どこまでも行こう

どこまでも行こう
道は厳しくとも

口笛を吹きながら

走って行こう

 箱根駅伝の中継を見ていたら、この懐かしいメロディーが流れてきた。

 ブリヂストンのCMソング。オリジナルは、記憶に間違いがなければ、トッポジージョの声、山崎唯が歌っていた。

 タイヤ坊や(どう表現したらいいのか、そう手塚治虫の漫画「ワンダースリー」に出てくる乗り物、もっともこの表現が分かる年齢の人なら、タイヤ坊やというだけで思い出してくれるわけだが)が、ひたすら転がって丘を谷を山を越えて行くアニメ。商品もメーカーも連呼しないユニークなCFのバックに流れる歌がこの歌だった。

 さきおととし(1999年)の春、一人の男が自らの勤める会社の社長室に押し入り、社長宛の抗議文を突きつけた上、持参した包丁で腹を刺し自殺した。男は、その時、58歳。さかのぼる数年前、工場の課長を最後に、関係子会社の主査に転じていた。

 その日と数日後の「滴水録」から。

 ブリヂストン本社社長室に退職勧奨を受けた課長が訪れ、社長と面会、割腹自殺した。数年前に本社から子会社に出向したが、当初の条件と子会社での待遇が異なったこと、さらに最近早期退職を迫られていたらしい。58歳。

 若くて元気のいい頃には、実力主義はうたうもののまだまだ年功序列が幅を利かせていて、我慢我慢。ところが、いざそのメリットを受ける年齢に達する頃になったいま、まるで年功そのものが悪のようにいわれて実力だ実績だとものさしをコロッと変えられてしまった。で、経営職の人たちはとみると相変わらず年功で地位をかちえた階層の連中が居すわっているのだから腹立たしくなる・・・、と、こういう事情は案外どこの会社でも共通しているのかもしれない。(3/23/1999)

§

 朝刊に、先日、自殺したブリヂストンの課長の抗議文が一部載っている。

 「社長自ら六十五歳の定年制を守らず、従業員のみに押しつけている」
 「これまでに数千人にのぼるリストラを実施しているが、従業員の削減、報酬の搾取など人の問題に手をつける前に、不良資産、施設の処分など事業の再構築を図ることが第一義ではないか」
 「嫌なら辞めろという会社のやり方は、永年ブリヂストンを支えてきた人たちに対する仕打ちとして許されるものではない。それを管理職の諸氏は子羊のごとく無抵抗に受け入れているのです。従業員をごみくずのごとく扱う経営者の感覚に一致団結し抵抗すべきである」
 「関連会社を含めこれまで以上の利益確保のため、時流を利用した過酷なリストラを強行しており、命をかけて私は抵抗したい」

 ブリヂストンの社長がいくつでどのような権力構造の中にいるのか、財務状況が人員削減なしに改善できる水準にあるのか、そういったことの詳細はわからないが、いま横行しているリストラには想像力を欠いた凡庸な経営者の安易な駆け込み寺を思わせるものがあることは事実だ。(3/26/1999)

 事件後の報道によれば、彼は九州出身。地元企業の雄、久留米のブリヂストンに入社。会社の成長に自らのステップアップを重ねる形で高度成長期を生きてきた。想像に過ぎないが、サービス残業などは当たり前、休日出勤もいとわず、それこそ全身全霊を捧げて、数十年を勤め続けたのであろう。

 もちろん、給料をもらうためには違いない。しかし、会社勤めというものが100%そのためばかりでないことは、経験のある者なら誰でも同感しよう。いくぶんおおげさに言えば、ブリヂストンという会社は、彼の誇りであり、アルファでありオメガであったと思う。会社にかたむけた自分の情熱が大きければ大きかったほどに彼の視野は狭まってしまった。ある種の視野狭窄と生真面目さゆえに、彼は社長室に乗り込むことになってしまったと思う。

 芯の通った真面目さと勤勉さは、すでに評価の対象ではない。それらが、どんな愚かな管理者のもとでも、目に見えた収益につながるようでなくては、当人が期待するほどに会社は評価していない。このことは別に最近のことではなく、彼が入社した高度成長期からそうであった。しかし、小心な忠誠心は企業活動のいろいろな場面で従業員をコントロールするために便利なものであったから、会社はむしろその「幻想」を煽り立てたかもしれない。

 時は経ち、株主利益最優先の号令の中、経営者は短期の数字に強迫観念を抱き、長期的視野などは無能な経営者の言い訳と解される時代が来ている。「利益が上がらないのは社員が働かないからだ」と言ってのける経営者も現れた。もう、従業員個人と会社収益の間を韜晦するものはなくなったのだ。

 「まさかトッポジージョの声で歌ったイメージをそのままに抱き続けるようなシンプルな人間が、すでにグローバル企業である我が社に残っていようとは。こういう愚か者をすみやかにパージしなくては・・・」、相対した社長が当惑の中でそう思ったものかどうか、そこまでは分からない。確実に言えることは、・・・、そう、歌詞の続きに語ってもらおう。

どこまでも行こう
道は険しくとも
幸せが待っている
あの空の向こうに
<この項終わり>

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