小県郡青木村の温泉 (小県郡青木村)

田沢温泉
田沢温泉・薬師堂から浅間を望む

| 沓掛温泉 小倉乃湯 || 田沢温泉 有乳湯 |

  沓掛温泉 小倉乃湯(おぐらのゆ)
沓掛温泉共同浴場 小倉乃湯
共同浴場 小倉乃湯
沓掛温泉共同浴場 小倉乃湯
温泉の料金表
 沓掛川を渡り急な坂道を登ると温泉街、今回訪ねた共同浴場の「小倉乃湯」はさらに奥へ進んだところにある。平成十年に建て替えられたため、建物は新しくなったが、湯の歴史は古く、入口に掲げられた案内には、平安時代、国司の滋野親王が眼を患い入浴したところ病が治ったので、ここに薬師堂を建て温泉の守護神として崇めた時から開湯された、と記されている。また、温泉裏山の山容が京都の小倉山に似ているところから、京の都を偲び「小倉乃湯」と名付けられたともいわれ、地名の旧称から「浦野の湯」と呼ばれた頃もあったという。
  入湯料は、入口の自動販売機で購入し湯番に渡す共同浴場形式。石鹸やシャンプー、タオルなどもここで買うことができる(入浴には温泉キット持参で!)。泉質は、沓掛三号線を源泉とする 単純硫黄泉 (アルカリ性低張性温泉)で、泉温は 39. 5度。若干お湯がぬるいように感じられたが、通常はどうなのだろうか。
 小倉乃湯の建物に隣接して、温泉の湯を利用した施設が設けられている。洗濯料 50円(回)、種籾浸湯料 100円(個)、漬菜洗料 200円(回)、驚くことに洗車料まであり 一回 200円とのこと(おそらく農耕用車両のことと思うが…)。料金は湯番に支払うが、冬は凍結のため利用することはできない。駐車場は、小倉乃湯の奥(約五十メートル)に十台ほど停められるスペースがある。

 上田市と松本市を結ぶ 国道 143号線 (松本街道)を利用する場合は、 県道丸子信州新線 との分岐から沓掛温泉に向かって車を走らせる。注意することは、国道と県道との分岐には信号機が無いこと、松本方面からの車にとってこの分岐が鋭角になっており、見通しが悪いこと。「老人福祉センター くつろぎの湯」(田沢温泉から引湯)を通り過ぎたら速度を落とし、周囲の表示板に気を配る必要がある。沓掛温泉はこの分岐から約四キロの県道沿い。

  
 沓掛温泉 小倉乃湯 小県郡青木村大字沓掛
  小県郡青木村大字沓掛付近 ( 1 / 75000 )
  青木村ホームページ
 [ 営業時間 ] 9: 00 〜 21: 00
 [ 定休日 ] 毎週火曜日 (祝祭日の場合は翌日)
 [ 料金 ] 大人(中学生以上) 150円、小人(四歳以上〜小学生) 100円
 [ そのほか ] 
  沓掛温泉の宿泊施設 ( 問い合せ先:青木村観光協会 0268-49-0111 )
  ・ かどや旅館 TEL 0268-49-2016
  ・ おもとや旅館 TEL 0268-49-2002
  ・ かなふや旅館 TEL 0268-49-2004

沓掛温泉共同浴場 小倉乃湯には、平成 11年 5月 1日に訪問しました。 




田沢温泉田沢温泉 ますや旅館
「有乳湯」と島崎藤村ゆかりの宿「ますや旅館」

  田沢温泉 有乳湯(うちゆ)
田沢温泉 有乳湯の内湯
有乳湯の内湯
 田沢温泉は、青木村の西に聳える十観山( 1284.5m )の山間に湧く温泉。開湯は飛鳥時代後半で、大江山の鬼退治で知られる坂田金時誕生の地とも伝えられている。また、小諸義塾で教師をしていた島崎藤村がこの地に滞在し、『千曲川のスケッチ』( 青空文庫 )のなかで湯治に訪れた人々の姿を紹介している。その『千曲川のスケッチ』に登場する「升屋」という温泉宿。藤村は記す。「升屋(ますや)というは眺望の好い温泉宿だ。」と。藤村が滞在したその温泉宿は、今は「ますや旅館」( 0268-49-2001 )に名称を変え営業を続けている。楼閣とも思える瓦葺の重厚な構えは、遠くからも確認できる。有乳湯に続く石畳の道を歩きながら建物の様子を伺うと、四方に欄干が設けられ、ひょいと湯治客がタオルを片手に顔でも出しそうな趣きがあった。一瞬、時が止まってしまったような錯覚すら感じさせる佇まいがここには残っている。
 日帰り温泉施設「有乳湯」は、石畳を上りきった場所にある。石畳の道は車の通行可能で、駐車場は温泉施設の先に設けられている。建物は新しく、平成十ニ年に建替えられたものだ。傾斜地を利用しているため、受付は二階にある。一階には、田沢温泉の歴史やそれに係わる資料等が展示されているので、湯上り後に見学してみても良いだろう。
 下駄箱に靴を入れ、券売機で購入した入浴券を受付へ差し出す。浴場は左手にあり、雰囲気は何れの温泉とあまり違いはない。ただ、平日の午後に訪ねたせいもあるのだろう、入浴者のほとんどは地元の年配者で占められていた。湯は、この地に多い 単純硫黄泉 。最初は、やや狭く感じた浴場も、湯に浸かれば余りあるもので、ほのかに漂う硫黄の香りを楽しむには十分だった。

