09/06
誤変換につゐての一考察



1.誤変換の定義

誤変換とは、文章入力時にIMEが同音異義語に変換もしくは誤った文節又は単語の区切りで変換することと定義する。
EX.1「大浦街道」→「大浦怪童」(同音異義語変換)
EX.2「大浦街道」→「大浦か移動」(文節区切りミス)

あまりに変な変換であれば「迷変換」と称されることもある。これは大変名誉なことかもしれない。
ミスタイプも誤変換とされることがあるが、その原因が全く異なるため明確に区別したい。

2.誤変換を人様に晒す原因

(1) 変換時に気付かなかった。
(2) 気付いたけれども「なおすのめんどっち〜な〜」と怠けて直さなかった。
(3) 気付いたけれども「このまま洒落に持ち込むのが吉」と判断した。

<寸評>
1.「注意散漫で集中力がありません」と罵られるか、はたまた「この天然ボケ野郎めっ!!!」と絶賛されるかは、その人柄や状況に左右されるだろう。
2.このような輩を豆腐の角で殴り殺せば勇者として長く語り継がれるに違いない。殺すのは忍びないと思う心優しい方も「ゴミっ!」と馬声を浴びせるのが、まっとうな人間としての義務である。
3.常に笑いを追求する貴方は吉本か大田プロに入るべきだ。社会のためにも入るべきだ。未勝利と低迷に満ちた売れない生活が待っている。尤も貴方が眉目秀麗ならば多少変るかもしれません。
4.どーでもいいが眉目秀麗という言葉は、平安時代の人間(貴族連中)が顔を扇で隠しながら話すため、眉と目が綺麗なら顔全体の作りも綺麗なんじゃろという妄想に端を発して生まれた言葉である。かどうかは知らん。俺が勝手に思っただけなんでね。しかし、眉と目が綺麗ならいいのか? 口元かくして別嬪さんっと思っても実は口裂け女だったら嫌じゃないかと思うのは俺だけではないはずだっ!!! と力説したい。

3.誤変換を指摘された時、どのような行動を取るべきか

指摘された状況は、冗談を言い合っている時、普通に世間話をしている時、真剣にくそ真面目なことを話している時の3つに分類され、それぞれの状況に適切な行動を取りたい。

ふざけている時:
自分若しくは他人のツッコミから無理矢理洒落に持ち込む。若しくは洒落と認識させる。「もう二度としません」と言いながら面白い誤変換を考える。誤変換クイズ大会を開催するもいい手である。

普通の時:
笑って誤魔化す。訳のわからない台詞で誤魔化す。気付かなかったと言い張る。考えるフリをしながら立ち去る。

真面目な時:
「穴があったら出たい」とプッツン錯乱する。狂気に走り「ケーキ、ケーキ」という訳のわからない脳味噌腐ってそうな駄洒落を発するのも良い。
素直に謝るのも潔いが芸も興もないので、できれば避けたい。が、プッツンしながら謝れと言うわけではない。

4.誤変換の効能

「効能」から「貢納か剣か」を思い出す人がいたら是非とも友達になりたい。
そでなくて。誤変換がもたらす効果を考えてみたい。

1)思考の流れを断ち切る。
変換の意味若しくは元の漢字を想像しなければならないため、会話及び思考が一瞬止まる若しくは頭の中が真っ白になるという非常に間抜けな状態を誘発する。これは許されざる悪であり「さ〜いて〜」と言われても仕方がない。文節区切りミス型誤変換に多い。

2)笑いを取る。
純粋に誤変換ではないが、文の流れの中で突如として誤変換を発見すると一瞬頭を真っ白にして笑いを誘うことがある。これは文章力、天然ボケ度、運に依存する。
話題及び意味が会話/文の流れに非常にマッチした誤変換であれば冗談として認識され、爆笑とともに「名変換」の称号が授けられる。連発できるようになれば「誤変換マスター」の称号も与えられるかもしれない。・・・んなこたないか。話題や運に大きく左右されるため非常に難しい。

3)軽蔑される。
同音異義語型誤変換に非常に多い。言葉を知らない輩と認識されるためである。特に論文やレポートでなされた場合、「勝手に変換してたんだよ〜〜〜」という言い訳は通用せず、哀しい思いをするだけであろう。

5.総論

基本的に誤変換というものは思考の混乱の元凶であり許すべからざるものであるのは間違いない。しかし気付いた後に笑いというアグレッシブな行為に置き換えようと、無駄かもしれないと思いつつも努力する姿勢は賞賛されて然るべきだ。だから核兵器を核平気って書いてても、頼むから許してくれ・・・




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