超不定期更新コラム

『decfive』の考察

ワインというアルコール飲料の大きな弱点のひとつは、「抜栓後の保存性に欠けること」だと思う。
例外はあるかもしれないが、通常、一度コルクを抜けば、2日目、3日目と経つするうちに、抜栓当初の香りの豊かさや味わいの立体感は失われてゆき、1週間も経つと、(飲めないとまでは断定しないまでも)お酢のようなトホホな代物になってしまう。

我が家の場合、飲み残したボトルは、「バキュバン」や「窒素ガス」などの市販のワインセーバーを使って保存しているが、許容できる風味を保っているのは、若いワインでせいぜい3日まで、年代の古いボトルなどは大抵その日1日限りというのが相場のように思われる。

ワイン・バー経営者にとっては、悩みの種とはこのことであろう。お客にはなるべく多くの種類をグラスで楽しんでもらいたい。しかし、いったん開けてしまうと日持ちしない。日数が経過したものを出そうものなら、私のようなうるさい客からクレームがつく。

そんなジレンマをものの見事に解決してしまった(らしい)のが、『400種類のワインをテイスティングできる店』として、最近あちこちのメディアで取り上げられているワインバー『decfive』だ。

このお店、400種類のワインを、それぞれ50ml、100mlという単位で注文することができるということをウリにしている。
なぜ、そのようなことが出来るのか?
その秘密は、特許出願中の『whynot?』というワインセーバーにあるらしい。
『whynot?』の仕組みについては、経営元の「エブリディワイン」のHPに載っているので、詳しくは省くが、要は、空気と全く触れない状態でコルクを抜いて中に不活性ガスを注入し、コルクの変わりに専用のキャップを取り付けてしまう、というもののようだ。

では、本当に、この新兵器が、何日もの間、ワインの酸化を防いで、我々が金を払うに足る新鮮な味わいをキープしてくれているのだろうか。このテーマに強い興味をもっていた私は、先日、遅らばせながら、友人とここを訪れてみた。

店は、宮益坂を登りきったところにあり、1階と2階とに分かれている。1階は、カウンター形式のテイスティングバー、2階はサロン風のレストラン。

待ち合わせの時間より早く着いたので、さっそく1階のカウンターバーで試飲してみる。
400種類のワインが、底の部分を上にして、筒状の透明な容器に入れられてズラリと並んでいる姿(写真左)は、一種異様である。しかし、明るめの照明や、白を基調にしたインテリア、カウンターに置かれた検索用のマッキントッシュなどとあいまって、なんとなく前衛的なカッコよさもある。


産地別のリスト(写真右)を見て驚いた。400種類といっても、せいぜいガロのデイリーものとか、ムートン・カデとかキュベ・ミティークとかそんなレベルのものばかりだろうと思っていたが、なんのなんの、ラインアップは実に本格的なのである。マニアがよろこぶレアな生産者やカルト・ワインの類こそ置いてないが、ボルドーの1級ものやヴァランドロー(!)などもあるし、他にも、飲んでみたいと思わせる銘柄は両手に余るほど見つかる。

ところで、この産地別リスト、よく整理されているのだが、字が細かく、ちょっと見ずらい。それにワインの知識のない人がこのクリアファイルをバサッと渡されても面食らうことは必至だろう。
そんな人のために、という意図なのか、店内のカウンターには、検索用のマックが数台置かれている(写真左)。検索ソフトは凝っていて、検索項目には「今の気分」なんていうのもあって笑える。しかし、この店を訪れたワイン初心者にとって実用的なものかといいうと、正直どうかと思う面もある。ビギナーや一般のワイン好きの人たちへの配慮、という面ではもうひと工夫欲しいところだ。

友人を待つ間、とりあえず、私は膨大なリストの中から、以下の3種類を50mlずつ飲んでみた。
・ サンセール・エティエンヌ・アンリ95(アンリ・ブルジョワ) 50ml 1040円
・ エルミタージュ・ラ・シャペル99(P・ジャブレ)50ml 1120円
・ アタ・ランギ・ピノノワール2000  50ml  540円

グラスはISO規格のテイスティンググラス。どれも香りが良く出ているし、味もフレッシュで、目立った酸化は見られない。厳密に同一銘柄を抜栓した当初と比べたわけでないので断定はできないが、一晩置いたような味わいでないことは確かだ。

