女の方はキスだけで終えても構わないと思っているのかもしれない。
 筆者の方からキスをやめない限り続くのだ。時間を費やしてキスを延々と続けると唇の皮膚が炎症を起こしかねない。しかし、炎症までは至らないうちに筆者はキスをやめる。筆者は性欲に突き動かさざるを得なくなり、次の性行動に移るのだ。コイトスまでに至る一連の所作の推移と言ったところだ。
 一度、フレンチキスの間に「大好き」と言ったことがある。後で状況を考えた。筆者のことを好きだと言ったのではないらしいのだ。フレンチ・キスは唇と唇を突つき合う。ちょっと唇を離している間に発した一言が「大好き」と言葉だった。後でそのことは「キス」が「大好き」だという意味だと分かった。
 女は歳を重ねるごとにフェラチオは段々と嫌いになっていった。まだ女が中学生の頃、フェラチオは相手の男が求めて当然だと言う未熟な考えを持っていた。セックスマナーの一部として、相手の男に施して当然のものだという、固定概念があった。女性向週刊誌を読んだり、回りの友達からの聞きかじりから、それが通常の男女間の営みであると思い込んでいた。
 そして、女が高校生頃になって、自分と同じように、世間にはフェラチオを好まない同性がいることを知った。相手が気持ち良くなることなので、仕方なく男の求めに応じて、行っていることだと分かった。女は客観的な事実を理解したのだった。
 女の彼氏は中学卒業と同時に付き合った。前の男と別れて、落ち込んでいる時に、兄から紹介された。勉学に秀でた男だった。
 ─彼女は勤務先の会社業務で自分専用のPCを使っていた。三通のメールを彼女の会社のPC宛に送信した。三回送ったメールに返事がなかった。それまで、メールを小まめに送らず、連絡も密でなかった。三カ月になろうとしているのに、こちらからメールをしなかったし、彼女からも音沙汰がなかった。連絡をしなかったことに対して、不満を持っていて、それでメールを返信してこないのかと、不安になった。
 前回、都心で彼女と会うことになったのには経緯があった。会社のPC宛にメールをしても返信がなかった。それならばとヤフーの方にメールをした。後で分かったことだが、こちらから送られていた筈のヤフーメールを、開いていなかった。
 彼女には、不倫相手とまだ関係していることがばれるとまずいので、連絡には気をつかっていた。彼女のそばに彼氏がいるかもしれないので、携帯電話へ直接メールを送信するのは控えていた。そこでヤフーの方にメールをした。彼女は最近流行の多機能携帯電話のアイフォーンを持っていた。彼女はアイフォーンでインターネット接続を主として使っている。インターネット経由でヤフーへメール送信したのは、彼氏に見つかることがないと思ったからだった。彼女から後で聞いた。そっけなく「ヤフーのメールは見ないから」と言われた。
 今までの期間、彼女に連絡メールを入れると、会う機会があったかもしれない。彼女に会いに行くには、それなりに準備金が必要だった。この頃、わざわざ都会に行くことが負担になってきた。それと、彼女の休日は忙しいのだろうと思い込んでいて、連絡を入れないままでいた。気がつくと日にちだけが経っていた。
 ある会合の後に懇親会があった。二次会も終わって、夜も遅くなっていた。その日は久しぶりに深酒をして酔っていた。それまでは結構な量の飲食をしていた。しかし、なぜか満腹感がなかった。電車を待っている間に駅の構内にあるラーメン店に入った。酔いのため胃の感覚が麻痺していた。
 自身の体型は肥満気味であった。最近は暴飲暴食をすることはなくなっていた。歳を重ねるに従い自制できるようになっていた。しかし、その晩は深酒をしてしまい、酔いのため箍が外れた。ラーメンの大盛りを注文して食べた。それでも満腹感はなかった。ラーメンとチャーハンのセットメニューを注文した。料理が来るまで待ち時間があった。何を思ったか携帯電話に手が伸びた。衝動的に彼女に電話を掛けてしまった。電話をしたが一回目の呼び出し中に切られた。慌てたような気配が感じられた。しばらくして二回目の電話を掛けた。彼女は自宅内で移動したのかもしれなかった。二回目に掛けた電話に彼女が出た。
「元気?」
「まあ」
 「元気で変わりがないならいい。ごめん、こんな時間に……じゃ」と言って直ぐ電話を切った。ぼくはそれだけで良かった。もし、彼氏が側にいて会話を聞いたら大変なことになる。彼氏はたまたまその時は同席していなかったらしい。彼女は以前、ホルモンバランスを崩したことがあった。声を聞く限りでは病気ではないらしい。声が聞けただけでホッとした。酔っていたが瞬間的に理性が働いたらしい。電話を掛け終えて、自分の行動が衝動的だったことに気づいた。せっかく電話が繋がったのに、彼女との会話が続かなかった。何を言うのか考えもしないで電話をしたのだった。その時、感情に走ったのか、冷静になったのか、分からない状態だった。
