超不定期更新コラム

ムートン垂直

今回のムートン垂直、実は行こうかどうしようか最後まで迷っていた。
なにせ先日の胃カメラで「当分禁酒」を申し渡されたばかりだったし、そのチョイスの仕方が82こそ選ばれていたものの、85とか86とか89といった80年代の充実したビンテージが漏れていたためだ。あと、なんだかんだとムートンだけはよく飲んでいて、あんまり新味に乏しいのも理由のひとつ。
まあでも、せっかくの機会だし、ボーナス月でもあるし、ということで前日に滑り込みで予約を済ませた。

前回の「BIG5テイスティング」はすごい混雑で、座りきれない人たちが通路にまであふれていたが、さすがに今回は午前午後二回に分かれていることもあってか、会場はゆったり。ボトルが一斉に抜栓されると会場内に独特のベリーのような朽ち木のような芳香が満ちあふれた。

テイスティングはまず白のエール・ダルジャンと弟分のダルマイヤッククレール・ミロンの二銘柄から。
エール・ダルジャンを飲んだのは初めて。正直言ってBIG5テイスティングで飲んだスミス・オー・ラフィットの白ほど感心はしなかったけれど、まあそれなりによくまとまった白ワインだ。来週のやまやのセールで97が3980円で売り出されるようだが、この値段なら買いだろう。

ダルマイヤックとクレール・ミロンは私のよく飲む銘柄。個人的にはダルマイヤックの方により良い印象を持っていたけど、今回二銘柄をじっくり飲み比べてみたら、クレールミロンも悪くない、というか、クレールミロンの方がよりバランスが良い印象。まあその違いはわずかで、ブラインドで出されても判別 は難しいけれど。
いずれにせよ、この二銘柄は供給も安定しているし、あらためてお買い得というか、安心して買える銘柄だと再認識。最近はプティ・ムートンもずいぶん出回ってきてるので、これとの比較試飲も面 白いかもしれない。

ムートンのトップバッターは、なかなか開いてくれなそうな95を後に回して、まず93から。
シュバルブラン垂直の時は93は期待はずれだったので、今回も期待せずに飲んでみたが、これが予想外にスゴイ。 まず香りがすばらしく開いていて、陶然とする。昨年のGWにハーフを飲んだが、その時はまだ固さを残していた。それが今回のテイスティングでは香り全開、味わいはすばらしくなめらか、これに比べると弟分2銘柄はやはりなんのかんの言っても弟分でしかないなあ、と思わずにいられない。

88も香りはすばらしい。というか香りだけならこれが今回一番かもしれない。ところが味わいが全般 に乾いていて、特に余韻がストンと消えるようで、あれっ?という感じだった。家に帰ってR・パーカーの「ボルドー」を紐解いてみたら、ここでも余韻の短さが指摘されていたので、的はずれな感想じゃなかったと、ちょっと嬉しくなった。

88の次が81までさかのぼってしまうのは惜しい。
89とか86、85とか83とか、まだ飲んだことのないビンテージはこの辺に集中していたのだけど…

81は軽い繊細な味わい。果実味がちょっとドライアウトしてる感じもあって、1級としては少し物足りないかな。実は我が家にも81は一本あるんだけど、買値の2万は高かったかとちょっと悔しい気分。
一方 78も味わいは軽いんだけど、こちらはバランスよくきれいに熟成している。とても純度の高い甘い果 実味が感じられてすばらしい。私が初めてボトルで飲んだ1級銘柄が実はこれ。その時のボトルは我が家に大事にしまってある。
76は78とは似て非なる味わい。こちらも全般に軽量級で、するすると飲めてしまうが、フィニッシュにかけてのタンニンがしつこい。今回私はすべて飲み込まずに吐き出したのだけど、口中でグジュグジュやりすぎて、それがかえってタンニンを強く感じさせたのかもしれない。正直言って、その意味ではあんまり自信がない。(^ ^;

