ワインあれこれ
セラーが壊れた!

10号まで連載させていただいた「ワインの保存」の検証は執筆した自分自身も大変勉強になった。温度管理されていない環境下におかれたボトルはひと夏で相当のダメージを受けてしまったが、リビングルームと冷蔵庫を活用することによって、セラーがなくても、1〜2年の範囲であれば、なんとかそれなりの状態で保存することができた。なんとなく肌では感じていたことが実際に検証してみると、予想以上の変化だったり、あるいは思ったほどでなかったりと、「百聞は一見にしかず」のことわざを地でいくような検証だった。ただし、この検証あくまで短期スパンの話。大切なワインを5年、10年と保存するのであれば、これはもうセラーの出番だということに異を唱える人は少ないだろう。
ところが、ここにも意外な落とし穴があるのだ。ワインセラーといっても所詮は電化製品。壊れる場合もある、ということだ。そう指摘されても、多くの読者の方は、「ウチのセラーは大丈夫」と意に介さないだろう。実際、私もそうだった。人づてにセラーが壊れたという話は何度となく聞かされていたが、まさか自分が同じような思いをするとは夢にも思わなかった。

それは今から4年前の春、穏やかに晴れた午後のことだった。

当時、人間ドックで見つかった大腸ポリープを切除することになって、日帰りの内視鏡手術を受けた私は、術後しばらく安静にせよとの医師の指示に従い、2日間の有給休暇を取得していた。ところが、内視鏡手術というのは、外科手術と違って、術後すぐであっても身体の方はピンピンしている。よく晴れたうららかな陽気のもとで、2日間も家の中でゴロゴロしているのはあまりに退屈だし、なにより心底病人になってしまいそうで精神衛生上よろしくない。ということで、ちょっとした買い物や散歩ならOKと言われたのを拡大解釈して、自宅のセラー(ロングフレッシュ)に入りきらなくなったワインたちを実家のセラーに移すべく、クルマで30分ほどの実家へと向かったのだった。

実際、実家に到着したら、ソファに寝そべってテレビでも見ながらゆるりと過ごすつもりでいた。なので、往復のクルマの運転以外はほとんど術後の負担にはならないはずだった。

ところが、これが思いがけぬ、悲惨な一日の始まりだったのだ。

到着後、 実家の母親とひととおり茶飲み話などしたあと、セラーのある自室へと向かう。自室といっても、家を出てずいぶん経つので、いまやすっかり物置きと化している。
セラーの扉を開けてみて、おや?と思った。

備え付けのデジタル温度計の表示が17度を指しているのだ。
おかしいな?
設定温度は13度にしてあるはずだ。扉を閉めた状態で、今まで15度までは上がっても16度以上になったことは一度もない。
現に、前の週の日曜日にたまたま来たときには、ちゃんと14度だったのを確認している。

誰かがいじったのだろうか?
そう思って、母や弟に聞いてみたが、知らないという。

ここでなんとなく、イヤ〜な予感がし始めたが、最近の暖かな陽気のせいかもしれないと思い、とりあえず、設定温度を11度まで下げて様子を見ることにした。
何といっても、このセラー、購入してまだ1年である。初期不良や経年劣化ならともかく、こういうタイミングで壊れたという話は聞いたことがない。


書き忘れたが、実家のセラーは、エレクトラックス社の「サイレントカーヴ」100本入りのタイプ。この事件が起こるほぼ1年前に購入したものである。自宅のロングフレッシュが満杯になり、入りきれなくなったボトルたちを寺田倉庫に預けていたのだが、箱の数が増えてくると毎月の保管料もバカにならなくなってくる。そんなところにたまたま旧型のサイレントカーブがセールで半額で売られていたので、このプライスなら、と思い、購入したものである。
このサイレントカーブ、前年の夏は、エアコンのない南向きの部屋という悪環境にもかかわらず、きっちりと13〜14度を維持してくれていた。
ところがこの日は、1時間たっても、2時間たっても、温度計は17度を指したままなのだ。 17度といえば、この当時の部屋の温度と大差ない。
ということは、やっぱり、セラーが冷えていないのではないか。

青くなって、しまいこんであった取り扱い説明書の「修理を依頼する前に」という項目をひとつひとつチェックしていくと、
「後ろのパイプの部分が熱くなっていない場合は電気系統の故障」
という一文が目に入った。

