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発刊にあたって
2000年、東京都は「東京都人権施策推進指針(以下「人権指針」)」を策定しました。東京の被差別当事者団体は、「東京都人権施策推進指針対策連絡会(以下「指針連」)」を結成し、「人権指針」の策定過程から当事者の立場に立った「人権指針」を求め要請行動等を取り組んできました。しかし、東京都の人権政策は後方に追いやられ、今日の格差社会、貧困社会の中で、差別や人権侵害が強まっているという状況に対応できていないという現実があります。また、このように東京都の人権施策が遅々として進まないという状況の一方で、「障害者権利条約」の発効や、国内ではハンセン病問題の解決の促進に関する法律(通称「ハンセン病問題基本法」)の制定など人権に関して前向きな動きもあります。
東京という地で、こうした人権確立の流れを確かなものにするため、また、強まる差別や人権侵害を前にして、被差別者が社会的に孤立しないために、「指針連」メンバーを中心に、人権白書Tokyo作成実行委員会を結成し、人権白書運動を呼びかけました。
人権白書運動は、字のごとくまさに運動であり、被差別者が社会的に孤立せず、”連帯”し、白書作成を通じて、被差別者が置かれている立場を東京という社会に”訴える”取り組みであり、東京都の人権政策を”転換”させる取り組みでもあります。そして、人権運動を社会的なものにし、人権が確立された社会を創っていくことが、この運動の大きな目標です。
今回白書では、個別人権課題について13課題しか取り上げることができませんでしたが、高齢者問題や子どもの権利の問題など放置しておけない課題が多数あります。また、まだ認知されていない人権問題があるかもしれません。私たちは、白書運動を通じて、今後さらに多くの当事者と連帯していきたいと思っています。
本白書が、東京という地で「不安と苦悩」を抱えながら暮らしている被差別当事者の「支え」になり、また、人権政策に携わっている行政関係者の「指針」となり、そして、新しい社会を望む多くの人々の「一つの力」になれば、これ以上幸いなことはありません。
2009年11月
人権白書Tokyo作成実行委員会
実行委員長 長谷川 修
(首都圏に居住するアイヌ民族 レラの会 会長)
目 次
発刊にあたって
T 総論 3
アイヌ民族の現状と課題 20
外国籍住民の人権 24
婚外子差別の現状と課題 30
障害者差別の現状と課題 48
同性愛者差別の現状と課題 91
部落差別の現状と課題 106
ホームレス(野宿労働者)差別の現状と東京都への政策課題 112
人権課題としての貧困問題 117
医療崩壊と生存権 125
V 東京都に対する人権政策提案(基本要求) 135
W 人権白書Tokyo作成実行委員会活動 142
新しい社会創りへの人権の立場からの挑戦
⒈東京の被差別者が置かれている状況
⒉人権とは何か 差別とは何か
⒊国際動向と日本の人権施策推進状況
⒋東京都の人権施策の現状と人権行政の基本原則
はじめに
小泉・安倍内閣の下で進められてきた新保守主義政策は、市場競争原理と企業優先主義によって、社会保障制度を切捨て、一部の富裕層とその他の貧困層に二分された格差社会を生み出し、貧困、社会不安・不満、それに基づく差別と人権侵害を深刻化させています。また、市場原理によってばらばらにされた個人をまとめるため、この時期、ナショナリズム・愛国心や道徳・秩序が強調され、多様な文化や民族が共存する社会思想に対し、単一の価値や排外主義が強化されました。こうした中で、「人権擁護など必要ない」と人権そのものを否定する国会議員グループやそれを後押しする、まさに時代に逆行した反人権の世論が台頭してきたのです。
しかし、その矛盾は、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界的経済危機の発生やイラク政策の失敗に見られた軍事的な単独行動主義への反省から、2006年の米国中間選挙での民主党の圧勝、2008年米国大統領選挙でのオバマ氏の勝利を生み出しました。日本でも、新保守主義的な政策が生活破壊として現れ、これによって、2007年参議院議員選挙、2009年の都議会議員選挙,同年の衆議院議員選挙での歴史的な与党敗北を生みました。暮らし(最低限の文化的生活)よりもマネー競争と企業利益を優先し、話し合いよりも戦争と排除、価値の押付けを優先する新保守主義の否定は、新しい人権優先社会への期待として現れており、その世論が拡大しています。
このような変革期に、矛盾が最も集中している被差別者が連携し、差別と人権侵害の現状を社会に訴え、現実を直視した人権政策を要求し、人権社会創りを目指すことは、新しい社会創りへの人権の立場からの挑戦であり、私たち被差別当事者の役割でもあります。このような観点で、東京における人権社会創り、東京都の果たすべき人権政策について以下のように提案いたします。
1.東京の被差別者が置かれている状況
東京の被差別当事者がどのような状況に置かれているかについては、「U 個別人権課題の現状と課題」で詳細に述べますが、ここでは、共通した特徴を整理しておきます。
差別と人権侵害の実態
まず、差別と人権侵害の実態について、特徴的な点をあげるとすれば、第1に、「貧困の深刻化」があります。貧困が被差別当事者に集中している現状があり、貧困状態が差別の土壌ともなっています。「人権課題としての貧困問題」の項で示されている、相談者の多数がホームレス、障害者、DV被害者家庭、母子家庭、外国籍者などであることが示されており、その深刻さを物語っています。
第2に、結婚差別、就職差別、ハラスメント・暴力、差別落書・投書、インターネットでの書き込みなど被差別当事者をターゲットにした直接の差別事件があります。また、「ホームレス 三国人 エタの町」(2000年台東区)という公園の立看板に書かれた差別落書のように複数の差別を同時におこなう事件も増加しています。
第3に、社会参加が依然閉ざされている状況や結果的(間接的・構造的)に差別されている状況があり、これは、女性、障害者に顕著に現れています。さらに、人権教育が進まない中、間接差別や構造的差別は、社会全体で明確に認識されていません。
第4に、依然として被差別当事者がカミングアウトできない(しにくい)状況があります。性的マイノリティ、アイヌ民族、在日コリアン、被差別部落出身者、婚外子など「アイデンティティ」が受け入れられない悩み・不安を日常的に抱えている状況は深刻な差別です。
第5に、国籍条項や民法、戸籍法、入国管理法などにおいて法的、制度的差別があり、中には「改正」などによって、これがますます深刻化するものもあります。
第6に、「人権意識調査」等に見られる社会の人権意識(知識も含めて)の低さを基盤に被差別当事者への人権保障を「差別」と主張する「反人権」の国会議員・市民グループ゚や世論が存在することは、問題解決を一層困難にし、被差別当事者にとっては危険でさえあります。
第7に、このような差別は実態において、複合的にあらわれることが多く、例えば、外国人女性、在日コリアンの障害者など複合差別の被害者には、さらに厳しい現実があります。
以上、差別と人権侵害の現状について、7点に分類して整理してみました。
排除と同化
差別と人権侵害の現れ方に共通していることは「社会的排除ないし同化」という概念で整理することができると思います。
東京という地域に「被差別当事者が生きていて、日々差別を受けている」ということを素通りした、あるいは無視した社会が存在し、その中で日々の生活が動いています。「アイデンティティを主張すると拒否または無視される社会」では、「排除」されるか、自らを隠してその社会に入って行く(つまり「同化」)かの選択を余儀なくされます。こういう社会を差別社会というのではないでしょうか。
また、「社会的排除ないし同化」の対象は被差別当事者のみではありません。例えば「派遣切りにあった」「解雇され社宅から追い出された」など「何らかの社会的困難者」も「排除ないし同化」される立場になります。しかし問題が複雑なのは、今日露骨な差別をする人の多くがこの「社会的困難者」であるということです。従って、社会的困難者、つまり社会参加が妨げられた者が分裂することなく連帯し、多様性が承認された共生社会を創り出すことが重要になっています。
2.人権とは何か 差別とは何か
東京の被差別者が置かれている状況を見てきましたが、「社会的排除ないし同化」ということを、「人権とは何か、差別とは何か」と関連付けながら、国際的人権規準も踏まえて、整理してみたいと思います。
⑴人権について
人権とは、人間の本質の法的表現ともいえるもので、すべての人間にいかなる状態にあっても平等に存在する人間としての価値と尊厳を守る固有の権利です。また、確認しておかなければならないことは、この人権の範囲や人権の質は、時代に応じて変化し、とくに豊かに多様化しています。つまり人権は発展していくものであるということです(本稿では人権の歴史については省略しますが)。
61年前の1948年に国連で合意された世界人権宣言では、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と人権を定義し、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」(「前文」より)としました。この合意は現在も効力を失っていないどころか、ますますその重要性を増しています。
⑵差別について
社会という観点から見た場合、「社会的低位化」「社会的排除ないし同化」が差別です。ある社会的集団を劣ったものとし社会的低位化、排除ないし同化した形で社会システムを成り立てようとする社会、これが差別社会です。それが政治や行政によって、作為的にあるいは不作為におこなわれた場合、差別政策になります。
また差別と人権の関係を整理すると、差別とは「特定の社会的集団やそれに属する個人に対する人権侵害」であると規定されます。また差別社会の度合いは、その社会の人権の質を規定します。
差別の定義については「人種差別撤廃条約」「女性差別撤廃条約」「障害者権利条約」で明確にされています。これらの条約では、「差別とは、人種、民族、性、皮膚の色、門地、障害の有無、性的指向などに基づく、区別、排除、制限(または優先)」と規定しています。また、差別撤廃を「妨げ・害しまたは無効にする効果または目的」も差別だとしています。
さらに、差別の範囲について、これらの条約では、「直接差別」「間接差別」「合理的配慮の否定」をあげています。
「間接差別」とは、女性差別を例にとると、性別に基づく差別が「直接差別」であり、性別以外の規定が実質的に結果的に女性差別となるものが「間接差別」です。「間接差別」の概念は、女性差別だけではなくあらゆる差別に応用されるべき概念だと思われます。
また「障害者権利条約」で定義された「合理的配慮」とは、言い換えれば「社会参加の完全な保障」ということになり、広く「社会参加が妨げられている人々」にも適用される定義になっていることには注目すべきです。
⑶差別と貧困の関係
「障害者権利条約」が画期的な点は、「持続可能な開発の関連戦略の不可分の一部として障害に関する問題を主流に組み入れることが重要」「貧困が障害者に及ぼす悪影響に対処することが真に必要」と差別撤廃には貧困撲滅が必要であると規定したことです。
貧困が差別に悪影響を与えるのは、もちろん「障害者」だけではありません。寧ろ、貧困は差別や人権侵害の土壌になっているともいえます。
⑷人権教育・啓発・研修
人権教育とは「知識と技術の伝達及び態度の形成を通じ、人権という普遍的文化を構築するために行う研修、普及及び広報努力」と「人権教育のための国連10年」行動計画では定義されています。しかし、日本では、継続的な取り組み、効果的な取り組み、被差別当事者を主体にした取り組みが十分ではなく、さらなる強化が必要とされています。
⑸人権社会の定義
東京における差別と人権侵害の現状と国際的な人権基準を踏まえ、人権社会とはどのような社会かを定義すると次のようになります。
人権社会とは、「人間の固有の尊厳と価値およびその多様性を認め、直接差別・間接差別・合理的配慮の否定を含む、あらゆる社会的排除ないし同化を撤廃し、貧困の撲滅を含めたすべての人が平等に社会参加を果たせる環境(経済的、政治的、文化的)が整備された社会」であると規定することができます。
このことを被差別当事者の立場から言い換えれば、「自分たちのアイデンティティが承認され、他のものと等しく参加している社会」といえます。
3.国際動向と日本の人権施策推進状況
定義等について見てきましたが、世界人権宣言以降、世界では差別撤廃、人権確立にむけどのような取り組みが推進されているのでしょうか。またそのような人権に関する国際的取り組みに日本はどのように関与し、日本の人権確立に向けた状況はどのようになっているかについて、捉えていきます。
