もどる


9月29日(金)
バレーボールリーグ戦が始まり、またまた体を動かす機会ができた。
9人制の後衛でレシーブ専門であるが、これが楽しいのである。
相手のスパイクがこないかとワクワクである。
だが、第1試合は人数が揃わず没収試合の不戦敗、第2試合はなんとか人は揃ったものの、
あえなく撃沈されてしまった。


9月24日(日)
高橋尚子さんがオリンピック女子マラソンで金メダルを獲得し、
巨人が劇的な逆転サヨナラで優勝を決め、
地元では小学校の運動会が和やかに開催された今日、
またひとつ、近所の若く尊い命が消えていった。


9月23日(土)
連休の土曜日だというのに仕事をしていると、昼前ごろ携帯に一通のメイルが届いた。
神戸の宮坂くんから、バイクツーリングで徳島の日和佐に着き、昼食をとっていると・・・。
いつも自分が野遊びの時にすることを、逆に受ける立場になった。ふ〜ん、楽しんでる他人を羨ましくも思うが
お陰で自分もそのイメージを想像でき、ツーリングをちょっぴり楽しんだ気分になれるので、まんざら悪くもない。
もう一日残っている夏休みで、果たしてそんなメイルを送るような使い方が出来るかどうか、にわかに忙しくなり
去年同様、休暇届けを出して出勤というパターンにはまりそうである。


9月22日(金)
夕方には雨もあがり、大和チームとソフトの練習試合を行った。
みんなオリンピックで活躍する日本女子ソフトボールチームをイメージしてやるも、なかなか体がついてこない。
私はキャッチャーをさせてもらい、この夏のチャリ遊びで鍛えた下半身のお陰で動きも軽く楽しくできた。
2度の本塁塁上タッチアウトもこなし、打ってはいい当たりのレフトフライも出て、満足満足!


9月18日(月)
彼岸が近いというのにまだ夏休み。
最近随分と尻軽男?になってきた。輪行バッグを買ったもんだから、さっそく実行してみたくなって、予定では大山登山も考えていたが輪行サイクリングに変更。
車に積んで三次まで行き、JR三江線粟屋駅から江の川沿いにR375を日本海に向かってこぎ出す。江の川といえば、15年くらい昔にカヌーで三泊四日かけて日本海まで漕ぎ下った川である。ペダルをこぎながら、ここの瀬はああだったこうだったと思い出しながら浪々と流れる中国地方一の大河を存分に堪能しながらの快適なサイクリング。大三島での給水ミスを繰り返すまいと、道の駅ならぬ川の駅「常清」で水分補給。昨日チェーンの洗浄をした後、チェーンオイルの補給が出来てないので、シャラシャラと金属摩耗音が少々気になる。
どうせ帰りは輪行という思いが、ついついオーバーペースを引き起こす。大三島では、20キロ平均で走っていたのに今日は30キロ平均をめざして力が入る。
今日の目的地は、「行けるところまで行く」である。帰りの列車は時間帯から1本しかないので、それにどの駅から乗っても一緒。何分山間地で、お昼を食べるところもそんなになさそうなので、今度は道の駅「グリーンロード大和」で早々に昼食をとる。何故か野遊びの時は、そんなに当たり外れのないカレーを食べてしまう。
その後も快調に進み、浜原ダムで一息入れる。写真撮影とメイルちょこちょこやって、カヌーの里邑智町をめざす。粕淵という地名に相応しく川がヘアピンカーブを描きなかなかロケーションもGOOD。しかし、景色とは裏腹に、スピードが乗らなくなってきた。ずっと川の上流に向かって吹く向かい風と前半のオーバーペースが影響してきた。時間はまだまだあるので、取りあえず石見川本駅まで頑張ることにする。次第に右膝に痛みを覚えるようになり、最後は少々つらいペダリングとなった。14時50分頃、無事川本駅着。本日の実走行時間3時間、距離77.7キロ。
実はここからが今日の楽しみなのである。そう、輪行である。前後輪をはずし、サドルを下げて、ちょっと突き出たDHバーを回転させて、輪行バッグに納める。難なく自転車は姿を消し、ちょっと派手なサイクルジャージを着たレイルトラベラーに変身。川本から粟屋まで1280円+270円で15時46分発のディーゼル1両編成の列車に乗り、今度は車窓から江の川を楽しみながら帰路につく。

浜原ダムにて
列車の車窓から
お行儀良い手回り品
夕日をあびて無事終了


9月17日(日)
久々の秋晴れに恵まれ、延び延びになっていた稲刈りとなった。
乾燥は近所の専業の方にお願いしてあるので、都合により今日は半分の面積を刈ることになった。
天気は良く日差しは強かったが、台風の名残か風があったので、ゴミも吹き飛ばしてくれて、快調に
作業は進んだ。
呑気なお手伝いのワンデー・ファーマーだから、気分転換に最高であった。


9月16日(土)
自転車のタイヤがすり減ってきたので、福山のサイクルショップKen'sにバイクで出掛ける。
例によって一番安い1200円のチューブラーを1本ゲットする。
ついでに、輪行(自転車を分解して電車で移動すること)の話をしたら、時代の流れを感じてしまった。
と、言うのも、以前は前後輪のタイヤにハンドル、、サドル、前輪ホークにペダルをはずしてバッグに入れてたのに、
今じゃ、前後輪タイヤだけ外せばOKらしい。前回やったのが15年前だから、仕方ないか?
と言うことで、最新の輪行バッグも5000円でゲットする。大きさも重量も以前の1/3以下である。
ショックは大きかったが、内心ウキウキである。これで自転車遊びのバリエーションが広がること間違いなし。