おそるおそる、後部のユニット部分を触ってみる。
熱いどころか、ひんやりとしている。

どっひゃ〜、 やっぱり、これは故障だ。 故障に違いない。

こうして、修理の依頼をするためにエレクトラックス・ジャパンに電話をかけることになったのだが、そのときすでに異常の発見から2時間半経過しており、時計の針は午後3時半を回っていた。
この後に続くドタバタの原因として、初動の遅れを指摘されれば返す言葉もない。しかし、サイレントカーブは、機械音や振動がほとんどないのを売り物にしているだけあって、こういう季節だと、故障かどうかもなかなかすぐに判別しずらいのである。

電話に出た男性の担当者は、
「すぐサービスを手配します。のちほどサービスの担当者から電話を入れさせますので。」との返事。

ふう。とりあえず一安心だ。
一息つくと、今度はさまざまなことが頭の中を駆け巡った。

ふだん実家へは、ひと月に一度行くか行かないかだが、今回はたまたま5日前に立ち寄ったばかりである。そのときセラーに異常は見られなかった。とすると、セラーが正常に作動していなかった期間は、長くても5日間ということになる。
この時期、室内の気温が20度以上になったとは考えにくい。よって、中のワインたちへの影響はほとんど考えなくてよいだろう。壊れたのがこの季節だったのがなんとも不幸中の幸いだった。
いやいや、安心するのは早いぞ。
天気予報によれば、週末は4月下旬のポカポカ陽気になると言っていた。 セラーを置いてあるのは陽の光が燦燦と差し込む南向きの部屋である。下手すると室温が25度、あるいはそれ以上まで上がってしまうかもしれない。
となると、セラーが今日中に治らなかったときに備えて、中のワインたちをどこかへ避難させておいたほうがよいだろうか?
いやいや、待てよ。それ以前にセラーを修理するとなれば、中のワインは全部出さねばならないじゃないか!
う〜む、またひとつ問題発生である。
いったんボトルたちをセラーから出せば、今晩中に修理が完了したとしてもセラーの動作確認もしなければならないので、すぐに元に戻すわけにもいかないだろう。最低でも今晩はどこかにボトルたちを保管しておかねばならないのだが、そのための保管場所がない。
というのも、私の実家は家は、「エアコン大嫌い一家」(私だけは例外)なので、家の中でエアコンがついているのは、居間と母親の寝室だけなのだ。母親を追い出して、寝室にボトルを置くというのは申し訳ないし、かといって居間をキンキンに冷やしたら我々の居場所がなくなってしまう。だったら玄関に置いたらどうだろうか?いやいや、1ケースやそこらならともかく、100本規模のボトルを置くのはいくらなんでもキツすぎる。いっそ、寺田倉庫に預けてしまおうか、それとも友人宅、いや知り合いの酒屋にでも一時預かってもらおうか‥。
とまあ、思案をめぐらせてるうちに刻々と時間だけが過ぎてゆく。
1時間たっても、連絡がないので、こちらからもう一度電話。
電話に出た女性の
「今、担当が席を外してまして。」「もう一度手配します。」という言葉を信じて待つことさらに1時間。
さすがに私も焦ってくる。

なにせこの日は金曜日。しかも、もう5時すぎである。このままこの日は連絡がとれず、加えて週末の営業はしていません、なんてことになれば、すべてが週明けにずれこんでしまう。連絡がついたとしても、夕刻の今から修理に来てくれるものだろうかという不安もよぎる。
来てくれたとしても、その場ですぐ治るとは限らないし、また来ないなら来ないで、こちらも善後策を考えなければならない。
土日はいろいろ予定が入っているので、セラーの修理に立ち会うためだけにずっと実家に泊まるわけにもいかない。かといって、修理の立会いを実家の母に任せるわけにもいかないだろうし‥。この分だといろいろと週末の予定を組みなおさなければならないかもしれない。困ったことになった。

