東海道中くきこけた2002年12月         

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12月31日(火)
午前、正月用の買い出し。午後、障子張り。夜、八頭を煮て、人参を煮て、慈姑を煮て、鶏を煮て、数の子を漬け込んで、雑煮の出汁を取って・・せこせこもうろうとして11時半、沈没。//今年一番ココロに残った話。妻子が米国留学中の知人、訪米して子供の学校の先生と面談の機会を得た。けっこう話は通じてほっとして雑談になり、「ご趣味は何ですか?」と尋ねられた。「落語を聞くのが趣味です」と答えると先生、我が意を得たりとばかり、にっこり肯いて答えた。「おお、私も大好きですよ、ロックンロールは!」とさ・・。

12月30日(月)
やりかけてあった年賀状の印刷、宛名書き、というより宛名ラベル貼りを一気に夜までやっつける。今日も鼻水がひどく、鼻の下はただれ、頭は朦朧・・。//今年一番幸福だった音楽経験。エクサンプロバンス音楽祭公演ミンコフスキ指揮の「フィガロの結婚」。

12月29日(日)
喉の痛みが楽になったと思ったら、今日はくしゃみと鼻水。早朝から夕方まで、クリニックで溜まりに溜まった雑誌やら書類やらの整理。//夜、義妹宅に義姉一家も含め4世代5家族17人大集合。うち一人はメキシコ系アメリカ人で一人はメキシコ系アメリカ人と日本人の混血、というわけで、英語とスペイン語混じりの会話が弾んで帰宅深夜。//今年一番よく通った店、クリニック近所の「ドトール」。なにせ毎日の朝食プラスときおりの昼食だから、多分250回以上。次はやはり近所の蕎麦屋「宮城野」。四日連続の昼食なんてこともあったし、夕食もけっこう食べたからなぁ・・。

12月28日(土)
午前、小田原・丹羽病院で、通称「胃カメラ」こと上部消化管内視鏡検査を、妻と共に受ける。二人とも大事なさそうでほっとする。今年は身近な人で胃の手術を受けた人が複数、手遅れで命を落とした友もいただけに・・。//午後からは診療所で年に一度の棚卸し。注射針が何本でいくら、消毒綿が何グラムでいくら、切手が何円のが何枚で・・といった調子で、すべての消耗品の在庫数量と価格を算出する。開業自営の仕事を始めるまで、「棚卸し」って言葉こそ知ってはいたけれど、こんな面倒なものとは・・最初はほとんどメマイがした。近年はエクセルで作った表を年々少し変更すれば使えるし、何より薬品がほとんど無くなったことで随分楽になった、とはいっても半日がかり、日が暮れる。

12月27日(金)
明け方、喉の奥がずきずきと痛んで目覚める。//午前で今年最後の診療終了。午後からは診療報酬請求の事務作業。その間も喉の痛みが去らない。まずい。

12月26日(木)
通常は午前のみの診療日だが、今日は予定を変更して今年最後の終日診療。//昼休み、ある患者さんの治療のことで過日相談に乗っていただいたカウンセラーのHさんと昼食。//夜、仕事を終えて夕食に出ると、昭和通りが騒然としている。赤いランプを点滅させて数十台のパトカーが道路を封鎖、ものものしい防弾盾を持った警官たちが走り回っている。沿道の人だかりの中にも「一般人」とは見えない目つき風体の男多数。どうやら密航者を乗せたトラックの大捕物劇があったらしい。

12月25日(水)
午前、今年最後の木暮先生の外来中、今年最後の「こけた」更新の余裕なく、進行中の治験の書類記入などに時間を費やす。午後、今年最後の「せこせこ外来」。//先週の土曜日に、27日の予約だった某患者さんが「予約を間違えてしまって・・」と、来院した。偶々少し空きのある時間帯だったので、予約を変更して診療。その患者さんが昨夜急死された、と電話連絡をいただく。土曜日は最後のお別れに来てくださったとしか・・こういうことって、時々ある。

12月24日(火)
なぜか昨夜はほとんど眠れなかった。暗いうちに家を出て出勤。若いころはいつでもどこでもよく眠り、不眠なんてことが理解しがたかったけれど、反面、睡眠不足はひどく体にこたえるような気がしていた。最近は、なぜかよく眠れない夜が珍しくない代わりに、少々寝不足でも大丈夫。勤務医時代の当直は一晩中仕事をして翌日も夜までふつうに仕事をせざるをえなかった、そんな当直を週に1度、多い時は週に2度もこなした、その経験が自信になっている部分もある。