⑴国連を中心にした現代の国際的人権確立の動向
人権の主流化
国際的動向といった場合、主として国際連合(以下「国連」)の動きになります。国連は1945年に正式発足し、現在192カ国が加盟しています。国連の目的は、「平和の実現」、「開発の推進(貧困の撲滅)」「人権の保障」といわれています。 そして、「人権の定義」を明らかにしたのが「世界人権宣言」(1948年)であり、その宣言に法的拘束力をもたせたのが「国際人権規約」(社会権と自由権:1976年発効)です。その後、「人種差別撤廃条約」(1969年発効)、「女性差別撤廃条約」(1981年発効)、「子どもの権利条約」(1990年発効)、「障害者権利条約」(2008年発効)など人権課題別の条約が整備されました。
そして2005年、国連活動の柱である開発・平和・人権の密接な関連性を確認し、人権の視点を強化する考え(「人権の主流化」)が取り入れられました。その後、2006年3月には、国連が世界の人権問題により効果的に対処するために、経済社会理事会の下部組織であったそれまでの人権委員会に替えて、国連人権理事会が創設されたほか、国連人権高等弁務官事務所の強化、国連民主主義基金の設立等国連において人権の伸長にむけた様々な取組が進められています。
その他の国連の活動および他の国際機関等の動き
(グローバル・コンパクト) 2000年7月に成立した国連グローバルコンタクトは、世界の企業に進んで人権、労働、環境、腐敗防止の分野で普遍的合意された10原則を守り、企業戦略や活動を展開していくことを求めています。日本からは企業を中心に88団体が参加しています。
(雇用及び職業における差別禁止とディーセント・ワーク) ILO(国際労働機関)は、雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(111号)を1960年に発効しています。現在168カ国が批准していますが、日本はいまだ批准していません。
また、ILOは「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」の達成を呼びかけています。この達成のために「貧困削減」、「社会的統合(雇用におけるあらゆる差別を克服)」、「尊厳(労働に対する費用は人間の尊厳と家族の幸福の源となる仕事に対する対価を反映)」などの取り組みを推進しています。
(ソーシャル・インクルージョン) EUやその加盟国では、社会福祉の再編戦略として政策の中心的課題にソーシャル・インクルージョン(社会的包括)をとりいれています。失業、技術および所得の低さ、粗末な住宅、犯罪率の高さ、健康状態の悪さおよび家庭崩壊などの互いに関連する複数の問題を抱えた個人あるいは地域が社会的に排除されていることに対する戦略として位置付けられています。
(反人種主義・差別撤廃国際都市連合) ユネスコは、2008年、「反人種主義・差別撤廃国際都市連合」を結成しました。ユネスコは2004年から6地域で都市連合を結成し、国際都市連合として結実しました。アジアでは2006年、「反人種主義・差別撤廃アジア・太平洋地域都市連合」(現在、「包括的な社会をめざす差別撤廃のためのアジア・太平洋都市連合」に名称変更)が設立され、「差別撤廃」「インクルーシブな社会の促進」「人種主義や差別の被害者に対する支援の強化」など10項目の行動計画を決めています。
以上、国連を中心とした人権主流化の流れを見てきました。概括すると、「世界人権宣言」や「国際人権規約」を基礎としながら、@個別人権課題に対応する差別撤廃及び人権条約の整備、A「社会的困難者の排除」に対するディーセント・ワークやソーシャル・インクルージョンを概念とした貧困の撲滅も含めた社会参加の促進、Bそしてそれらを企業や団体の立場から促進しようとする国連グローバル・コンパクト運動、また「反人種主義・差別撤廃都市連合」に見られる政府のみではない自治体の国際的ネットワークでの取り組み。現在、人権の主流化はこのような内容を持ちながら発展しているといえます。
⑵13課題に対応する日本の人権施策推進状況
さて、このような世界の動きに対して、日本政府、日本国内では人権についてどのような動きをみせているのでしょうか。本白書で紹介している「個別人権の13課題」に対応して見ていきたいと思います。
国連の人権関連条約締結状況
日本が締結している国連の主要な人権関連条約は、「国際人権規約」、「女性差別撤廃条約」、「人種差別撤廃条約」、「子どもの権利条約」「拷問等禁止条約」です。また「障害者権利条約」には署名していますがまだ締結はされていません。「移住労働者権利条約」も締結されていません。
国内の人権関連法
日本には、人権課題を包括する「人権基本法」とか「差別撤廃法」のようなものはありません。基本的に、個別人権課題に対応した法整備となっています。ただ、「人権教育・啓発推進法」(2000年施行)は、「社会的身分、門地、人種、信条又は性別による不当な差別の発生等の人権侵害の現状その他人権の擁護に関する内外の情勢にかんがみ」(第1条より)と述べており、広く解釈すれば全ての人権課題に適用されると思われます。
個別人権課題に対応した法律は、下記の通りです。これらの法律は不十分点を持ちながらも新たな人権課題に対応するという意味で、前進面もあります。しかし、「障害者自立支援法」や「外国人登録法」などは大きな問題をもっています。また、同性愛者や婚外子の人権についてはまだ放置されたままです。また貧困問題や医療問題については人権の観点からの論議は遅れています。子どもの人権については、学校現場では「子どもの権利条約」について論議すらされていない状況です。
【個別人権課題に対応した最近の法律等】
「アイヌ文化振興法」(1997年施行)と「アイヌ民族を先住民族と認める国会決議」(2007年)
男女共同参画社会基本法(2001年施行)
「ホームレス自立支援法」(2002年施行)
接近禁止条項等を盛り込んだ「改正・DV防止法」(2004年施行)
間接差別を取り入れた「改正・男女雇用機会均等法」(2007年施行)
「子なし要件」を緩和した「改正・性同一性障害特例法」(2008年施行)
「ハンセン病問題基本法」(2009年施行)
そして、最も本質的問題は、差別禁止に触れていないという点です。自立支援や文化振興、あるいは教育・啓発、現行法の改正などで対応しており、差別(人権侵害)された場合の救済法もなく、差別(人権侵害)することの規制法もありません。国際社会では差別は犯罪であるという認識が常識です。差別禁止・人権侵害救済法の制定が望まれます。
⑶国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR)と日本の対応
国際社会からの26の勧告
国連人権理事会は、「普遍的定期審査UPR」制度をつくり、国連加盟国の人権状況を4年間を1周期として定期的に審査することにしています。国連の直下機関がすべての国連加盟国の人権状況を公平かつ客観的に審査する歴史的、画期的制度といわれています。
そして、2008年5月、人権理事会の理事国である日本の審査がおこなわれました。詳細は省略しますが、この審査では42カ国の政府が発言し、最終的に26項目の勧告が出され、日本政府は「検討」「関心を留意」も含めて17項目を受け入れました。
17項目の内これまで対策がなされていなかったものは、「パリ原則に沿った人権機関の設置」「マイノリティ女性が直面する問題への取り組み」「性的指向および性自認に基づく差別を撤廃」などであり、これらの具体化について注目すべきです。しかし、受け入れなかったものが9あることを問題にしなければなりません。特に「在日コリアン差別」について、日本国籍取得時に日本名は強要していない、また、朝鮮学校に対する差別はないとする現実を無視した主張は許されるものではありません。
国際的な人権確立に向けた取り組みとそれとの関わり含めた日本の人権状況について見てきました。国際社会がどれほど人権伸長を重視し、その徹底を望んでいるか分かると思います。しかし日本国内ではほとんど報道されません。それは人権が重要視されていない現れでもあります。社会に、世界に向けて、差別と人権侵害の現実を訴えていくことが何より重要です。
4.東京都の人権政策の現状と人権行政の基本原則
東京都の人権政
策の現状を検討するにあたって、まず一枚のポスターを見ていただきたいと思います。このポスターは、2008年12月の人権週間用に財団法人東京都人権啓発センターが作成したもので、都内の交通機関などに掲示されたものです。
「本当に心の底からその人をどう思っているかだと思うんですよ」とは、オリンピック選手上野由岐子さんが、人権啓発用にではなく、いろんな場面で発言されている言葉のようです。その言葉を財団法人人権啓発センターが人権啓発用に引用したわけです。この言葉を人権啓発ポスターとして位置付けた場合、多くの疑問が浮かびます。
この言葉を読んでまず浮かぶのは、人権侵害や差別は心の問題なのでしょうか?もし心の問題なら、差別は個人一人一人の責任なのでしょうか?という疑問です。差別や人権を心の問題とするところから、差別は「心無いわずかな人がするもので、私には関係ない、」ということにならないでしょうか。また、差別が行われるようになった不当な歴史や社会構造を学ばずに、差別の撤廃が可能なのでしょうか。
あとでも述べますが、このポスターは、東京都の人権政策に関するこれまでの基本的態度を端的に表しています。
⑴東京都の人権政策推進の現状
都庁内推進体制
それでは、具体的に東京都の人権政策の現状を見ていきます。まず、人権政策を推進する上での、都庁内の組織体制はどうでしょうか。東京都は1998年知事を本部長にした東京都人権施策推進本部(本部員は局長級30名)を設置しました。推進本部の事務局は総務局人権部が担当しています。「推進本部」のもとに「相談・保護部会」と「啓発・教育部会」を置いています。また人権部は、啓発拠点施設として、東京都人権プラザを所管し、財団法人東京都人権啓発センターがこの施設を管理しています。
東京都人権施策推進指針
このような組織体制のもとで、2000年11月、東京都は「東京都人権施策推進指針」(以下「人権指針」)という人権政策推進のためのガイドラインを発表しました。
「人権指針」の基本的考え方は、「人間の存在や尊厳が脅かされることなく、自らを律する自立した個人が、権利行使に伴う責任を自覚し、共存と共感で相互に支えあい、都民が世界に誇れる東京をつくること」を基本理念に、@安心して暮らせる東京、A自由を享受できる東京、B機会の平等を約束する東京、C自律・自立性に基づく人間の存在や尊厳を守る東京、D国際的に魅力ある東京を、「目指すべき東京」とし、人権と人権が衝突しない「公共性の視点」と「総合的な仕組みによる推進」に基づき、「救済・保護」「啓発・教育」「支援・助成」の三つを柱にした施策を、「都民、NPO、企業等の参画」を得ながら推進するとしています。そして、人権施策は社会環境の変化を踏まえて、「評価と見直し」をおこなうとされています。このような考え方に基づき、現在(2009年度)は、101個の事業が予定されています。
⑵東京都の人権政策推進の問題点
「人権指針」という理念と「推進本部」設置による総合的な人権政策推進体制にも
とづき、具体的な事業が展開されていれば、まだ良いのですが、実際は大きな問題を抱えています。
後方に置かれた人権政策
問題の第1は、「推進本部」は有名無実化し、1998年以来一度も会議が開催されていないということです。「啓発・教育部会」と「相談・保護部会」も年に1回合同で開催される程度で、全庁的に人権政策が推進される状況にはなっておらず、人権政策は東京都の行政の中で後方に置かれている状況だと評価せざるをえません。本来の組織体制が機能していないことが東京都における人権行政の根本問題であり、「人権主流化」という国際的な流れに逆行する東京都の姿勢を明確に示しています。
新たな課題に対応していない「人権指針」
第2に、それゆえ、「人権指針」を時代に合わせ見直すなどの作業は行われず、「人権指針」が現在の人権状況に対応したものになっていないことです。「人権指針」では、「重要課題」として、「女性」「子ども」「高齢者」「障害者」「同和問題」「アイヌの人々」「外国人」「HIV感染者等」「犯罪被害者やその家族」「その他の人権問題」をあげています。「その他の人権問題」では、性同一性障害のある人々、同性愛者、路上生活者(ホームレス)などが課題としてあげられています。現在ではこのような課題に加え、婚外子に対する差別の問題、ハンセン病回復者に対する差別の問題、また医療問題、貧困問題などを人権課題として取り上げる必要があります。また、2000年以降、国連では人権理事会が創設され、「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択され、「アイヌ民族を先住民族と認める国会決議」に結びつきました。さらに、国連における障害者権利条約の採択と日本政府の署名、ハンセン病問題基本法の制定など人権を巡る状況は国内外で大きく変化しています。このような現在の人権状況を踏まえた、「人権指針」の見直しが必要とされます。
