不定期更新コラム

「ブラッシュアップセミナー」

7月16日火曜日。
この日は午前中に台風8号が房総半島に上陸して、各地に被害を与えたが、私も統計数値にこそ加えられないけれど、被害を被ったうちの一人である。

というのも、この日はソムリエ協会による「有資格者のためのブラッシュアップセミナー」なるものがあって、 風雨ともまさにピークの中、新高輪プリンスまで行かねばならなかったからだ。到着したころには洋服はビショビショのグチャグチャ。着替えを持参して本当によかった。
そんなに大変だったのなら欠席すればよかったじゃないか、と言われそうだが、なにせ会費15000円也を前払いで払い込んでいるし、このセミナーのために 会社まで休んだのだから、台風ごときに負けてはいられないのである。

さて、「ブラッシュアップセミナー」とはそもそも何か?

2000年度より、ソムリエ、ワインアドバイザー、ワインエキスパート試験合格者には、認定証、認定バッジだけでなく、5年間有効の「資格認定カード」が届けられるようになった。

ソムリエの証といえば、なんといっても、燦燦と輝くあの金色のブドウのバッジ。アドバイザーとエキスパートはシルバーだが、いずれにしても、5年経つとバッジが取り上げられるなんてことはない。これらの資格には有効期限はないからだ。
では、なぜ新たに発行されたカードだけが、5年間の有効期限つきなのだろうか?そう、このカードこそが、ブラッシュアップ・セミナーのための布石なのである。

ソムリエ協会の言葉を借りれば、 カードの有効期間である5年間は「現役性を証明する」というものらしい。
すなわち、5年ごとに、「ブラッシュアップセミナー」を受けなさい、そうすれば、カードの有効期限が更新され、あなたがたの「現役性」が証明されますよ、とまあ簡単に言ってしまえば、こういうことのようだ。

どうもこの企画自体に私は最初、商売の臭いというか胡散臭さのようなものを感じてしまったのだけど、 善意に解釈すれば、有資格者が1万人を超え、中にはずいぶん以前に資格を取得して以来、系統的なワインの学習から遠ざかってしまっている人も少なくない中、ワイン界の最新事情を整理して伝え、せっかく培った知識や能力が錆びつかないようにするための場を提供する、ということなのだろう。

たしかに、ワインの世界は日々刻々と変化している。イタリアのDOCGだって24銘柄にまで増えているし、スペインでもプリオラートがDOCに昇格した。
資格を取得して3年。そんな最新事情をたまに聞いてみるのも悪くないな、と思ったのが、今回私が参加してみようと思ったきっかけである。

まあ、ソムリエでもアドバイザーでもない私が日常バッジを持ち歩くなんてことはないので、カードでも持っていればなにかのときにネタになるかもしれないと思ったこともあるのだけども。

さて、当日のスケジュールは、以下のとおり。

 “Wine”1990年以降の新しい動き(50分)   田辺由美
 ワインの仕入れ、管理、セールス (50分)   大橋健一
 デギュスタシオン (50分)             小飼一至

『田辺由美のワインブック』で有名な田辺さんの話は、最近の欧州、それに新世界についての大きな動きが中心で、特に目新しいものはなかったが、この10数年の業界の動向が簡潔によくまとまっていて面白かった。
以下、簡単に要約すると、90年以降の新しい流れとして、
欧州では、
1.EU統合により、フランスのワイン法をベースに各国でワイン法が整備された結果、スペイン、ポルトガルなどで新たなDO,DOCが増えてきた。また、ハンガリーなどEU加盟を控えている国でもワイン法が整備されつつある。
2.R・パーカーやフライングワインメーカーたちの活躍により、ニューワールドの影響を受けた「ガレージワイン」「シンデレラワイン」などが生まれることとなった。
3.ヴァラエタルワインが見直されるようになり、ヴァンドペイの地位が大幅に向上した。

一方、新世界では
1.食文化の発展などにより、ワインの品質が大幅に向上した。
2.ヘビーで力強いワインから、エレガントなワインへと嗜好の変化が見られるようになった。
3.その結果、産地が涼しい地方へシフトする傾向が見られるようになった。

というような話だった。

また、最近の目新しい事例としては‥

・前述のとおり、イタリアのDOCGは24になった。2001年に新たに認定されたのは、ソアーヴェ・クラシコ・スペリオーレ、バルドリーノ・クラシコ・スペリオーレ、ラマンドーロ(フリウリの甘口)。
・スペインでは、リオハに続いてプリオラートが2番目のDOCに昇格予定。
 他にも「モンサント」「プライリエヴァント」など新たなDOが生まれている。
・ドイツでは、辛口ワインの「トロッケン」「ハルプトロッケン」の表示がわかりにくいということで、新たに「セレクション」「クラシック」という表示が制定され、漸次こちらに変わっていく予定。
・ テキストには、フランスの90年以降に認定されたAOCの一覧なども載っていて役立つ。ちなみに2000年認定はブルゴーニュのコート・デュ・フォレ、2001年認定は、ロワールのトゥーレーヌ・ノーブル・ジュエ、コトー・デュ・ヴェンドモアの両アペラシオン。