  
 田沢温泉 有乳湯 小県郡青木村大字田沢 2700
  小県郡青木村大字田沢付近 ( 1 / 75000 )
  青木村ホームページ
 TEL 0268-49-0052
 [ 営業時間 ] 6: 00 〜 21: 30
 [ 定休日 ] 年中無休
 [ 料金 ] 大人(中学生以上) 200円、小人(四歳以上〜小学生) 100円
 [ そのほか ] 
  田沢温泉の宿泊施設 ( 問い合せ先:青木村観光協会 0268-49-0111 )
  ・ 富士屋ホテル TEL 0268-49-3111
  ・ 国民宿舎富士 富士屋ユースホステル TEL 0268-49-3115
  ・ ますや旅館 TEL 0268-49-2001
  ・ たまりや旅館 TEL 0268-49-2005
  ・ 和泉家旅館 TEL 0268-49-2017

田沢温泉 有乳湯には、平成 17年 9月 14日に訪問しました。 


 <参考資料> 有乳湯(うちゆ)
 この温泉には、大江山の鬼退治の話で有名な、坂田金時誕生の温泉という伝説が残っています。「安和元禄のころ、都に嫉妬深き遊女あり、夫に別れたる後に児なきことを悲しみ、念力によって児をはらむべく、天地に祈り鬼女の形相となって諸国を巡歴して、田沢の地に参り、子持湯に入湯すると間もなく懐妊の身となりました。この児こそ後に源頼光の四天王の一人として、世にその勇名をとどろかせた坂田金時でありました。」
 伝説からもわかる通り、ご婦人には卓効があり、子のない婦人が三七日(さんしちにち・二十一日)、乳の少ない婦人は十有日入浴をすれば効きめがあらわれるといいます。
 子宝の湯、子持ちの湯、はらみの湯、有乳湯などの呼び名があります。

(「有乳湯」展示から) 

 <参考資料> 天満天神宮
 温泉天神社として知られ、創建年代は不明である。特に受験時には秘かに祈願する人が多くその霊験は遠く都まで知られている。三月二十五日が祭礼で学令児のみで行われた。
 <参考資料> 湯原権現社
 持統天皇朝の創建と伝えられ、温泉をまつる社である。祭礼は毎年八十八夜に行われ宵祭りには神楽が奏され、当日は鎮守の森から舟山車が引かれ、福引、相撲等が盛大に行われた。この社に祈願すると温泉の効果も一層大きくなり、特に子宝に恵まれると伝えられている。
 <参考資料> 稲荷大明神
 創建年代は不詳。農業、商業の神で湯原権現社と同様八十八夜が祭礼で当日は近郷近在の浴客で賑わった社である。
(「有乳湯」展示から) 

 <参考資料> 温泉薬師堂由来
田沢温泉 温泉薬師堂
温泉薬師堂
 「温泉薬師堂」には、行者の召しつれし僧の所持する守本尊薬師如来の尊像を温泉薬師とうやまい草堂をむすび安置したものとある。この時、薬師堂は仙人湯と有乳湯の間に建てられた。寛永( 1636 )の貫高帳に「堂庭の田」一七〇文、承応( 1654 )に八三文とある。宝永三年( 1706 )の差出帳には、どうしたことか中村の薬師堂は記載されていない。何時頃薬師堂が現在の地に再建されたか不明であるが、天保十一年( 1840 )に当時の庵主温月庵岳籠が、薬師堂の荒廃を憂いて、広く浄財を募って薬師堂を再建している。
 然るに、元治元年( 1864 )四月十五日、浴場より上の大火災により薬師堂・庫裡は類焼したが、幸い御本尊は厨子と共に持出された。庫裡は同年に再建された。
 現在の薬師堂は、明治五年( 1872 )に棟梁丸山十七三により再建されたと伝えられる。
 従来の薬師堂は南向きで、参道入口は湯の入道にある。三界萬霊塔と庚申塔の建っている処であったが、この時東向きに建てられ現在の参道になった。
 明治三十五年( 1902 )、仙人湯と有乳湯は一棟の建替えられて、両湯の間に階段をつけた薬師堂への参道が設けられた。
(「有乳湯」展示から) 

 <参考資料> 温月庵薬師堂
 温月庵薬師堂は、役行者開湯の時に始まる、万病を治し、子持の湯、有乳湯も薬師如来の霊験と信じられ、古来四季を通じて参拝する浴客が多かった。弘法大師この堂に篭り、自作の像を安置されたと伝えられ、また、上田城主真田家の崇敬篤く、高野山蓮華定院に別当職に派遣を乞う等、高野山との関係も深い。四月八日に縁日には市をなしたと伝えられる、境内に有名な子安地蔵尊がある。

(「温月庵薬師堂」案内板から) 





| 小県郡青木村 || 信州の温泉 || 総合案内 || 日本列島夢紀行 |



http://www.asahi-net.or.jp/~mi5h-skri/nagano/index.html
Copyright(C)2004-2008 HIROSHI SAKURAI All Rights Reserved.