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K君



「何時日本に戻ってきたんだ!?」

とは、K君が都内某所で私の顔を見るなり発した言葉である。
その言葉を聞いた私は、非常に薄情で記憶力が乏しいので、K君のことを思い出すのに必死である。

K君は高校時代のK君とは2年間机を並べた同級生であると記憶している。
K君というと漱石の「こころ」に出てくる自殺した友人を思い出すが、このK君は自殺をするような繊細な人間ではなく、それこそ野太い注連縄でできたような非凡な神経の持ち主であり、そしてまた想像力のたくましさにも非常に定評のある人物だったはずだ。

K君は、私が過去3回目迄の同窓会に一度も姿を見せず連絡すらしなかったのをいいことに、高校在学時に広まっていた私のイメージから国外逃亡説を声高に唱え布教した張本人なのだそうだ。その教えは広く知れ渡り、私の進路を熟知していたはずの担任も丸め込み果ては何も知らない副担任及び隣のクラスの担任副担任にまで及んだ。という話は昨年行われた4度目同窓会、K君が出席しなかった同窓会で小耳に挟んだ話である。
何処に逃亡したかは諸説ぷんぷんでアジアを放浪に始まりアフリカは無論のこと、インドで修行をしている等、果ては北極でシロクマと格闘しているという話まであるというから、噂を流してくれた当人もどこまで本当に噂として流れているのかわからないという全くもって呆れた話であった。

確かに私は奇っ怪な行動を取っていた。と言っても進学校のお坊っちゃま集団とは思考も言動も一線を画する程度であるが「傍若無人で我が道を行く」とこれまた定評のある小沢氏が「お前が同窓会に出席すると言われれば、俺も出席しなければならないと思うのは当たり前だろう。断れる訳がない。」と言われる程、実情とはかけ離れた奇抜な人間だと思われているのは、悔しいが間違い無い。
まして進路が決定しても親しい人でK君とはあまり親しくない人にしか言わなかったし、連絡先はたった1人、誰とも連絡を取りたがらない1人にしか言っていなかったのは確かだ。
しかし、国外逃亡説とは何事か。言いたいことは解るが何故逃亡なのだ。放浪じゃいかんのか? 旅行じゃいかんのか?

そんな非常に不愉快なことを思い出してみても、彼は口を挟む空きすら与えず一方的に私を責めたてるのである。
「何時日本に戻ってきたんだ!?」
海外なんぞ行っとらん。パスポートすら持っとらんぎゃ。
「戻ってきたなら連絡くらいしろっ」
電話は嫌いじゃ。手紙も嫌いじゃ。ついでに連絡先も知らんがな。
「一体何処へ行ってたんだ!!!」
東京にいたんだよ。おみゃぁと同じく。
「今回は一時帰国か? 年が明ければまた海外か。」
だから日本に居たっつってんだろっ
「そうだ、暮れの同窓会には来るよな? みんな何処に行ってたか知りたいんだ。」
わりと親しかった人間には前回言ったよ。
「絶対来いよ。土産話を楽しみにしてるぞ。」
おい、人の話を聞けって。おひ・・・。
「すまんが人を待たせてるから行くわ。じゃあな、絶対来いよ。絶対だぞ。」

「人の話はちゃんと聞きやがれ、こんちくしょうっっっ」
とは言えず、結局一度も口をはさめぬまま台風のように捲くし立てた彼は去って行く。
後に残されたのは圧倒的な敗北感に打ちのめされ呆然と立ち尽くす私と、追い打ちをかけるような木枯らしだけであった。



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