05/15
こんな愛だって、ある
1ヶ月前に親友と別れた。親友といっても女性で、一時は結婚という言葉も出た間柄だったが、2ヶ月話し合った結果、互いにいい人を見つけるまで会わないようにする、と。実際は完全な絶縁だ。
もう5年以上になる付合いだったが、今なら冷静に振り返って整理できる気がするので、少し書いてみようかと思う。
知り合った当時、私はMが死んで半年くらいたった頃だったろうか。本気で好きだっただけにショックの大きさに、大学も留年したこともあって、逃げるために遮二無二働いていた。そんなときにバイト先にいたのが彼女だった。口が悪く破天荒な性格の、黙っていればちょっとした美人。そんなに長く続けたバイトでもなかったが、気のあう友達という感覚で、辞めてからも二人で遊びに行ったりして、結構楽しくやっていた。おかげで随分ふっ切れたと思う。
そんな付合いが長く続くと、彼女は付合っていると思っていたらしいし、傍目からもそう見えていたようだ。実際二人で旅行に行くくらい親しい付合いだったから、彼女から結婚の話が出たのも当然だと思う。ただの遊び友達としか思っていなかった私に問題があったろう。
一週間ほど試しに同棲してみたが、彼女なら一緒に住んでもうまくやっていけると思う。私の悪いところもいいところも知った上で好きだと言ってくれたのだし、私自身も彼女の多くのいいところと悪いところを知っているので、今でも一番うまくやっていける人だと思っている。けれども、やはりMを忘れられなくて、Mに申し訳なくて、結婚なんてできなかった。我ながら女々しいけれども、そのことを正直に話すと彼女は悲しそうに笑いながら、忘れるまで待つ、それまで親友でいいと言って許してくれた。元々Mのことを彼女は知っていたにせよ、悪い言い方をすれば忘れるために利用して、傷つけていたのに。
彼女自身は「あの頃は25才になったし、まわりがどんどん結婚していくのを見てあせっていた」と言って笑う。結局その優しさに甘えてきた。
二人で旅行に行って同じ部屋に泊まっても、(互いに多少の努力はしているにせよ)友達を越えるような雰囲気にはならないから、「二人で遊びに行っても、旅行に行っても、理解してくれる人を気長に探す」と言って、互いに何人かと付合ってみたものの、そんな勝手な理屈を理解してくれる人などいるわけがない。
あれから3年が過ぎた。彼女は28になり私は未だにMを忘れていない。私には隠しているが、彼女の両親はそろそろ結婚をと急っついていることも人伝に聞いている。
あれ以後も結婚してもいいと思ったことは何度となくあるし、結婚してもそれなりに暮らしていけると思う。彼女は特別だし、一人の人間として愛していると思うが、女性としての愛じゃないと思うし、他の女性を想っている男と暮らすことが彼女にとって幸福だとも思わない。
そうして、毎日のように話し合った結果、冒頭の結果に至った。
この1ヶ月、我ながら随分荒れた。私は思う。もし、Mよりも早く彼女に出会えていたら、と。けれども、もし、Mと出会っていなかったら、と。失ってからどれだけ大事な人だったか理解して、それでもなおMを忘れられない愚かな自分がいる。
私はここから動けないかもしれないが、それ故に、彼女には尚更幸せになってほしいと思う。私のこんな愛し方は逃げかもしれないし、卑怯かもしれないが、私が縛りつけ不幸にしていた分だけ、その分を取り戻し上まわるほどに、彼女には幸せになってほしいと、心から願っている。
Bluem of Youth の「if」という歌がある。
「もう少し早く君に遭えたらなんてさ 時々思うよ」
「愛は今でも君の傍にある 小さな石ころのように」
「だからせめて君は心から幸せになってほしい」
という歌だ。
TBS系列の噂の東京マガジンでエンディングテーマとして流れていたので聞いたことがあるかもしれない。
その歌を聞きながらこんな話を考えてみたけれども、小説にしたらウケるだろうか?
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