 翌日の朝に気づいた。日中の昼頃にメールを送信しておけば良かったのだ。仕事の合間が無理でも、当日の夕方とか、翌朝の出勤時に、メールのやり取りはできる筈だと思った。最初からそうすれば良かったのだと気づいた。なぜ、昨晩、電話をしてしまったのか、自分の行動が分からなかった。
 昼の休憩時間を利用して彼女のアイフォーンにメールを送った。久しぶりに彼女の携帯電話に直接メールを送信することになった。メールの冒頭の文面で、昨晩の遅い時間帯に掛けた電話のことを詫びた。
 彼女は会社の規定が変わったとアイフォーンからメールで伝えてきた。個人のメールは使用禁止となったらしい。会社の機密情報が流失するのを防ぐことが目的で「ウィニー」等の、コンピュータに有害なウィルス感染を予防するための処置だった。会社のPC宛にメールをしても返信がなかったのはそんな理由からだった。その時点で分かったことだ。連絡が取れなくて心配していたが、杞憂に終わった。
 その翌日、彼女の方からメールがあり、会わないかと連絡が来た。急だけど金曜日の夜はどうかという内容のメールだった。
 三日後と直前だったがインターネットを使って飛行機とホテルの予約を入れた。幸い、どちらも予約が取れた。その時点では彼女自身も生理に入るとは予想していなかったのだろう。生理がありそうだとしても、ぼくには連絡はしなかっただろう。久々の逢引きなので自分の生理のことなどは二の次にしただろう。
 それまで、彼女の携帯電話にメールを送信するのは控えていた。今年は正月に一回会ったきりだ。今シーズンは一緒にスキーに行く相棒がいなかった。日常では単調な繰り返しが多い作業的な仕事に辟易していた。だから、冬でも主に屋内テニスで汗をかいてストレスを発散するようにしていた。
 暇があったら読書をしていた。テニス仲間がいない時は休日でも独りでウォーキングをして健康を保つように努めていた。春先までは休日でも退屈していなかった。気がついたら三カ月が経過しようとしていた。
 彼女は転職を考えていて、エージェントとの連絡を頻繁にしていた。土日は求職先の人事担当者との面接をすることもあった。週末の土日に急に予定が入ることもあるだろう。そう思って、連絡を躊躇っていた。彼女から連絡が全然ないこともあるだろうと思っていた。連絡がないことは、信頼感が保たれているからだと、自分の都合のいい風に解釈していた。─
 筆者は目の前で行われるだろう行為を描くことにした。フェラチオはまだ行われていなかった。女が男に行うフェラチオが先なのか、男が女に行うクンニリングスが先なのだろうか。分からない。
 女の彼氏に今でもフェラチオを行っているのだろうか。筆者は、女の彼氏が求めたのと同じやり方で、一回だけフェラチオに似た行為をしてもらったことがある。それはソープランドでとかプロがやるような睾丸の袋の部分を吸い込むやり方だった。彼氏は刺激のあるフェラチオがいいというので、求められるままやっていたらしい。女がまだ高校生の頃だった。
 高校生だった女に誕生日プレゼントを渡したことがあった。全く予期していなかったが、感謝を示したかったのだろう。女から初めてフェラチオに似た行為をしてもらった。それが、最初で最後だった。正直に言えば、特別気持ちが良いと感じなかった。
 今ではフェラチオは好きでないから女は彼氏に行っていないと言っている。本当にそうなのだろうか。筆者に気をつかってそう言っているのではないだろうか。信じられない。
 女の言葉を信じるとしたら三ヵ月に一度のセックスでもフェラチオを行っていないことになる。彼氏に言わせると女にはセックスを「やらせないオーラ」が出ているとのことだ。女の十代後半だった。学期の合間毎の長い休みの間に、遠距離に住む彼氏の所に出掛けていた。彼女はその頃から、彼氏にそう言われていた。
 要は女にとってはセックスは痛いだけで快楽を伴わないものらしい。それではなぜ女は十代の前半から性行為を行っていたのかということだ。いつかは皆と同じように快楽を感じて快楽に至るだろうという期待をもっていたのだろうか。いや、筆者は違うと思っている。彼女の性愛に対する考え方からして、単に相手の求めに応じた結果だと思っている。
 女と出会った当初はまだ高校生だった。女は最初からキスを受け入れた。女が唇を許すから、調子に乗って舌を絡ませようとすると「彼氏がデープキスを気持ち悪がるから」と言って顔を背けるのだった。彼氏よりは大事でない他の男にはデープキスを許さなかったのだろう。彼氏といつもデープキスをしているなら、筆者とも抵抗なしにデープキスを行ったのかもしれない。