9月13日(木)
恵みの雨ともいえる秋雨が一段落したようなので、久々にナイトランに出掛ける。
一時の寒波もゆるみ暑くもなく寒くもなく、快適なナイトクルージングである。
これまでは、ローギアを使ってペダルの回転でスピード求めていたが、今日はトップギアを使って足の筋力による
トルクで特にスピードを求めることなく流してみた。目安は呼吸が乱れない程度とした。
呼吸が乱れない分、楽にグングン前に進んでいくフィールが快感である。
この秋は、モガキのサイクリングはやめて、呼吸を乱さずエクササイズに徹して、体脂肪の燃焼を第一目標としよう。



9月6日(水)
残っている夏休みを利用して、愛媛県大三島の一周サイクリングに出掛けた。
忠海までワゴン車に自転車を突っ込んで、410円払ってフェリーで大三島の盛港へ10時20分着。疲れた後半に楽な市街地を走る予定で、島を左周りにペダルを漕ぎ出す。
海水浴客の去った誰もいない静かな海と平行して、島々を眺めながら快適なクルージングと思いきや、すぐさま峠越えが始まる。峠といっても岬をひとつ山越えする程度のもので、ナイトランで鍛えた脚はまだまだ快調に登っていく。
昨年走った大崎上島を対岸に望みながら、島の西部を通過して南部へと進んでいく。沿道には様々な柑橘類が出荷を前にたわわになっている。南部の道は海岸から離れ、山の中腹をアップ・ダウンを繰り返しながら進む非常にハードなコースである。下りになりトップギアに入れたかと思えば、また登りが始まりすぐローギアにシフトダウン。
スタートして1時間を経過し、何処かで水分補給の休憩をと思っても、なかなか自動販売機が見当たらない。しだいに口の中の唾液も枯れてきて、明らかなに脱水状態になりつつあるのがわかるのであるが、海の水を飲む訳にもいかず、10キロほど辛抱が続く。ちょうどそのころ来島海峡の三橋がきれいに望めるロケーションであったが、景色より水を選び先を急ぐ。そうこうしているうちに岬を一周して同じ地点に帰ってしまい、また坂を上り返して島一周コースへもどることができた。
しまなみ海道の大三島橋を通過して、やっと自動販売機をみつけ、ゴクンゴクンと一息つけた。
島の東部は、市街地を国道が走り、平坦なコースである。多々羅大橋のたもとにある道の駅「多々羅しまなみ公園」でお昼休憩をとることにする。橋をバックにお決まりの記念写真を子連れのお母さんに頼んで撮ってもらう。デジカメには不慣れなため、3度目にしてハイポーズ!レストランでかつカレーと生ビールをグビグビッとやり、海辺のベンチに陣取って、潮風にあたりながら携帯からメイルをチョコチョコ。
その後ひとっ走りで盛港へ。本日の走行、48キロ、実質約2時間少々のサイクリングも無事終了し、船上の人となる。
カヌーとローカル線の旅と同様、自転車とフェリーの旅も最高である。距離は近くても海を渡ることで、随分遠くへいった気分になり、消えゆく白波を見ながらメロウな気分になれるのである。
おいらの夏はまだまだ終わらない。
誰もいない静かな海
大崎上島を望む
多々羅大橋をバックに
爽快なフィナーレ


9月4日(月)
「夏はクールにナイトラン」ということで始めた自転車の夜遊びも、9月を迎え急に涼しくなり「クール」などと
言ってられないようになってきた。25℃前後あった夜の気温も今日は19℃。
ナイトランも帰りは体が温まってちょうどいい位であるが、走り出しは少々冷え冷えでブルッとしそうである。
走っていても稲刈りの臭いなどで、秋を感じるようになってきた。
さてこのナイトラン、いつまで続くものやら?


9月3日(日)
今日も雲の多いうっとうしい空模様である。
昼までは久々に洗車をしたりして過ごし、午後から思い切ってバイクで走りに出てみた。
今日の目的地は県北高野町の高暮ダム。以前から地図を見て、どんな渓谷だろうかと
気にしていたところである。
三次、君田を通過してどんどん谷に分け入っていく。思っていた以上に狭い谷で、
途中から道は中腹を巻くように登っていく。そして突然目の前に、高い堰堤が現れてくる。
こんな高いところにダムがと思わせるところに高暮ダムはあった。
昭和15年着工、昭和24竣工というまさに戦時中に、更に多くの朝鮮半島の人々の強制労働とその犠牲に
よって作られたものであるらしい。たしかに、建設技術等の発達した今日でさえ、
こんなところに巨大な堰堤という建造物をつくることは容易ではない。
日本人殉職者の慰霊碑とは少し離れたところに、最近になって建てたと思える韓国・朝鮮人の
犠牲者の慰霊碑があった。
標高が高いうえに天候も悪く気温も25℃前後で、半袖で走るには少々寒さを感じた。

    


9月2日(土)
後期の卓球練習が始まり、当番の日ではなかったが、卓球を楽しみたくて子どもに付いて行った。
体育館は虫が入るのを防ぐため窓は全部閉め切ってあるので、さながらサウナのようである。
当然、汗だらだらではあるが、自転車のナイトランの成果か動きが軽い。
その気になれば、子どもたちの乱打にも、なんとかついていける。
ここ数年で一番いい状態じゃないかな?


9月1日(金)
あ〜、蒸し暑い一日であった。
友達の結婚式の案内状が届いた。
それだけで、幸せな一日となった。