金魚の飼育に凝っている。
昨年、地元の祭りの金魚すくいですくってきたのが2匹、今年また採ってきたのが6匹。むざむざ死なせてしまうのもしのびないということで、仕方なく飼い始めた金魚たちだが、いざ飼ってみると、ワインと同様にマニアの世界があって、実に奥が深い。そして、これがまたいろいろな意味でワインの世界と似ているなあと思ったりもする。
ワインと金魚の一体どこが?と思われるかもしれないが、それは追々書いていくとして、年季の入った熱帯魚マニアの友人にいわせると、金魚飼育なんて、「実に簡単なもの」で、熱帯魚の飼育は「その10倍難しい」。さらに海水魚の飼育は「さらにその10倍難しい」そうである。(友人がそう言っているだけで、真偽のほどは定かではない)。
おそらく、ワインとの類似点を挙げようとすれば、よりマニアックでスノビッシュという点で、熱帯魚と比較する方がふさわしいのかもしれない。しかし、残念ながら私は熱帯魚に関しては門外漢なので、今回は金魚との比較で話を進めたい。また、ワインと同様、金魚についても、愛好家としてはまだ駆け出しなので、至らぬ点はご勘弁いただきたい。
さて、金魚飼育とワインのどこが似ているかである。
まず感じたのは、両者とも「間違った常識が世の中に流布している」ことだ。
たとえば「子供が生まれた年のワインを買って、20年後に一緒に飲みましょう」という謳い文句。当誌の読者なら、セラーのない一般家庭でワインを20年間保存することがいかに無謀かは、今さら言及するまでもないだろう。また、ワインは熱や光に弱いデリケートな飲み物で、生鮮食品と同様の扱いが必要なことも愛好家の間ではもはや常識だが、管理の悪い酒屋やスーパーなどでは、未だに日の当たる屋外にワインの木箱を並べて売っている姿を見かけたりする。
金魚飼育にも似たような事例がある。雑誌や映画に出てくるインテリアには、優雅な金魚鉢の中で泳いでいる金魚たちがよく登場する。我々はそれを見ても、ごく通常の光景として何の疑問も持たないが、実際はよほど手をかけない限り、小さな金魚鉢では金魚を長く飼うことは出来ないのだ。
なぜだろうか?
まず第一に、酸素を供給しなければ、金魚はすぐ酸欠になってしまう。エアレーションをしてやるか、ポンプにつないで空気がブクブクと出てくる通称『ブクブク』(正確には投げ込み式フィルタ)を入れてやる必要があるのだ。第二に、金魚鉢では容量が狭すぎる。飼育している個体数に対する水の量が少ないと、前述のように酸欠になりやすいだけでなく、金魚自身の排泄物から発生するアンモニアにやられてしまう。アンモニアは金魚にとって猛毒なのだ。この部分、ワインネタから少しそれるが、丁寧に解説してみたい。
ワインの世界でいうところの酵母のようなもので、自然界には多くのバクテリアが存在している。このうち、ある種のバクテリアが、魚類の排泄物によって発生するアンモニアを、これよりは毒性の低い「亜硝酸塩(NO2)」に分解する。次に、また別の種類のバクテリアが、NO2をさらに毒性の低い「硝酸塩(NO3)」に分解する。そして硝酸塩は、土中の窒素などと反応して吸収される。こうした自然界の働きによって、魚たちは、自分のフンからのアンモニアを気にすることなく生き続けられるわけだ。しかし、真新しい金魚鉢にはこういう作用をしてくれるバクテリアが棲みついていないので、アンモニアを処理することができない。容量の大きな水槽なら、アンモニアは拡散するのでまだ被害は小さいが、狭い金魚鉢では、あっという間にアンモニアの濃度が上がってしまう。
本来金魚を新しく飼おうというときは、金魚を買って来る前に、水槽を仕立ててバクテリアが棲みつくのを待つか、水槽内にバクテリアが定着するまでの間(数週間〜1ヶ月程度か?)は、2日〜3日に1回、あるいはそれ以上のペースで頻繁に水換えをしてやる必要があるのだ。1〜数週間に一度の水換えでも大丈夫になるのは、1ヶ月ほどして、水槽やろ材の中ににバクテリアが充分繁殖し、アンモニアや亜硝酸塩を処理できるようになってからのことである。(この状態を『水が出来ている』という)。