12月23日(月)
次男のクリスマスプレゼント兼ひと足早い中学進学祝いに、MDコンポを買いに出かける。ついでに僕のクリスマスプレゼント兼ひと足早い新年祝いに、普段よりはちょっと上等のワインを赤白各1本。//午後、年賀状作製の続き。昨年から、家族用、仕事用、長男用、次男用・・と何種類か作るようになった。カラープリンターで手軽に自宅で印刷できるようになったおかげ。おかげでまた忙しくなってもいるわけだけれど。

12月22日(日)
11時近くまで寝坊。午後、年賀状をパソコン上で作製。夜、近所に住む義妹一家3世代と共に計9人で小田原の中華料理の店「森羅」へ繰り出す。今年の忘年会シリーズもこれが最終戦。

12月21日(土)
土曜日の診療は今日で今年最後。とあって予約が通常の時間内には収まらず、結局4時半まで診療。//夜、小さな医療系メーリングリストの仲間とオフ会@近所の沖縄料理の店「ZEN」。メーリングリストは、地理的に遠く離れた人、会ったことのない人ともどんどんネットワークを広げて行かれることが一つの利点だ。しかしこのメーリングリストは、敢えてそうした特徴を封印して、お互いよく知った少数の仲間だけに会員を限定し、新しい仲間は会員全員の推薦がないと入れない、生身で会ったことがある人しか入れない、「読むだけ」は認めない、という「偏屈ルール」を宣言して運営している。この人たちとのやりとりで、どれだけ力づけられ、励まされ、慰められたことか・・。最終電車で帰宅。最終高速バスで大阪へ帰った仲間もいた。

12月20日(金)
診療終了後、近所のカジュアル・イタリアン「イル・ビアンコ」で、身内だけの小忘年会兼送別会。10月で当院の非常勤事務を辞めたK嬢こと梶浜さんと、今年いっぱいで銀座楽天堂薬局を辞める平山薬剤師さんをゲストに、シャンパンとキャンティ・クラッシコの杯を重ねる。若い彼女たちのこれからの人生に、僕らと一緒に働いた日々が良い経験として残ってくれれば、と願う。

12月19日(木)
午前の診療終了後、残務いろいろ片づけているうちにもう夜8時。//メールでやりとりしている友人のドクターから送ってきた句「廃屋に夏目雅子か古暦」にお返しの一句。「ハイオクに燃料換えて師走哉」お粗末。

12月18日(水)
朝9時から、実施中の風邪薬治験の監査。っつっても未だ一件も実施できてない。なにせうちは、遠くから来ている患者さんが多いので、風邪ひくとうちへは来られなくて自宅の近くの医療機関へ行っちゃうんですよねぇ・・。//午前、「こけた」更新。午後、「せこせこ外来」。2週間後はもう元日かぁ・・。

12月17日(火)
「銀座へ来る予定があると、2日くらい前からなんだかハイになっちゃうんですよ。そういうのって大事だと私思うから、通えるうちは通います」。千葉県から通院する60代後半の女性患者Mさんの言葉に、大きく頷いてしまう。第一線を退いて郊外で静かに暮らす方々にとって、月に一度くらい華やかな都会へ出ること自体が一種の治療かもしれないと思う。「じゃあ、銀座療法ってことにしましょう。銀座療法のため月一度の通院を要すって診断書、書きましょうか?」。大笑いで診察おしまい。

12月16日(月)
午前、小田原・丹羽病院の漢方外来は今年最後とあっていつもの五割増しの混雑。//午後、庭に生ゴミ用の穴を掘り、近所の公園をジョギング10周。週に一度は運動をと心がけているのだが、これがなかなか。夕食を食べたら寒くて眠くて9時過ぎに寝床へ。

12月15日(日)
午前、次男の少年野球の試合を見物。午後、長男と「10分散髪」にでかけたら、混んでること混んでること・・日が暮れた。//日曜の夜はこのところいつも鍋。今日は昆布だしで、豚の薄切りや鶏の腿肉のそぎ切りやツクネ、野菜は水菜にパクチョイに葱に椎茸に、その他残り物。ポン酢に、おろしニンニク醤油、大根おろしとカンズリを混ぜたものを添えて。鍋って、実に普通のものが実にシミジミおいしいよね。

