生薬歳時記 9月


 竜胆・桔梗

 

先日若い女性の患者さんに竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)という漢方薬をさしあげたところ、「あら、このお薬、りんどうが入っているんですか?」と訊ねられました。竜胆をりんどうと読むなんて若い方に珍しいと思い、よくご存じですね、と申し上げると、少しはにかんで「ちょっとお花を習っているものですから・・」と。

なんだか得をしたような、いい気分の一日でした。

「りんどう」は「竜胆」の音読みが変じたもので、「竜胆」の名は、この植物の葉が龍葵(イヌホウヅキ)に似ており、根は熊胆(ゆうたん=いわゆるクマノイ)のように苦いことから来ているといいます。

その苦い根を乾燥したものを、漢方治療では下半身の湿と熱を除く作用がある生薬として使っています。竜胆瀉肝湯はこのような竜胆の働きを生かした漢方薬の代表で、膀胱・尿道や生殖器の炎症のために痒みや膿みがあるような時に使います。

ご紹介した「竜胆の君」も、実はカンジダ膣炎のために婦人科で治療を受けていたのですが、再発を繰り返すし、治ったと言われる時期にもおりものが多く痒みがある、ということで漢方治療を希望され、インターネットで私の診療所を探して受診されたのでした。インターネットと華道と。やるもんだのう、であります。幸い痒みもおりものもうまく治まっています。

さて、りんどうの花の青紫色、人間の心の深いところに響くものを届けてくるようです。

たましひの深むらさきに咲きいづる寒けき谷のりんだうの花

(太田水穂)

竜胆は若き日のわが挫折の色

(田川飛旅子)

同じ秋の紫の花でも、桔梗はずいぶん趣が違います。

きりきりしゃんとしてさく桔梗かな

(小林一茶)

女三十桔梗の花に似たるあり

(松瀬青々)

この桔梗も、名前の由来は「桔梗」の読み、「きちこう」が転じたもので、「桔梗」の由来は、根が「結実(ひきしまっている)」かつ「梗直(まっすぐ)」であることからきたといいます。名の由来になった根の干したものを、漢方治療では、去痰、排膿、消炎などの目的で使います。

生薬の名をそのまま採った「桔梗湯」は、のどの痛みが強い時、これでうがいをするように患部をゆすいだ後に飲みこむようにすると、痛みがやわらいで重宝します。

先月とり上げた鳥兜といい、竜胆、桔梗といい、秋の野山には鮮やかな青紫色をした釣り鐘型の花が多いですね。何か意味があるに違いない、と思って図書館で本を読んでみたら、こんなことが書いてありました。

これらの植物はみんな、マルハナバチに花粉を運んでもらうことによって子孫を残すべく今の形に進化したと考えられるのだそうです。鳥兜の名の由来になったあの特殊な花は、マルハナバチにしかもぐり込めない形。桔梗も、ふくらんだ蕾が開きかけると、マルハナバチがもぐり込んで花開かせる、といいます。

マルハナバチにしてみれば食料としての花粉や蜜を求めているだけなのですが、植物の側からみると虫に性の媒介をしてもらっているわけで、男と女の世界になぞらえて意味深長な解説を施した本もありました。

またハチ類の視覚は人間よりも短い波長側に偏っていて、波長の長い赤は識別しにくい代わりに、紫よりさらに短波長の紫外線までも色として知覚しているといいます。これらの花の青紫色、マルハナバチの目には、私たちに見えているよりもずっと目立って魅力的なものに映っているのでしょう。

さらに。青紫の花の色を出しているアントシアニンという色素は、紫外線が強いと活発に合成され、花の奥に秘められた生殖細胞を有害な紫外線から守る働きもしているといいます。高原や山の花が、平地とは比べ物にならないほど色鮮やかなのは、こんなわけなのですね。

え? 漢方治療と何か関係があるのか、ですって? うーん。私はもともとこうした生物の不思議に興味があって、最初の大学では生物学を専攻しました。

自然や生命の不思議に対する賛嘆や畏敬の感覚、今の医学にも、また患者さんの人間観、身体観にも、欠けているように感じることがあります。自分の体も、漢方治療に使う生薬も、大きな自然の営みの一部だという感覚、私は大切だと思っていますが、如何でしょうか?


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