金魚すくいですくってきた金魚がおなかをすかせているだろうからと、新しい水槽にいれて、すぐにエサをやるのも大きな間違いである。なぜかというと、環境が変わったばかりで体力を消耗している金魚に、一度に大量にエサを与えると、胃のない金魚は、すぐに消化不良などのトラブルを起こしてしまうからだ。さらに、前記の解説に関連するが、エサをすればその分フンをする。フンをすれば、前述のようにまだ「水ができていない」水槽内にアンモニアが発生してしまう。金魚は通常半月ぐらいエサをやらなくても死ぬことはない。(考えてみればこれも意外に知られていないことだろう。)新しくもらってきた金魚は最低でも2〜3日絶食させるというのがセオリーなのだ。
どうだろう?愛好家の間では半ば常識となっているこのようなことも、一般にはほとんど知られていないと思う。それで、数日から1週間ぐらいで死んでしまう金魚をみて、「金魚すくいの金魚はやっぱり弱いねえ。」などという話になってしまうのだ。これって、扱いの悪い店で買った劣化したワインばかり飲んで、「ワインって高いだけで美味しくないよねぇ。」というのに似ていませんか。
いやいやちょっと待てよ、俺のところはそのような知識もなかったし、特別なこともしていないのに金魚たちはピンピンしているぞ、という反論があるかもしれない。
そう、これもワインの世界に似ていると思うのだが、怪我の功名のごとく、たまたま無知で放ったらかしておいたらよい方向に行った、ということが結構あるのだ。ワインでいえば、数ヶ月から1年程度の常温保存の結果、ほどよく熟成が進んで美味しく飲めたというケース。金魚でいえば、庭の池や睡蓮鉢に入れっぱなしで世話も何もしていないのに何年も生きているとか、どんどん大きくなった、というケースだ。
私がワインにはまりはじめたのは、昔、『ワインの保存』の連載にも書いたように、「たまたま」茶箪笥の中に置き去りになっていたシャルドネがすばらしい熟成を遂げていたことがきっかけだったが、今にして思えば、これは偶然が重なった結果だと認識している。いわく、いただきもののワインがオーストラリアからのハンドキャリーで、もともと状態がよく、アルコール度も高くてしっかりしたものだったとか、実家の居間は日あたりが悪く、温度が上がりずらい上に、夏場はほとんどずっとエアコンが稼動していたとか、そもそもいただいたことを忘れて数年暗所でピクリとも動かさなかったとか、まさに幸運が重なった結果だったのだと思われる。(まあそれでも、大なり小なり熱の影響を受けていたとは思うが、当時の私ではそれを識別できなかった。)
実は、金魚の飼育に関しても、このような偶然は起こりえる。というか、「ワインをセラーや冷蔵庫に入れずに常温で何年も保存しておく」ケースに比べれば、こちらのほうがずっと成功確率は高いと思われる。よくあるのが、前述のように、庭の池や大きな睡蓮鉢で飼っている場合。これにはれっきとした理由があって、池とか、睡蓮鉢の類は、金魚鉢に比べれば、圧倒的に水量が多い。水量が多ければ、エアレーションをしなくても酸素は十分に供給されるし、水草があれば光合成によって酸素を発生してくれる。アンモニアや亜硝酸だって、濃度が薄まるから影響を受けにくいし、自然に近い環境であれば、バクテリアが棲息しやすくなる。加えて、ほったらかしにしているということは、エサをやりすぎないということでもあるので、金魚にはかえって好ましい。金魚を病気にさせたり死なせたりする大きな原因は、水の汚れと、エサのやりすぎなので。ワインでいえば、「『勝沼のトンネルカーブ』にずっと預けっぱなしにしてく」ようなものだろう。
『凝りはじめるとすぐに容量不足に悩まされる』ことも共通点に挙げられるだろう。ワインの場合は、セラーの収容本数、金魚の場合は、水槽の容量がそれにあたる。
大き目のセラーを買ったつもりでも、すぐセラーがいっぱいになってしまい、そこからあふれたワインたちをどうやって夏場を乗り切らせるかで頭を悩ますワイン愛好家は多いと思う。翻って、金魚愛好家にとっての悩みの種は水槽の容量だ。金魚を飼う場合、一般的なのは60センチ水槽(容量50〜100?程度)といわれる。しかし、この60センチ水槽は一般家庭にとってはかなりの大きさなので、我が家では45センチ水槽を使っている。ところがこちらは、容量が30?程度しかない。金魚1匹あたりどの程度の水量が必要かは、金魚の大きさにもよるし、諸説あるようだが、一説には1匹あたり10?と言われることが多い。したがって、30?程度の我が家の水槽で、8匹飼おうなどというのは、愛好家の目から見たら『論外』なのだ。とりあえず、我が家の場合、今年すくってきた金魚たちがまだ非常に小さいので、なんとかやりくりしているが、遠からず60?水槽を導入しなければならないだろう。そういえば、セラーにしても、水槽にしても、家の中でそれなりの場所を占拠する上に、重量が半端でなく重い、といことも似ている点だ。ワインセラーも大型になると床の補強などを検討しなければならなくなるが、金魚水槽も90センチクラス以上になると同様の問題が出てくる。もっとも、私自身は、水槽があまり大きくなると定期的な水換えが格段に大変になるので、せいぜい60センチ水槽で留めておこうと思っている。ワインの場合は懐事情、金魚の場合は労力と手間が抑止力になっている私である。