 筆者は他の女にはデープキスをしたいとは思わなかった。拒むからしてみたくなったのだ。女の若さの魅力から、デープキスを強要したい気分だった。ただ、彼女が嫌がることはしたくなかった。嫌われるのが怖かった。一度だけ例外だった日を除いてはデープキスをしていない。
 女は十代最後の歳を迎えようとしていた。女の誕生日前後、彼氏は遠くの大学にいて会えなかった。筆者は休日だったので、たまたま側に居られることになった。筆者が彼氏の代わりに女の誕生日を祝った。誕生日祝いのプレゼントを贈ったり、レストランで料理を持てなした。その日、女は酔っぱらって、気分が高揚していた。筆者に感謝の意味で「何をして欲しい?」と問われた。そこで、それまで無理だった要求を口に出してみた。駄目もとで「デープキスをしたい」と言ってみた。それと、半分冗談で「オシッコをしているところを見てみたい」と言ってみようとも思った。が、誕生日を祝うその場の雰囲気でないと思ったし、自分が変態だと見られるのも嫌なので口に出さなかった。
 女は何も答えなかった。しかし、その日ベットインした時に女の方から唇を絡ませてきた。「本当はあまり好きじゃないんだけど」と言いながらも舌を絡ませてきた。女のデープキスは若さに似合わなく慣れていて上手かった。それなりに経験し、習得したと思わせるテクニックだった。女には今の彼氏と付き合う前に男がいた。そのことが関連しているのかもしれない。
 いろんな体位とかも含めて女は全ての性行為は体験済だった。肉体のつながりも常態化してきた中で、自分の力関係が優位に立ったと思えば、相手の要求を拒む。女から直接言葉に出して拒んでいないかもしれないが、彼氏には「やらせないオーラ」を感じさせているらしい。
 目の前に男女がいた。本当にフェラチオをしないのだろうか。女は筆者に遠慮して三ヵ月に一度位しかセックスをしていないと語るものの、実際は一、二ヵ月に一度はセックスをしてるのかもしれない。
 女と彼氏は同棲を続け長年連れ添っていた。それでも、女は三十歳になるまで子供をつくらないし、結婚もしない方針でいた。都会での共同生活は並以上の生活水準だろうと想像できる。
 その代わりに二人の仕事は非常にハードらしい。二人は仕事の関係で、いつも帰宅は遅いし、一緒に過ごす時間もないらしい。土日とかの休日は、平日の仕事の疲れをとるため、反動的にのんびり過ごしているのかもしれない。
 女はこの頃、休日でも求職活動に忙しいらしい。それでも、二人で一緒に過ごす時間はあるだろう。休日の全てを充てて求職活動をしている訳でないだろう。二人は擦れ違いをうめ合わせるための確認行動として、性行為もするだろう。
 擦れ違いばかりの同棲生活をしてるだけでないだろう。以前、留学先の異国で同性の外国人とルームシェアをしていた時だって、相手に気をつかって上手くやっていた。女はパートナーに対して気を遣う性格らしい。女と彼氏は若いカップルだ。晩年の夫婦ではないのだ。まだ希望も未来もある男女なのだ。
 目の前には女が仰向けになっている。女は一般的に背を下に付けている方が落ちついてセックスができるだろう。未開地のアフリカ辺りでは、白人の正常位での性行為を見て、現地人はおかしいと言ったらしい。あの辺りでは、四つ足動物と同じく、女が尻を突き出すバックスタイルが自然なのだ。
 目の前の女が彼氏とキスをしている。セックス前の序章である。気分を盛り上げるのには大事なシチュエーションである。デープキスではないらしい。
 女はキスそのものが好きだ。相手が誰だろうとデープキスでなくフレンチキスが好きなのだ。女は次の行為に移るまで延々とキスを続けられても平気でいた。女にとって次の行為は要らないに等しかった。
 相手の男がそれで満足するなら、そのままキスで終わっても、女は充足感はあっただろう。女はキスだけで充分だった。キス以上のものはなく、それ以下の行為はセックスだった。
 筆者を含め、女の彼氏だってキスだけで満足する筈がない。雄に分類される者として、キスだけでは勃起したペニスのやりどころがない。
 女は生殖以外の目的で相手の男と交わっている。性行為に新鮮さはないが、彼氏とのコミュニケーション維持のため、性行為が貢献しているかもしれない。だが、性行為だけでも愛は生じない。女の彼氏だって、相性が合うとか合わないとかが全てではないことを、薄々感じてはいるだろう。醒めているのではなく、生活を実感できるようになったのだろう。一家族を普通の世間並に構築したいという希望があるのだ。生存活動や人生設計において、希望の持てる家族が必要で、子供が育つ環境も必要なのだ。
