04/14
山手線の物語
仕事は10時からだけれども、ガッコは9時からなので、既にガッコ時間で朝起きておるのです。そうすれば、十二分に仕事に間に合うはずなのです。どう計算しても1時間は余裕を持って起きることになるので遅刻するはずがありません。今日は10分余裕を持って到着するように出発したのです。
けれども、遅刻をばしました。そんでもって、遅刻は3回目で合せ技欠勤が付きました。1日分の給料がふっ飛んだのです。それもこれも品川駅で乗ってきた太ったにいちゃんが悪いのです。人を押しやがった瞬間に、あ、いやいや、なにかの拍子に彼も押されたのでありましょう、彼が私にぶつかったその瞬間にドアは閉まりました。ドアが閉まるのはごくごく自然なことです。開けっ放しで発車されたら面白いですが、落下事故が多発して危険ですから閉じるのは車掌の勤めであり、いつも通りの手順で行われたことでありましょう。私にとっても、普通ならば何のこともない、毎朝繰り返されることであります。その際に、たまに荷物や着衣がドアに挟まれることはありますが、私の荷物はノートパソコン収納用のビジネスバッグでありますから、容易に引き抜けるので特に問題になりませんし、着衣も裾が少々挟まるくらいで、強引に引き抜いたとしても、どんなに運が悪くてもボタンが飛ぶ程度のことです。
そして、今日は運の悪い日でありまして、上着の右裾がドアに挟まれました。ええ、ふと動いた瞬間に何か引っ張られる感じがして、見ればドアの向こうにボタンがひとつとポケットが見えました。本日私が着ておったのは、ユニクロ製の安物ナイロンで作られた安物スプリングコートであります。春にロングコートを着る趣味は無いのでショートコートです。先日の花見の時に着ていったものの、防寒の意味では何の役にも立たなかった、文字どおり、ただ「上に着るだけ」の物であります。スプリングコートに防寒を求めるのは筋違いですが、ま、安物ならボタンの一つや二つ気にしやしません。飛んだなら「ああ、飛ばしちゃったなぁ」と一言で片づくものです。ボタンと一緒に生地も破れて千切れたとしても、「しゃぁないなぁ」で済むのです。いつもなら、強引に引っ張ったでありましょう。いつもならば。
ところで、防寒具として何の役にも立たない上着ではありますが、唯一の重宝するのは大きなポケットです。長期休み中の出勤は手ぶらが多い私にとって、それは上着として極めて有用であり、そのためポケットの中には何か入っているのです。そして、今日の私の上着の右ポケットにはネクタイとサンドウィッチが入っておりました。何故ネクタイが入っているのか。それは前夜に使用したのですが、帰途につくときに外してポケットに入れっ放しだったのです。ついでに朝家を出て10m進んだところで抜くのを忘れたことに気がついたのですが、面倒なので戻りませんでした。サンドウィッチは、少々意味をなさないとはいえ、朝飯としてサンドウィッチ屋、その名もズバリ「サンドウィッチハウス」のご主人が丹精し、何も言わなくても出してくれる「スペシャル」であります。当然ながら、少し重なる部分はあるものの、サンドウィッチがネクタイの上に乗る形になります。
・・・ドアは、見事にその「少し重なる部分」を挟んでおりました。つまり、サンドウィッチとネクタイを同時に挟んでくれたのです。それに気付いた瞬間血の気が引く音を聞きました。かの店舗のサンドウィッチの中でも、ひときわたっぷり詰められているスペシャルが、ネクタイと一緒に挟まれたのです。間違いなくネクタイは卵とポテトサラダにまみれているでしょう。そのネクタイは人から頂いただけでなく私自身も気に入っていて大事にしているネクタイです。強引に引き抜いてポケットが千切れてネクタイを巻き添えにするわけにはいきません。挟まれたサンドウィッチが絞られて袋から漏れ出し、更に被害を拡大する恐れもあります。いや、確実に拡大するでしょう。それだけは何としても避けたい。
