超不定期更新コラム

ムートンの実力(2/22

先週末、私はムートンマニア&コレクターとして知られる世田谷太郎さんのご自宅にお招きをうけ、奥様のすばらしい料理とともにムートンの数々のビンテージをご馳走になった。

飲んだビンテージは、98に始まって、96、95、84、85、89、88。

次々と繰り出されるムートンの各ボトルはどれもすばらしいものであり、私の
Ch.ムートンロトシルトに対する認識を一新するのにするのに十分だった。

そういえば、昨年エノテカのムートン垂直に行ったときのことを私はコラムで以下のように書いた。

70年代のビンテージについては、パーカー氏などの評価は芳しくないが、たしかに味わいは軽めなものの、バランス良く熟成していて総じてすばらしかったと思う。次はぜひ未体験の銘柄が多い80年代を含めた垂直に参加してみたい。

それがこの日奇しくも実現してしまったわけだ。

実は私はボルドー8大シャトーの中ではダントツでムートンをよく飲んでいる。エノテカの垂直にも行ったし、それ以外でも近所の信濃屋の試飲などで飲む機会の多いのがムートンだからだ。
ただ、正直いうと、ムートンの格付け1級としての実力には懐疑的な部分もあった。すごいビンテージもある反面、「えっ、これが1級?」というような拍子抜けのビンテージが他の1級シャトーのものより気がしていたのだ。
それまで絶対的であったボルドーの格付けを覆して、1973年に唯一昇格したのも、バロン・フィリップ卿の政治力と、アートラベルのマーケティング力が大いに寄与してのことであろうと。他の5大シャトーと比べると、総合的にはやや見劣りするというのが、なんとなく私の中でのムートンの位置付けだった。

この思いこみはやっぱり前回のエノテカの垂直試飲の印象が大きかったと思う。
95、93、88、82、81、78、76、75、70、67というチョイスの中には82や70などのグッドビンテージも含まれていたものの、その82は相変わらず閉じ気味だったし(リコルクだったというハナシも)、95あたりも実力を発揮していたとはいえず、そうなると70年代中心のラインアップは、「熟成したものを飲ませたい」という企画者側の意図は理解できるにせよ、今から思えば、やや物足りないセレクションだった。

まあでも、70年代はボルドーにとって受難の年続きだったわけだし、他の1級シャトーを見渡しても、78年以前のマルゴーとか、80年代のラトゥールとか、不調の時代はあったわけで、これだけで判断するのは可哀想というものだ。

それで、80年代以降の良年を試す機会はないかと伺っていたところが、私が主催したワイン会で(このときも)世田谷太郎さんが90ムートンを提供してくれ、年末には 信濃屋の試飲で86年を飲んでその巨大なスケールに驚き、そして今回85や89、さらに90年代を飲むに至って、やっぱりムートンはすばらしい、とちゃっかり考えを改めた。

他の1級シャトーと比べてどうか、というのはなんともいえないが(その意味で3月末に行くマルゴーの垂直は楽しみだ)少なくとも98に関していえば、前週に飲んだラトゥールの98よりもこちらの方が一枚上手という印象。

とくに80年代後半以降は以前よりビンテージによるバラツキが少なくなってきている気がする。バロン・フィリップ卿が亡くなったのは87年のことだが、この年のものも難しいビンテージにしてはよい出来だと思ったし、今回飲んだ84年もきれいに熟成していた。
93年は私が過去飲んだ同ビンテージのボルドーの中で、クリネと並んで最良、それになんといっても、最新の98がすばらしい。各要素の絶妙なバランス感、そしてタンニンのきめの細かさ、なめらかさ。決して大きなワインではないんだけど、これはこれでソフィスティケートされた見事な仕上がり。

96はスケールの大きなビンテージだが、今でも飲めるところが現代的。若いムートンの特徴であるビターチョコや深煎りコーヒー豆のようなロースト香は、そんじょそこらの樽で化粧しましたというワインたちとは違って、いかにも「よい樽を使っているなあ」と思わせるものがある。去年の夏、シャトーを訪問した時に嗅がせてもらった、樽の中の心地よい香りを思い出した。
95は閉じている時期なのか、香りが全くたたなかったので、評価保留。
そう思って以前のエノテカ垂直の記録を見たけど、このときも閉じ気味だった。次に開いてくるのはいつのことだろう。

88はちょっと意外。香りはすばらしく味わいも一見バランスがよいのだけど、あっけないほど余韻が短い。なんでこんな風になるんだろう?

今回飲んだ中で最も素晴らしかったのは89、ついで僅差で85。どちらもたっぷりとした質感があって、バランスもよく外向的なすばらしいワインだった。厚みのある89、より繊細な85というところだろうか。2〜3年前のレポートを読んでみるとまだまだ閉じているといわれていたようだが、今回飲んだボトルはどちらも開いていて、ボルドーらしいスパイシーで土や木などのまざった複雑な香りを堪能させてくれた。ちなみにこの両ビンテージはラベルもすばらしい。(私が一番好きなのは85のデルヴォー)

とりあえずこれで、70年以降のムートンについては、72、74、77、80を除いてすべて飲むことができた。伝説となっている45年なども飲んでみたいものだが、それはいつかの夢としてとっておこう。

とにもかくにも、世田谷太郎さん、どうもありがとうございました。