超不定期更新コラム

続・劣化ワインテイスティング

先日、某所での試飲会のあと、余興?としてブラインドテイステイングが行われた。事前情報は全くなし。
出されたボトルは3本。
どれもブルゴーニュ・タイプのボトルだ。

1本目
非常に濃厚。黒系果実のリキュール的な香りがよく開いている、甘草、それに木質的なニュアンス。骨格がしっかりしたワインで、今はややタニック。まだ若い、たぶん97〜98年ぐらいのブルゴーニュ。それもグランクリュクラスのかなり良いワインだろう。

2本目
香りに健全な果実香が乏しく、出がらしの紅茶やバルサム質のニュアンスがある。飲んでみると、ちょうど真ん中がすっぽり抜けてしまったような空虚な印象。これは劣化しているのでは?口のところに「噴いた」あとがあるし…。

3本目
このグラスは不思議。赤系のリキュール香や、麦わら、鉄観音、枯葉などの相当に熟成したニュアンス。 ふつうに考えれば、80年代後半ぐらいのブルゴーニュ、ということになるが、そのわりには妙に若々しさがある。もちろんエッジはオレンジになっているんだけど、どうも「枯れ方」が、不自然なんだよなあ。

後から思い返せば、なんとなく、どのボトルも訳ありチックだった。
ただ、この日のメインの試飲がA・グロとA・F・グロだったこともあって、私はきっと、グロファミリーの年代を追って古いボトルなのかなあ、なんて考えていた。

ところが、その推測は「大間違い」だった。(笑)
回答は、なんと

1.シャンベルタン99(F・エスモナン)
2.ジュヴレ・シャンベルタン・クロ・サン・ジャック98
          (ブリューノ・クレール)
3.ジュブレイシャンベルタン96(クロード・デュガ)

そう、今回出されたボトルたちは、以前「劣化ワイン試飲」の項で書いたものと同じ、「夏場に壊れてしまったセラー」の中のものだったのだ。

聞くところによれば、セラーが壊れた場合、単に常温に戻ってしまうのに留まらず、機械部分の余熱?の影響で、セラー内部が一時的に高温になってしまうことがあるらしい。(※また聞きなので確証なし。)

そのせいなのか、はたまたヒーターでも誤作動したのか、 前回のテイスティング時に出されたブルゴーニュのボトルは3本ともほとんど飲めたレベルじゃないほどまでに「劣化」していた。
今回も、2番3番は明らかに正常な状態ではなく、特に3番目のデュガはまるで玉手箱を開けて一瞬にして老人になってしまった浦島太郎のごとき代物ではあったが、それでも「飲めたもんじゃない」というものではなかった。
また、1番目のエスモナンは、言われなきゃこういうワインだと思ってしまうぐらいのレベルであり、少なくとも私にはブラインドで、「熱劣化している。」と明言はできなかった。

この差はいったいどこから来たのだろうか。

まず、 前回のボトルたちは、セラーの中でも被害の大きかった場所のもので、外見上も激しく噴いていた。
それに対して 、今回のものは比較的外見状の被害の小さかったものだという。おそらく機械部分に近いか遠いか理由で、被害の大きさに差が出たんだろう。

もうひとつは、飲んだ時期の違いだ。前回は、夏場に噴いたものを秋にテイスティングしたが、今回の試飲は、年を越してからと、半年近い開きがある。
さすれば、熱を浴びた後、しばらく「安静に」したことによって、とことんまで崩れていたバランスがある程度まで回復した、という可能性はある。

バランスを崩したボトルが、しばらく置くことによってはたして回復することがあるのか。これには、イエスというのと、いいやそんなことはないという両方の主張があって、本当のところはわからない。機会があったら、実験してみたいものである。

そして、最後は、酒質の違い。
前回の試飲時も、Ch.マルゴーは比較的まともな状態を保っていた。今回も若く構成のしっかりしたエスモナンの99シャンベルタンに関してはわりとよい状態だった。
熱劣化への耐久力が、酒質の強弱に依存することはほぼ間違いないだろう。 おそらく、カベルネやシラー、ジンファンデルなどの若いワインに関しては、熱の影響が顕在化する「閾値」は、ピノノワールや白ワインなどよりかなり高いといえるのではあるまいか。

ただし、である。
そのエスモナンにしても、実は、私は、つい先日、健全な状態の全く同一の銘柄を飲んでいた。
そして、その時のボトルと今回のものとは、ボトルバリエーションというレベルを超えた、全くの別物だったということを報告しないわけには行かないだろう。

健全なボトルの方は、まだ閉じていて、 固いツボミのような印象だった。しかし、そのポテンシャルの高さは、実感できたし、今飲んでもひっかかるようなところがない秀逸なバランスを誇示していた 。
それに比べると、今回飲んだものは、リキュールっぽいニュアンスが出ていて、よく開いていて外向的だった反面、ややタニックさが目立った。
それは、単純にいえば、健全な状態のものを1年〜数年置いておけば、このようになるのだろうな、と思わせるような変化だったが、より厳密にいえば、タンニンがより強く感じられたのは、熱によって、本来の果実のポテンシャルがスポイルされたからだとも推測できる。

もっとも、このような状態のものを、「劣化」というべきかどうかは、実は微妙な問題かもしれない。

おそらく酒販業者やインポーターの側に立つ方々は、 「ややバランスを崩している」とか「やや熟成が進んでいる」という表現に留められるべきだ、と主張するだろう。

たしかに、「劣化」というのは、明らかに欠陥商品を想起させる言葉だし、 同一銘柄を事前に飲んでいなければ、私も、 「フレデリック・エスモナンの99シャンベルタンはこういうワインなんだ」と不審には思わなかった。

このようなワインをどのように解釈したらいいのだろうか?
たとえて言えば、コンサートに行って、風邪で本調子でない著名オペラ歌手のアリアを聴いているようなものかもしれない。感動を生まないとか歌劇そのものを台無しにするとまではないものの、少なくともそのアリアが歌い手の真骨頂を示していないという意味において。そしてまた、本調子でないことに気づかない観衆の多くは、
「ああ、やっぱり○○○さんの歌声は素晴らしいね。」
と満足して帰ってゆくという意味で。

そして、夏場に35度近くにもなるこの国に住む我々は、このような状態のボトルが、おそらくは数多く流通しているであろうことも、ある意味覚悟しなければならないのだろう。

実際問題、「劣化」問題に関しては、プロの方々ともお話しても、捕らえ方や尺度が人それぞれあって、難しいものだ、と痛感する。
そしてこの問題は、私自身の中でもまだ結論が見えていないのだ。
(2002.2.26)