07/27
軟禁初日



さて、入院である。病室である。なんてったって純粋に部屋代だけで一日参萬参千円の部屋である、なんといっても一ヶ月住めば壱百萬円にならんとする部屋である。。看護婦さんも「ラッキーですね。日当たりも眺めもよくてすごくいい部屋なんですよ〜」と言う魅惑的な事を言う。しかも角部屋だそうだ。
確かにその病室は「こ、この部屋っすか!?」と、不覚にも思わず口にするような部屋だった。窓も大きく広く日当たりはものすごく良い。眺めも良かった。しかし目の前に広がる空間は、何度見ても如何見ても壱萬円でおつりがくるようなビジネスホテルの一室だ。「いいのか、こんなんで!? シャンデリアはないのか、吹き抜けの空間は無いのか」と、自分の貧相な想像力を棚に上げて憮然としてみたが私は隔離される身なのである。そしてここは病院なのである。全くもって愚かで詮無い想像だった。
案内してくれた看護婦さんは名乗ってくれなかったので勝手にネームプレートを拝見したが、高見さんというらしい。部屋と入院中の生活について竹を割ったような説明をしてくれた。こんな人に担当してもらえるのなら入院中の世間話にも面白みがありそうだ。「じゃあ、これからはこの部屋から一歩も出ないでくださいねっ」と、最後にこれまたきっぱりさっぱりと現実に引き戻されて暗くなったけれども。

入院中のタイムテーブルはこんな感じだった。
06:00 起床
08:00 朝食
09:00 回診
12:00 昼食
14:00 検温
18:00 夕食
21:00 消灯
私はこれに毎食後2時間程度点滴が入るが、高見さんは「朝食までに起きてればいいですよ」「回診は大抵10時以降ですね。9時から始める先生もませんし、その間にお風呂とか入っちゃってください。」「検温は聞きに来るのが2時なだけで、体温計置いときますから適当な時に計っちゃってください。」「個室ですから消灯後も一応電灯だけ消してテレビ見ててくれてもいいですよ。」と、こんな調子だ。いいのか、こんなんで。
斯して入院生活はスタートした。

昼食後、点滴を初めて間もなく看護婦とは全く違う服を着た東西と名乗る女性が部屋に訪れた。色々と検査があるからと案内をしてくださるという。道々話を聞くと病院に雇われているのではなく依託を受けた会社に雇われ朝は掃除、昼は入院患者の介護をしているのだそうだ。病院もアウトソーシング化の波には逆らえぬらしい、等と考えつつ検査室についてみると点滴の管が真っ赤染まっているのでやんわり慌ててみると、検査士の方も慌てて問い合わせている。いいのか、そんなんで? そして次の検査室にいけば、検査士は検査の予約が入っていないと主張する。単純な連絡ミスなんだろうけど、いいのかそんなんで。高い高いみいそのシステムが泣いてるぞ、心で悪態ついても状況が変わるわけではなく結局3つの検査を終え部屋に戻ったのは1時間半後だった。
そしてほっとする間もなく今度は白衣の集団の来訪である。年配の男性が4人の妙齢の女性を従え、医師団挨拶を兼ねて病状説明と治療方針の説明に来てくださったのだ。ありがたや。男性は責任者であり主治医及び治療は女性群が当たるとのこと。いかにも大学病院らしいやり方だが、華があるのはやはり嬉しい。
曰く、派手に疱疹が出ている場合は統計的に難聴や顔面麻痺になることは滅多に無いらしく、要するに「場所が首や耳なので、まあ一応」程度の入院なのだそうだ。なるほど、いい加減なタイムテーブルでいいはずだ。
そして入れ代わるように次は外来が終わったのだろう、入院をしきりに奨めてくれた先生が「いやぁ、俺が無理矢理入院させたようなもんだから」とわざわざ様子見と来てくれ、入院7日間の内訳を予想してくれた(実際その通りになった)。「薬なんて飲んでもそのうち何%かが入るだけだしさ、やっぱり血管に直接打ち込むのが一番効くんだよね〜」とやはり嬉しげに言い、傍らに置いてあった競馬雑誌に目を留めると一頻り競馬談義に花を咲かせ帰っていった。
その後しばらくすると再び高見さんが何やら持って現れた。検便検尿だという。この部屋のトイレは満面に水を張っているタイプの水洗トイレなのだが、高見さんは「色々工夫してやってみてください」と、これまたさらっと言って去っていった。結局翌朝便が出ないのでその旨伝えると、それっきり退院迄待っても何も言ってこなかった。お決まり検査コースとはいえ、いいのか、そんなんで。
夕食が終わると当然点滴をせねばならぬ。その点滴を持ってきてくれた看護婦さんだが、ピンクの看護服に青白縦じまフリル付きエプロンという、思わず看護婦とメイドの合体したイメクラかと思うような格好だった。いいのか、そんな格好で。
そしてそのすぐ後に、医師団主治医補佐Aの女性が再び入って来た。「治療同意書にサインしてほしい」とのこと。慌ただしい一日に疲れていたので宅急便の受取サインの様に乱暴に「なんちゃって行書」の汚い続け字でサインすると、かつて冗談抜きに「象形文字につき、要解読」と冗談抜きに称された字に向かって「わぁ、達筆ですね〜」と呟き去っていった。行書っぽい字に免疫が無かったのだろうが、おいおい、先生・・・。
そして消灯前に点滴が終わりほっとしたのか眠くなったので消灯前だが眠ってみた。
私は23時より前に眠ると必ず24時前後に目が覚め翌4時頃迄眠れない妙な癖がある。この日も例にもれず目が覚めたのでテレビを見て眠気を待っていると、それに気づいた看護婦さんは3時頃に様子を見に来てくれてポップに一言。
「眠れなければ眠剤ありますけど。」
もちろん、いつも通りの傾向なのでと丁重に断ったが・・・いいのか、そんな簡単に飲ませてと思いながら眠りについた。

と、こんな調子で最後の最後まで「いいのか!?」で終わった入院初日だった。



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