今回はルネサンス初期の二人の画家を取り上げてみたい。 フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ。 この二人には共通点がある。どちらも修道士であり、フィレンツェでその生涯の大半を送ったこと、そして、二人とも聖母像の画家として知られていることだ。 しかし、二人の生涯はおよそ対極にあるといえるぐらいかけ離れている。 フラ・アンジェリコは、1400年生まれ。フィレンツェにある、サン・マルコ修道院で生涯敬虔な生活を送った。キリストの磔刑図を描きながら涙を流したほどに信仰の厚い人物だったと伝えられる。 一方のフィリッポ・リッピは、尼僧と駆け落ちして修道院を脱走するような、いわば「破戒僧」だったらしい。
フラ・アンジェリコが修道僧生活を送った、サンマルコ修道院は、現在は「サン・マルコ美術館」として公開されている。(写真右)修道院時代の面影を色濃く残した館内は、思わず居住まいを正したくなるような、凛とした雰囲気に包まれている。一回の回廊から階段を上っていくと、踊り場にさしかかったあたりで、彼の代表作「受胎告知」が、ちょうどこちらか見上げるような形で、眼前に現れる。 美術館サイドが意図したわけでもないのだろうが、これはなかなかすばらしい演出効果だ。(写真下)
フラ・アンジェリコは、このテーマによほどこだわりをもっていたのか、同じような構図による「受胎告知」を何度も描いている。画面左側にアダムとイヴが描かれているこの絵はプラド美術館所蔵のものだ。こちらも名作とされているものだけれども、サン・マルコ美術館のものに比べると全体の印象が装飾的で、やや煩雑な感は否めない。個人的にはサン・マルコ美術館のものの方がアンジェリコらしさが出ていると感じる。
フィリッポ・リッピは後のフィレンツェ美術に大きな影響を残した。「ヴィーナスの誕生」「春」などで知られるボッティチェリは彼の弟子であり、直接影響を受けた一人であるし、レオナルド・ダ・ヴィンチの岩窟のマドンナは、彼のゴシック的な設定が影響しているという。
一方、フラ・アンジェリコの画風は、技巧という面においては、決して器用といえる部類には入らないだろう。しかし、音の強弱を表現できないパイプオルガンが、それゆえにこそ、人間世界を超越した神的なものを表現するのにふわわしいように、アンジェリコの描く画面もまた、小手先の技を超越した、大いなる感動に満ちている。
フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピ。その生き様は正反対だったが、どちらも私の最も好きな画家たちだ。こうして二人の絵を並べてみると、野暮を承知であえて尋ねてみたくなる。あなたはどちらの絵により惹かれるだろうか、と。 私?私はむろん「どちらも」だけれども‥。