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悪魔が来たりて
しゃらん・・・・・しゃらん・・・・・しゃらん・・・・・
今日も鈴の音が響き渡る。
しゃらん・・・しゃらん・・・しゃらん・・・
そして今日もわが家の前で、その鈴の音はやむ。
やがて玄関の隣にある台所の窓から、何かがぶつかる音がする。
大きなときもあれば気づかないほど小さいときもある。
この衝突音が聞こえたとき、鍵を掛け忘れていると危険だ。
奴は自力で窓を開ける。
どきりとして様子を見に行く私に闇の中で
怪しく不気味に光る双眼を向け
そして一声を浴びせるのである。
「にゃお〜ん」
そして私はうなだれるのだ。
またか、クロちゃん。
と。
そもそものこの悪魔共とのかかわりは現在の棲家に移ってからだ。
コンビニで弁当を買って帰ると決まってキジトラ毛の猫、通称トラちゃんが後をついてきて物欲しげに弁当を眺めているので、まぁ唐揚げの一つくらいはと思ってあげたことだった。
そしてそれが元凶だった。
その後道端で草をはんでいる姿を「ひもじい」と勘違いしたこともあって、寄ってくれば飯をあげていた。
やがて玄関の開閉音だけでにじり寄りあわよくば家内で惰眠を貪ろうと試みるようになる。当然飯もねだる。毛もまき散らす。そして台所マットで爪を研ぎぼろぼろにしてくれるのだからたまったものではない。
もひとつ難儀なことにトラちゃんにほんの少しでも触れると蕁麻疹が出た。それ故に侵入されると追い出すにはどうしてもひっつかまえねばならないので、出がけに突破されると蕁麻疹だらけの腕で出かける羽目になる。
と、なれば原因を探り解決するのが世の情け。もとい、人の性である。はたして猫毛アレルギーなのかそれとも蚤壁蝨の類へのアレルギーなのか、風呂に入れてしまえばはっきりするんじゃかなろうか。
さて、風呂といっても実際はシャワーをぶっかけ石鹸湯で洗い倒すのだが、水を出すと脅えて狭い風呂の隅に逃げ込みとても哀しそうに鳴き叫ぶ。まるで苛めているかのように錯覚してしまうが、それでも心を鬼にして浴びせてみると恐怖で足が竦み震え上がる。
あまりに哀れに思い水を止めると脱兎のごとく玄関先に走り込み扉を引っ掻き外にでたがる。玄関に爪痕を残されると厄介なので外に出してやると、幸いなことによほど怖かったのか二度と近寄らなくなった。
一抹の寂しさはあるが、これであの悪魔のようなトラちゃんから開放されたと一安心。しかしそうは問屋がおろさないのが悪魔共の悪魔たる所以。トラちゃんと仲の良い黒猫クロちゃんが入れ替わるように私の足音を聞きつけ飯をねだるようになる。トラちゃんの侵入攻撃に比べれば飯をねだられるくらい大したこと無いと思い、更に触っても蕁麻疹がでないのですっかり安心していた。トラちゃんも始めの頃は同様だったことをすっかり忘れ、やがて毎日のように飯をあげるようになる。
そしてとある日曜日、私は作りおきの飯があったので一度も外に出ること無く過ごしていたところ、姿を現さないことに業を煮やしたのかクロちゃんは窓から侵入する暴挙に出た。一方、侵入される側の私には事件だった。衝撃的だった。夜の静かな住宅街でいきなり自室の窓が「がこんっっっ!!!」と音を立てるのだ。何事かと思うじゃないか、誰だってばびるじゃないか。
用心のために別の窓から様子を窺ってみると、こちらを振り返り「にゃ〜」と一声鳴くクロちゃんがいる。角度的に口が裂けて見えたこともあって、洒落抜きに悪魔のように思ったのを今も鮮明に覚えている。
階下の日差しから1.5m以上上にあるうちの窓の手すりに飛び乗ったのかそれともすぐ脇にある階段の手すりから飛移ったのかはわからない。その程度は猫にしてみればお手のものかもしれないが、あまり猫に接したことのない私には驚きだった。
そのときは自失で素直に飯をあげたが、二回目はそうはいかない。侵入するやいなやひっつかんで追い出してみた。蕁麻疹がでないので気軽に掴める。そして暴れない。素晴らしい。そう言えば帰りぎわを狙われた際の侵入ブロックでも高度なフェイントを使わずとも良かった程、非情に鷹揚な性格をしている。非常に聡くともすれば自身がフェイントを掛けてくるトラちゃんとは大違いだ。