12月14日(土)
診療終了、午後4時。通常は2時までなのだが、年末年始を控えて今週と来週は通常の時間枠では患者さんを診療しきれず、予約表の枠外まであふれてしまっている。師走でおわす。//サンドイッチを食べ、あたふたと片づけをやっつけて、浜離宮ホールへ。楽しみにしていたピーター・ウィスペルウェイのコンサート。プロコフィエフ、ブリテン、ショスタコーヴィチと20世紀のチェロソナタ3曲を集めたプログラムだ。拷問のように眠かったのは疲れていたせいで、演奏はいずれも素晴らしかった。デヤン・ラツィクという初めて聴くピアニストともども、難曲を「難しそう!」ではなく「おもしろい!!」のレベルでしっかり聴かせてくれた。特にショスタコーヴイチ。この人の音楽は、悲痛なもの、異様なものを宿して気楽に楽しめるものではないから、日常生活の中でよく聴く曲のリストには決して入らないのだが、コンサートで正面から受け止めてみると、いつも大きな感銘を受けずにいられない。

12月13日(金)
突然39度の発熱、頭がふらふらする、と飛び込みの患者さん一人。今年度のインフルエンザ第1号だ。11月末に予防接種は受けたという。間に合わなかったか、効かなかったか・・。//インフルエンザ以外にも、ゲホゲホの風邪、げろげろの風邪、いろいろ蔓延しているみたいです。どうぞご注意ください。

12月12(木)
診療後の片づけをあわただしくやっつけて、午後4時半から銀座楽天堂薬局と合同忘年会@北海道八重洲口店。院長挨拶。「銀座内科として6回目、銀座楽天堂とは3回目の忘年会です。毎年メンバーの入れ替わりがあり、今年も、秋に当院の事務Kさんが退職、楽天堂薬局にはベテランの薬剤師さん二人を迎え、ぐっとアダルトなメンバー構成になりました。銀座内科と楽天堂薬局の関係も、成熟した大人の関係を目指して努力したいと思います。成熟した大人の関係とは、それぞれが独立し、お互い遠慮なく言いたいことが言え、協力しつつ依存せず、の関係であります。うんぬんかんぬん。では、かんぱ〜い!以後、乾杯5回、2次会含め約五時間の大忘年会でありました。ふう。

12月11日(水)
午前「こけた」更新、午後せこせこ外来。

12月10日(火)
休み明け、二日間暖房を入れなかったクリニックは冷え切って冷蔵庫の中みたい。//当院推奨の乳酸菌健康食品「ワカビイ」が生産中止になり、新製品「生ビイ」として生まれ変わる。生ビイは、ワカビイよりカプセルが小さくて飲みやすく、ビフィズス菌の数も多いなど改良されている、という話を昼休み、発売元のサラヤから説明を受ける。ふむふむ、まずは自分で飲んでみよう。

12月9日(月)
妙に暗く静かだなぁ、と夢うつつの朝、子供たちが「やったぁ、雪だよ、雪。すごい積もってるよ、ちょ〜嬉しい」などと大騒ぎで寝室に飛び込んでくる。一面の雪景色。//駅へ降りる坂道は急坂で降りるのに苦労する。長靴はいて、革靴をかばんに入れて小田原・丹羽病院の漢方外来へ出勤。駅近くでふと見ると、雪を被ってつつじの花が一輪咲いている。どうなってるんだ、この気候。

