超不定期更新コラム

86ビンテージ水平試飲
先日、やまやの30周年セールとやらの企画で、ペトリュス、オーブリオン、 ラミッションオーブリオン、シュバルブラン、コスデストゥールネル、ピションララ ンドという錚々たる銘柄を1万円ポッキリで試飲できる機会があった。

相変わらずグラスは分厚く、底が浅めのもので、試飲用としては、ギリギリの レベル。そして当然のように立ち飲み。商品が陳列されているテーブルの隙間で飲むペトリュスってのもなんだかなあ、と思いつつ、6銘柄で 1万円じゃ、文句はいえない。

もうひとつ今回テイスティングにあたってシンドかったことがある。
それは照明が明るすぎたことだ。微妙なニュアンスが全然わからず、全部「縁にオレンジがかった濃い目のガーネット」になってしまうのだ。(^^;

それにしても、そんな環境下で、1時間半も突っ立って飲んでいた私って、と我ながら 感心してしまうが、なにせ今回の試飲は抜栓当初閉じていたものが多かった ので、開くのを待っているうちに時間がたってしまったのだ。

ここで、86年という年について、おさらいをしておこう。
 
・1986年はメドック北部、特にサン=ジュリアン、ポイヤック、サン=テステフで
は、 疑いなく偉大なヴィンテージだった。
・ただし、メドックで最高のワインのほとんどは、ボルドーのヴィンテージでそれまでに測定さ れた限りでは最も多いタンニンを含有しており、飲み頃になるまでは相当の我慢が必要といわれる。

もっと具体的に見ていくと…

・この年は9月初めまでは酷暑が続き、水不足の状態にあった。
・9月半ばに雨が降り、この水不足は緩和された。
・さらに9月23日に襲った嵐によって、ポムロルやサン=テミリオンといった右岸のアペラシオンが被害を受けた。
・ところがこの嵐はメドック北部ではほとんど被害がなかったため、ポイヤックやサンジュリアンなどではすばらしいワインが生まれたわけ。
・9月の嵐以降、再び一ヶ月ほど好天が続いた。
・したがって、嵐の被害を受けた地方でも、収穫を遅らせたシャトーや、嵐の直後に収穫 したブドウ(主にメルロ)を選別時に減らしたシャトーは結果としてすばらしいワイ ンが できた。
・パーカー氏はこのビンテージで、
ポイヤック、サン=ジュリアンに最高の5つ星
サン=テステフ、マルゴー、バルサック/ソーテルヌ に4つ星
グラーヴの赤、ポムロル、サン=テミリオン、メドック/オー=メドックのブルジョ
ワ級に3つ星 をつけている。  
 (講談社 『BORDEAUX ボルドー 第3版』より)

ちなみにボルドー好きは86と聞くと心が弾んでしまうが、ブルゴーニュではあんまり良い年ではないので、ご注意のほどを。

さて、そんなことまではおさらいせずに試飲に臨んだ私であったが、それでも飲んでみてまず感じたのが、 コスとピションラランドというメドック2銘柄の手強さ。パーカーさんの点数はコス95点、ラランドが94点とど ちらも高いのだけど、今の時点ではどちらも内向的でタンニンの目立つ味わい。今飲むのなら、ある程度早めに抜栓するか、デキャンティングが必要だろう。コスの86は以前エノテカで飲んだ時に92点をつけていたのをあとで自分のHPを見返して知ったのだけど、その時は、蔵出し& ウルトラデキャンタ使用だった。

一方で、今回飲みやすかったのは、ラミッションオーブリオンとシュバルブラン。
ラミッションは角の取れたやわらかい味わいがすばらしく、シュバルブランは例によってカベルネ フラン独特の豊かなドライハーブや紅茶のフレーバーとなめらかなタンニン。それぞれによく個性が出ていて、わかりやすい味わいだった。

オーブリオンについては、ちょっとわからない。1年半ほど前にシノワで飲んだ物は力強くてまだ開けるには早すぎたと思わせるものだったが、今回のボトルは、最初、厩臭のようなちょっと不快な香りすら感じたし、味わいもなんというか疲れたようなひなびたような感じで、コンディションが悪かったのではないかな、と思わせるものがあった。

そして、ペトリュスである。
私は今まで2度、ペトリュスを飲んだことがある。一度目は小田島のワイン会で81年を、二度目はエノテカ の試飲で83年をそれぞれ飲んだのだが、残念ながらどちらも世評通りの実力は感じられなかった。
それでも、エノテカで立ち飲みで試飲した83年などは、大変に緻密で粒子の細かい味わいで、さすがと思わせる大物の片鱗があった。

今回の86はどうだったか。
これが、まず、開いてくれないのである。グラスに注いだ当初は実に寡黙。今まで2回の経験から、いいや、ここで焦っちゃいけない、と思って、じっくり待ってみた。そうしたら小一時間ぐらい待ったあたりから徐々にではあるが、香りが立ちのぼってきた。
驚かされるのはその香りの密度感。 決してシュバルブランやラミッションのように開いていてバンバン芳香が漂ってくるようなものではないのだけど、香りに粒子があるとするなら、それがものすごく細かいのである。バラのエッセンスや香水のような甘い、それでいて上品な香り。この芳香は83の時にも感じたものと共通項が感じられて、すばらしい。
ただ、残念なことに香りのボリューム自体は最後の最後まで控えめで、グリグリと回そうが、ひたすら待とうが、なかなか全開にはなってくれなかった。

味わいはどうか。これも香りと似たような印象で、とにかくスムーズでなめらか。シルキーという言葉がこれほどふさわしいワインもない。ただ、そのスムーズさの裏返しか、口の中での広がりがあまり感じられず、スーッと喉元を通りすぎてしまうのだ。アフターには長い余韻を残し、これはただ者でないな、という感じなのだけど、いかんせん中間の広がりに不満が残る。決して脆弱ではないのだけれども、繊細で、スタティック。飲む側が集中力を必要とされそうなワインなのだ。

まあ、ペトリュスも先日のラフィットと同様、ドカンとインパクトを感じる類のワインでないのかもしれない。そうだとしたら、小さいグラス一杯の試飲ではなかなかはかりきれないものがあるのだろう。

あるいは、81にしても83にしても86にしても、パーカーさんなぞはあまり評価していないビンテージなので、点数の高いビンテージになるとまた違うのかもしれない。

熟成して真価を発揮するまで時間のかかるワインだとも聞いているので、まだ早かったのかもしれない。

いずれにしても、ペトリュスと知ったうえで飲めば、やはりこのワインには底知れぬポテンシャルがあると思ってしまう。一緒に飲んだシュバルブランやラミッションの密度感がやや大味に感じられてしまうほどに。

でも、ここでもし私が「芸能人格付けチェック」みたいに、このペトリュスと、たとえばクナワラのカベルネとか、リベラ・デル・デュエロの良い造り手のものとかを並べて出されたら、正解できるだろうか?

片方はペトリュスだと、あらかじめ言われていればわかるかもしれない。でもそうと言われてなければ、はっきり言って当てる自信がない。

そういうワインなんだろうか、ペトリュスって?
それとも、私はまだその本来の実力の一部しか目の当たりにしてないのだろうか。
ペトリュス飲んで感動された経験のある方、ぜひその経験談聞かせてくださいませ。