「啓発・教育」に偏向
第3には、「人権指針」では三つの柱を設定しておきながら、実際の施策内容は「啓発・教育」に偏っており、「救済・保護」「支援・助成」に関わる施策が軽視されていることです。また「指針」に基づいて取り組まれているとされている101事業は、実際のところ、各局が取り組んできた人権施策を組入れただけで、「人権指針」に基づく新規事業はほとんどありません。さらに、「救済・保護」「支援・助成」の軽視は、「啓発・教育」の質に大きく影響しています。「啓発・教育」の内容も、先に見た「人権啓発ポスター」にみられるように、被差別当事者の現状や今日的な意味で人権に対する考え方を踏まえたものになっておらず、人権問題を法的、制度的、社会的問題として捉える視点がありません。
被差別当事者等が参画していない
第4に、このことが最も重要だと思いますが、被差別当事者団体やNGO・NPOとの協議機関をほとんどの人権課題がもっていないということです。当事者と協議しながら進めることがなければ、効果ある人権施策は望めません。例えば、学校現場での人権侵害について、保護者、当事者個人と学校が協議することはあっても、団体とすることは認められていないといいます。政策立案や施策の執行にあたって、当事者団体やNGO・NPOと日常的な協働を行い、その役割を再認識しながら、問題解決に取り組む姿勢が必要です。また、「人権指針」を作成する段階では「専門家懇談会」を設置し、提言を求めたのですが、「人権指針」発表後は、その実施に誰からの監視も受けない仕組みになっています。チェック機能がないと、残念ながら人権施策は、形骸化し、当初のものより後退してしまいます。「人権指針」の実施に関する進捗状況、見直し、あるいは定期的な実態調査などを行うとともに、定期的に協議し、必要な意見や提言が可能な、当事者も含めた専門家による「審議会」の設置が不可欠です。
⑶教育庁(東京都教育委員会)の人権施策推進の取り組み
教育委員会の取り組み
次に東京都教育委員会(以下、都教委)の特に学校教育における人権教育について見ていきます。都教委は、基本方針に「人権教育の推進」を掲げ、「発達段階におうじて、人権の重要性について理解し、自分と他人の大切さを認めることができるようになり、それが態度や行動に現れるとともに、人権が尊重された社会作りに向けた行動につながるようにすること」を目標に据え、「『東京都人権施策推進指針』に示された女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等、犯罪被害者やその家族、その他の人権問題にかかわる偏見や差別意識の解消を図る教育を推進する」「『人権尊重教育推進校』を設置(50校前後)し、その成果を全都の公立学校に普及する」などの施策を展開しています。
教育については、教育基本法の「改悪」や「心の教育革命」など人権と逆行する再編が進められつつある中で、基本方針として「人権教育」を位置付けたことは、「人権教育を守った」という意味で評価できる点もあります。しかし、被差別当事者の視点から見れば、問題も少なくありません。ここでは基本的な問題を見ていきます。
すべての学校に浸透していない
「都教委」が示す人権教育の目標が、公立学校にどこまで浸透しているか、そしてすべての学校現場で具体的に人権教育が取り組まれているか、ということが第1の問題です。私たちは目標と現実のギャップを認めざるを得ません。都庁と同様に学校の現場では人権教育は後回しにされているのが現状ではないでしょうか。
被差別の子を中心に据えていない
私たちが示す人権教育の第1原則は、「教室に、地域に、被差別の子がいる」ということ、このことを基本に人権教育を組み立てることです。そのために財政と人と時間が保障されなければなりません。しかし、まったくそうなっていないのが現状です。
その他の教育行政に関わる課題
その他、私立学校の人権教育、大学の人権教育、奨学金等教育の完全な機会均等、進路保障問題(就職差別撤廃)など「都教委」のみでは解決できない教育行政にかかわる問題もあります。ただ奨学金や進路保障問題は「都教委」が積極的に関与すべき問題です。
⑷区市町村の取り組み(「人権指針」など総合的な人権施策体系の有無について)
東京都と東京都教育委員会の人権施策について見てきましたが、区市町村ではどうなっているのでしょうか。
人権施策担当セクションの設置
まず、人権施策を専門に担当している課があるかどうかですが、23区のうちわずか10区にしかこうしたセクションは設置されていません。課名は様々ですが、「人権・男女共同参画課」「人権推進課」という呼び名が多いです。また、担当係がある区が3区となっています。その他の約半分の10区は、担当部署として総務係が兼務している区が多いようです。市町村は30あります。そのうち、人権と名の着く部署を持っているのは2市のみです。
人権施策推進方針等
すべての区市町村の「基本計画」等に人権施策推進が位置付いているかどうかは調査していませんが、「人権施策推進指針」をまとめている区は3区しかありません。男女共同参画や障害者福祉、高齢者、子どもの問題を項目にしている区市町村は多いですが、明らかに「すべての差別を意識的になくしていこう」と政策化している区市町村はわずかです。国に「人権教育・啓発推進法」が制定されているにもかかわらず、この法律を具体化しようとする区市町村は少なく、人権侵害や差別が地域で起こることを踏まえれば、残念な状況になっています。
⑸人権行政の基本原則
人権行政とは、人権が確立された社会作りを促進する行政であり、同時に人権に貫かれた行政のことです。この人権行政を推進する上で、欠かしてはならない最低限の基本原則を提起します。
当事者性の原則
第1に、当事者性の原則を徹底させる必要があります。地域社会に被差別者がいるということを前提にした人権施策の体系が必要です。差別の撤廃は人権施策の基底を成しており、差別の撤廃は人権施策の質を規定するともいえます。当事者性の原則は、体系の中心に据えるという理念的な原則のみならず、人権施策を推進する上で、被差別当事者との協議、協働など、当事者参加原則も含んでいます。
基準性の原則
第2に、基準性と呼ばせたもらう原則です。人権に基づいた都政の実現ということです。人権社会を創るための施策展開のみならず、行政を構成するすべての要素に貫かなければならない社会的基準としての人権です。
社会創りという原則
第3に、人権が確立された東京(地域社会)創りを人権施策の目標にする必要があります。そのためには、法的整備、行動計画樹立、推進体制の整備など必要な施策を実施する必要があります。
国際的な到達点を踏まえる原則
第4に、現在、国際的な到達点となっている、直接差別への対応、間接差別への対応、合理的配慮、貧困の撲滅、社会参加を人権社会創りの基本理念に置く必要があります。
東京都の人権施策について見てきましたが、基本的に東京都は、人権施策はある行政施策の一項目程度にしか思っていないようです。差別がある現実、人権侵害が増加している現実は、社会としてあってはならない許されないものです。国際社会が差別の撤廃に向け長年真剣に取り組んできている理由もそこにあります。貧困や差別は、世界の平和的発展を脅かすという認識があるからではないでしょうか。東京都(行政)がそのことを軽視すれば、都民(社会)もそのことを軽視するようになるのです。東京都が最先頭で、最重要施策として、人権施策を推進することが、同時に都民に対する効果的な啓発であり、「人権都市・東京」は世界の要求でもあるということを知らなければならないと思います。
おわりに
人権が確立された社会創りには、それなりの財政と人材と時間が配分されなければなりません。そのためには、GDP(経済規模)の成長を第一に考える社会では達成できないかもしれません。人間を第一に考える社会への転換が必要とされます。人権はすべての人に平等に与えられていたとしても、人権社会は与えられません。人権社会は人々によって創っていくものであり、新しい社会創りへの挑戦です。改めてこのことを強調しておきたいと思います。
【資 料】
「世界人権宣言」
第一条 すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
第二条
1 すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
2 さらに、個人の属する国又は地域が独立国であると、信託統治地域であると、非自治地域であると、又は他のなんらかの主権制限の下にあるとを問わず、その国又は地域の政治上、管轄上又は国際上の地位に基づくいかなる差別もしてはならない。
(外務省仮訳)
「人種差別撤廃条約」(あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約)
この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。
(外務省仮訳)
「女性差別撤廃条約」(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)
「女子に対する差別」とは、性に基づく区別、排除又は制限であつて、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女子(婚姻をしているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
(外務省仮訳)
「障害者権利条約」(障害者の権利に関する条約)
「障害を理由とする差別」とは、障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害を理由とする差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。
「合理的配慮」とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
「ユニバーサルデザイン」とは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲ですべての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう。ユニバーサルデザインは、特定の障害者の集団のための支援装置が必要な場合には、これを排除するものではない。
(外務省仮訳)
国連人権理事会の普遍的定期審査(UPR) 差別撤廃に関係する勧告
l あらゆる形態の差別、人種主義および外国人嫌悪を定義し、禁止する法律の制定。
l 差別を定義する規定を刑法に挿入。
l 国内法を平等・非差別の原則に適応するように修正。(婚外子差別の撤廃が念頭にあるといわれている)
l マイノリティ女性が直面する問題に取り組むこと。
l 在日コリアンに対するあらゆる差別を撤廃する措置。
l 先住民族の権利に関する国連宣言の実施にむけて日本の先住民族と政府間の対話の開始努力。
l アイヌ民族の土地権その他の権利を再吟味し、先住民族の権利に関する国連宣言と合致させること。
l 性的指向および性自認に基づく差別を撤廃するための措置。
l 移住者に対する入国管理局ウェブサイトの匿名通報用ページの撤廃。
l 難民認定手続きを拷問等禁止条約その他の人権条約に合致させ必要に応じて移住者に法的支援を提供。
l 難民申請を検討する独立機関を設置。
l 女性を差別するすべての法規定を廃止。
l パリ原則に沿った国内人権機関あるいは人権侵害を調査するための独立機構の設置。
l 国際人権諸条約のもとでの個人通報制度の受託。
l その他、日本軍「従軍慰安婦」問題や死刑廃止に関する勧告もおこなわれています。
(参照:「国連と日本の人権」反差別国際運動日本委員会)
「包括的な社会をめざす差別撤廃のためのアジア・太平洋都市連合」 10項目の行動計画
l 人種主義と差別に関する現状把握および自治体政策のモニタリングを行う。
l 差別や社会的排除の問題と取り組むために、自治体および地域社会における政治的リーダーシップを実践する。
l インクルーシブな社会の促進。
l 人種主義や差別の被害者に対する支援の強化。
l 情報へのアクセスを通じて市民の広範な参加とエンパワメントを促進する。
l 機会均等の雇用者およびサービス提供者としての都市(行政)を促進する。