12月8日(日)
朝9時半から白金の北里研究所で開かれた日本東洋医学会・和漢医薬学会合同シンポジウム2日目のプログラムに参加。「補中益気湯の基礎と臨床」という興味深いテーマ。補中益気湯は「医王湯」の別称もあるくらいの名処方で、僕も一番頻用している漢方処方の一つだ。癌の転移抑制やアトピー性皮膚炎への応用など、興味深い話が聞けた。//東海道線車中でサンドイッチの昼食を食べながら帰宅、午後はプールか散髪か、と思っていたが睡魔の奇襲にあってあえなく昏倒、日暮れてようやく覚醒。//「レノン忌」。友人の句「Let It Be 枯山にひとりレノン忌哉」。句会に投句しようとしたら、レノン忌なんて言っても、「何、のれん?」なんて聞かれるのがオチ、と忠告されて断念したそうな。この友人が教えてくれた「ビートルズで英語と関西弁を学ぼうやないか」というサイト、一見の価値あり。ちなみに「Let It Be」の関西弁訳は「なすがままにしなはれ」。ほんわかして、ええよねぇ。でも、ほんま言うたらな、ちとちゃうみたいやねん。「Let it be」 て、新約聖書ルカ伝1章38節にある言葉やねんて。「受胎告知」いうてな、聖母マリアはんが天使からいきなり「おめでとう!あなたは神の子を身ごもり、産むのです」てなお告げを受けはる。「そないなことありますかいな。わて、バージンですねんで」と抗うてはみたものの「神にできないことはないのです」と一蹴されてしもうてな、そこで発する言葉が「Let it be」っちゅうわけやねん。東京弁の聖書やったら「お言葉どおり、この身になりますように」て書いてある。ま、大いなる意思のとおり成就しますように、ちゅうな感じやろうかね。ほんわかした「なすがままにしなはれ」と、だいぶ違いますやろ。あれ? 関西弁てなんでこないうつるねん?!

12月7日(土)
午前の診療をいつもの半分の時間で切り上げ、日本東洋医学会と和漢医薬学会の合同シンポジウムに参加。のつもりだったのだが、先週来の過密スケジュールで山と溜まったカルテや書類と格闘していたら夜になってしまった。残念断念またあした。

12月6日(金)
「それでは、良いお年をお迎えください」「はい、先生も」。次の受診は来年という患者さんが多くなってきた。

12月5日(木)
午前の診療後、月に一度の生薬勉強会、今回のテーマは「半夏」。カラスビシャクという草の、地中にある玉状の塊茎だ。白い小さな球状で、茎が生えていた部分がヘソのように凹んで愛嬌のある形をしているが、生で齧ると、タケノコのエグ味を強烈にしたような強い刺激が咽喉を襲い、なかなか消えない。昔は生薬問屋で新入りをいびるのに半夏を味見させたという話がある。また、カラスビシャクは田畑の畦などに繁殖する雑草だったので、昔は農作業のできない老人や病人が畦のカラスビシャクを掘って薬として売ったのが「へそくり」の語源だという説もあるらしい。それだけ昔から親しまれている頻用生薬だ。//半夏は白いものが上質と言われるため、漂白されたものがあったり、変色防止のために薫蒸が行われたりすることがあるようだ。このあたり、食品と同様、使う側の意識変化が作る側の変革を促していかなければならない部分があるのだろう。

12月4日(水)
明け方まで目がさえて眠れなかった。昨夜から、メールを書けば宛て先を間違えたり、宛て先を書かなかったり、心”ここ”にあらずのドジばかり。心”どこ”にありやいえば、昨日手術を受けて今は集中治療室に伏せっているはずの、大切な知人。遠方なので会うこともできず様子を確かめることもできないが、思いだけは”そこ”へと飛んでいく。それを”ここ”へと引き戻しながら、午前「こけた」更新、午後せこせこ外来。

12月3日(火)
性感染症のクラミジアが女子高校生に激増している、との新聞記事を読む。エイズも若年層で増えているようだ。性の問題は扱いにくいところがあるが、扱いにくい問題から逃げているうちにどんどん問題が深刻になって今やのっぴきならない所まで来ている、というところ、この国の経済や政治の危機にそっくり。経済や政治の危機について自分ができることはほとんどないように感じるが、性と性病のことなら少しはあるのかもしれない。何かできないだろうか、と考える。自分の子供たちのことでもあるし・・。

12月2日(月)
午前、小田原・丹羽病院の漢方外来。午後、読書、焚き火、焼き芋、近所の公園でジョギング。

12月1日(日)
大寝坊。溜まった新聞を読んで午後の時間を過ごす。//昔のマウリツィオ・ポッリーニのピアノって、あれは偉大だが未だ若い固くて渋くて酸っぱいワインみたいなものだったんだな。熟成を経て今や飲み頃、テレビで何気なく見始めたショパン「24の前奏曲」の演奏から目と耳を離せなくなって聴き通し、恥ずかしながら初めてこれは素晴らしい曲だなぁと実感。そういえば張君は中学生のころからこの曲を愛聴していたっけ。


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