| それは一通の手紙から始まった。 1993年7月12日 その日も平凡に仕事から帰って郵便ポストを確認。 すると一通の外国郵便が。差出人はすぐにルックさんだとわかった。 “ああ、元気しているんか”と思いながら、おもむろに封を開ける。 いつものように英語で(当然か)タラタラタラタラ書いてある。 サラサラサラッと斜め読みして、勝手に「お元気ですか!」とその場は解釈した。
ところがその晩、ゆっくり読み直してみると、どうも様子がおかしい。どうでもLucさんが |
![]() | 7月15日 さっそく、“日本に来たら是非うちへ泊まって遊んで いってください。大阪に着いたら電話をください。” と手紙に書いて送った。
7月27日 | |
| 7月30日 待ちに待った電話あり。 1985年以来8年振りに聞くLucさん の声。 8月1日に新幹線の新尾道で降り、 電話をすれば迎えに行くと伝えた。 Lucさんもランチタイムに尾道に着く ように行く。と約束した。 この“ランチタイム”が僕を悩ます事に なろうとは、思いもよらなかった。 | ![]() | |
![]() | 8月1日 いよいよ当日がやってきた。 ランチタイムに尾道へ着くと言うのだから、家族で 迎えに行って一緒にお好み焼きでも食べて、つい でに千光寺へ案内してこうようと考えていた。 ところが、待てど暮らせど電話は無い。家族は腹 が減ってお父さんの英語力を疑い始める始末。 2時を過ぎても電話は無く、急きょ素麺を茹でて、 遅い昼食となった。 今日は来ないんだろうと思い始めた3時前、やっと Lucさんから電話があった。 | |
| 新尾道駅の改札へ行くと「ハ−イ!高 成さん」とLucさんが駆け寄って来た。 8年振りの再会。握手をし終わった頃 には香港で出会った当時の二人に戻 っていた。 遅くなったので我が家へ直行。うちで は、お茶を一服飲みながらプレゼント の交換を。 93年の夏は記録的な冷夏で、その日 も長梅雨の冷たい雨が降っていた。 それでもオーストラリアからのお客さん と言うことで、予定していたバーベキュー | ![]() | |
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をすべく準備に取りかかった。庭に竹竿を立てて青 いビニールシートを張ってテント代わりに。Lucさん にも手伝ってもらって実家からテーブルやイスを運 んで準備を完了した。 そうして外人のお客さんを迎えた世紀のパーティは 始まった。前もって連絡していた友達に加えて、近 所の若い人達も誘って、大盛況。Lucさんの人柄に 加えお酒が勢いづけて、みんな片言英語で攻めま くる。その夜は遅くまで、静かな田園に怪しい英語 が響き渡った。 | |
| 五右衛門風呂に畳の上に敷いた布団 さてLucさんはどんな気持ちで我が家 の一夜を過ごしたのでしょう?? 翌日も変わらぬ笑顔で起きてきた。 朝食を摂った後、実家の父母と祖父母 に挨拶に行って、保育所へ子供達を一 緒に送って、平和公園へ行くLucを新 尾道駅に見送った。 初めて外人さんのホストを務めた我が 夫婦は、“ヤレヤレ楽しかった!”とちょ っとリッチな昼食に祝杯をあげた。 それにしても一度も脱ぐことの無かった 野球帽の下は、未だ謎に包まれたまま。 | ![]() | |