ということで、もう一度催促の電話。今度は先ほどの男性が出てきた。

担当者「サービスには連絡したんですけどねえ。すみません、もう一度確認します。 ところで、お客様は、いつ頃の修理がご希望でしょうか?」
私:「できるだけ早くお願いしたいんです。」
担当者: 「今日はもうサービスの者は動けないんですが…。」
私:「え?今日はダメなんですか?」
担当者:「はい。」
私:「じゃあ、明日は?」
担当者:「あいにく週末は営業しておりません。」
私:「今週末は暖かくなるらしいので、中のワインが心配なんですよ。」
担当者:「中のワインの保管につきましては、お客様の責任ということになっています。」
私:「(だんだん頭に血が上ってくるのを抑えながら)いや、こちらの責任といっても、セラーが壊れているんですから…。」
担当者:「そういうときは、みなさまエアコンをかけて部屋ごと冷やしているようですよ。」
私:「(ここで怒っちゃダメだと自制しつつ、困り声で)うちはそういう部屋ないんですよ。困ったなあ、高価なワインも入っているんで、なんとかなりませんか。」
担当者:「とにかくサービスから電話を入れさせます。夜遅くなっても構いませんか。」
私:「構いません。なんとかお願いします。」
いや、まるでダダをこねている子供のようだが、それほどこのときの私は追い詰められていた。このままだと週末の予定が台無しになるというのに加えて、当時の私は、今思い出すと赤面するほど、「ワインのコンディション管理」に、ナーバスになりすぎていた。「ワインの保存」の検証を通じて、ある程度「相場観」のようなものを把握した今なら、それほど悩むこともなく、部屋内に放置しておくのだけれども、当時は少しでも野ざらしにするとワインに悪影響を与えるのではないかと恐れていたのである。そのくせ、エアコンもない部屋にセラーを設置しているというこの矛盾‥。
さて、それからも待てども待てども、電話はかかってこない。
とにかく、まずはワインを避難させることにしようと決意。母親には、大変申し訳ないけれども、ということで、別の部屋で寝てもらうことにして、寝室のエアコンを18度に固定。ここにワインを避難させることに決めた。

セラーのワインをすべて移動するのは、「静養中」の身にはかなりこたえた。部屋から部屋への移動とはいえ、なにせ、合計100本あまりである。
一度に両手に3〜4本抱えて持っていったので、全部移動するのに30回前後も往復したことになる。広い家ではないので、移動距離はなんでもないのだけど、 レイアウト上、いちいちドアをよけるように歩かねばならないのと、間違っても落としたり倒したりしてはいけないというプレッシャーとで、無茶苦茶ストレ スの溜まる作業だった。
繰り返すが、本来なら、今日は私は、「家で安静に」してなけりゃならないはずだったのだ…。

ちなみに、セラー内のワインを改めて数えてみると、96本あった。
「収容能力100本」は、棚をすべてとりはらってボルドー積みにした場合の本数である。実際の使用時は、その7割が目安と言われているから、私のセラーはずいぶんと押し込んで、もとい、収容していたことになる。

さて、6時半を回り、ワインの移動がひと息ついた頃、ようやくサービスの担当者から電話があった。なんでも間違えて、ここ実家でなく、私の「自宅」の方に電話していたらしい。
「20時半過ぎになってしまいますが…」
とのことだったが、こちらは何時でも構わない。今日来てもらえさえすれば、と返事をした。
私もワインの移動を終えて、考えるゆとりが出てきた。
セラーの故障が治るにせよ、治らないにせよ、中のワインの半数は、明日寺田倉庫に持っていこう。
どのみち、98のボルドーだとか99のブルゴーニュなどは、当分飲む予定はないのだ。万一セラーが再び故障したりして、せっかく買い揃えたものが無駄になるのも馬鹿馬鹿しい。
セラーに残しておくのは、当面、近々飲もうと思っているものか、デイリークラスのものに留めることにしよう。
そんな思い巡らしている私のもとへ、道路の渋滞にハマったとくたびれた顔で、サービスの担当者がやってきた。

後部を外して、症状をチェックした彼はひとこと
「温度センサーからの信号が来ていませんね。」
そうか、やっぱり電気系統の故障だったのか。
修理は、後部の該当部分をユニットごと交換。
しかし、ユニットを交換して、はい、終わり、というわけにはいかず、その後もいろいろと作動テストを繰り返し、結局作業がすべて終わったのは22時半を回っていた。
週末のこんな時間に、 狭いセラースペースの隙間に入り込み、汗まみれになって作業していたサービス担当者の苦労を思うと、心が痛んだが、これもすべてはセラーの故障が発端である。
サービスのかたは、
「念のため、明日まで様子を見てください。」
と言い残して帰っていった。
ちなみに代金は、ギリギリ保証期間内ということで、無料。
作業明細には、「サーモスタット不良。冷却ヒーター、加温ヒーター切替確認済、ヒート確認OK」 と書いてあった。交換部品は、「THERMOSTAT CONTROL ASSY」だった。
私自身も、本当にこれでセラーが治ったのか、一抹の不安があったので、 この晩は実家に泊まることにした。もちろん寝室のワインたちはまだセラーには戻さず、夜中に何度かセラーの設定温度を上げたり下げたりして、入念にチェックを繰り返した。
こうしてひと晩かけて、まずは無事作動していることを確認できたので、朝になって、ストックの大半をセラーに戻し、自宅に帰るその足で、若いビンテージのブルゴーニュを中心に3ケースほどを寺田倉庫に預けた。
念のため、夕刻家にいた弟に、電話ごしに確認してもらったところ、セラーは無事14度を保持している、とのこと。とりあえず、こうして、セラーの故障騒動は一段落した。