l 機会均等実践の積極的な支持者としての都市(行政)を促進する。
l 教育を通じて人種主義や差別に対抗する。
l 文化的多様性の促進。
l 人種主義者による扇動および関連する暴力を予防し克服する。
(参照:「部落解放・人権研究所」公開資料)
アイヌ民族の現状と課題
外国籍住民の人権
婚外子差別の現状と課題
在日コリアン差別の現状と課題
障害者差別の現状と課題
精神障害者差別の実態と東京都における問題
公教育における障害者差別の現状と課題
東京における女性と差別の現状
性同一性障害をめぐる現状と課題
同性愛者差別の現状と課題
ハンセン病問題の現状と課題
部落差別の現状と課題
ホームレス(野宿労働者)差別の現状と東京都への政策課題
人権課題としての貧困問題
医療崩壊と生存権
はじめに
日本の先住民族であるアイヌ民族に対する国としての取り組みが動き始めました。
「歴史の反省に立ち、先住民族と共生する社会に向けた政策づくりを」と政府の有識者懇談会が提言しました(2009年7月29日)。それを受けて政府は「アイヌ総合政策室」を内閣官房に設けました(2009年8月13日)。
国連が2007年9月に先住民族の権利宣言を採択し日本の国会も2008年6月、「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を衆・参国会において全会一致で採択しました。それを受けてのことです。
北海道を中心に先住していたアイヌ民族は「開拓」が進む中、先祖伝来の土地を失い、「移住」や和人への同化を迫られました。敗戦後も「滅びゆく民族」といわれ、貧困と差別に苦しみました。同化政策を進めた屈辱的民族差別法である「北海道旧土人保護法」が廃止されたのは20世紀末の1997年です。
有識者懇談会報告は「国の政策として近代を進めた結果、先住民族であるアイヌの人々の文化は深刻な打撃を受けた」「国にはアイヌ文化の復興に配慮すべき強い責任がある」と明言しました。さらに「先住民族との共生は、国の成り立ちに関わる問題」とも指摘しました。国民一人ひとりが心に留めるべきことです。
アイヌ民族と共生する社会に向けての政策作りが始まろうとしている今、依然として多くの課題・解決されていない問題があることを忘れてはなりません。
⒈アイヌ民族の歴史と現状
アイヌ民族の歴史と現状を理解するために「先住民族」の定義を示す事は重要です。1993年8月18日付の朝日新聞において国連特別報告官:マルチネス・コーボの定義が次のように紹介されています。
「先住民族は侵略者が来る以前の民族の後継者。不法に奪われた土地を取り戻し、自らの社会制度や文化、言語を将来の世代に伝えようとしている人々」
「先住民族」とはどのような民族を指すのか、どのような問題を抱え、何を求めているのかを理解することはアイヌ民族の抱える数々の問題を理解することにつながります。
アイヌ民族とは、サハリン南部、千島列島、北海道、東北北部に居住してきた人々であり、和人(日本人)との接触の中で「アイヌ」という枠で呼ばれてきた日本の先住民族なのです。
アイヌ民族の歴史は、侵略と同化であり江戸時代後半の「場所請負制度」後と明治維新の間に一つ区切ることができます。侵略とは暴力により生活を脅かされることです。
15世紀以降、アイヌ民族と和人との交易が活発化していくなかでアイヌ民族は三度大規模な蜂起を起こしています(1457年コシャマインの蜂起・1669年シャクシャインの蜂起・1710年クナシリ、メナシの蜂起)。その背景には和人がアイヌ民族を交易のための労働力にした不正な商取引があります。1620年以降の商場知行政、1710年以降の場所請負制の中でアイヌ民族の生活の糧である魚、鹿が乱獲され、アイヌ民族は強制的に労働力として駆り出されたのです。またアイヌ民族の女性は和人男性の性暴力の対象にされました。当然伝統的な生活は破壊され、地域には老人、子どもだけが残され共同体は破壊されることになったのです。
明治以降は同化政策がアイヌ民族を襲いました。1870年代にはこの政策によって民族文化が否定され、アイヌ語の事実上の禁止と日本語の強制、伝統的狩猟法の禁止、創氏改名の強制が行なわれました。
1872東京都港区・芝公園内開拓使仮学校付属北海道土人教育所をつくりアイヌの若者38人が連行され日本人教育を強要されました。1901年以降北海道各地(29箇所)には旧土人学校がつくられ徹底的な同化・皇民化教育が行なわれました。また強制移住も各所で(サハリン・北千島・新冠等)一方的に強制されました。
「先住民族との共生は、国の成り立ちにかかわる問題」と表現している有識者懇談会の文言のように歴史認識への問いかけと数々の問題が示唆されます。
⒉実態調査から
2008年度実施された、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの「アイヌ民族生活実態調査」(2009年5月29日に出された速報版)からは、北海道内に住むアイヌ民族が依然差別を受け経済格差のある生活をしていることがわかります。「差別経験がある44.1%」、「身体的特徴が嫌だ」と答えたのは32.4%とあります。ですから依然と「学校での差別46.3%」、「結婚での差別」が25.4%(1999道庁・北海道ウタリ生活実態調査)となっています。
暮らし向きについては、「生活苦」―15歳のころ、生活が「苦しかった」人は45.4%でした。世代別に見ると若い世代ほど生活はよい実感があるようです。ただし、30歳未満のカテゴリーでも「苦しかった」と「多少困る程度」が63.4%と3分の2近くになっています。
「個人の年収」100万円以上200万円未満が18.9%と最も多く、300万円未満の人が70.1%を占めています。平均年収は197.5万円です。
年金については、「国民年金」が42.7%、「厚生年金」37.9%です。「加入・受給していない」人は8.3%。健康保険では国民健康保険が最も多く50.7%と過半数です。「加入していない」人は3.7%でした。
高等教育については、高校までが55.1%と半数が通っていますが、高校卒業後になると「専門学校」では11.4%、「短大・高専」が3.3%、大学が4.4%と急激に減っています。30歳未満の大学進学率は20.2%で、一般同世代平均の42.2%と比較すると20ポイント以上低くなっています。また4年制大学の中退率は19.1%。「専門学校」は9.5%「短大・高専」で9.0%の中途退学者が出ています。高等学校での中退10.7%、進学先の高等学校も7.6%は定時制です。北海道での定時制進学率は3.7%です。
「学歴による不公平」が「大いにある」「少しはある」という人が66.4%と最も多くなっています。「人種・民族による不公平」を挙げたのは57.4%でした。
さらに上の学校へ「進学したかった」という32.3%の人々のうち、76.1%は「経済的な理由」で進学を断念しています。
このように、アイヌ民族の置かれている社会的立場が厳しい理由は、歴史的な差別制作に大きな原因があります。つまり個人の努力だけでは解決できない問題が多くあります。北海道内においては、1974年から第4次にわたる「北海道ウタリ福祉対策」が行なわれ、2002年からはその第5次対策、アイヌの人たちの生活向上に関する推進方策が、(この福祉対策の目的は、「生活の安定」「教育の充実」「雇用の振興」「産業の振興」「組織活動の充実」が施策の基本方針で道民一般との格差の是正である)行なわれています。現在アイヌ民族が必要としているのは、単なるアイヌ文化の振興や北海道内における福祉対策のみではなく、全国規模の先住民族の生活・文化の権利を保障していく民族対策です。さらにアイヌ民族が置かれた歴史的・社会的情況を認識し主体性をもって真摯に関係の改善を図らなければなりません。
⒊アイヌ民族と共生する社会に向けて
1997年にいわゆる「アイヌ文化振興並びにアイヌの伝統に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(以下「アイヌ文化振興法」)が制定され、(財)アイヌ文化振興・研究推進機構が設立されました。この法律により、アイヌ民族の文化は維持し発展していくことが保障されました。しかしこの法律には一つも「権利」という言葉が使われていません。その理由はこの法律が対象としているのは「アイヌ文化」の普及と啓発であり文化の担い手であるアイヌ民族ではないからです。また、文化が衰退したことへの謝罪は全くありません。
日本の先住民族であるアイヌ民族に対する国としての取り組みがようやく動き出しました。
これまでにも、「アイヌ文化振興法」などに基づく施策はありましたが民族の位置づけがあいまいであったため文化面、福祉(地域限定)に限定されていました。差別や無関心は次の世代でも貧困と格差を生み出します。この悪循環を断ち切るには多くの学習と作業が必要であり認識を少しずつ変えていかなければなりません。その担い手は、日本国民一人ひとりであり、各自治体の行政機関です。いったい日本全体で何人、何処に居住しているのかさえ政府も全く解っていません。
北海道外で唯一東京都が1989年に行なった実態調査がありますがアイヌ民族の実態を把握するには乏しいことは明らかです。この調査では2,700人のアイヌ民族が東京で生活しているという結果が出ています。しかし、この数字は自己申告によるものであり、現実にはその倍以上のアイヌ民族が生活していると推測されます。
まず国会で、先住民族としての存在を明確に認める法律を制定することが第一歩です。そのことに国民一人ひとり、全国の各自治体が関心を示していくことが求められます。
おわりに
先住民族アイヌが抱えてきた多くの課題を解決していくことは日本社会が多様な価値観・文化を共有できることに繋がっていくことです。東京都においてもアイヌ民族の現在の状況を認識することが必要です。また、期待したいと思います。
⒈石原都政のゼノフォビア(外国人嫌悪)
1999年4月、圧倒的な都民の支持を受けて石原都政が発足しましたが、約1年後に行われた自衛隊記念式典(2000年4月9日)で、石原知事の「三国人発言」が起こりました。それは、「今日の東京をみると、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している。・・・大きな災害が起きた時には大きな騒擾事件すら想定される。そういう時に皆さん(自衛隊)に出動願って、災害の救急だけではなしに、治安の維持にも遂行してもらいたい」というものでした。この発言には、「三国人」という蔑称の使用問題だけではなく、「非正規滞在外国人=凶悪犯罪者」というラベリングを用いた治安悪化キャンペーンの意図が明確で、単なるゼノフォビア以上の強烈なレイシズムの表明といえます(ちなみに95年末、日本政府は人種差別撤廃条約に加入していたが、刑法などの国内法の整備が進んでいないため、この公人による発言は処罰の対象とならなかった)。同年9月3日の治安出動演習では自衛隊の装甲車が銀座など東京の都心部に出動しました(さらに2006年9月の首都直下型地震を想定した8都県市の合同訓練には、はじめて在日米軍や韓国のレスキュー隊が参加している)。
都政はこれを契機に大きく右旋回します。2000年末策定の「東京構想2000―千客万来の世界都市をめざして―」で外国人政策は大きく後退し、以後、01年9・11の米国・同時多発テロも相俟って、石原都政は保守色をさらに強めていいきます。03年10月、入管、東京都及び警視庁は「不法滞在外国人対策の強化に関する共同宣言」を行い、非正規滞在外国人排除の施策強化と、「治安悪化」キャンペーンによる「安全なまちづくり」の推進(住民組織化、監視カメラ増設、公園の夜間閉鎖)を打ち出していきます。こうして不寛容な人種差別政治が支配する東京都政が、2016年オリンピックというメガイベント招致運動を展開したが、「世界都市」としての外部からの評価はけっして高いとは言えず、落選という結果を招いた。
⒉石原都政による「外国人都民会議」つぶし
1980年代後期の東京では、「第二次東京都長期計画」などで、都市成長戦略として「世界都市」化が打ち出され、1993年、鈴木知事の諮問機関として「東京都国際政策懇談会」が設置されました。その報告書(94年4月)では、「外国人に対する閉鎖性や差別を克服し、お互いの価値観、文化や伝統を尊重しながら、共生していくという、成熟した市民意識を育てていくことが必要」との認識が示され、「外国人も暮らしやすい健全な地域社会づくり」を目指して、@外国人住民の地域社会への参画の拡充、A言語や慣習等の違いに配慮した施策の充実、B差別や偏見のない地域社会の形成、C不法就労の防止と人権の擁護が掲げられました(これを受けて同年12月、「東京都国際政策大綱」を策定)。
