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今は昔、某社の大学受験模試の時の話。 高校にもなると試験のときには時計を持参して受けるのが当たり前だし、事前説明にも持ち込み可能物品として「時計」の文字が書かれているのだった。 私も当時は腕時計をすることに吝かではなかったため、入学祝に買ってもらった時計をつけて模試に望む所存であった。 それはどうでもよい。 隣の席には、それなりに親交の深い某Sが来る予定である。が、まだ到着しない。彼は 遅刻の多いことでそれなりに有名な人物であった。と言っても校内年間遅刻回数を更新した私の敵ではないが。 案の定、遅刻だった。もっとも試験前には氏素性や志望校などをマークシートに記入するという、高校一年生には不毛な行為が行われるので別段問題はないが。 「おい、某S。今日は俺の勝だ。」 「トータルで考えろ。記録更新したやつが何を言う。」 「何を言うか。記録更新は立派である。」 「なんでやねん。」 「世界記録を更新したようなものではないか。自慢できるぞ?」 「遅刻じゃ自慢にならんがな。」 「話題にもなるに違いない。」 「問題になったのは確かだが。」 「なぜ知っているのだっ!」 「担任が愚痴をこぼしたのだ。」 「知っているということは、お主も問題になったのだな。」 「・・・くやしいがその通りだ。」 不毛な会話をしながら、某S君は鞄からさまざまなものを取り出す。筆記用具、消しゴムなどなど。そして、最後に取り出したものは時計であった。 世間一般様はその時計を「置き時計」呼ぶようだ。おそらくサイドボードの上に置くのが適当であって、およそ試験会場に持ち込むような大きさではない。 「・・・おい、その巨大な物体は何だ。」 「時計だ。しかも今朝押し入れから発見したばかりだぞ。」 「時計なのはわかっている。どうして置き時計なのだ。」 「あいにく腕時計が壊れてな」 「家人のを借りるなど手があるだろう。」 「あいにく全員出払うので借りられなかったのだ。」 「もっと小さな時計があるだろう。」 「巨大なほうが見やすくて良いとは思わぬか?」 「常識で考えろ。」 「遅刻王が常識を語るとは笑止千万。」 「・・・それを言われると返す言葉がないが。」 「そろそろ試験が始まるぞ。いざ、勝負!」 模擬試験会場、略して模試会場は戦場である。会場と言ってもみみっちい塾のみみっちい教室の一室だが、今日の昼飯を賭けた真剣勝負が行われるのだ。負けられない。早く解答し終えた人間の勝利である。成績でも賭けは行われるのでいい加減な解答もできない。互いにひたすら鉛筆を動かすしかないのであった。 カリカリカリ。 鉛筆の音以外、鼻をすする音が時折聞こえる程度だ。察するに他の人も賭けをしているのであろう。そうに違いない。 カリカリカリ こういうときは決して歌を歌ってはいけない。お経を唱えるのも、聞いてる方が寝てしまうので不許可である。試験会場というのはそれほどシリアスな、すなわち厳粛な場所なのである。 しかし、それは起こった。 ごーん ごーん ごーん ごーん ごーん ごーん ごーん ごーん ごーん ごーん 某Sは笑っている。 私は呆れている。 試験監督は震えている。 「はっはっは。やはり音が鳴る時計だったか。」 その後、某Sは時計と共に連れ去られ 二度と会場に戻って来ることはなかった。 |