さて、1Fの雰囲気をひとことで表すと、ワインバーというよりは「巨大なテイスティング・カウンター」といったところ。東京在住の方なら、渋谷の東急本店や西武のヴィノスやまざきのテイスティングカウンターの規模が大きくなったようなものを想像していただければ、あたらずとも遠からずというところだろう。もちろんあれほどの喧騒はないのだけど、反面、専門知識のある店員がほとんどいないので、カウンターで薀蓄バナシに花を咲かせるというようなことは出来ない。(まあ、それも良し悪しだけど。)

小一時間もすると、友人がやってきたので、あらかじめ予約しておいた2Fの席に移動。ちなみに、1Fではつまみ程度のものしか供されず、本格的な食事は2Fでしか出来ない。その2Fは、いつも混雑しているらしいので、行く時は予約していったほうが賢明だ。
こちらは照明も暗めで、シックなサロン的雰囲気。壁際以外の席に背もたれがないのは、ちょっとなあ、と思うが、広々感を演出するためには仕方ないのかもしれない。
ワインは、友人と併せて5種類ほど注文してみた。100mlの場合は、リーデルのオーバチュアーボルドーやヴィノム・キャンティに似たサイズのグラスで出てくる。グラスの質はオッケーだ。コンディション的にも問題のあるグラスは見あたらなかった。

嬉しい誤算だったのは、「料理がなかなかイケてる」こと。グリーンサラダ、タラバ蟹のパスタ、ピザ、ムール貝のバター焼きと頼んだが、二人ならこれで十分の量だし、味もどれも水準以上といえるもので、特にムール貝は美味しかった。加えて、会計は、私たちの「目計算」よりもかなり安めなのがウレシイ。

ただ 、ちょっと辛口なコメントを述べさせてもらうなら、2Fのサービスは(現状では)かなり問題ありだと思う。というのも、ワインを注文しても、出てくるまで、とんでもなく待たされるのである。飲み干したグラスを片付けるのだけはなぜか早いので、私たちのテーブルはトータルの食事時間の半分ぐらいはグラスなしだった。
これって、たまたま私たちの注文分だけが忘れられていたのかな、とも思ったが、周りを見渡すと、みな同じような思いをしているようで、隣の席の気の弱そうな女性なぞは、「頼んだポマールがまだ来ないんですけど‥」と店員に3回ぐらい訴えていて、気の毒になった。

まあ、このようにサービスやソフト面ではまだ解決すべき問題を残してはいるが、400種類のワインをほぼ健全な状態でテイスティングできるという看板に偽りはなさそうだし、料理も美味しく、値段も安い。そういう意味では、これからが楽しみな店だ、というのがこの晩の結論だった。

ところが、店を出てすぐ、重要なことを確認し忘れていたことに気づいた。

それは、「グラスで出されたワインたちは抜栓後いったいどの位経過したものなのかを聞き忘れていた」、ということだ。
この日飲んだワインはどれも問題のないものだったが、それはひょっとして全部抜栓初日のものだったのかもしれないのだ。

翌日になっても、どうしてもこの疑問が頭から離れない。
仕事を早々に切り上げて、今度は一人で「decfive」に出かけてみた。

1Fのカウンターで、
「この中で抜栓後一番時間が経過しているものを飲みたいんですけど。」
と切り出すと、店員は、
「、、、どれが一番古いか、ちょっとわからないですねえ。」と困惑した表情。
「概ね抜栓後どの位経ってるんですか?」
「それぞれですねえ。人気が高く、回転が速い銘柄だと、1日で2本取り替えることもありますし。そういえば、ラフィットなどはたしか3週間ぐらい前のものがあると思うのですが。」
(そうか、高額ワインは回転が遅いから、抜栓後時間が経過しているリスクが高い、ということか…)
「ラフィットで試すのは、ちょっと‥」
「では、ちょっと聞いてきます。」

ということで、しばらくしてフロアマネージャーと思しき人が持ってきたのが、
約3週間経過したという、

・ガイザーピーク・ソービニヨンブラン99。

ちなみにプライスは、260円也。
味わってみると、 草原を連想する青っぽい香りやハーブ、レモンなどの香りが心地よく、果実味も豊か。喉越しにちょっとしつこい苦味を感じるあたり、時間の経過を感じさせないでもないが、それでも言われなければ3週間前抜栓とは絶対わからない。好みの味かどうかはともかく、十分愉しめる味わいをキープしているのには改めて感心した。