運良く車掌が気付いてくれることを願ったものの、高々1cm程度の隙間で小回避していたら山の手内回り電車は走れないので車掌さんも気付いてくれません。人が一気に降りる浜松町から新橋に至るまで、近くのおっちゃんに手伝ってもらって必死に引き抜く努力はしたものの、ヘッドハンティングのようにポンと抜けてはくれません。どんなに頑張ってもドアは開きませんでした。
「そんなに必死にならなくても、そのうち開くんじゃないの」と思うかもしれませんが、山手線内回り電車の右ドアは品川を過ぎると当分開きません。少なくとも降車予定の神田駅までは開きません。次の秋葉原まで行くと、走ってようやく間に合うかどうかの瀬戸際というくらいシビアになります。手を拱いていると間違いなく遅刻です。あんまりうれしくないので、仕方なく携帯電話のWeb機能を使ってタウンページでJR東京駅の電話番号を調べて、小回避してもらおうとしました。我ながらグッドアイデアです。「Webの契約してて良かった」と、本気で思いました。けれども、そんな思いはあっという間にふっ飛びました。出てきたのは駅内交番に洋服屋に他は消費者金融ばかりで、肝心の駅の電話番号が出てきません。このときほど104の使えるDocomoにしておけば良かったと思ったことはありません。
かくして東京駅に到着し、「そういえば秋葉原は右側だった気がするし、まぁしょうがないか」と、ようやくあきらめてスポーツ新聞の桜花賞特集を読んでいたのですが、秋葉原に着く直前に、ふと気がつきました。確かに右のドアは開くのです。それは間違いありませんでした。ただし、それは普段秋葉原から乗る山手線外回り、つまり逆方向の電車の話でした。秋葉原は帰る時に乗るだけなので、その記憶しかなかったのです。
呆然とする私を尻目に、電車は秋葉原を出発します。御徒町を出た頃には「上野は右側だったような気がしないでもない。右側に違いない」と、半ば祈りにも似た気持ちで決めつけ、左側を見ると隣には線路がないような気になってくるのですが、やはり上野駅で開いたのは左側でした。ショックを受けている間にも、電車は更に鴬谷を出て日暮里に到着しましたが、やはり右側は開きません。左ばかりです。その頃になると錯乱しだしたのか、5年ほど前に数回だけしか利用したことがないのに「そうだ、西日暮里は右側だったに違いない」と全く根拠もなく思いこみ、「うん、線路も山手線だけになってるから右側のはずだ」と決めつけてすがってみたものの、やはり左側。不安を煽り立てることに、西日暮里と池袋の間の田端、駒込、巣鴨、大塚駅は、未だかつて意識のあるときに見たことが未体験ゾーンに突入するのです。
不安に堪えられなくなった私は、近くに座ったおばちゃんにどこで右側が開くのかと尋ねたところ「ん〜、、、池袋も左側だしねぇ・・・」と首を捻るのです。一体いつまで挟まれたままいなければならないのでしょう。恐らく非常に情けない顔をしたことでありましょう。その顔を見たおばちゃんは「かわいそうにねぇ」と言ってくれたのですが、そんなことよりも、とっとと開いてくれないかと思う私でありました。そして田端を出た頃、例のおばちゃんは「そうそう、次の駒込で開くはずよ」と言ってくれたので、疑うこともなく漸く落ち着いて新聞を読みはじめたのでした。幸いおばちゃんの記憶は正しかったようで、約40分に渡る軟禁状態は終わりを告げ、無事に電車を降りられたのです。
ネクタイはどうなったのか。もちろん「卵まみれ」です。それを見た瞬間、今までの不安が、「はっきり覚えてるぞにいちゃんめ、次に会ったらただで済むと思うな」と、どちらかというと正当ではない怒りに転化されてしまい、あまりに怒りが治まらなかった私は何を思ったか、御徒町から歩いて出勤し、ついでに遅刻届には「電車内トラブルのため」と記し、それも含めて笑い話にして丸く治まったのでありました。
途中の秋葉原でDocomoの携帯電話を手にしたのは言うまでもありません。
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