ワインあれこれ
引越しとワインの微妙な関係

ワイン愛好家だったら、一度は憧れる生活、それは自宅に地下セラーなり数千本収容できる専用セラーのある生活だろう。
かくいう私も、映画「シックス・センス」の中で、主人公のマルコム医師がワインセラーと書斎を兼ねた地下室からボトルを出してくるシーン(思えばこの地下室の扉が映画の謎を解く重要なポイントのひとつだったわけだが‥)を見て、カッコイイなあと思い、そういう生活に憧れもした。
しかし、庶民が現実にそれを実現させられる機会というのはそうはない。地下を掘るとなると、家を建て替えるか、新築する時以外になかなかチャンスはないだろうし、そのためのコストも半端なものではない。地下とはいかずとも、セラー専用室を設ける場合だって、十分な部屋数がなければ家庭不和を招くことになる。2DKの賃貸マンション暮らしの我が家にとっては、夢のまた夢というような話だった。

ところが、これが実現するかもしれない、またとない機会がやってきたのだ。そう、近隣に不動産の出物があって、引越しすることになったのである!
物件は、築20年近い中古の住宅。しかし、構造が鉄骨作りとあって、建物自体はまだしっかりしている。取り壊して新築することも考えたが、予算的にどうしても追いつかず、すぐに断念。代わりに全面的にリフォームすることと相成った。
この時点で、残念ながら地下セラーの夢はついえたが、まだセラー専用室の可能性は残されている。いろいろと夢は膨らんだわけだが…。

ところで、家をリフォームするにあたり、私に建築士さんと建築業者を紹介してくださったのが、ほかならぬ*F師匠だったのは、何も偶然ではない。*F師匠は「Burgandy Night」などのワイン会を定期的に開催されていて(http://diary.jp.aol.com/ye2zkhtv/)、愛好家の間では名が知られているし、私のホームページにもよく登場するので、名前を聞いたことのある人も多いかと思う。実はその*F師匠、我が家の近隣にお住まいなところにもってきて、ご自宅を新築されたばかりだったので、建設関連のおつきあいもあるかと思い、私の方からアプローチさせていただき、いろいろお願いしたのだ。
そういうわけで、一度打ち合わせがてら*F師匠のご新居を拝見させていただこうということになったのだが、噂に聞いていたとはいえ、その素晴らしさにはすっかり度肝を抜かれてしまった。ご自宅そのものもすごいのだが、地下のワインセラー、そこは、まさにワインマニアの夢を実現させたような空間だった。
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広さは7畳。収容可能本数は2800〜3200本。セラー下のビット部分を使えば更に収容数を増やすことも可能だそうだ。壁にはもちろん断熱材がしきつめられ、セラー内にはオーストラリア製のラックがずらりと並ぶ。空調はSANYO製の業務用エアコンを2基設置。温度は1年中13度〜15度、湿度は冬場約50%〜60% 夏場55%〜65%にキープされている。
セラーだけではない。もうひとつ私がすばらしいと思ったのは、セラーに隣接する空間である。セラーに入る手前の7畳ほどの空間が、音楽を聞きながらワインを飲むことのできるスペースになっているのだ。奥のセラーとこの部屋はペアガラスで仕切られていて、セラー内にならんだワインたちを眺めながらグラスを傾けるというまるで映画のセットのようなシチュエーションに浸ることができる。当日私もここで秘蔵のワインたちをご馳走になったのだが、ガラス越しのセラーを眺めながら、ひんやりとした部屋で飲むワインは格別なものだった。ちなみにこの部屋は、外の廊下とは幅約7センチの鉄製扉で仕切られており、ドアを閉めてしまえば、セラー室ともども、外界から密閉された空間になる。夏場はセラー内の2基のエアコンに加えて、こちらの部屋のエアコンも常に稼動させることで万一に備えるそうだが、そもそも師匠宅のセラーは地下にあるので、何もしなくても、夏場の最高気温は約23度程度に収まるそうだ。これならワインが熱でやられるということはまずありえないといってよいだろう。やはりコストその他の点で許されるならば、地下セラーは愛好家にとって、ベストの選択だという思いを新たにした。