東京都は95年4月、青島都政に移行、その下で創設が決定され97年11月に発足したのが「外国人都民会議」です。前年にはすでに「川崎市外国人市民代表者会議」が発足していましたが、都によるこの外国人諮問機関の創設も全国的に大きな注目を集めました(翌98年には「外国籍県民かながわ会議」創設)。
「外国人都民会議」(委員25名)では、外国人都民の立場から情報、人権、生活、労働、医療、福祉、教育などについて意見が交わされ、行政に対する要望・提案が提出されました。1期目の座長を務めた井上アメリア氏は、同会議を「制度の確立や法改正等を進めていく場とする」と位置づけました(1997年度東京都国際化推進指導者セミナー報告書、177頁)。事実、同会議では、ニューカマー外国人の生活問題だけでなく、在日コリアンの委員を中心に、国籍条項、永住権・帰化、地方参政権などについても問題提起され、活発に議論されました。
しかし、1999年4月発足した石原都政のもとで、その歩みは暗礁に乗り上げました。第2期「外国人都民会議」はスタートしたものの、前述のとおり、その約1年後に自衛隊記念式典での石原知事の「三国人発言」が行われました。これに対し、同会議は強い抗議の声を挙げて知事と対立、結果的に2期目途中で同会議は中断に追い込まれることになります。そして2001年、都は同会議に代えて、「外国人都民会議で出された基本的な課題についてより専門的な検討を行い、具体的行政施策とするため」という理由をつけて、「地域国際化推進検討委員会」(外国人委員を含む)を設置し、現在に至っています(同時に都の国際政策担当組織も大幅に縮小された)。
外国籍住民の権利を保障し、平等な立場での共生関係を打ち立てていくためには、行政が当事者の発言に耳を傾け、それを尊重して施策を行うことが必要です。その意味で、「外国人都民会議」は多民族・多文化共生社会を志向する自治体としては、何よりも大切にしなければならないものであったはずです。行政のトップにある者自身のゼノフォビアやレイシズムによって、その芽が摘まれてしまったことは残念であり、一日も早い回復が望まれます。
⒊外国人児童・生徒の教育
東京都における「外国人児童・生徒」の在籍人数は、小学校が5,278人、中学校が2,443人、高等学校が937人(全日制648人、定時制・通信制289人)、合計8,658人です(2007年5月、都教委調査)。
また、「日本語指導を必要とする外国人児童・生徒」は、小学生が1,216名、中学生が798名、高校生が180名、中等教育学校においては3名、計2,203名です。これは愛知、静岡、神奈川に次ぎ第4位であり、全国的にも多く、毎年増加しています(文科省調査2008年9月)。生徒たちの母語は、具体的には、中国語、フィリピノ語、韓国・朝鮮語、英語、スペイン語、タイ語、ポルトガル語、ミャンマー語、ベトナム語、ウルドゥー語の順で、多言語、多文化、多国籍化が都内の小・中・高の学校で進行していることが理解できます。
さらに、東京都高等学校教職員組合の調査でも、都立高校だけでも1,070名にのぼる外国につながる生徒が在籍していることが判明しています(2007年度)。このように、都内の小、中、高のそれぞれの学校で、外国につながる児童・生徒が多数在籍しています。
しかし、そこには次のような問題と、取り組むべき課題が指摘されます。
<問 題>
⑴不十分な学校現場の取り組み
担当教員の不在
「在日外国人児童・生徒」または「日本語指導を必要とする児童・生徒」が都内に集中しているにもかかわらず、学校現場では、@人権教育、A多文化共生教育、B日本語学習支援の取り組みが非常に立ち遅れています。
具体的には、上記の児童・生徒の在籍の有無に関わらずほとんどの学校で、@人権教育担当、A多文化共生教育担当、B外国につながる生徒をサポートする担当、C日本語学習支援担当の教員が組織的に配置されていません。
学校の教育内容の不十分さ
ほとんどの公立小・中・高の学校の学校経営計画、教育課程、年間計画において、上記の教育の取り組みについて触れておらず、実践されていないのが現状です。
⑵不十分な進路保障
高校進学率の極端な不平等状態
推定によれば、都内公立中学校におよそ2,000人以上在籍している生徒たちが、都立高等学校では1,000名以下に半減している(私学への進学者を除く)。つまり都内の外国につながる中学生の高校進学率がおよそ50%前後の事態は、都内の日本人中学生が96%以上の高校進学率と比較すると、教育の平等性の観点から重大な問題です。事実上、高校が義務教育化に近い状況下のもとで、都内に在住する外国につながる生徒たちに将来への希望や夢を与えず、進路保障を閉ざしていることに他なりません。
高い高校中退率と進路保障の取り組みの弱さ
外国につながる生徒の高校入学後の中退率が高い理由は、学校内の人権教育・多文化共生教育の取り組みが弱く外国につながる生徒が、安心し、信頼して学校で学ぶことができないことと、日本語学習の支援とサポート体制の決定的な不足にあります。
さらに、高校卒業時の就職試験において、外国出身であること等による差別選考が依然としてみられることが報告されている現状があります。
⑶教育行政の立ち遅れと閉鎖性
担当部局が置かれていない
外国につながる児童・生徒の教育に関わる責任ある担当部局がなく、総合的かつ実効的な判断がなされず、たらい回しにされています。
都民の声が届かない
外国につながる生徒と保護者、学校現場、地域の支援者等、関係者の声を聞く姿勢がみられません。他府県のように、教育行政と市民が話し合う場を持つことに消極的です。
<課 題>
⑴学校内での取り組みの課題
学校内での組織づくり
すべての学校で、人権教育と多文化共生教育の担当者を置くとともに、「在日外国人児童・生徒」及び「日本語指導を必要とする児童・生徒」が在籍している学校においては、@外国につながる生徒のサポート、A日本語学習支援の担当者を早急に設置し、取り組ませることが課題です。
教育内容の充実
すべての学校で学校経営計画、教育課程、年間計画において、上記の人権教育と多文化共生教育の取り組みを推進することを明記し、該当する児童・生徒が在籍している学校においては、日本語学習支援と学校生活サポートの取り組みについても同様に明記することが課題です。
研修体制の構築
上記のテーマを対象とした教育管理職と教職員の校内、校外の研修体制を拡充することで組織的、計画的な学校教育の取り組みを進め、実効あるものにすべきです。
⑵進路保障の課題
入試等の改善と高校進学率の向上
他府県においては、特別枠や特別入試等の高校入試における様々な取り組みがなされているにも関わらず、都立高校では国際高校1校のみの「特別枠」と「ルビ振り入試」だけです。都立高校入試における早急な改善を図り、高校進学率を日本人生徒並に高めることが教育を受ける権利の平等=子どもの人権保障の観点から必要です(参考:神奈川県立高校においては8校の「特別枠」、日本国籍であっても来日3年以内の生徒が特別措置を受検できる。大阪府立高校においては母語による高校受験ができる)。
また、現在都内のボランティアとNPO等により外国につながる生徒の高校入試ガイダンスが行われているが、都教委の責任で、民間との協働によるガイダンス等も含め、都内各地域で実施回数を増やす必要があります(他県では、教育委員会が会場を提供、職員派遣、広報、助成金補助などを実施している)。
高校入学後の中退防止の取り組みの課題
外国につながる生徒の高校入学後の中退が高いことも課題です。その理由は第1に、学校内の人権教育・多文化共生教育の取り組みが弱いため、外国につながる生徒が安心して学ぶことができないこと、第2に、日本語学習支援・サポートの絶対的な不足にあります。
従来の「取り出し授業」だけでなく、教職員定数増、予算増を実施し、当面行政だけでできない領域は、地域やNPO等と連携し、日本語支援の取り組みを地域やNPO等と連携し、支援の体制づくりを早急に進めることが必要です(区市教育委員会レベルでは新たな取り組みが模索されているにもかかわらず、都教委のレベルでは学校現場まかせで、有効な取り組みがなされていない)。
卒業時の進路保障と企業の差別選考をなくす取り組み
高校卒業時の進路保障、なかでも就職試験において、外国出身であることによる差別選考の事例が報告されています。企業が生徒の国籍や民族名等を理由として差別選考をしないことを関係機関と連携して強める必要があります。
開かれた教育行政と担当部局の設置
多くの課題を解決するために、関係者との話し合いの場をつくり、開かれた教育行政を実現するとともに、総合的な担当部局(多文化共生局、多文化共生教育課など)を設置することが必要です。
⒋労働者の権利
東京では、移住労働者は、今や様々な業種、職種にわたって働いています。また、外国とつながりのある労働者と規定するならば、全ての業種、職種と言っても言い過ぎではありません。経済活動、日常生活に不可欠な存在となっています。ただ、ほとんどの移住労働者は有期雇用など非正規雇用労働者であることもまた事実であり、労働条件、労働環境は低水準です。そして、不安定な雇用のもとで経済活動の下支え(下層)に位置しています。また、移住労働者の間にあっても在留資格によって格差があり、労働条件もそうですが、移住労働者が働く(働ける)業種、職種にも格差が反映しています。
一方、東京では、早くから労働安全衛生センターなどのNGOや個人加盟の労働組合が移住労働者の労働問題への取り組みを始めており、1993年には「外国人春闘」がスタートし、労働組合に参加することによる移住労働者自身の取り組みとして今日まで続いています。移住労働者が自ら権利を主張し行動することは労働組合全体への活性化となっています。また、東京都も労働問題に対しては、移住労働者向けの多言語によるハンドブックや使用者への啓発用のパンフレット作成などを行っています。労働分野における行政としての対応への評価は他に比して一定の評価はできると言えます。
しかし、「不況」の影響をまずもろに受けるのが移住労働者であることは東京においても例外ではありません。いったん職を失った移住労働者の就職活動は容易ではなく、ハローワークの対応においても差別が歴然とあります。国籍を確認したり、日本語を書く能力とは全く無縁の職種であっても、話すことにおいて堪能でない移住労働者を排除する事例が多く見られます。
「国際文化交流」が盛んに行われる東京ですが、移住労働者を働く仲間、同僚としての多民族・多文化共生の職場づくりが求められます。
⒌取り締まり強化と人権
都政のゼノフォビアが最も露骨に示されたのは、非正規滞在外国人に対する取り締まり政策です。下図のように、2003年10月、東京都は、法務省入管局、東京入管局、警視庁と共同して連絡会議を開き、「首都東京の不法滞在者を今後5年間で半減させる」べく、共同宣言を出しました。
このことは、警視庁の入管法違反取り締まりに端的に反映しています。次項図に見られるように、2003年から入管法違反の送致人員数が急激に上がり、2007年以降従前にもどるまで、異常な高さを示しています。政策に由来する、このように異常な乱高下は、現場に人権侵害を生まずにはおきません。
1例として、Aさんは労災の怪我の治療中でありましたが、帰国の手続をするために大使館に行く途中の都内駅頭で警察官に逮捕され、入管に回されて退去強制になりました。このため、治療が続けられず、心配した家族の要請で休業補償の残額もあきらめて帰国しました。これなどは必要のない逮捕の最たるものであり、本人への権利侵害と共に、税金の無駄遣いとして批判を免れません。品川駅前で入管に行こうとする外国人の逮捕が頻発したのも、数字合わせのためのムリがあったと言わざるを得ません。
在留資格のない外国籍住民は、「移住労働者」の存在を入管政策がかたくなに認めず、必要な在留資格を用意しないことから生ずるものであり、本人が悪いことをしているわけではありません。これを犯罪と結びつけて敵視することは偏見にほかなりません。首都の住民と行政とが、多民族・多文化共生社会に向けてみずからの偏見を取り除き、外国籍住民に平等の権利を認めることは、日本の将来にとっても是非必要なことです。
はじめに
婚外子差別について、国や地方自治体が、積極的にその差別解消に向けて取り組んだことはありません。人権週間の項目に婚外子差別の解消が謳われたこともありません。いまだに、政府の見解は「子どもを『嫡出子』と『嫡出でない子』に分けることは合理的区別であって、差別ではない」としています。
しかし住民票続柄裁判を始めとした裁判闘争が、婚外子差別撤廃の大きなうねりを全国的にまきおこし、また国連の各委員会への働きかけにより日本政府に対する差別撤廃の勧告を引き出し、それを裁判に活用するなどして闘ってきた結果、婚外子差別の撤廃を一つずつ勝ち取ってきました。
本稿では、婚外子差別の実態やこれまでの経過、ならびに解消されなければならない項目を、一部でしかありませんが、記したいと思います。
⒈婚外子差別とはどのような差別か?
