超不定期更新コラム

グランジ真贋論議
ことの起こりは、今年の6月11日に行われたワイン会だった。
そのときに持参した81年のペンフォールズ・グランジの味わいが、異常と思えるくらい若々しかったことが私に疑問を喚起させる発端となった。

このグランジ、オークションなどで落札したものではなくて、半年ほど前にインターネットの某ショップで購入したものだ。送られてきたボトルを見ると、ラベルやキャップシールがあまりにピカピカだったので、おや、と思ったが、その時は、蔵出し直後のものなのだろう、とぐらいにしか思わなかった。
購入価格は、3万5千円ほど。私としては異例の高額購入である。
(それもこうしてこだわっている理由だったりする。)

ワイン会には意気揚揚と持参した分、失望も大きかった。
とにかく、拍子抜けするほどの味わいの若さで、古いグランジに見られる妖艶なまでの複雑さが複雑さが感じられない。少なくとも過去に飲んだ86年や87年、79年などとは別物。 樽のフレーバーも強めに感じられ、なんだかリリースしたての若いワインを飲んでいるような印象だっただ。
これだけなら、「きっと蔵出し直前にリコルクされたものなんだろう。」と問題にはしなかったと思う。ルモワスネやルロワ、ドゥデ・ノーダンなどのものでも妙に味わいが若いものに巡り合ったことがあるし。

しかし、ここでもうひとつの疑問点が浮上した。
コルクである。
抜栓したコルクにはなんの刻印もなく、しかもそれがグランヴァンにとても見合わないようなプアなものだったのだ。
コルクには液体はあまり染み込んでおらず、ちょっと見ると、せいぜい90年代のワインのコルクのようにしかみえない。少なくとも20年を経たコルクの面影はない。
それに、このコルク、抜栓のとき、途中からポキリと折れてしまった。よほど長い間、立てて保存されて、乾燥しきっていたのだろうか。(それにしては液面は減っていない。)もしくは劣悪な材質だったからなのか。

後に調べたところによると、グランジのコルクについては、
・ 近年のものについては刻印が入っているが、古いものについては刻印が入っていない。
・ リコルクした場合は、刻印が入ったものが使用されるはずである。
・ また、リコルクした場合は、その旨の表記と担当者のサインが裏ラベルに記載される。

ということが判った。すなわち、このボトルはリコルクされたものではありえない、ということである。

なお、他にこのボトルには以下のような特徴が見られた。
・ボトルには、それ相応の澱は出ていた。
・ボトルは、底が「上げ底」になっていない、 いわゆる古いタイプのものだった。
・キャップシールとラベルは新品かと見まごう、ピカピカのものだった。
・ラベルの下部の、本来ペンフォールズ社の記載があるところに、輸入会社名として、
「カンタベリー」 の会社の名前が記されていた。
カンタベリーという地名はニュージーランドにもあるが、この会社はUK。

インポーターの担当者によれば、
>当時のイギリスのペンフォールド社の輸入元は、
>ラベルに書いてあるカンタベリーの会社だったよう
>です。 ご存知かと思いますが、 DRCやオーパス・
> ワン等高級ワインは その輸入元の会社をラベル
> にプリントするのが一般的です。
>よって、 これはイギリスに輸出された後、 オースト
> ラリアに戻り、 弊社が輸入したものと考えられます。

とのことだそうだ。いったんイギリスに輸出したものが再びオーストラリアに戻るというのもおかしな話だと思ったのだが、インポーター氏いわく、

>そんなことはありません。 フランスでDRCを
> 買ってもアメリカ周りのものだったり、 ブローカー
> の商売は2度3度海を渡っていても不思議では
> ありません。

とか。

このように、私は、件のグランジを輸入したインポーターと何度かやりとりを試みた。担当者は(少なくとも表向きは)誠意をもって対応してくれ、ワインのサプライヤーに問い合わせてくれた。ちなみにそのサプライヤーは今は他の会社に買収されてしまったということで、買収元への問い合わせであったが。