さて、翻って我が家であるが、豪華絢爛な*F師匠宅とは対照的に、いきなり話がチープかつ現実的になってしまうのはご容赦いただきたい。
前述のように、地下セラーはすでに候補から外れている。ではセラー室に転用できるスペースはないかと、リフォーム図面とにらめっこしてみると、1階の玄関を入ったところに縦長の納戸がある。2畳を少し切るぐらいのこのスペースをセラーに改造すれば、レイアウト次第で1000本近く収容できるのではなかろうか。長年悩まされた、セラーの容量不足とさよならできるわけである。
ということで、以前の私であれば、なりふりかまわずGO!となったところだが、出費がかさんでいる折、そこは慎重にならざるをえなかった。
まず、費用の問題がある。2畳の納戸とはいえ、セラーに改造するとなると、断熱材を入れたり、密閉度を上げるためにそれなりのドアをしつらえたり(ここまでで30万〜50万ぐらいか‥)業務用エアコンを設置したり(これが70〜80万?)と、なんだかんだで百万を超えるオーダーになってしまう。
では、実際にそこまでやる必要があるか、ということだが、今後、長年に亘って住宅ローンを背負う我が家で、現時点よりワインのストックが増える可能性があるかというと、それはないのではないか、という気になった。現にここ数年、購入本数より消費本数が上回っているし、この先「子供の生まれ年」のようなまとめ買いのニーズもない。そうすると、本数自体はむしろ減っていく可能性の方が高く、1000本収容できるセラーを作っても宝の持ち腐れになる可能性がある。
だったら、新居にどのぐらいの収容本数があれば、事足りるのだろうか。自宅で使っているロングフレッシュはそのまま持っていくし、実家には昔買ったサイレントカーブが置かれたままだ。あとは、寺田倉庫に預けている20ケースほどを引き取って来ることができれば、それで十分だろう。
もうひとつ、より現実的な問題として自宅の収納スペースの問題を抜きには語れない。そもそも狭小な新居である。納戸をワインセラーにしてしまうと、収容力が絶対的に不足する。そうなると、玉突きで、書斎のスペースがクローゼットに変更されかねず、それだけは避けたいところである。
‥というようなことを考えあわせると、ここはひとつ冷静に、狭小な自宅の収納スペースを奪ってまで備え付けのセラーにこだわるのはやめようという、いわば「戦略的撤退」を決断せざるをえなかった。

次に、冷蔵庫型セラーについてはどうだろうか。前述のとおり、我が家ではセラーに入りきらないボトルや、当面飲む予定のないボトルを寺田倉庫に預けてある。
昨今のセラーの価格は、ユーロ高の煽りを受けてか、思ったより高価で、200本入りだと40万円〜50万円程度覚悟しなければならない。しかし、現在、毎月1万ちょっとずつ払っている寺田倉庫の保管費用がなくなることを思えば、4〜5年で元は取れるという見方もできる。(セラーの電気代は考慮していないが‥)正直、住宅ローンを背負い込む我が家で、月1万+αとはいえ、固定費がなくなるというのは、ありがたい話である。
‥ところが今度は、理屈ではわかっているのだが、先立つものがないという切実な問題に行き当たってしまった。
リフォームの計画をいろいろと建築士の先生と相談しているうちに、あれもこれもということになり、リフォーム費用が予想外に膨らんでしまったのである。その先には、引越しの費用もあるし、カーテンや家具等も新調しなければならない。
そのような時期に、セラーに40〜50万かけるというのは、どうにも憚られるというか、そもそも言い出しにくい雰囲気になってきたのだ。
40万あれば、例えばユニットバスを1ランク上のものに出来るとか、システムキッチンの収容棚を増やせるとか、給湯器を増設できるとか、選択肢がいろいろ挙がってくる。
もうひとつ、ここにきて予想外だったのは、「アンタ、広いところに引っ越すんだから、当然ここ(実家)においてあるセラーは持っていくんでしょうね!」という実家の母親からのキツイひとこと。実家のサイレントカーブを持ってきてしまうと、新たに購入するセラーと併せて3台新居に置かなければならないことになり、これもキツイ。