素直でよろしい、これに懲りて二度と侵入するでないぞよ等と一人評定してみたが、が。だがしかしそれが如何に甘い認識だったかすぐに思い知ることになる。
再び侵入してきたのだ。
後で知ったことだが、クロちゃんは御近所で名うての剛の者だった。他の猫が竦み上がるようなところにも平気で飛び乗り、いかにして昇ったのか判らないがアパートの2階の屋根に飛び乗り元気に走り回り、5m程度の樹なら根元から一気に頂点に駆け上がる。体が通ると看破すれば如何に危ういところであってもピンポイントで飛移る。それが7才を越える老猫の所業というのだからすごい。
そんなこととは露知らず、追い出し続ければそのうちあきらめるだろうと思い続けて早7回。その度に互いに期待を裏切り続ける。抱えても暴れず素直に追い出されるその鷹揚さは、どうやら自身の瞬発力と度胸、そして決して小さくない窓を器用に開けることができる技に裏打ちされた巨大な自信の表れらしい。加えてしつこさと言うか、はたまた食い意地の悪さとも言える素晴らしい不屈の精神で決してあきらめることがない。対するこちらは名うてのヘタレなので、9回目のチャレンジに白旗を揚げることになる。全く猫にしておくのは惜しい心身共に素晴らしい能力の持ち主だが、こちらはたまったものではない。
そして昼夜問わず好きに侵入され飯をねだられる生活が始まった。
窓に鍵をかけていて入れないときは低く通る大きな声で鳴き叫び窓を引っ掻き入れろと知きりに要求する。こちらも家に傷をつけられると後々面倒だしご近所から動物虐待者と謗られるのも五月蠅いと怒鳴り込まれるのも嫌なので仕方なく招き入れるが、居つかれてはたまらない。安易に飯をあげないように努めつつ、それでも私はオプティミストであるからして「へへ〜ん、俺がいないときには侵入してないんだからよしとしよぉ。」と考えていたが、「きょ〜もいっちにっちおっつっかっれさ〜ん」と部屋の電気を点けた私に向かって本当に悪魔のように一声鳴いて驚かせてくれてから、完全に我が物顔で出入りするようになっている。本当にこの悪魔は甘くない。
本当にたまったものではない。電話をしていると押し入れからどさっと飛び降りて驚かせてくれるし台所の窓から飛び込んだところが顔面だったこともあれば膝の上に無理矢理乗り込み爪を立てながら眠ってくれたりパソコン作成中にキーボードの上でダンスを踊ってくれる。寒くなると押し入れでこたつで膝の上で寝とぼけ、迷惑千万。当然蚤も引き連れてくるのでたまったものではない。入ってくる時間もまちまちで明け方だったり深夜だったり、はたまた夕方だったりする。こちらが寝ていれば耳元で喚き散らし顔にへばりつき何が何でもたたき起してくれる許し難い奴である。
そして経済的にも痛い。毎日1缶となると大きなスーパー等で3缶パックを大量に買い込むなどして節約に努めるものの、それでも月に数千円。タチの悪いことに選り好みが激しく気に食わないと一口も食べず別のものを要求して鳴き叫ぶ。気に食わない缶詰を大量に買い込んでもぉたら目も当てられん。ドライフードも近所のおばちゃん二人が与えていて飽きているせいか同じものを与えても決して食わない。しかも一缶開けても食べるのは半分程度。かといって冷蔵保存した残りは一切食わない。冷蔵庫から出した直後は匂いがおかしいので食わないのかもと言われたので早めに出しておいても駄目。畳と同じく新しいものを好む贅沢極まりない奴である。
もちろんずっと追い出すべく努力はしている。しかし無理矢理シャワー攻撃は老猫だけに経験済みなのか全く動じず、当初は著しい効果のあったエアダスターの噴出音も一週間程度で慣れてしまう。その他掃除機で吸い込んでも首根っこひっつかんで放り投げても逆に楽しむ有様で効果のかけらもない。
まさに万策尽きた。
追い討ちをかけるように三毛が玄関先で待ち伏せるようになり斑もクロちゃんと同じ手口で侵入するようになる。猫尽くし。猫まみれ。猫にたかられ猫に侵食される生活がこのまま続くのか。
そして今日も鈴の音が鳴り響く。
ああ、鈴の音が怖い。
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