婚外子差別とは、親が法律上の婚姻関係にあるか否かで、法律婚をしている夫婦の子どもを「嫡出子」、法律婚をしていない母親から生まれた子どもを「嫡出でない子(非嫡出子)」と分けた上で、「嫡出でない子」について、相続や国籍取得および出生登録や戸籍の続柄記載といった制度面での差別を課していること(ただし国籍については後述の通り一部改正されました)で、制度面にとどまらず、就職差別や結婚差別といった社会的差別も引き起こしています。「私生子」と差別感情を伴って呼称されることもありました。
また、「嫡出」という用語概念そのものも差別を含むものです。「嫡」という字の旧字体は女偏に「属」という字であり、「嫡出子」という用語は、「家父長に属する女から生まれた子」という含意があり「正統な子」を意味します。家父長制度が撤廃されたはずの現在、「嫡出」という概念は必要ないはずであり、以前、当時の文部省が「嫡」の字を常用漢字からはずそうとしたとき、法務省の猛反発により頓挫した経過もあります。
婚外子の出生率は、2005年では、スウェーデン55.4%、フランス48.4%、イギリス42.9%、アメリカ36.8%、ドイツ29.2%、イタリア13.8%であるのに比較して、日本は2.0%と極めて低い状態にあります。欧米諸国が日本に比べて婚外子の出生率が多いことに関して、政府発行の「平成16年版 少子化社会白書」でさえ「非嫡出子(いわゆる婚外子)が多いからといって、男女関係が乱れているというわけではなく、男女のカップルが結婚に至るまでに同棲という事実婚の状態を経ることが多いこと、非嫡出子であっても法的に嫡出子とほぼ同じ権利を享受できること、結婚形式の多様化に対する社会一般の受け入れなどが背景にあると考えられる。」としています。
⒉婚外子差別の現状
婚外子差別は、前述の通り、制度面での差別があるとともに、制度面での差別が、社会的差別を増幅させるような役割を果たしています。
最高裁第一小法廷2003年3月31日判決で島田裁判官の補足意見は「非嫡出子が本件規定によって受ける不利益は、単に相続分が少なくなるという財産上のものにとどまらず、このような規定が存在することによって、非嫡出子であることについて社会から不当に差別的な目で見られ、あるいは見られるのではないかということで、肩身の狭い思いを受けることもあるという精神的な不利益も無視できないものがある。」と述べています。
以下、現状でものこる制度上の差別から、社会的差別について述べます。
相続差別 民法900条4号ただし書前段に「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1」とあり、この規定が、憲法14条の「法の下の平等」に反するのではないかと多くの裁判闘争が闘われてきました。1995年7月5日の最高裁大法廷の決定は、多数意見で、「規定は、合理的理由のない差別とはいえず、憲法14条1項に反するものとはいえない。」とされたものの、補足意見と反対意見をあわせると、立法府への法改正を促す内容となっており、これを受けて1996年2月26日に法務大臣の諮問機関である法制審議会は同規定を「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分と同等とするものとする。」民法改正案を答申しましたが、一部政治家の抵抗が激しく、2009年8月現在、民法改正は行われていません。
1993年6月「婚外子の相続差別は法の下の平等をうたう憲法14条に違反する」という東京高裁決定を導き出した裁判の原告は、提訴に至るまでの思いをこう述べています。「母の死後、はじめて私は、姉を連れて離婚した母が、既婚の私の父に出会って私を産んだのだと知りました。そして母の死後、『私という人間の価値』は2分の1であり、姉の半分の相続権だと法に告げられたのです。母の私への愛情は半分ではありませんでした。その後、父の遺産相続の調停では『婚外子は殺人犯と同じような加害者』と言われ、相続差別がそれ以上の差別を生み出していることを思い知らされました。私には、婚外子としての自覚とともに、自分が生まれてしまった『言い訳』と『償い』を見つけなくては、という思いが脅迫感のように付きまとうようになりました。それから逃れるためには提訴しかなく、さもなくば私は自分を生涯許せなかったでしょう。自分の生命の否定は、母の一生をも否定することです。婚外子を差別する社会に生まれたことは不幸でも、婚外子に生まれたことは不幸ではない。母に告げられなかった『産んでくれてありがとう』の思いを私は裁判に託しました。」(出典 民法改正をすすめるグループ編「民法改正そこが知りたい―選択別姓と子どもの平等を」1996年かもがわブックレット より)。
国籍取得における差別 2008年6月4日最高裁大法廷は、日本国民の父と日本国民でない母の間に生まれ、父が出生後認知した子について、父母が結婚した場合だけ日本国籍を認めており、そうでない婚外子には日本国籍を認めないとする、国籍法3条1項の規定が憲法14条1項に違反するとした判決を出しました。この判決を受けて2008年12月8日に国籍法が改正され、日本人の父親と外国人の母親の間に生まれた婚外子も、父が認知すれば日本国籍を取得することが可能となりました。しかし、「偽装認知への懸念が高まり、父が一緒に写った写真の提出やDNA鑑定を検討するよう求める付帯決議がついた。当事者からは、『以前から認められていた胎児認知の手続きが厳しくなった』『ほかに家庭を持っている父親の協力が得にくい』という声もあがっている。」(2009年3月21日朝日新聞)という問題点も出てきています。
出生登録差別 出生届の「父母との続柄」欄には、「嫡出子」か「嫡出でない子」かの別を記載することが戸籍法49条2項1号に義務付けられており、婚外子の親が「嫡出でない子」という表記は差別だとして記載を拒否し、行政が職権で「嫡出でない子」と記載した付せんを貼る処理も拒否すると、出生届が不受理となり、戸籍がつくられません。
戸籍が作られないと、パスポートも作られず、それが大きな問題となっています。2007年6月、外務省は民法772条関係に限定した戸籍がない子どものパスポート問題に対応して旅券法に関する省令を改正しましたが、戸籍がないままパスポートの発給を受けるためには、戸籍を求めて親子関係を特定する訴訟手続きを起こしているといった条件が必要のほか、「母の離婚前の姓を使うこと」という要件が支障となっているほか「海外渡航を認める人道上の理由があるか」といった審査もなされるので、この対応で救済される人は極稀です。また、婚外子差別撤廃の立場で続柄の記載を拒否して戸籍がない状態の場合には、この省令改正は適用されません。
世田谷区住民票不記載事件 2005年5月、東京都世田谷区は、出生登録差別によって出生届不受理・戸籍なしの状態になった事実婚夫婦の子どもに対して、戸籍のないことを理由に住民票の作成を拒否しました。これを不服として、子どもと両親は住民票の作成を求めて裁判を提起、2007年5月31日の東京地裁判決は「住民票をつくれ」という判決を出しましたが、同年11月5日の東京高裁判決は「住民票作成の義務はない」とする原告側が逆転敗訴の判決、2009年4月17日の最高裁判決は「住民票を作っても法に反しないが、作らなくても違法ではない」とする判決を出しました。この最高裁判決以降も世田谷区は住民票を作成せず、住民票がないという理由で、2009年6月にはこの子どもを対象者とする定額給付金の支給を行いませんでした。
戸籍がないために住民票を作らないという事例は、世田谷区だけではありません。以前は、戸籍がなくとも、居住実態があれば、ほとんどの自治体で住民票を作っていましたが、1989年12月に旧自治省が「婚姻中に婚姻外の男との間に出生した子の出生届が受理に至らない件について、出生届を受理した後に職権で子に係る住民票の記載を行なう扱いを相当とする」とした通知を出して以降、全国の多く自治体が戸籍のない子どもの住民票を作らなくなってしまいました。これについて2008年6月総務省は民法第772条の規定により「前夫の子」とされてしまうことを理由に出生届を出していない場合について、住民票を作成する基準を示しましたが、この基準には婚外子差別に関する記述はなく、また「将来的に戸籍の記載が行われる蓋然性が高いと認められるもの」といった条件がつけられており、救済されないケースも少なくありません。
戸籍の続柄記載 以前は、戸籍の続柄に、婚内子は「長男・長女」と記載されるのに対して、婚外子は「男・女」と記載されました。これが、婚外子を不当に差別するもので憲法に違反するとして、1999年11月に裁判が提起され、2004年3月2日「差別記載はプライバシー侵害」とする一審東京地裁判決が出されました。この判決を受けて法務省は規則を改正し、2004年11月以降に出生届が受け付けられた子どもは、婚内子も婚外子も戸籍の続柄が「長男・長女」と記載されるようになりました。
しかしこの規則改正は、以下に示す通り、差別的な改正となっています。
第1に、市町村や一般からの「男・女への続柄の統一を」との多くの意見を無視し、「長女・長男」という家制度化の序列を維持したこと。
第2に、続柄を「長女・長男」で統一しようとするために、婚内子は父母との続柄、婚外子は母との続柄という続柄の二重基準を導入したこと。そのためこの二重基準により、続柄は父母との続柄を記載するとの戸籍法の規定に違反していること。
第3に「長女・長男」の続柄での統一化について、住民票の続柄の時のように職権で一斉に行うことをせず、2004年11月以前に戸籍に記載されている婚外子については、本人などからの申し出によってしか更正―再製を行わないとしたために、いまだ150万人前後もの婚外子の続柄が差別記載されたまま放置されていること。さらに変更手続の問合せに行った人が窓口職員から「結婚する気はないのか」といった差別的発言をされたといった事例も発生している。加えて、申請して「長男・長女」に改めたとしても、再製を申し出なければ「男・女」といった記載を2重線で消して、その横に「長男・長女」と記載するため、判決で示された「プライバシー侵害」はより際立つような形になっていること。
このため私たち交流会としては、更正―再製についての申し出人への説明の実態について市町村調査を行いその結果を法務省に突き付け、説明の徹底に関する市町村への通知を出させました。しかしこの更正―再製問題をはじめ、上記3点で指摘した制度の根本的問題点は解決されていません。
社会的差別 法制度上差別されている婚外子は、社会的差別にもさらされています。後述する住民票続柄裁判において1990年10月31日に行なわれた原告尋問では、婚外子だということを相手の両親に反対されて結婚が破談になったという結婚差別。また、会社を2つ受けたけれども面接で家族関係を細かく聞かれて不合格になってしまった、それは自分が婚外子ということないし家族関係が複雑だと判断されて不合格になったんじゃないか、といった就職差別あるいはそういった不安にさいなまれる、という事例が示されています。
同時に、婚外子の母親に対しても子どもが生まれる前から「子どもが生まれたらかわいそうじゃないか」というような、あるいは事実婚夫婦に「婚姻届をだせ」といった、周囲からの圧力があったことも示されています。
こういった社会的差別は、現在もなくなったわけではなく、なお深刻な問題としてあり続けてます。
森喜朗総理の私生子発言 2000年9月28日の衆院予算委員会で、民主党の菅直人衆議院議員から「森総理は密室の談合政治で誕生した」と指摘された際、森総理(当時)は答弁の中で、「密室で私生子のように生まれたと言われると大変不愉快だ。」と発言しました。慌てた自民党の同委理事が野党側と協議し、直ちに発言を議事録から削除しました。なお、森喜朗首相は29日の参院予算委の答弁で、江田五月氏(民主)が質問の冒頭、「発言の訂正を」と求めたのに対し「いささか興奮して、適切でない表現をした。取り消したい」と答えています。
2000年段階で、時の総理大臣が差別語である「私生子」という言葉を使用し、婚外子の存在を不愉快として否定するという差別発言を国会の場で堂々と行うことが、婚外子に対する社会的差別が未だに解消がなされていないことを物語っています。
世論調査について 婚外子の相続差別について、日本政府は、国連委員会の場で、世論調査の結果を理由に「この制度の改正についての国民の意識が成熱しているとは言い難い。」などと説明しています。しかし、最近の内閣府が行なった「家族の法制に関する世論調査(2006年12月調査)」では、58.3%が「婚外子を法律上不利に扱うことに反対」としています。確かに民法の相続規定に対しては41.1%が「変えない方がよい」と答え、「相続額を同じにすべきだ」の24.5%を上回っているものの、どちらともいえないとする人が31.2%いることからしても、政府の説明は的を得ていません。また国連からは「規約に基づく義務に違反し得る締約国の態度を正当化するために世論の統計を繰り返し使用することは懸念される。」というとの指摘があるように、世論調査の結果を理由に相続差別の撤廃を行わないことを正当化すべきではありません。
