05/05
どうしろというのだ



ファミリーレストランというのは私とは縁遠い場所である。
凡そ一人で行動する人間が入る店ではないし、私の嗜好はあの様な小奇麗な店よりも小汚い居酒屋の方を好むのだ。商品の目方の差と言う切実で意地汚い見解があることも事実だが。
しかし、そのファミリーレストランに私が入店したのは深夜ゆえ他に空いている店がないからである。これがそもそもの始まりだった。
そんな折りに安くてソフトドリンクよりも栄養的にマシと思われるスープを頼んだ。「これ一杯飲むことで入店した義務を果たした。あとは寝てしまおう。」などと思ったのが失敗だった。そのスープの名は「スープバー」という。

「お待たせしましたスープバーです。」
おねぃちゃんはカップを置きながら言った。
そのカップをみた私は思わず目が点になった。
中身がない。空である。私が頼んだのはカップもしくは皿という固形物体に注入されたスープという液体であり、カップという固形物体はスープなる液体に付随してくるものである。およそ単体で置かれるものではない。私は呆然とし、唖然とした。人間、信じられないものを見たときはそうなるものだ。
そんな私を尻目にウエイターは悠然と去っていく。自分の職務を全うした安心感からか、その足取りは非常に軽い。スキップしても不思議はないかもしれない。んなこたぁないだろうが。
しかし私はその後ろ姿を見ながら、絶望し取り残されたと言う想いが疾風のように駆け回る。どうしろというのだ。このカップは空ではないか。私は声を大にして言いたい。
「私が頼んだのはスープだ。決して空のカップではないっっっ!」
言いたいのだが、小心者の私は小声でつぶやくしかできないんだな。

しかし、切実に困った。どうしろというのだ。空のカップをドンと置かれ放置された私に何を要求しているのか。店員に尋ねるという必殺技があるのだが、肝心の店員の姿が見えないことには話にならない。例え見えたとしても気恥ずかしさ故に何も聞けないのだが。
聞けないならば冷静に考えてみることから始めよう。
  • 裸の王様の服よろしくこのカップには既にスープが入っているのだが、私のように愚かな人間には見えないのかもしれない。 いや、ちょっと待て。実際は王様の服は存在しなかったのだからして、やはりこのカップは空と見るべきだろう。

  • カップは割れていて、運んでいるうちに漏れてしまったのかもしれない。 それならばカップには割れ目があり、皿には水滴がついているはずである。何度眺め回しても割れ目はないし水滴もついていない。やはり初めから空だったと考えるのが自然な様だ。
いかん、冷静に錯乱している。そして如何に考えてもこのカップは初めから空であるらしい。これでは元の木阿弥である。堂々巡りともいう。こういう状況で全く関係ない「ドードド怪奇特集」という言葉を思い出すのは私くらいであろう。そもそも「ドードド怪奇特集」を知っているのは94年以前に青春ラジメニア@ラジオ関西を聞いていた人くらいだろう。しかも「ドードド」というのはアニメ「風の又三郎」主題歌の歌詞「どーどどどー」に由来していることまで知っている(はっきりいえば覚えている)人間はかなり希有な存在といえよう。しょうもないことしか覚えていない私ゆえの連想である。ちなみにこの歌は作中で聞くと比い稀な名曲であるが単体で聞くと無気味で変な歌になる迷曲である。
んなことを連想して悦に入っていても状況は変わらない。どうしろというのだ。やはり私は途方に暮れた。何年ぶりかに入ったファミリーレストランで、しかも一品頼んだあと寝る場所と決めたファミリーレストランでここまで苦悩するとは誰が予想しただろう。私は猛烈に後悔した。こんなに苦悩するならば入らねばよかったと思った程に後悔した。

しかし、天は苦悩するものを放っておかなかった。天は自ら助くる者を助くというではないか。私は何もしていないがやはり救いの手は渡された。しかも意外なところから。店員が声をかけてきたのだった。話を聞くとどうやら私がカップを眺め苦悩する姿を見たらしい。
これは千載一遇のチャンスである。ここで聞くことができれば苦悩しつづけ眠れぬ夜を過ごし寂しさと悔しさを両手に抱えながら去る事もなくなるのであるからして、私は正直に尋ねた。
「スープバーというものを注文したものの中身が何かわからぬまま空のカップを渡され、どうしてよいものかわからず途方に暮れております。」
店員のお兄さんは親切にも「スープバーとはセルフサービスにする代わりにスープ幾種類でも飲み放題なのです。」と懇切丁寧に説明してくださり、しかも案内までしてくれた。ありがとう店員の兄ちゃん。おめでとう、苦悩した時間よ。感謝する私に一礼して店員の兄ちゃんは厨房に戻っていった。
これで安眠できる。朝になれば安心してこの店を去ることができるのだ。ありがとう。ありがとう。
再び心中にて感謝する私の背後、厨房から爆笑が聞こえてきた。理由は言うまでもない。
そして翌朝、私は笑みを浮かべた店員一同の見送りを背に去ったのも言うまでもない。


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