「たとえ金魚が水草を食べなかったとしても、上部濾過中心の金魚水槽では、立派な水草水槽を仕立てるのは難しい。」
ある時、金魚関連の掲示板でこの一文を読んだ。何の解説も付加されておらず、掲示板の他のメンバーもそれを当然のことのように話を進めているので、当時初心者だった私には「???」だった。この一文について解説したいところだが、ここで解説しようとすると、それだけで原稿の文字数を超過してしまうので、やめておく。(実は途中まで書いて挫折した。)要は、この一文には、非常に多くの前提となる知識があって、それをわかっていないと読んでもチンプンカンプンだとうことだ。
「カロンセギュールとはいえ、92ですからねえ。」
こちらは今でも忘れられない、まだワインの知識が乏しかったころに行ったワインバーでのひとコマ。グラスワインとして出ていた92カロンセギュールを注文しようか悩んでいた私に対して、店主からの禅問答のようなアドバイスがこれだった。
カロンセギュールは、ハートの可愛らしいラベルとは裏腹に、その土壌は粘土質主体で、熟成にかなりの時間を要する銘柄だけれども、92年はあまり作柄がよくないことが逆に幸いして、それほど凝縮されて「渋渋」というわけでもなく、早飲みしてもそこそこ飲めるだろう、そう思って俺はグラスワインとして出したんだ、と言いたかったのだろう。しかし、それを理解するには、当時の私はまだ知識が乏しすぎた。アドバイスするなら、もったいぶらずにきちんとアドバイスしてもらいたいものである。
このように、マニア同士の会話は一般人には解説なしでは理解しにくいことも両者で似ている点だと思う。(笑)
種類がバラエティに富んでいて価格がピンキリであることも共通点として挙げられる。「らんちゅう」という品種がある。この品種は背びれがなく、丸っこい独特の形をしているが、上から見た姿がことに美しく、「金魚の王様」などと呼ばれることもある。品評会も盛んで、入賞した個体には、1匹数万の値段がつく。(ちなみに、金魚すくいですくってくるフナ型の「和金」などは数匹で100円などというものもいる。)ただし、「らんちゅう」のような品種は、フナ型の和金などに比べると、デリケートで病気などに罹りやすいといわれる。金魚は、もともと緋ブナがルーツで、そこから突然変異した品種を固定してきた中で、いろいろな種類が生まれたそうだが、やはり原型のフナ型から遠い体躯のものは、生命力の点でやや劣るといことなのだろう。その点、金魚すくいなどですくってきた「和金」は、初期の不安定な時期を脱して環境に馴染みさえすれば、水換えなどかなりルーズにやっても大丈夫な場合が多いようだ。ワインでいえば、ピノとボルドーのようなものだろうか。
とまあ、こじつけがましくいろいろ書いてきたが、両者の共通点として、最後に挙げたいのは、「手元において育てる(=熟成させる)楽しみがある」ということだ。
金魚は、水の中をヒラヒラと泳いでいる姿や、エサを求めて寄ってくる姿など、日常の中で大いに我々を癒してくれるが、うまく飼えば10年ぐらい生きたり、品種によっては、20センチ以上に育ったり、卵をかえらせて稚魚を育てたりといった楽しみもある。
ワインにしても、大きなセラーが家の中に陣取っていて、しかも中身の大半はまだ飲めないというのは、一般の方から見ればなんて非合理な世界だろうと思われるかもしれない。しかし、リリース直後の争奪戦?を勝ち抜いてなんとか手に入れたボトルたちを、手元においていつか飲む日を楽しみに熟成させるのも、愛好家冥利につきるというものである。
ということで、最後に、金魚とワインで決定的に異なる点がひとつあるが、賢明な読者諸氏は、もはやおわかりだろう。
そう。
ワインという趣味は、金魚飼育よりもずっと、金がかかる、ということだ。
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