⒊婚外子差別撤廃に向けた動き
⑴裁判闘争
住民票続柄裁判 以前、住民票の欄は、婚内子は「長男・長女」、婚外子は「子」と表記されていました。これを差別として、1988年5月9日、裁判が提訴され、1991年5月23日の一審東京地裁判決は、原告の訴えを退けながらも、「非嫡出子に対するいわれのない差別の存在と区別のない記載方法も可能であること」を示唆しました。控訴審に移り、判決日程が延長されている間の1995年3月1日に住民票の続柄差別記載が撤廃され「子」に統一されました。その後同年3月22日の東京高裁判決は、「訴えの利益なし」として原告敗訴であったものの、差別記載は憲法に規定されている「法の下の平等違反」との判断を勝取りました。1999年1月21日に最高裁判決で原告敗訴が確定しましたが、住民票の差別記載を撤廃した画期的裁判闘争でした。
この住民票続柄裁判終結後、未だ撤廃されていない戸籍の続柄差別記載について、差別撤廃を求めて提訴され、戸籍続柄裁判が行われました。この裁判も大きな反響を呼び、女性たちの全国的な支援の中で、戸籍の続柄差別記載は憲法のプライバシー違反との判決が出され、婚外子への続柄差別記載の改正にいたったのです。
国際婚外子の国籍取得裁判 2008年6月4日、最高裁判所大法廷は「国籍法3条1項の規定が,日本国民である父の非嫡出子について,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者に限り日本国籍の取得を認めていることによって,同じく日本国民である父から認知された子でありながら父母が法律上の婚姻をしていない非嫡出子は,その余の同項所定の要件を満たしても日本国籍を取得することができないという区別が生じており,このことが憲法14条1項に違反する」とする判決を下しました。この判決は、胎児認知をしない限りは、日本国籍取得の道を閉ざされていた国際婚外子に朗報をもたらしました。と同時に、「我が国における社会的,経済的環境等の変化に伴って,夫婦共同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており,今日では,出生数に占める非嫡出子の割合が増加するなど,家族生活や親子関係の実態も変化し多様化してきている。」として国内情勢を考慮したうえで「諸外国においては,非嫡出子に対する法的な差別的取扱いを解消する方向にあることがうかがわれ,我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約にも,児童が出生によっていかなる差別も受けないとする趣旨の規定が存する。」として、婚外子を差別している全ての法制度撤廃に向けた方向性を示唆している点からも画期的といえます。
⑵国連各委員会の勧告
裁判闘争に加えて、婚外子差別撤廃を求める運動は、国連の各委員会への働きかけも続けてきました。その結果、繰り返し、日本政府は婚外子差別撤廃を国連勧告により求められることになります。尚、以下に掲げる国連勧告は、冒頭の2つを除いて、日本政府による仮訳を引用しました。
国際人権規約B規約24条に関する規約人権委員会の一般的意見(1989年) 相続の場合を含めて嫡出子と婚外子との差別を除去する目的で子ども達に対する保護措置をいかに法律上及び実務上保障しているかを報告書に記入すべきである。
国連規約人権委員会による日本への勧告(1993年11月4日) 婚外子に対する日本の法制度を改正し、そこに含まれている差別的状況を削除するよう勧告する。
子どもの権利に関する委員会の最終見解:日本(1998年6月5日) 委員会は、法律が、条約により規定された全ての理由に基づく差別、特に出生、言語及び障害に関する差別から児童を保護していないことを懸念する。委員会は、嫡出でない子の相続権が嫡出子の相続権の半分となることを規定している民法第900条第4項のように、差別を明示的に許容している法律条項、及び、公的文書における嫡出でない出生の記載について特に懸念する。委員会は、また、男児(18歳)とは異なる女児の婚姻最低年齢(16歳)を規定している民法の条項を懸念する。
市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)人権委員会の最終見解・日本(1998年11月5日) 委員会は、特に国籍、戸籍及び相続権に関し、婚外子に対する差別について引き続き懸念を有する。委員会は、規約第26条に従い、すべての児童は平等の保護を与えられるという立場を再確認し、締約国が民法第900条第4項を含む、法律の改正のために必要な措置をとることを勧告する。
経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会の最終見解 (2001年8月31日) 委員会は、締約国に対し、現代社会では受け入れ難い「非嫡出子」という概念を立法及び慣習から取り除き、婚外子に対するあらゆる差別をなくすための立法上及び行政上の措置を早急にとり、さらに、損なわれた個人の規約上の権利(規約第2条及び第10条)を回復させることを要求する。
女子差別撤廃条約第4回及び第5回報告書に対する委員会最終コメント(2003年7月18日) 委員会は、民法が、婚姻最低年齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、夫婦の氏の選択などに関する、差別的な規定を依然として含んでいることに懸念を表明する。委員会は、また、戸籍、相続権に関する法や行政措置における嫡出でない子に対する差別及びその結果としての女性への重大な影響に懸念を表明する。
委員会は、民法に依然として存在する差別的な法規定を廃止し、法や行政上の措置を条約に沿ったものとすることを要請する。
子どもの権利委員会の最終見解:日本(2004年2月26日) 委員会は、締約国が、婚外子に対するあらゆる差別、特に相続や市民権、出生登録における差別や「非嫡出」なる差別的用語を法律及び規制から撤廃するために法律を改正するよう勧告する。
自由権規約委員会の最終見解:日本(2008年10月30日) 委員会は、嫡出でない子が国籍の取得、相続権及び出生登録に関し差別をされていることに懸念を再度表明する。(第2条1、第24条及び第26条)。
締約国は、その法制度から、国籍法第3条、民法第900条4号及び出生届に「嫡出」であるか否かを記載しなければならないとする戸籍法第49条1項1を含め、嫡出でない子を差別する条項を除去するべきである。
上記、各勧告は、日本政府による訳のため、婚外子と訳すべきところを「嫡出でない子」との差別表現を使用している場合が多く、誤訳に近いと思われるものもあります。その最もひどい訳文である政府仮訳を引用したとしても、以上のように、国連は日本の婚外子差別について、再三再四、その撤廃を求めており、しかも回数を重ねるごとに勧告の内容は改正すべき法律条文を掲げるなど具体的なものになっています。
そもそも1948年12月10日に第3回国連総会において採択された世界人権宣言で「母と子とは、特別の保護及び援助を受ける権利を有する。すべての児童は、嫡出であると否とを問わず、同じ社会的保護を受ける。」(政府訳)と謳われているにも関わらず、未だに婚外子差別を続けている日本政府の姿勢は悪質です。またユニセフは子どもに対する差別を六つ挙げ、その一つに日本の婚外子相続差別を挙げています。
⑶窓口闘争と行政交渉
70年代から80年代にかけて、出生届の「父母との続柄」記載拒否などの個別の窓口闘争が広がりを見せました。80年代に法務局担当職員が編んだ書籍の中にも「出生届で子の父母との続柄に『嫡出子』と『嫡出でない子』の別があるのは差別であるという立場の人たちが、“私生子差別をなくす会”(東京)や“婚外子差別と闘う会”(大阪)と称する団体を結成し、現行制度を変革していくことを目標に運動を進めている・・・。現に東京や大阪では、これらの人達が市区町村役場での窓口闘争として『父母との続柄』欄の記載をしない出生届を、既に何件か提出しているとのことです。」(出典 東京法務局戸籍課職員編「戸籍小箱〈戸籍実務のワンポイント・セミナー〉」1986年テイハン より)と記されており、運動の広がりとともに、戸籍実務に対しても大きなプレッシャーを与えていたことが分かります。このような運動の広がりを経ながら、いままで述べてきたような裁判闘争や国連各人権委員会への働きかけが取組まれてきました。
また、私たち交流会は、発足以降、法務省や総務省(旧自治省時代を含む)と繰り返し交渉を行ってきました。このような中で、出生届差別記載・付せん処理拒否について「一律不受理するのではなく、個別事案ごとに検討する」という回答を引き出し、また、「戸籍の続柄変更申請のあった際には、再製申立についても説明するように」という旨の各自治体宛の指示を法務省に通知させることもできました。
⒋婚外子差別のない社会を(主要な要求)
❶まず政府は、国連勧告および96年の法制審議会答申に沿って、民法ならびに戸籍法を改正し、相続差別、出生登録差別を撤廃することです。
この要求が、最も主要な要求であり、以下の要求はこの要求が実現するまでの間、付帯的事項として挙げるものです。
❷戸籍の続柄については、性別に改めるよう戸籍法を改正すべきですが、当面の措置として「長男・長女」をやめ「男・女」にすべきです。その際には、申請主義をとることなく、職権で一律に訂正すべきです。そもそも現民法は、家督相続制度がなくなった時点で「長、二、…」という区別は、法律上意味がなくなっているのです。
❸民法・戸籍法が改正されるまでの間は、出生届の差別記載ならびに付せん処理を拒否した場合でも、出生届を受理し、戸籍を作成すべきであり、同時に、婚外子の出生届において、少なくとも胎児認知届が出されている場合もしくは出生届と同時に認知届を出す場合には、届出人が「父」であっても受理すべきです。
❹戸籍がない子どもについても、日本国籍が明らかであれば、外務省は、無条件でパスポートを発給すべきです。
❺出生届の差別記載を拒否した結果不受理になった場合であっても、住民票の作成をすべきです。同時に、戸籍がない子どもについても、戸籍がない理由如何を問わず、地方自治体は、居住実態に即して、住民票の記載をすることが必要です。
❻人権週間等の啓発キャンペーンの際には、他の人権課題と同様に、婚外子差別・出生差別を撤廃すべき課題と位置づけて、取り組みを進める事が必要です。
おわりに
婚外子差別は、法制度上の差別であり、社会的差別でもあります。そのことは、婚外子と同時にその母親に対する差別であり、女性に対する差別でもあることは、今までも述べたとおりです。そして婚外子の親であるシングルマザーも少なくありません。生活保護の母子加算廃止をはじめとする社会保障切捨ての政策が、婚外子とその親である女性の生存権をも脅かす事態になっています。親と子の関係がどのようであれ、親も子も当たり前に生きることが出来、当たり前に平等に自由が享受できる社会の実現を求めます。
はじめに
空前の韓流ブームによって日本における韓国のイメージは大きく変わり、ここ数年の間に多くの日本人が韓国を訪れ、言葉を学んだり、料理や文化に親しんだりしています。東京の新大久保界隈ではまるでソウルの街並みのようにハングルで書かれた看板が並び、多くの人々が訪れて異文化を楽しんでいます。しかし、独島(竹島)問題や拉致問題、「従軍慰安婦」問題など日本と朝鮮半島の過去史をめぐる緊張と対立はむしろ高まっており、2002年の朝日ピョンヤン宣言以降、朝鮮民主主義人民共和国に関する過剰で悪質な報道や暴言などが繰り返されるなかで、在日コリアンに対する暴言や暴行、嫌がらせが横行し、在日コリアンへの差別は再生産され、強化されているといえます。
東京においても石原都知事が2000年の「第三国人」騒擾発言につづいて2003年には韓国併合は朝鮮人の「総意」であるとして植民地支配を公然と正当化し、石原都政のもとで東京朝鮮第二初級学校(枝川朝鮮学校)に対して理不尽な校地明け渡しが要求されるなど、在日コリアンの歴史と現状への認識不足や偏見、差別を象徴するような出来事が起こっています。
このように在日コリアンに対する差別の原因は、東京都の施策だけにとどまらない問題を多く含んではいますが、首都である東京都における差別の是正に向けた施策が、国や他の都道府県へのよりよい影響力を発揮することを期待しながら、在日コリアンの差別の現状と課題について述べていきたいと思います。
⒈在日コリアンとは何か?在日コリアンへの差別とは何か?
