12/06
外道フィッシング


熱しやすく冷めやすい故私の趣味は多岐にわたるが、最長とも言える8年も続いているのはルアー釣りである。と言っても釣り自体は物心ついた頃からしてるんだけど。
ルアー釣りというとバスフィッシングが最近流行? だが、私が主に狙うのはライギョという台湾から輸入された魚でありブラックバスは目的外の魚、つまり外道でしかない。この辺、屈折した性格の賜物だが、それはどうでもよく今回はその外道にまつわる話である。

8年間、特に中高生の頃は毎日にの様に釣りに行っていると普通に釣れる「魚」に限らず亀や蛇といったわりと一般的な変な外道の他、猫や鳥という通常「釣れない」ようなナマモノが釣れることもあったりする。
猫は池に行く道々(家からあるいて3分)ぼーっと投げていたルアーに飛びついたので文字どおり釣ったのだが、鳥の場合はものすごい勢いでぶん投げたルアーが偶然クリーンヒットしただけなので、「針にかかった」というのが適当かもしれない。同じ方法でスズメバチを昇天させたこともある。しかし猫にしろ鳥にしろ話のネタとしてはいいかもしれんが刺さった針を取る(抜くとマズイ)のが一苦労だし泣かれて罪悪感もひとしおなので二度と針に掛けたくない生物である。
しかし、もっと釣りたくない外道がいる。奴等は河や池に限らず水のある所なら何処に棲んでいて、そのぼ〜っとしているフリをしながら虎視眈々と得物を狙っているのである。

さて、昔からライギョを釣る方法として用いられていた方法のひとつに「ぽかん釣り」というものがある。それは「ケロリンよ、俺が草葉の陰から見守っているぞ。骨は拾うから頑張ってライギョを魅了してくれ。」という釣り方である。何のことか解らない人は、生餌としてカエルを使うと思ってくれ。ケロリンを放り出す場所は蓮などのカエルがいて当然の所がいいだろう。と言ってもライギョは釣り入門書に「危ないので必ずペンチを使って針を外しましょう。」と言われる鋭い牙を持っており、そのグロテスクな風貌も相まって釣れたときはスプラッタである。
それはともかく、その釣り方はカエル型ルアーでも十分できる。むしろ遠方へ投げられしかもそこから自由に動かせる分だけ更に効果的といっていいだろう。
と言うことで蓮がある所でライギョを狙うときは必ずカエル型ルアーを使うのである。そして実績も非常に高い。外道といえばそれこそブラックバスか蛇位でそれ以外のナマモノが釣れるとは夢にも思わなかった。
その日も夕刻で漸く釣れはじめる時間になり、私も期待に胸膨らませと野望に燃えながらルアーをぶん投げそれなりに釣果も挙げ気分もそれなりに上々。

しかし、奴が襲ってきたのだ。

奴がルアーにアタックしてきたときは、その力強いアタリからてっきり本命のライギョだと思っていた。それこそ「こころうっきうっきわくわく〜」といった心境だったが、糸を巻いていくと明らかにライギョとは引き方が違うのだ。とにかく重いだけで全く引かない。このような引き方? は過去経験がない。
なんだろうと思いながら引き上げてみると愕然とした。絶対に釣りたくないと思っていた、見るのはいいが絶対に触りたくないと思い実際一度も障ったことのない吾奴がかかっていたのだ。
その吾奴とは、カエルだ、カエル!!! それも食用ガエルだ!!! ひえぇぇぇさわりたくない〜〜〜〜!!!

どうしてカエル型のルアーにカエルが食いつくんだよぉとお決まりの錯乱と七転八倒を一通りして、ついでに「ええじゃないかっええじゃないかっ、ガッチガッチガッチガッチ」などと歌と踊りに興じた後に考えた。針を付けたまま放り出すのも手だが、それが原因で祟られちゃったらエライこっちゃ。あ、いやいや、針を付けたまま放り出すのは倫理的によろしくない。やはり針から外して穏便にお別れするのがよろしかろう。
思わず泣きそうになりながら、何とか触らずに外そうとカエルを宙吊りにして試行錯誤してみた。その間カエルは何を考えているのだろう、ただひたすらでろ〜んと手足を垂れ下げ身じろぎひとつしない。針で傷口をぐりぐりいじられているのに泣き声ひとつあげないのは力道山もあっと驚く胆力と根性といえよう。どうでもいいが力道山からリヴァイアサンを思いつく私の頭もある意味驚きに値する・・・かどうかは判断はお任せするが。

その見上げた胆力と根性のおかげで「それほど」労せず針を外し、彼のカエルは元気に水に戻って行った。その姿に胸打たれ「人間かくありたい」と思い、ついでに「あなたにも、チェルシー、あげたい」などと関係のないことを思い出し、そんでもって一人呆れながらそそくさと道具を仕舞い私は帰途につくのである。

彼は今も息災だろうか。


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