05/23
自由が丘マダム



休日、私の移動手段としてご近所で有名なのが、中国では未だ車を凌ぐ交通手段であり、中部地方の一部ではケッタと呼ばれることもある、自転車である。現在私が乗っているのは、私の労役先から払い下げられた、由緒正しきママチャリである。長年使われろくにメンテナンスもされなかったため、後ろに押せないだとかブレーキが戻らない等々の難点は多々あるものの、その点をわきまえていればまだまだ現役として活躍してくれる。
その自転車を駆って、私はクリーニング屋に行くため、わざわざ自由が丘まで行くのだ。

私が東京に出てきて足かけ7年になるが、未だにクリーニングに3日以上かかるのが信じられない。実家であれば朝出せば夕方受け取れるのが当たり前であった。取次店であれば2日かかることもあるにせよ、地方を馬鹿にする傾向のある大都会東京において、クリーニングシステムが一地方都市である和歌山に劣るというのが、なんとも滑稽で不便極まりない。
不満を言ったところで始まらないので、自由が丘に行くのである。移動が少々面倒だが、朝出して翌日夕刻受け取れるのは近辺では自由が丘店しかないのだから諦めて行くのである。

その日も私は小脇にスーツ等を入れた袋を抱えてのんびりえっちらおっちら自転車を駆り一路自由が丘を目指していた。直線距離ならそれほど遠くなく、20分程度の道行きであるからのんびり行くのだが、毎度の事ながら灘らかな坂がだらだら続く面倒な道を面倒だと思いつつひいこらしょよいこらしょとこいでいると、不意に横に並びかけて来る影があった。
自由が丘という所は、ワイドショーやはなまるマーケットによるとお洒落な街なのだそうだ。そして都内でも指折りとまでは行かずとも比較的高級住宅街であるが、私はあの街に何度も足を運んでいるが、斯様な印象をついぞ持ったことがなかった。駅前は流石に服飾関係の店があるものの、そのへんに転がってそうなパチンコ屋や商店街もある、どこにでもある普通の街。
並びかけてきたのはそんな印象を覆す、小洒落ていかにも品のよさそうな、つまりはいかにも金持ちそうな、いわゆる自由が丘マダムであった。しかも乗っているのはYAMAHAのPAS。直販で安いものでも7万も高級自転車に乗り、楽々とこいでいる。
ふとそちらを見るとマダムもちょうどこちらを見たところであり、視線が交錯した。その瞬間、マダムは「ふふん」と鼻でせせら笑い、私の自転車に一瞥くれてもいちど「ふふん」とせせら笑い去って行くではないか。
今は去りし8年前は自転車に乗ると人が変わると言われスピード狂として名を馳せた身として、文明の利器に頼りローテクをせせら笑うのは許せない。のんびりモードからせかせかモードに変更し、一気に並びかけようとしたその瞬間、マダムはこちらに気づき何やらレバーを操作して一気に加速しはじめた。なにおぅ、重ねて道具に頼るとは何事か。ならばと再加速してみればマダムも再度加速する。

マダムと私のデッドヒートは続くが、何度アタックをかけようと差は一向に縮まらない。マダムも名うての負けず嫌いなのだろう、マダムは相変わらず涼しい顔ですいすい進み、それでいて決して抜かせない。マダム相手だろうと、PASには無断変速ママチャリでは必死こいても敵わないのだろうか。マダムの筋力体力持久力が如何ほどかは存ぜぬが、衰えたとはいえまだまだ筋力だけは現役で十二分に通用するはずだと思っていたが、高級住宅街に住み道具に頼るマダムに、はっきり言えばおばちゃんに負けるとは。それとも私があまりにも衰えたのか。ショックを受ける私を尻目に、マダムは悠然と去っていった。



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