フラ・アンジェリコ
 &フィリッポ・リッピ

今回はルネサンス初期の二人の画家を取り上げてみたい。
フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ。
この二人には共通点がある。どちらも修道士であり、フィレンツェでその生涯の大半を送ったこと、そして、二人とも聖母像の画家として知られていることだ。
しかし、二人の生涯はおよそ対極にあるといえるぐらいかけ離れている。
フラ・アンジェリコは、1400年生まれ。フィレンツェにある、サン・マルコ修道院で生涯敬虔な生活を送った。キリストの磔刑図を描きながら涙を流したほどに信仰の厚い人物だったと伝えられる。
一方のフィリッポ・リッピは、尼僧と駆け落ちして修道院を脱走するような、いわば「破戒僧」だったらしい。

フラ・アンジェリコが修道僧生活を送った、サンマルコ修道院は、現在は「サン・マルコ美術館」として公開されている。(写真右)修道院時代の面影を色濃く残した館内は、思わず居住まいを正したくなるような、凛とした雰囲気に包まれている。一回の回廊から階段を上っていくと、踊り場にさしかかったあたりで、彼の代表作「受胎告知」が、ちょうどこちらか見上げるような形で、眼前に現れる。
美術館サイドが意図したわけでもないのだろうが、これはなかなかすばらしい演出効果だ。(写真下)

「受胎告知」は、古来、いろいろな画家によって描かれてきたテーマであるが、 中でも、フラ・アンジェリコによるこの作品は、彼のもつ敬虔で清楚な独自の世界を描き出した傑作ととして名高い。
大天使ガブリエルが、マリアに近づき、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」。と伝える。「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名づけなさい」
「まだ夫がありませんのに」と驚くマリアに、大天使ガブリエルは、「聖霊によるのであって、恐れたりすることはない」。さらに、「生まれる子は聖なる者。神の子と呼ばれる」と告げた。落ち着きを取り戻したマリアは「私は主のはしためです。お言葉通り、この身に成りますように」と受け入れる。
それにしても、この敬虔な空気に満ちた、静謐で安らかな画面はどうだろう。
大天使ガブリエルの羽根の彩色は鮮やかでありながら決して華美にはならず、全体のトーンはやわらかくおだやかだ。神の声を伝えるガブリエルは、厳かに、それでいて、神の子の母たらんマリアに対し、恭しく身をかがめて接している。マリアはマリアで、心持ち上体を前に傾けて、天使の声に耳を傾けんとしている。絵の中のこの二人の距離感は、まさに絶妙であり、動きの抑制された、静的な画面が、かえってここで交わされている会話の内容の大きさを物語るかのようである。そして、この二人が交わす眼差しの優しさ!
この時のマリアはどういう気持ちだっただろう。驚きと、戸惑いと、恭順と、決意と、それらの入り混じったものが、画面の無垢なマリアの表情の中に、簡潔に、そして見事に表現されていると思うのは私だけだろうか。

フラ・アンジェリコは、このテーマによほどこだわりをもっていたのか、同じような構図による「受胎告知」を何度も描いている。画面左側にアダムとイヴが描かれているこの絵はプラド美術館所蔵のものだ。こちらも名作とされているものだけれども、サン・マルコ美術館のものに比べると全体の印象が装飾的で、やや煩雑な感は否めない。個人的にはサン・マルコ美術館のものの方がアンジェリコらしさが出ていると感じる。