 男の頭は女の胸元辺りに下がっていった。男は先程までキスをしながら片手で乳房を揉み扱いていた。女の乳首に口を持っていった。男は筆者と同じことをしているとは限らない。同じことをするとしたら、同じ場面になるだろう。女の乳首周辺の乳輪部分は大きい方だ。乳房をどれだけ揉み扱いても乳首は硬くはならない。柔らかいまま小さく突起している部分を唇の先で転がす。
  さらに時間が経過すると男は下腹部に唇を這わす筈になっている。たぶん、クンニリングスをするのだろう。以前、女が言っていた。「男って舐めるのが好きだから」と言った。男と言うのは、彼氏と筆者だけでなく、他の男たち一般を言うのだろうか。
 女は高校生の頃からいろんな男を知っていた。筆者もそのうちの一人だ。女の彼氏から受けたクンニリングスから「男って」と言ったのだろうか。いろんな男からクンニリングスをされたからそう言うのだろうか。どちらなのか分からない。そのことについて深く追求したことはない。
 最近は欧米人並に日本人の男もクンニリングスを行うようになったのだろうか。欧米人はクンニリングスが好きで、日常的に行っていると、大衆娯楽週刊誌の記事に掲載されていた。日本人の多くの男もクンニリングスを行うようになったのか、実際のところは分からない。
 ─常々考える。彼女にとって自分は必要な存在ではないらしい。必要であるなら、連絡くらいはしてくる筈だ。今現在、彼女とは音信不通になっている。そんな時機が今まで何度もあった。半年のブランクがあったこともある。半年のブランクの後、一年半の間では、一カ月以上連絡が途絶えたことがはない。今の時点ではまだ三カ月しか経っていない。しかし、彼女のことが心配だ。一応、物書きの端くれとしていろんな妄想が頭を駆けめぐる。彼女と彼氏の間で、何かが起こったのかもしれない。彼氏に別の女ができたのかもしれない。
 以前、彼氏に携帯電話のメール記録を見られて、彼女が他の男と密会していることがばれた。彼氏とのトラブルに発展した。
 彼女の父は転勤の多い会社に勤めていた。父の転勤の関係で、小、中学から高校の途中まで、今の実家ではない所に居た。その時の口実は、中学生頃の元彼と、再会したことになっていた。その時、辻褄合わせで、不倫相手は、元彼ということにした。彼女は彼氏に謝罪し、以後、元彼とは会わないことを約束した。彼女の彼氏は、援助交際から始まり、関係がいまだに途切れていない、男の存在を知らない。その男は、自分である。
 そんなことがあっても、懲りないで、彼女は密会を続けている。今でも彼女はばれないように工作をしている。もしかして、以前のトラブルに関連しているかもしれない。彼女の彼氏は、浮気という既成事実をつくって、報復行動に出たのだろうか。
 もしかして、彼女は妊娠したのだろうか。彼女が高校生の頃、コンドーム無しで行為に及んだこともある。若い頃の無知につけ込んで、とんでもないことをしていたことになる。彼女曰く「その頃とは責任の度合いが違う」と言う。彼女は避妊に細心の注意をはらうようになった。今ではコンドームをしなければ絶対に挿入させてくれなかった。彼氏とする時もそうだろう。だが、コンドームをしていても避妊は完全ではない。もしかして彼氏の子供を孕んだのかもしれない。もし、妊娠したのなら彼氏の子どもを産むだろう。堕胎をする訳がない。そして、できちゃった結婚に至るだろう。─
 そうして、即物的でもあり神聖でもあり平凡で普遍的なことへの導かれていく。女は脚を開き、男はその間に身体を乗せる。大体は男が腰を動かす。人類の雄は大体そうしてきた。
 常識人は目を背けたくなる場面かもしれない。裏DVDでは珍しくもない場面が登場する。五十歳台の男と、アンダー○○歳の少女との、性器の結合場面もある。クローズアップされた結合部分だけを見る限り、正常な男女のカップル同士のようにも見えた。
 目の前には若い男女がいるようにも見えた。しかし、場面はハッキリとしてはいない。中年男と少女の交わりにも見える。中年男の脚は均整がとれていた。年齢の割には体躯はいいように見える。しかし、胸や腰の辺りに無駄肉が付いているし、腹も出ている。
 何か見覚えがある。性能が劣るデジカメの、小さい液晶画面に映っている、動画のような不鮮明さだった。現実で行われたことなのか分からない。筆者の錯覚か、妄想かもしれないのだ。女がいた確証もない。その中年男は、筆者自身のようにも見える。筆者のおぼろげな想像の中の、現場である。深夜なのか、白昼下の薄暗い部屋の中なのか、分からない。蠢くものの正体も、判然としない。