超不定期更新コラム

ヴュー・シャトー・セルタン食事会
子供が生まれてからというもの、夫婦で外食する機会がめっきり減った。私だけならまだ会社のつきあいなどで外で食べる機会はあるのだけど、カミサンは子供にかかりっきりなため、なかなか身の自由がきかない。例えば、どちらかの実家が近所にあるのなら、子供を預けて出かける、ということも比較的簡単にできるのだろうが、残念ながら双方の実家とも「スープが冷めない」ほどの近所ではない。
こういう立場になってみると、外食というのは、あらためて贅沢なことなんだなあ、と実感する。金銭面だけでなく、時間的、精神的な余裕という意味で。

そんな中、久しぶりに3連休の最終日である11月4日に、カミサンとランチにでかけることになった。
東急本店が主催する、ヴュー・シャトー・セルタンのオーナー、アレキサンドル・ティエンポン氏を囲んでのスペシャル・ランチに参加したのだ。
場所は、同じく東急本店8Fに最近オープンした「シェ・松尾」。松涛に本店を構え、天王洲や青山にも支店を出している有名店だ。新しくオープンした東急店は、百貨店内ということでカジュアルな雰囲気なのかと思って行ったら、なんのなんの、店構えは相当に本格的。暖色系で統一されたインテリアはデパートの中とは思えないほど高級感がある。(トイレに行く為に、いったん店を出なきゃならないのがツライところだが…)

ヴュー・シャトー・セルタンは、1745年より続く、伝統あるシャトー。1924年よりティエポン家の所有となり、85年から現オーナーのアレキサンドル氏が経営を引き継いでいる。今流行りの力強く濃縮感のあるタイプというよりは、均整のとれたバランスや典雅さと優美さを身上とする作り手だ。
今回出されたのは、98年、97年、96年、93年、89年の5ビンテージ。
一見、あまり面白くなさそうなビンテージに思えるが、当初予定されていた80年代中心の予定をあえてオーナーの意向によってこのラインアップに変更したのだという。


一皿目の前菜は「シャラン産鴨胸肉のサラダ、バルサミコとエピス風味」
それにあわせて最初に出されたのは97年。一時間前抜栓。

<97年>
エッジにピンクがかった中程度のガーネット。カシス、プラム、ダークチェリー、ややトーンの高い土やスパイス、木質的な香りなど。味わいは甘くなめらかな果実味のアタック。タンニンはなめらかだが、酸度は高めで特にフィニッシュは酸基調。構造は強固とはいいがたいが、今飲んで美味しい。【88】

オーナー氏曰く、「セパージュはメルロ70%。評論家は良くない年だというが、若くからチャーミングな魅力のある年だと思います。5年後ぐらいに飲んで欲しい。」
鴨胸肉は、実によくワインと合ったが、ソースがちょっと甘めだったような。
ニ皿目、「フォアグラのソテー、カブのコンフィとセップとともに」

<98年>
鮮やかなルビーで色調は濃い。97年に比べてグッとコンセントレーションのある香りはカシス、ダークベリー、木質、それに甘い黒糖のようなニュアンス。口に含むと目の詰まった凝縮感のある果実味に心惹かれる。酸はしなやかだが、やや木質的なタンニンが目立つ。
【91】

オーナー氏も「近年でもっとも恵まれた年。10〜15年後に飲んでもらいたいワイン」だと言っていた。

<96年>
濃厚なガーネットだが、エッジにはオレンジのニュアンスが入る。ジビエ、革、ゴボウ、ブラックベリー、土。エレガントでなめらかな果実味の第一印象。フィニッシュにかけて酸を感じるが、全般に秀逸なバランス。96年は今もっと飲みにくいと思っていたが、よい表情をしている。【90】

「牛フィレ肉のロースト、トリュフとジャガイモのムースリーヌ添え」
牛フィレ肉は、素材を活かした比較的シンプルな味付け。ややポーションが少なめだったが、昼ということで、このぐらいでいいのかも。ジャガイモは複雑な味わいだが、ちょっと甘い、との声も。

