07/23
スリープバスター
思えば目覚まし時計という一族は、居直り強盗よろしく睡眠という平穏に土足で踏み入り、黙っていれば調子にって30〜60分も喚き散らす。これは我々人類にとって許すべからざる敵である。その敵に頼らねばならないのは白旗を掲げ降伏したのと同義であり、それ即ち自分は目覚まし時計にも劣る存在だと自ら認めたといえよう。それでも私は頼ろうと画策するのだから、駄目人間、犬畜生にも劣る奴等と罵倒され蔑まれても文句は言えないかもしれん。人権剥奪も仕方ないかもしれんな。
それはともかく、その「あの日あの時あの場所」で、私は史上最強のパートナーと出会ったのである。私の頭の中ではいつの間にか刺客から味方に変ったらしい。彼の名は型番TQ-640。このような形式的且つ事務的で、しかも長ったらしく音にする気にならない名前が許せぬ人のために、通称として「スリープバスター」と言う名も用意されている。彼は、G-SHOCKで世界の頂点に立った歌詞を計算機が・・・・・・間違えた、カシオ計算機が産み出した目覚まし時計である。あの音量と破壊力から推し量るに、もしかすると総力を結集して設計、製造したに違いない。って、んなわけないか。
その彼の威力は前回書いたとおりである。補足しておくと、二部屋となりから起きてきた兄は、一旦寝てしまえば隣で泣こうが喚こうが大声で歌おうが、殴ろうが叩こうが蹴飛ばそうが未だかつて一度も体を起したことがない、せいぜい五月蝿いと言うくらいしかしない。自分の目覚ましを耳元で鳴らしっぱなしで寝ていることも珍しくない非常に頑固で強固な睡眠を擁する強者である。その兄を叩き起こしたその威力は当代随意一と賞賛されてしかるべきだろう。
ふと思ったがTQ-640を便宜上「彼」と呼んでいるが日本には八百万神というのがいるわけで、当然ながら時計とはいえ彼の中にも神様は棲んでおられると思われる。その神が男神ではなく女神だったら、時計をまくら元に置くことは毎日女神に添い寝されていると考えることができる。うれしい人には非常に嬉しい発想かもしれんな。尤も私はうれしくはないのでどうでもいい発想なんだが。いや待て。男神なら男に添い寝されてることになってしまう。それはもっとうれしくないぞ。というより、はっきり言って嫌だ。やはりこれからは便宜上「彼女」と呼ぶ事にしよう。それもそれで嫌なんだが。。。
その彼女との共同生活、実情としては私が一方的に利益を貪ろうとする生活だが、既に2ヶ月に及ぶ。が、しかし初手から躓いた。初めの三日間の様子見ていた兄が語ったのは以下のとおりである。
初日 :鳴る度に体を起こし毎回止めてはいた。でもまた寝た。
二日目:鳴る度に体を起こしベルを止め、その後毎回暫く時計を触ってから寝た。
三日目:初回のベルでスヌーズもオフにして寝た。
このように言われれば私とて考える葦に属する者ゆえ、それなりの対策は考えるものである。誰しも考えつく対策であるが、彼女を枕元に置いているから簡単に止められるのである。ならば遠く歩かねば止められぬ所に置いておけば良かろう。 加えて先触れとして別の目覚まし時計を鳴らしておけば効果は増すはずである。そうに違いない。ついでだからもう一個鳴らしとこう。
しかしこれでも私の目を覚ますことはできなかった。その様を兄は前にもまして詳細に語ってくれた。「昨日置いてた所に手を伸ばしたが見当たらなかったので体を起し辺りを見回した。バスター(彼女)を見つけると、遠いと言って、止めにいかずそのまま寝た。五月蝿いからどうしてくれようと思ったが、起きるのを期待して20分は我慢した。しかしどうしても堪え切れず、仕方ないから俺が止めた。どうしてお前はあの音量を気にせず寝ていられるのか。お前の耳は何でできているのか。」
そして彼女の毎日の涙ぐましい努力は私の唯我独尊たる眠りを妨げることなく今に至っている。果たして「私」は甘かったのか甘くなかったのか。今以って結論は出ない。
TOPページへ戻る