というわけで、さんざん逡巡した挙句、後日改めて買うことのできるワインセラーよりも、このタイミングでしか出来ない、水周りのリフォームに金をかけようということに相成った。やれやれ。大山鳴動なんとやら、である。

もっとも、専用のセラー室や新規のワインセラー購入はかなわなかったが、とりあえず新居の部屋の一角にセラーを2台並べて、ワイン関連のグッズを置くスペースを確保することができた。部屋の壁には、長らく貼るスペースがなかったムートンのポスターと、シニアワインエキスパートの認定証を掛け、サイレントカーブの上には、ムートンの空き瓶を並べてみた。部屋内には、グラスの洗浄用(と、金魚の水槽の水換え用)に簡易洗面台も設けてある。というわけで、わずかではあるけれども、新居になって、少しだけワイン環境のよくなった我が家である。
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ところで、面倒だったのは引越しにまつわる諸々である。
ワイン愛好家にとって、引越しというのは一大事だ。(いや、もちろん愛好家でなくても一大事なのだろうけれども。)身の回りの品もさることながら、大切にしているワインたちをどのように移動させるかということに、例外なく頭を悩ませることになるだろう。今回の引越しを通じて、いくつか気がついたことや思うことがあったので、つらつらと書き並べてみたい。

■ 引越し時の運搬
引越し時の運搬をどうするか?他の家財道具と一緒に、引越し業者に運んでもらうのは、できれば避けたい。彼らは実にテキパキと仕事をこなしてくれるが、ワインに対して、我々と同様の愛情を注いでくれるわけではないし、運搬中、万が一なにかの拍子に割ってしまうと、当のワインたちだけでなく、他の家財道具にも甚大な被害が及ぶ可能性がある。それになにより、移動中のトラック内の荷室の温度が心配だ。
我が家の場合は、引越し先が近隣だったので、ワインは引越しの前日にすべて自分で運搬した。運搬後、ワインセラーが届くまでの間、ボトルたちを新居の床に置き去りにせざるをえなかったが、冬場だったこともあり、さして問題にはならなかった。
これがもし遠方への引越しだったら、どうすべきだろうか?高価なものや貴重な年代モノはクーラーボックスに入れて自分で運び、それ以外は宅配業者にクール便で送ってもらうのが無難だろう。あるいは、後述するように、引越しの前後の期間、レンタルセラーで預かってもらえれば、それがベストかもしれない。

■セラーの運搬
引越業者からは、冷蔵庫型のセラーは、前日までに電源を落としておいてくれと言われるので、たとえばハンドキャリーのボトルを引越し直前まで保管しておくことはできない。また、電源を落としてすぐにセラーを移動すると、庫内の水が垂れて、周囲を水浸しにしかねない。
引越し後、ワインを再びセラーに詰める際は、セラーが問題なく動作しているかを、十分にチェックする必要がある。後述するが、我が家でも少しばかりトラブルがあって、数日間セラーを使うことができなかった。
このように、引越しの際は当日だけでなく、引越し前後にも、セラーを使用できない空白の期間が発生する可能性が高い。こうしたことからも、手元のワインたちは、いったんレンタルセラーに預けるか、クール便で先に送っておくのが安全だと思うのだ。
ちなみに、実家のサイレントカーブについては、どのようにして持ってきたかというと、まず中のボトルたちを自分で運び、セラー本体については、クロネコヤマトの「らくらく家財宅急便」を利用した。プライス的には数千円の出費だったが、搬出搬入にかかった手間を思うと、安すぎたぐらいだと思う。

