超不定期更新コラム

劣化ワインテイスティング

詳しい経緯は書けないが、先日、夏場に故障してしまったセラーの中のワインをテイスティングするという、貴重な?機会に恵まれた。
セラーは某著名ブランドのもの。
持ち主の方が1ヶ月半ぶりにセラーを開けたところ、中のボトルたちが「生暖かくなって」、多くのボトルが噴きまくっていたというから、置かれていた部屋は、夏場にはかなり温度になる環境だったらしい。

当日、私はテイスティングさせていただいたワインは以下の4本。

・ ジュブレイ・シャンベルタン・フォントニー95(J・ロティ)
・ クロヴージョ96(ジャン・グリヴォー)
・ コルトン・ルナルド96(ミッシェル・ゴヌー)
・ シャトー・マルゴー98

ブルゴーニュは3本ともかなり激しく噴いた痕跡があった。マルゴーのボトルだけはなぜか無事で、キャップシールもくるくる回った。
それでというわけではないが、 おそらく、ボルドーは案外と大丈夫だろう。 ブルゴーニュでは、長期熟成タイプのJ・ロティなら、結構飲めるかもしれない。あとの2本ははたしてどの程度イカレているか‥。私に判別できるレベルの劣化が見られるだろうか。
実のところ、テイスティングに臨む前の予想はその程度のものであった。しかし実態はそのような甘いものではなかったのだ。

ジュブレイ・シャンベルタン・フォントニー95(J・ロティ)
色はやや弱々しくなっているような気がするが、色調からだけではあまり違いはわからない。香りは、今までの経験からジビエ香が強くなっているかと思っていたが、それはあまりなくて、果実香の中にかすかに醤油やマディラっぽいヒネ香のニュアンスが見えている。
この時点の色と香りだけであれば、「劣化している」とまでは断定しにくいと私は思った。
さて、味わいはどうか。ひと口、口に含んでみる。妙に「旨味」系の味わいが強く感じられる。それにひどく「生暖かい」感じがする。温度が高いのではなくて口中での感触の話だ。
後半には酸が強くなって、フィニッシュはイガイガした感触。
う〜ん、かなりバランスを崩しているなあ。
とりあえず、「残存率」20%。
「残存率」とはなんぞや、と思われるかもしれないが、まあ便宜的なものなので、気にしないでください。

クロ・ヴージョ96(ジャン・グリヴォー)
こちらは、もうちょっと状態がよくない。香りにすでに湿ったダンボールのような嫌な香りが出ている。我が家の押し入れで夏場を越したワインを思い出し、思わず、これだよ、これ、と頷いてしまった。味わいはロティのものと同傾向。妙に旨味が感じられて、酸が強く、バランスを崩している。同じく「残存率」20%。

コルトン・ルナルド96(ゴヌー)
グラスに注いだワインの色がややくすんでレンガっぽいニュアンスになっているのを見て、このグラスが一番ヤバイんじゃあ、と思ったが、案の定だった。かなりはっきりと、マディラ香や醤油などの香りが出ている。味わいも旨味を通りこして、すでに醤油っぽいフレーバーになっている。完全に劣化している。「残存率」5%。

シャトー・マルゴー98
色はあまりダメージを感じない、健全なガーネット。香りは、非常に良い樽を使っているなあ、と感心するようなすばらしいロースト香や黒系のコンポートなどの火を通した果実香が中心。
しかし、だ。98の1級シャトーはたまたまラトゥール、ムートン、ラフィットと飲んできたが、もっとフレッシュなハーブ香や、果実にしてももっと若々しい香りがしていたはずだ。
味わい。やわらかく、かなりこなれた印象。これだけ飲むと、正直、美味しいとすら言える。ただ、後半にタンニンの木質的なフレーバーが強くなるあたり、本来の果実味がスポイルされてしまっていることを物語っている。ブラインドで出されたら、かなり良いワインだとはわかるが、98マルゴーとは答えないだろう。94年ぐらいのメドック、もしくは味わいのこなれ具合に惑わされて、右岸と答えるかもしれない。
今飲めば、それなりに飲める。レストランで出された場合、交換を要求するのは難しいだろう。しかし、横並びで見れば、相当に熟成が進んでしまっているし、明らかに果実味がヘコんでいる。おそらくまっとうに熟成するまい。そういうことも含めて「残存率」は35%。