<93年>
若い頃は青っぽい香りだったんだろうなあ、というようなドライハーブやカシスのリキュールなどの香り。まったりとした果実味があって、酸も突出することなく心地よいバランス。ただ、全般に他銘柄には見られない乾いたタンニンが感じられる。【87】

93年と96年はフランを多く使った年だそうだ。フランは構造や複雑さを出すのにはいいが、多く混ぜるのは勇気のいる決断だったとか。青っぽさが出てしまうとか、タニックになると言うことなのだろうか。そして、オーナー氏曰く、「93年と96年の対比はとても面白いと思います」とのこと。「93年には厳しさが残るが、96年はとてもフレンドリーです。」

<89年>
中程度からやや濃いガーネットで、エッジにははっきりオレンジが見える。カシス、ラズベリーのリキュール、オレンジの皮、ナツメグなどのスパイス。口に含むと日を浴びた麦わらのようなフレーバーとともに、甘いリキュールのような果実が広がる。酸はやわらかく、タンニンも溶け込んでミディアムボディで心地よい飲み口。かなり熟成が進んだ印象で、余命はまだまだあるのだろうけど、今をピークといってもさしつかえないだろう。【88】

89年については、なかなか出てこないなと思っていたら、最初に抜栓したボトルはオーナーのNGが出たんだと。
そこで、図々しくも、さしつかえなければそれを飲ませてもらえまいか、と頼み込んで、NGボトルをテイスティングしてみた。グラスを注いだ当初こそ、かすかにヒネ香が感じられたものの、回しているとすぐに気にならなくなり、果実味もよく残っていて、それほど悪くないじゃん?という感じ。というか、このくらいのボトルは日本の市場では普通に出回っているレベルだと思うのだが、香りの出方がやや悪いのと、トップノーズのヒネ香が気になったのだろう。ベストのものを提供したい、というオーナーの意気込みが伝わってくるようなハプニングだった。

テイスティンググラス5種類とはいえ、お代わりも出来たので、酒量も昼間としては十分な量をいただけた。食後は、お決まりの「デザートの盛り合わせ」「コーヒー」。デザートは美味しかったけれども、欲を言えば、ここで食後酒かデザートワインあたりが欲しかったところだ。

なお、本来、「シェ・松尾」のランチは、数種類から選べるプレフィクススタイルだそうだが、今回は、ワインに合わせてシェフがチョイスしたというだけのことはあって、ワインとのマリアージュも申し分なく、やや少なめかと思われたポーションもデザートを食べ終わる頃には、ちょうど心地よい満腹感を味わえた。
機会があれば、ぜひ夜も行ってみたいと思わせるが、百貨店内という立地を生かして、例えば「ヴァン・シュール・ヴァン」のように、B1Fのワイン売り場で購入したワインを持ち込めるようなシステムにしてもらえると利便性もぐっと増すのだが、如何だろうか。

ヴュー・シャトー・セルタンは今までも何度となく飲んできたが、今回改めて思ったのは、決して力任せにならない、エレガントで洗練されたそのスタイルが、各年各品種の作柄にあわせた、細心のブレンドの成果だいうこと。なお、この日出された銘柄はすべて、空輸でオーナーが持ち込んだものだということで、コンディション完璧。そんなオーナーのサイン入りという96のボトルを私も1本購入して帰りたいところだったが、16,800円という値段をみて断念した。
そういえば、旅行でボルドーに行った折、ツアーで御一緒した親子が、市内のショップ「ラ・タンダン」で96のヴュー・シャトー・セルタンを薦められて買っていたのを思い出した。価格はたしか8000円ぐらい。私も一本買っておけばよかったと今ごろ悔やんでも、まさにアフター・フェスティバル、というヤツである。

(2002.11.6)