ところで、この絵には実は矛盾する点がある。人物と建物の縮尺の不一致だ。この絵の通りだとすれば、聖母マリアは立ち上がると天井に頭がついてしまいそうな大女ということになってしまう。
まあしかし、サンマルコ美術館の壁面にかけられた実物を前にすると、そのような指摘すらも些細なことに思えてくる。この「受胎告知」は、技巧云々を超えた、敬虔な画僧フラ・アンジェリコの人柄そのもの、純粋無垢にして、清廉な信仰心を反映した名作なのだ。
さて、一方のフィリッポ・リッピである。
フラ・アンジェリコが模範的な修道士だとしたら、フラ・フィリッポはまさに型破りな破戒僧であった。彼の生まれた年ははっきりしていないが、2歳の時に孤児となり、叔母に育てられるものの、8歳で口減らしのために、修道院に放り込まれた。リッピは、その修道院で絵を描くことを覚え、いたるところに落書きをしていたらしい。しかし、僧院長がその落書きに彼の才能を見出し、正式に絵を学ぶことになったというから世の中わからない。初期の作品はマザッチョの影響が大きかったが、当時、新しい技術であった遠近法をマスターし、マザッチョのスタイルに、さらにゴシック的な装飾を加えていった。1421年、誓いをたてて、修道士生活に入る。
しかし、リッピは、1452年、当時院長を務めていた修道院の修道女ルクレツィア・ブティと恋に落ち、なんとこの女性と駆け落ちしてしまう。この事件は当時としては大変スキャンダルだったらしい。ところが彼は、パトロンであり、フィレンツェの有力者だったコジモ・デ・メディチに間に入ってもらい、ローマ法皇の許しを得て、還俗して正式な夫婦となってしまった。(もっとも、正式な夫婦にはなっていないとか、還俗したのは、女性の方だけだという解説もあって、手元の資料だけでは正確なところはよくわからない。)
実のところリッピはそれ以外にも、気に入った女性がいると物を与えて自分のものにしたとか、領収書を偽造して金品を騙し取ったとか、小悪党的な所業を重ねていたというエピソードもある。
コスモ・デ・メディチの元にも当然このような悪評は耳に入っていたのだろうが、老メディチは「彼に不徳があったとしても、才能が帳消しにするであろう。」と言ったと伝えられる。まさしく「芸は身を助ける」という諺どおりのような生涯だ。
その彼が、このような、敬虔な、母性に満ちた聖母子像を描くのだから、芸術とはわからないものだ。
ちなみに、この聖母子のモデルは、件のルクレツィアと、彼との間に出来た子供(後の画家フィリッピーノ・リッピ)らしい。
赤ん坊のキリストはやわらかい肌のぬくもりが伝わってくるかのようであり、天使はいたずらっ子のように愛らしく描かれている。聖母マリアは清純な美しさと優美さにあふれていながら、同時代の他の画家たちのマリア像に比べると極めて人間的、世俗的であり、髪型やしゃれた髪飾りなど、当時流行のファッションに身を包んでいるところも見逃せない。そしてまた、彼の描くデリケートでかつ明快な線の美しさは特筆すべきものであり、この特質は、弟子である「線描の画家」ボッティチェルリにも引き継がれている。ラファエロの描く聖母が、優美でやさしい中にも、母としての強さや包容力の大きさのようなものを感じるのに対し、リッピの聖母はあくまで可憐で、どこか線が細く、男性であれば、思わず「守ってやりたい」と思わせるような、そんなマリアさまだ。

フィリッポ・リッピは後のフィレンツェ美術に大きな影響を残した。「ヴィーナスの誕生」「春」などで知られるボッティチェリは彼の弟子であり、直接影響を受けた一人であるし、レオナルド・ダ・ヴィンチの岩窟のマドンナは、彼のゴシック的な設定が影響しているという。

一方、フラ・アンジェリコの画風は、技巧という面においては、決して器用といえる部類には入らないだろう。しかし、音の強弱を表現できないパイプオルガンが、それゆえにこそ、人間世界を超越した神的なものを表現するのにふわわしいように、アンジェリコの描く画面もまた、小手先の技を超越した、大いなる感動に満ちている。

フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ。その生き様は正反対だったが、どちらも私の最も好きな画家たちだ。こうして二人の絵を並べてみると、野暮を承知であえて尋ねてみたくなる。あなたはどちらの絵により惹かれるだろうか、と。
私?私はむろん「どちらも」だけれども‥。