さて、ここで再び最初のグラスに戻って、驚いた。

抜栓当初に比べて、急激に「落ちて」きているのだ。
醤油っぽいフレーバーが強くなり、鋭い酸が後半にでしゃばって、もはやバランス云々のレベルではなくなっている。今まではすべて吐器に吐き出していたが、試しにひと口、飲み込んでみたところ、喉越しに焼けたようなフレーバーと醜い酸が目立ち、飲めたもんじゃない。
抜栓後およそ30分。
コルクを抜いた直後であれば、もしレストランで出されたら、ソムリエに恐る恐る「ちょっと飲んでみて?」と尋ねる程度だったと思うが、この時点の味わいは、もはや即座に突き返す、という域に達している。それぐらい、万人が飲んでも、おかしい、マズイと思わせる味わいに変わっていた。

ということで、J・ロティの「残存率」を20%から5%に格下げ。

クロヴージョも全く同様。こちらのほうがより劣化がひどい感じもあるのだけど、とりあえず「残存率」は5%に留めておいた。

しかし、コルトンはさすがに我慢できず、「残存率」は0%。

いやはや、予想した以上の劣化ぶりであった。
いくつか気が付いたことをまとめてみると、

・ コルクの匂いを嗅いだだけでは、(少なくとも私には)異常は感知できなかった。ということは、レストランで、ソムリエがコルクの匂いを嗅いでOKを出しても安心はできないということだ。

・ 熱にさらされたり、噴いたりした影響というのは、多少時間を置いてから出てくるのかと思っていたが、ボトルが生暖かくなるほどのはっきりした高温環境下においては、影響はただちに出るものだと認識を改めた。

・ 日頃から、状態の悪いワインって翌日飲めなくなっていることが多いと感じていたが、今回の劣化したワインの「落ち方」は、まさに急激に、という表現がふさわしかった。(例えは悪いけど)冬山の氷の中で遭難した死体を春になって掘り出すと急激に腐乱してしまうというが、そんな連想すらさせられるような落ち方だった。

・ 熱に対する耐性?という意味では、ボルドーは比較的強く、ブルゴーニュは弱いという風説が証明されたような結果になった。それにしても、同一条件で、ボルドーが曲がりなりにも楽しめる味わいを残していたのに対して、ブルゴーニュは完璧なまでにイカレてしまっていたのは、予想された結果とはいえ、興味深かった。

・ 今回のテイスティングは、あたかも長期に亘って劣化してゆく過程を短時間で追体験したようなものだと思う。すなわち、抜栓直後はまだワインらしさを保っていたものが、時間とともに、香りに湿った雑巾やダンボールのような雑香が出てきて、果実味はひからび、旨味系のフレーバーがやがて醤油やマディラっぽいフレーバーになるというのは、私が過去に「押し入れ保存」のボトルたちで経験した経過を、時間を早回しして、ほんの小一時間で再現したように感じられた。

それにしても、実に興味深いテイスティングであった。

ボルドーがかろうじて味わいを保っているような条件でも、激しくバランスを崩してしまっていたブルゴーニュのボトルをまのあたりにして、あらためてそのデリケートさ、扱いの難しさをを思い知らされた。真夏のトラックの中で、あるいは通関待ちなどで炎天下に放置されれば、やっぱり無事ではすまないのだ、ピノノワールは。
そしてもうひとつ。今回のテイスティング、これっぽっちも楽しくなかったばかりか、テイスティングがすすむにつれ、なんとも物悲しい気分にすらなった。
作り手はこのような代物を飲まれることを意図して精魂込めてワイン作りをしているのではないはずだ。ワインはやっぱり、きちんと保管された状態の良いものを飲んであげたい。