私にとっては、味わいとコルクの疑問に加えて、海を二度三度渡った20年もののワインが、新品のようなラベルやキャップの状態を保っているものだろうかということも疑問だった。

インポーター経由で来た現地のサプライヤーからの返事を簡単に訳すと以下のような内容だった。

・ 我々のすべてのボトルは空調の効いたセラーで保管されているパーフェクトなものである。
・ ワインは、開封されることなく、出荷時のままの箱にいれられて保管されている。
・ ワインはペンフォールズ社によってクリニック?を受けたものをストックしている。
・ リコルクされたワインは売ったことがない。

このように、サプライヤーからの返事には、ワインのコンディションに対する自信のほどがうかがえた。

そうすると、やっぱり正真正銘、本物だったのだろうか。
しかし、「開封することなく保管」というのと、「ペンフォールズ社によってクリニック」というのは、矛盾しているのような気もするのだが…。

まあとりあえず、 ここまでのやりとりを以って、私は引き下がることにした。

もちろん完全に納得したわけではなかったのだけど、あんまりやりとりを長引かせてクレーマー扱いされるのもゴメンこうむりたかったし、そもそもこちら側の根拠は、私が飲んだ印象とコルクだけという、希薄なものでしかなかったし。

おそらく、このワインは、きちんと状態に気を配るサプライヤーによって保管されてきたものなのだろう。味わいが異常なくらい若々しいのも、シャトーからの蔵出しの状態良好のものがそうであるように、熟成のスピードが極めて遅かったことによるのだろう。
かように良い方に解釈することにしたのだ。

こうしていったんは終結したこの件を、今ごろになって取り上げたのはほかでもない。
信濃屋の試飲会で、9月22日に再び81グランジを飲む機会を得たからだ。
ここで飲んだ81グランジは、私が本来期待していた通りの味わいだった。
熟成したボルドーを彷彿させるようなスーボワやスパイスの渾然一体となった香り。余分な贅肉が殺ぎ落された、あくまで自然体でエレガントな味わい。ブラインドで出されたら、年代については85年前後と答えたと思う。
このグラスを飲んで、私は改めて、「やっぱり前回のものは贋物だったのでは?」との思いを強く抱いた。
1時間前にデキャンティングされたというだけでは説明がつかない位の味わいの差が、前回と今回であったからだ。

それともうひとつ。同時に飲んだ96ビンテージのボトルにすでに少なからず澱がついていたのも、私にとっては意外だった。前回の81のボトルが贋物だと言い切る自信がなかった理由のひとつが、ボトルにそれなりに澱がこびりついていたことだったんだけど、今回96の空きボトルを見て、これぐらいのビンテージでも澱がたまるものはたまるのだなあ、と再認識したからだ。

輸入元は、前回と同じインポーター。ちなみにラベル下部の表記は、ペンフォールズ社のものだった。


ただ、 実のところ、冷静に考えると、自分でもわからなくなるのだ。飲んだ印象については、明らかに変だったと思ってはいるのだけど、その一方で、パーカーポイントも大して高くない81年の贋物をわざわざ作るだろうかという思いもある。それに贋物を作るのに、「ペンフォールズ社」の表記の代わりにカンタベリーの輸入社名を載せるようなことをするかな、という気もする。

まあ、この件について、もはや私の疑問がすべて解き明かされることはあるまい。
私自身も、この先さらに、インポーターや酒販店に問い合わせたり抗議したりというようなことをするつもりはない。

それでも、未だに、真相はどうだったのか、という疑問だけは、読みかけのミステリーの結末のように、私の脳裏から離れないのだけれど。

代わりに、このような私の鬱積した疑問を解消するためにも、どなたか、一度オールドグランジの垂直にでもご招待いただけないだろうか。なんてね。