■引越しの時期が夏場だったら‥。
ワイン愛好家だったら、「夏場の引越しは避けたい」というのが共通の思いだろうが、こればかりはどうにもならない。社命による転勤もあるだろうし、不動産が見つかるタイミングが、こちらの都合にあわせて待ってくれるわけでもない。我が家の引越しは幸いにして冬場だったが、6月に引越した*F師匠宅はどうしたのだろうか。
聞いてみたら、やはり全てのワインを寺田倉庫にいったん預けて、自宅のセラーを完全に空にしたそうだ。その後セラーの具合を見ながら(新居の地下セラーの家具が全て入ったのが9月になってからだった)、家具の臭いを抜きつつ(新品の家具は塗装の臭いがキツイ)、さまざまな実験を繰り返し、ワインの安全を確認した上で、10月ぐらいから序々に10ケースずつぐらいこつこつと引き取ってきたとのこと。約150ケース(!)あった寺田のワインと、勝沼トンネルカーブに預けてあるストックのうち40ケースほどを一人で運びきったそうだが、これには約2ヶ月かかったそうだ。ちなみに、一人で整理する場合、労力面で一日10〜15ケースが限界とのことである。まあ、これだけワインをお持ちの方はごく稀だとは思うが、経験者の発言だけに重みがある。

■ 床の強度の確認
さて、新居にワインセラーを設置する前に、確認しておかなければならないことがある。まず、床の強度は大丈夫か。200本クラスのセラーになると、自重が大人一人分ぐらいあるところに加えて、ワインを満杯に詰め込めば、合計300キロ以上、機種によっては400キロを超えるものもある。この重量が、比較的狭いスペースに集中するわけだから、通常の床だと強度不足になる可能性大である。我が家は、セラーを置く部分と、大型エレクトーンを置く部分の床は事前に補強しておいた。

■ 電源コンセントの問題
電源については、建築士の先生が気を使って、セラー用の電源回路を独立させておいてくれた。実は、入居してわかったのだが、電源の弱さは、新居のアキレス腱のひとつで、引越し以来、リビングや洗面所のブレーカーが上がりまくって困っているのだが、その傍らで、何事もないように稼動してくれているセラーを見るにつけ、回路を独立させておいてつくづくよかったと、建築士の先生に感謝している。

■ 部屋に搬入可能かどうかの確認
いざセラーを搬入しようとすると、図面上では問題なかったのに、意外なほどタイトで苦労するというケースがある。我が家も、サイレントカーブを搬入する際、全開にしたドアの厚みの部分が干渉してしまい、海千山千の業者の方々が散々苦労して、どうにか玄関から搬入することが出来た。設置場所が一階だったのでまだよかったが、もし階上に持っていくとしたら、階段の曲がり角の部分を上れないので、クレーンで持ち上げて二階の窓から入れるしかないと言われた。セラーが入るかどうか微妙なサイズの場合は、事前にチェックしてもらうとか、専門の業者に頼むとかした方がよいだろう。当日ドアを外したり、サッシの格子窓を外したりできるように工務店の担当者に立ち会ってもらうという手もある。

■搬入後の状態チェック
ワインセラーを過信してはならないというのは愛好家の間では、既知の事実かと思う。我が家も含めて、自分の周囲でセラーの故障の事例は結構聞く。まして、それを運搬するのであるから、搬入後、ワインを再びセラーに詰める際は、セラーが問題なく動作しているかを、十分な時間をとって、きちんと確認してからのほうがよいだろう。我が家では、なぜかそれまでなんともなかった実家のサイレントカーブが、新居への運搬後、木の臭いが庫内に篭ってしまって、数日の間ワインたちをセラーに入れることができなかった。(ドメスティックのサービスセンターにも聞いたが、原因は不明。再び電源を入れて冷却しはじめたら、徐々に目立たなくなった。)

とまあ、そんなこんなで、引越しはなんとか無事済んだ。新居になってワインライフにどう変化があったか、この先、新しいセラーを本当に購入できるかは、また機会を改めて報告したいと思う。