などなど、 時間がやや少なめで最後が駆け足になってしまったのが残念といえば残念。このテーマだけで2時間聞いても飽きることはなかったと思う。

その次の、「ワインの仕入れ、管理、セールス」 は、本来私のような一般愛好家にはやや縁遠いテーマなんだけど、 ワインアドバイザー選手権優勝という華々しい経歴を持つ大橋さんの話術が巧みで実に面白く飽きさせることが無かった。こちらもあっという間の50分だった。

最後のデギュスタシオンでは、4品種が出題された。明確に「品種を特定する」ために行うブラインドテイスティングは久しぶりだったし、同じワインを、その道の権威の方(小飼氏はソムリエ協会副会長)のコメントを聞きながらテイスティングする機会も最近なかったので、久しぶりに真剣にテイスティングの勉強をした気分。

<1本目>
やや黄緑がかった薄めのイエローの色調。 トップノーズにフレッシュなライチや柑橘系果実、回すとハーブ、白い花などの香り。アロマ主体。
ゲビュルツ?いやSBという気も?
口に含むと、なめらかでみずみずしい果実味の第一印象。酸はなめらかだが豊か。ゲビュルツじゃないな、やっぱりSBか。などと考えてるところに、講師の「ミネラル感が少ないので、フランスもの以外ですね。」のひとこと。
あ、なるほど。NZのソーヴィニヨンブランですかね‥。

→ゴールドウォーター・ドッグポイントSB 2001
ちなみに、このSB、なかなかに美味かった。

<2本目>
比較的濃いツヤのあるイエローでやや黄金色が買っている。パイナップル、トロピカルフルーツ、オーク、回すと軽くキノコのようなニュアンスもある。
味わいは甘く豊かな果実味の第一印象。角のとれたなめらかな丸い酸。肉厚でストラクチャーがしっかりした印象。品種は間違えようが無いほど典型的なシャルドネ。いかにも新世界だけど、よくできている。 オーストラリア?

→イエリングステーション・シャルドネ・リザーブ99

<3本目>
濃厚なガーネットでエッジは微妙な色調になっている。粘性高め。ピーマン、カシス、ブラックベリー、丁子やナツメグなどのスパイス、それに土っぽさや動物的なニュアンスもある。ボルドー?
味わいはやわらかな果実のアタック。豊かなタンニンが支配的で酸はその裏に隠れているような印象。
これはちょっとよくわからない。カベルネと思うんだけど、メルローっぽい雰囲気も感じる。ボルドー右岸のマイナーアペラシオン?

→マンソ・デ・ベラスコ98
なんと、これは意外というか、オオハズレというか。正解はミゲル・トーレスがチリで作るプレミアムカベルネ。

<4本目>
輸送の影響か、やや濁りのあるルビー。香りは濃厚なロースト香が支配的だが、かなりよい樽を使っているのがわかる。その奥からチェリーや赤系果実。味わいはなめらかなアタックのあと、しなやかな酸と果実の甘味が感じられる。酸はやや控えめで、タンニンもやさしく、甘い果実味が魅力。 これは新世界、たぶんオーストラリアの良く出来たピノ。特有のロースト香から、コールドストリームヒルズのノーマルキュベなんて銘柄まで山をはってみたり。

→イエリングステーション・ピノノワール・リザーブ2000

蓋をあけてみれば、(極端な話)この4本すべて不正解の人がいたら資格剥奪されても仕方ないというぐらいの基礎的な出題ばかりだったが、 こんな基本の問題でも間違えたり迷ってしまうのだから、私もやっぱりまだまだだなと再認識した次第。

そんなこんなで、13時に始まったセミナーが終了したのは、16時半すぎ。
外は午前中の大雨がウソのような快晴だった。

最後に、この「ブラッシュアップセミナー」、資格保有者は参加すべきだろうか?
さきに「商売の臭い」とか「胡散臭い」とか書いたが、私自身受講してみると、市価5000円の教本がついてきて、セミナーでは4種類のテイスティングもあり、写真つきのカードまで発行されることを考えれば、このセミナーって結構良心的だと考えを改めた。
ただし、1年ごとに講義の内容がそう変わるとも思えないので、毎年行く必要性はあまりないだろう。 まあ、数年に一度、まさに「ブラッシュアップ」のために参加する、という本来の趣旨どおりだということなんでしょうね。


(2002.7.18)