「ルクレチア」という名の小さな裸婦像がウイーン美術アカデミー附属絵画館に飾られている。 ルクレチアは紀元前6世紀、タルクィニウス王がローマを支配していた時代の女性である。コラティヌスという貴族の妻であった彼女は、夫の留守中に、彼女に横恋慕した王の息子セクトゥスに陵辱を受け、夫に復讐をたくす手紙を残して短剣で自らを突いて果てた。そしてそのことが、後に暴君の一族をローマから追放し共和制ローマが誕生するきっかけとなった。それ故、彼女は「貞淑な夫人の象徴」として絵画の主題によく登場する。
よく見ると、この絵の中の女性も右手に短剣を携えている。しかし、それ以前に私たちの目は、黒い背景に浮き立つ、少女か大人かもわからないような独特な肢体にくぎ付けにされてしまう。裸婦の視線は鑑賞者に挑発的に向けられ、口元には笑みすらうかべている。そして、そのポーズは今にも踊りだしそうなくらい軽やかだ。
そう、重要なのは、題材よりも、クラナッハの確立した官能的な裸婦像の様式なのだ。そして、彼の描く装飾的で蠱惑的なエロスの世界は、400年の歳月を生き長らえて、19世紀末のクリムトへと受け継がれることになる。