75は私の周囲の人たちやエノテカのスタッフの方々が口々に賞賛していたビンテージ。私にはこれもやや後半のタンニンがしつこく感じられたけれど、総じて78を大柄にしたような印象で、たしかにすばらしい出来だった。このビンテージは実はGWに信濃屋の試飲で飲んだばかり。あの時は抜栓直後だったためか、果 実味があまり感じられず、ガラスのような厳しい味わいだったのを覚えている。今回は蔵出しで状態が良かったことに加えて、おそらくウルトラデキャンタを使ってることも良い方に影響しているんだろうね。

なんてのんびり試飲していたら、残りの時間が40分くらいになってしまった。いかんいかん。

71は全般にひなびたような香り、味わい。年代相当に熟成された感じがあるが、ストラクチャーはしっかりしてるようだ。

シャガールのラベルがすばらしい70年。ところが残念なことに香りが閉じている。しばらくするとバラの香水のような甘く深みのある香りがほんのりと香ってくる。これは明らかにこれまでの70年代とは異なるキャラクターだ。

81から71までは年代によって乾いた香りが強く出てるものと、リキュール香に代表される甘い香りが強く出てるものがあり、味わいは全般 に軽く繊細で、ビンテージによってはまだタンニンが目立っていたり、ひなびた味わいが強かったりした。
70年は香りのキャラクターからして異なるし、味わいはふくらみがあり、果実味はまだ若さすら感じる。 緻密さもあってこれはすばらしいワインだ。これもたしか昨年の10月に飲んだ時はひねた印象が強かったのだけど、今回はずいぶん印象が違う。

67はパーカー氏が「もう飲み頃をとっくに過ぎているだろう。」と酷評してるビンテージ。評点は70点。
で、飲んだ感想はどうだったかって?いや、すばらしかったです。
香りは甘〜いリキュール香中心。 他には何に例えればよいのか、うまく表現できないような香りだ。 味わいはとても繊細に熟成されていて、もちろん力強さはないけれど、各要素が溶け込んで、余分なものはそぎ落とされ、美しく枯れている。 そういえば私の評点ってオールドビンテージに甘い傾向があると誰かに指摘されたけれど、確かにそうかもしれない。(^ ^;
価格が3万くらいまでなら一本買って帰るつもりだったが、残念ながら39800円。ちょっとそこまでは出せないか…。

ここまで来て、残りは95、82のビッグな2銘柄。
ところが残り時間が20分を切ってしまった。せっかく最後に残しておいたのに、あくせくと試飲するんじゃ本末転倒だと反省しつつ…

95は現代的な作り。香ばしいロースト香。やわらかく丸いタンニン、しなやかな酸、そして豊かに凝縮された果 実味。それらのバランスがよく口中でパァッと広がるような印象。すばらしいけれど、ちょっと状態が落ち着いていないというか、93に見られたような精妙さが感じられない。私がやや焦って飲んでたからかもしれない。

最後に残った82。以前やまやで試飲したときに比べると大分開いてきてるがまだ閉じこもりがち。味わいはすべての要素の密度が濃く、緻密で、それでいて自然で無理がない。最近よくある「ひたすら凝縮しました」というのとは違った、静謐さすら感じさせる、クルマにたとえるとシルキーシックスと呼ばれるBMWの6気筒エンジンのような 質感。それでいて、なかなか全貌を見せてくれないようなもどかしさ。
隣の人は「飲み頃は10年後かな。」なんてつぶやいてたけど、その通りかもしれない。さてさて次に飲めるのはいつになることやら。

まあ、そんなこんなで、82や70、95といった高価なビンテージもすべて吐き出すという罰当たりな試飲をしてきたわけだけど、結論としては行ってよかったと思った。特に今まで飲んだことがあるビンテージが今回飲んでみると、個体差なのか経年変化なのかデキャンティングの有無なのか、いずれかは断定できないけれど、大分印象が異なったのが興味深かった。
また、70年代のビンテージについては、パーカー氏などの評価は芳しくないが、たしかに味わいは軽めなものの、バランス良く熟成していて総じてすばらしかったと思う。次はぜひ未体験の銘柄が多い80年代を含めた垂直に参加してみたい。