では、赤はどうだろうか?経験的に、抜栓後の変化という意味では白より赤のほうが激しい場合が多いように思われるが…。

・ ロバートモンダビ・コースタル・メルロ97 240円

こちらは1週間経過。そう言われてだされてみると、たしかにやや時間の経過を思わせる味わいだった。獣や血、皮革のような香りが前面に出ており、果実味がほんの少しフラットになっている。ただし、これも抜栓直後のものと比べたわけでないし、もともと構成要素がそれほどしっかりしたワインでもないから、こんなものと言われてしまえば、そうかもしれないと納得してしまう。少なくとも、香りのボリュームなどの点では、経験的に、自宅で一晩経過したボトルたちに比べれば、ずっとまともに思えた。

このあと、さらに4銘柄ほど注文してみた。今回はひとりでひたすらコンディションにだけ注目して飲んだけれども、一部ややくたびれていると思わせる銘柄があったとはいえ、全般に大きな問題を感じるグラスは見出せなかった。

結局、前日から数えて、友人の注文した分まで含めれば合計15種類ほど飲んだことになるが、明らかに問題のあるグラスはひとつもなかった。加えて、1〜3週間経過したグラスでもOKだったことを思えば、「whynot?」というワインセービング装置の信頼性はかなり高いものだと結論づけてもよさそうだ。

考えてみれば、この「decfive」という店は「whynot?」という画期的なシステムを中心に、実に明快かつシンプルなコンセプトによって回っている。

すなわち、「whynot?」を導入することによって、ワインが酸化から開放されるから、50ml、100mlという小刻みな単位での販売が可能になる。
それが、「グラスでいろいろなワインを飲んでみたい」という一般の客の『ニーズ』にマッチする。
一杯あたりの分量が少なくなれば、提供する価格も抑えられる。
これによって、客は、「チャージ200円+最低価格120円=320円」という、スターバックスなみの価格でこの店を利用することが可能になる。
さらに、価格を徹底的に抑えるため、店員の人件費を抑える。
結果として、専門知識をもった店員は限られてしまうが、代わりに、検索ソフトやリストをわかりやすく充実させることによって、客の便宜を図る。

いろいろと意見もあろうかと思うけど、私個人の感想としては、こうしたコンセプトの明快さには共感が持てるし、ワイン好きのフィールドを広げる、新しいスタイルのワイン・バーとして、ぜひ定着してほしいというか、応援したくなる店だと感じた。
ただ、現状では、2Fのサービスの遅さはかなり問題であり、(特に、接待などでお客を連れて行く場合)、早急に改善してほしいポイントである。
また、400種類選べるといっても、さすがに2日続けて訪問すると、リストのインパクトは半減するので 一度来た客をリピーターとして定着させるために、ぜひ月代わり、週代わりなどで、 レアものやマニアの喜ぶ旬な銘柄を出してほしい。アンリ・ジャイエとはいわないまでも、デュジャックとかアルマン・ルソーとか、ルーミエとか、ローヌでいえばギガルやラヤス、アンリ・ボノーあたりの名前が全く見受けられないのはちょっとサビシイ。また、イタリアでも、バローロ・ボーイズの銘柄がいくつか揃っていると面白いのだが…。って、これじゃ、ほとんど個人的なリクエストですね。
もうひとつ。 この「whynot?」という機械は、現状ではまだまだ高価そうだけど、いずれ、家庭用なんてのも開発してくれないものだろうか。(^^)


<参考データ:10月23日現在>

◆ 一番高価だった銘柄 Ch.シュバルブラン95  4500円(50ml)
◆ 一番古いビンテージ Ch.ラフィットロトシルト83 
◆ 一番安い銘柄
ウッドブリッジ・カベルネソーヴィニヨン99 120円(50ml)
ウッドブリッジ・シャルドネ99 120円(50ml)
ほか、100円台数種類、200円台多数。

◆他にもこんな銘柄が‥
Ch.ヌフ・デュ・パプ99(ラ・ネルト) 300円
城の平カベルネソーヴィニヨン 1370円
Ch.ヴァランドロー99 3410円
バローロ・スペルス(ガヤ) 1430円
サンクセパージュ97(Ch.セントジーン) 1120円
ナパヌック99(ドミナス) 580円
シルヴァーオーク97 2020円  etc.