繰り返しになるが、壊れたのがこの季節だったのは本当に、本当に、本当に、不幸中の幸いだった。これが夏場だったらと思うと、まさにぞっとする。
そして、ふだんは月に一度も行かない実家へ2週続けて行った、まさにその時にセラーが故障したというのも、幸運な偶然であった。
反面、術後静養中?の私にとっては、一日ドタバタとさせられたという意味で、とんだ災難ではあった。もっとも、この一件で私の体の回復が遅れたとか、傷口から出血するというようなことはなかったけれども。

エレクトラックス・ジャパンの対応は、最初、蕎麦屋の出前のようで、ちょっとなあ、と思うところもあったが、終わってみれば、週末の店じまい間際にもかかわらず、よくやってくれたと思う。
特に、サービスの担当者は、黙々と、しかし的確によくやってくれて、実に好感の持てる対応だった。
翌日曜日には、休みにもかかわらず、 「その後どうですか。」という電話までいただいた。
感謝、感謝である。

とはいえ、こういう経験をしてしまうと、「セラーに保存する」ということの意味をもう一度問い直してみたくなるのもまた事実だ。
クルマを運転するとき、「ブレーキが効かなくなったら…」とか、「ハンドルがきれなかったら…」などとびくびくしながら運転するドライバーはまずいないだろう。
ワイン好きにとってのワインセラーというのは、まさにそういうものだと思うのだが、 残念ながら、セラーの場合は、まだそこまで信頼性が高いとは言えなそうだ。
なにせ、私の狭いワインのつきあいの周囲でも、セラーが壊れた、という事例を3件聞いている。そういえば、当誌の創刊号でもふれたとおり、徳丸編集長のセラーも壊れたことがあった。メーカーはそれぞれ異なるが、それを差し引いても、 周囲のセラー保有者数との比率を思えば、決して少ない数ではないよなあ、と思う。
そう、 そして次は、このコラムを読んでいる貴方の番かもしれないのだ。読者の方でしばらくセラーの扉を開けていないという人がいたら、すぐにチェックしてみることをオススメしたい。
また、今回の教訓として、「万が一」セラーが故障したときのために、以下のような対策が必要だと痛感した。
1.エアコンのある部屋にセラーを置く。
我が家の場合、これが盲点だった。エアコンのある部屋においておけば、とりあえず夏場のセラーの故障という最悪の事態においても、被害を最小限で食い止められる。
2.日常的に目の行き届く場所にセラーを置く。
エアコンがあっても稼動していないと意味がないわけで、そういう意味では今回の私のケースのように、日ごろ目の行き届かない場所にセラーを設置するのはどうしてもリスクを伴う。また、目の行き届くところにあったとしても、世のワインマニアはワインのコンディションをキープするために、必要以上にセラーを開閉しないのが常だったりする。久しぶりに開けたら、中のボトルたちが噴いていた、なんてことにならないよう、ある程度定期的に中の温度や水漏れなどはチェックしておいたほうがよいだろう。
3.定期点検のサービスを利用する。
フォルスターなどは、セラーの点検サービスを実施している。購入以来故障がなかったとしても、セラーの耐用年数には限りがある。適切な時期に点検を受けて、へたった部品は交換するなどの面倒を見てやるにこしたことはない。私の自宅のフォルスターのセラーも今年あたり点検を受けさせようと思っている。
3.リスク分散のススメ。
とりあえず私は、この一件以来、保有ワインを自宅、実家、寺田倉庫の3ヶ所に分けるリスク分散を徹底している。もともと実家のサイレントカーブは、寺田倉庫に預けているワインの保管料が馬鹿にならないといって購入したのに、結局寺田倉庫も以前と変わらず使い続けているわけで、なんだかなあ、という思いはある。あるが、一台のセラーにストックを集中させて、中身が故障や事故やらで全滅することを思えば、致し方ない出費だと割り切ることにした。

聞けば、この当時エレクトラックス・ジャパンのサービスの担当者は二人しかいない、とのことだった(今は知らないが‥)。まあ、世に出回っているサイレントカーブの台数や故障比率を思えば、その位で十分なのだろうけれども、あの時、とてもよくやってくれたサービス担当者の余暇確保のためにも、セラーの故障が頻繁に起きないことを祈ってやまない。