超不定期更新コラム

ワインのコンディション再考

先日、業界で名の知られたある御仁とテイスティングをご一緒する機会があった。
互いにワインを何本か持ちより、ちょっとした垂直水平試飲を行おうということで、 日頃よく飲み歩いてはいても、なかなかそのような機会をもたない私にとってはこの上ない勉強になるはずだった。

ところが、これが別の意味で、私にとってはまさに自分のワイン観やワインライフそのものを 震撼させるような出来事となったのだ!

と書くと大袈裟なようだけど、まあ聞いてください、じゃなかった読んでください。

何があったのかといえば、こうだ。

当日、私は96年と97年のヴォギュエを2本持参した。
二本はそれぞれ別の、しかしどちらも著名な酒屋から購入したものだった。

開始とともに、まず私の96年のヴィラージュを抜栓。
ところが彼は即座に、「このボトルはカビ臭くて、評価できません。」と指摘した。

えええっ?

「グラスのにおいかもしれないので、少し置いてみましょう。」
ということで、やや時間をおいて再度トライするも、結果は同じ。

私が嗅いでみても、極めて顕著というほどではないが、たしかに黴っぽいニュアンス がある。

ブショネだろうか、それとも倉庫かどこかの臭いが移ってしまったものだろうか。

「まあこんなこともありますよ。」と慰められつつ、気を取り直して、その後あちらのお持ちになったワインを 何本かテイスティング。ヴォギュエのミニ垂直、次に97年のシャンボールミュジニーの作り手のミニ水平。ドメーヌから 直接買ったものなどもあって、 どれもすばらしい状態だったし、それぞれの特徴がとてもよくわかった。

そしていよいよ97年のトリにと、私が持参したヴォギュエのシャンボールミュジニー・プリミエクリュを抜栓。一 本目で思わぬ失態を犯した私は「無事でいてくれよ」と、祈るような気持ちになる。

ところがそのはかない期待は見事に裏切られた。おそらく国内でも有数のテイスターである彼はきわめて率直に、
「このボトルは、熱劣化しています。」と断言した。

そんなバカな…。
慌てて確かめる自分のグラスを持つ手が震えそうになった。

香り。若々しくハーブのようなみずみずしい芳香を放っている他の97銘柄に比べ、 私の持参した物は、ゲーミーな熟成香が出ている。口に含むと、なんともやわらかい 果実味 なんだけど、他の銘柄と比べて不自然にやわらかくなりすぎている。輪郭がぼけて、 モヤッとした感じになっており、果実味に立体感がなくフラットだ。

なるほど、これはたしかに彼が言うように、同じ97ビンテージと同列に論じれるものでないし、この作 り手のもの として垂直に語れる範囲からも外れている。

この時の私の様子はまさに、目の前に証拠をつきつけられた容疑者のような状況で あっただろう。
こちらはネット上で日頃買っている、それなりに著名な酒屋で購入したワイン。
1級とはいえ、1万円前後はする代物。それが明らかに熱劣化。しかも一本目に続いて のコンディション不良。

私は全く暗澹たる気持ちになった。

しかも、事態は、その御仁に申し訳ないことをした、というだけにとどまらないこと なのだ。


なにせ、私は今回の両ショップ(営業妨害になりかねないから、名前は出さないけれど …)から購入した ワインを、家にまだかなりの数保管している。もっと言うなら、ネット上などで、安 いという理由から このところあちこちのショップから買うようになっていて、それらの商品について状態の認識を我ながら あまりに軽んじていたきらいがある。
とどのつまり、私の保有しているワインの多くが、同様のコンディション不良である 可能性にさらされているといっても過言でないのだ!!!!!


ちなみに今回の出所のショップについては、一本目は大型のディスカウント系ショップで確かセールの時に購入。

二本目はこのところ私が通販でよく利用していた店で、某所で売上げナンバー1だとか言われている店。こちらで買ったものは今まで何度か飲んだが、特 に悪いというものには出くわさなかった。そう思って今回持参したわけだが、これがもうひとつの盲点であった。

というか、これこそが私にとってもっとも大きな衝撃であった。

すなわち、「コンディションが悪い」ということはどういう状態をいうのか、を私は きちんとわかっていなかったのだ。

今回私が持参した2本のワインのうち、最初の一本目は私でも、「おやっ?」と思っ ただろう。
しかし、2本目のワインを家で開けていたら、おそらく私は気がつくことなく、「97年と若いのに、すでにこなれた味わいで、やわらかい果実 味…」などとコメントを 書いていたことだろう。

たまたま今回、水平垂直という形で同じ作り手やビンテージのワインを飲むことによって、いやおうなく気づかされたわけで、それまでの私はワインのコンディションについてあまりに無頓着というか、寛容でありすぎたという現実に今更ながら気がついたのだ。

そしてまた、私の「こんなワイン飲んだ」の過去の感想の中には、劣化したワインをそれと気付かずに感想を述べているものがかなりの数あるであろうということを、この場で読者の方にはお詫びしなければならない。(なので、今後はせめての情報開示として、購入店に加えて、購入してからの年数と保存状態を付記しようと思う。)

今回お誘いいただいた某氏には、いろいろなワインを飲ませていただくばかりでこちらからまともなワインを供給できなかったことについて、まったくもって申し訳ない気持ちでいっぱいである反 面、逆説的では あるけれども、状態の良し悪しとはなんであるかを身を以って知る機会をもたせていただいたことに深く 感謝しなければいけないと思っている。

そしてこれからはワインを買うときに人一倍、状態に気を配ろうと心に決めた私である。