在日コリアンの歴史は、日本の朝鮮半島に対する侵略と過酷な植民地支配によって土地を奪われ生活が困窮した多くの朝鮮人が、生きるために日本へ渡航し、あるいは戦争が激化して日本の労働力が不足するなかで強制的に連行されてきたことから始まりました。日本の敗戦時に約220万人いた在日朝鮮人の多くは朝鮮に帰国しましたが、当初は日本政府が帰国事業に協力的でなかったことや、米ソの冷戦体制の下で朝鮮半島情勢が緊張状態にあったことから、約60万人の朝鮮人が日本に留まざるを得ませんでした。その後、1965年に歴史清算が非常に不十分な形で韓日条約が締結され、朝鮮民主主義人民共和国とはいまだに国交が樹立されていないという朝鮮半島と日本との不正常な関係によって、在日コリアンはさまざまな権利を奪われたままでいます。
統計によれば、A:日本で生活する外国人登録上の国籍欄が「韓国」「朝鮮」の者は、589,239人〔08年末〕で、全外国人人口2,217,426人の約27%を占めています。ここには90年代以降急増した滞日コリアンも含まれます(但し、90日以内の滞日者は外国人登録の対象なので含まれない。日本国籍取得者も含まず)。
そのうち、B:日本による植民地支配の結果として朝鮮半島から渡日してきた者とその子孫で外国人登録上の国籍欄が「韓国」「朝鮮」の者は40数万人(特別永住者416,309人〔08年末〕+永住者の一部)で、こちらは80年代以降は減少しつづけています。その理由は、日本における在日コリアンの無権利状態を背景とした「帰化」者の増加(C:52〜08年末までで32万232人)と、韓国・朝鮮籍同士の結婚が減少し(94年以降は20%台、01年以降は10%台)、韓国・朝鮮籍の子どもの出生率が極端に減少していることによります(95年以降は3,000人台、03年以降は1000人台)。一方で、D:片方の親が日本国籍(帰化者も含む)であることから日本国籍を有する子どもは85〜07年の間に138,462人以上生まれています(85年に日本の国籍法が改正されて以降、片方の親が日本国籍者であれば子どもは日本国籍を有することになった)。
いまや、家族、学校、在日団体などさまざまな単位の中に韓国・朝鮮、日本国籍者が混在していることを前提に、在日コリアンとは、E:国籍を問わず「日本による植民地支配の結果として朝鮮半島から渡日してきた者とその子孫」を指すと規定し、さらに滞日コリアンを合わせれば100万人を超えます。
東京におけるコリアン人口(08年末)114,961人
(内、特別永住者49,385人 永住者12,756人 日本人の配偶者等5,034人 永住者の配偶者等740人、定住者2,634人)
*東京都の外国人人口 402,432人(08年末)
*2009年1月1日現在における東京都の人口は12,907,066人
【在日コリアンの人口】
A
日本で生活する外国人登録上の国籍欄が「韓国」「朝鮮」のもの
589,239人
B
日本による植民地支配の結果として朝鮮半島から渡日してきた者とその子孫で外国人登録上の国籍欄が「韓国」「朝鮮」の者
416,309人
(特別永住者)+永住者の一部
C
帰化者(52年〜08年)
320,232人
D
「韓国・朝鮮」籍と日本国籍者の子ども(85年〜07年)
138,462人以上
E
国籍を問わず「日本による植民地支配の結果として朝鮮半島から渡日してきた者とその子孫」
90万人以上
日本社会における差別を背景に、在日コリアンの多くが日本名(通名)を名乗っています。また、在日コリアンの学齢児の約90%が日本の学校で学んでいる現状の中で、多くの在日コリアンが自身の歴史を正しく知ることができず、ゆえに語ることができないでいます。一方で、民族学校に通う(通った)在日コリアンらは、日本と朝鮮半島との不正常な関係のなかで、さまざまな差別にさらされています。
在日コリアンに対する差別を是正するためには、なによりも在日コリアンの歴史と現状に対する正しい認識をもつことが求められます。
⒉在日コリアンへの差別の現状
⑴制度的差別
@民族学校への処遇差別
朝鮮学校卒業生の大学受験資格は各大学の判断となっているため、一部受験できない大学があります。また、朝鮮学校には日本政府(国庫)からの運営費への補助がなく、地方自治体が支給している補助金も日本の私立学校に比べて少額のため経済的に大きな負担を負っています。 とりわけ東京都は他府県の朝鮮学校への支援と比べても大変低い水準となっています。
学校への寄付金についても、法人が日本学校に寄付をする場合は、公立なら全額、私立なら一定額が損金扱いされます(特定公益増進法人の場合)。また、個人だと公私立いずれも一定額までの寄付金ならそのほとんどが所得税算定時に所得から控除されます。これは学校に寄付が集まりやすくするように配慮した税制上の優遇措置ですが、民族学校の場合は認められていません。
A日本の学校における歴史教育の不足と無配慮、無作為
在日コリアン子弟の学齢児の8〜9割が、日本の学校に通っていますが、日本の学校では日本と朝鮮の近代史について正しく教えないために、在日コリアンの子どもたちは民族的な劣等感を持たざるを得ません。在日コリアンの歴史と現状について理解のない教師も多く、学校のなかで差別事件がおこっても十分な対処がなされない場合がほとんどです。
B制度的無年金状態に放置されたままの障害者・高齢者
1981年まで国民年金制度において国籍条項があったがため、いまも一定年齢以上の在日コリアン高齢者は年金を受給できません。障害者についても国籍条項が無くなったときに既に20歳を超え、障害を持っていた者は年金を受給できないままとなっています。このような状況が続く中、最近では多くの自治体が救済措置(福祉給付金の支給)をとっています。都下の市区町村で無年金高齢者・障害者への救済措置をとるところはあるものの、その実施自治体の割合は他府県に比べ極めて低いのが現状です。都としての救済措置もありません(神奈川、兵庫、京都、大阪、北海道などはある)。
C身分証常時携帯とそれらに対する刑事罰制度
外国人登録証明書を常時携帯することが義務付けられており(特別永住者については2009年通常国会で成立した改定入管特例法により遅くとも2012年からは外国人登録証明書が特別永住者証明書に代わり、その常時携帯義務はなくなることになっている)、携帯していない場合は刑事罰が科せられています。外国人登録法上の指紋押捺制度はすでになくなっていますが、外国人を管理と抑圧の対象とした制度として常時携帯義務や刑事罰制度が維持されていることに変わりはありません。
調査対象者全員
在日コリアン
(「韓国・朝鮮籍」)
全外国人
(外国籍・無国籍)
2005年国勢調査結果
労働力人口
65,399,685人
251,417人
837,327人
完全失業者数
3,893,712人
28,573人
64,952人
国勢調査結果から見た
完全失業率
5.95%
11.36%
7.76%
2000年国勢調査結果
労働力人口
66,097,816人
278,851人
726,577人
完全失業者数
3,119,856人
22,971人
41,661人
国勢調査結果から見た
完全失業率
4.72%
8.24%
5.73%
2005年国勢調査結果(東京都)
労働力人口
6,269,592人
34,399人
101,826人
完全失業者数
354,059人
3,211人
8,325人
国勢調査結果から見た
完全失業率
5.65%
9.33%
8.18%
D植民地支配被害者への個人補償(賠償)、名誉回復、原状回復義務の不履行
朝鮮植民地支配に対する謝罪と補償が行われていないために「従軍慰安婦」、強制連行被害者、戦争犠牲者(戦傷病者、戦没者遺族)への個人補償が実現できていません。
東京では、関東大震災における虐殺(その数、数千人。6000人とも言われる)への謝罪や補償が全くなされていません。過去の過ちに対する謝罪と補償があってこそ正しい歴史認識を共有することができ、在日コリアンへの差別問題を根本的に解決することができます。なお、植民地支配によって奪われた言葉や文化を取り戻すため民族教育には、原状回復義務の観点からも積極的支援が必要です。
Eその他公務就任権(上級管理職への昇進問題)、住民投票権をはじめ国籍条項等による様々な差別があります。
⑵社会的差別
@就職差別
就職の際にも、在日コリアンの歴史や現状への認識が不足していることから、いまだにさまざまな差別があります。
「在日朝鮮人の生活の実態」(日本赤十字社、1956年)によれば、1954年12月現在の在日コリアンの完全失業率は日本人の8倍でした。1971年の東京都立大学教育研究室による資本金30億円以上の民間企業に対するアンケート調査では、「採用にあたって在日朝鮮人であることを問題にする」と答えた企業は41.5%でした。2000年代の国勢調査でも、全体に比べて失業率が高くなっています。採用の時点で「日本人ではない」ことから不採用、あるいはこころない言葉を投げつけられることが多く、就職後も本名(民族名)で働くことへの理解はまだまだ不足しています。
○就職活動の面接で「日本語しゃべれまちゅか?」と言われた。履歴書「国籍欄」以外をちゃんと見ているのか?※当日の履歴書は「国籍欄」があった(30代女性)
○上記同様、就職活動の面接で、終始国籍に関することや家族のことばかり聞かれた。(30代女性)
○業務に関することで職場と言い争いになった時、「韓国人でも採用してあげたのに。やっぱりそっちの人は…」と言われた。(30代女性)
○短大時代、就職活動でいくつかの企業に資料請求はがきを出したが何も届かなかった。一緒に出した日本人の友人には資料や案内が届いたのに。(30代女性)
○「日本語が上手ですね」とか「他の外国人とあなたは違う」と言われると在日に対する理解や認識の違いを感じて悲しい。
A入居差別
賃貸物件を探す際に、ほとんどといってよいほど国籍が問題になります。いまや外国籍者が区民の10%にもおよんでいる新宿区の調査結果によると、住宅を探すときに「外国人だからと断られた」という回答が4割を超えています(「新宿区における外国籍住民との共生に関する調査」〔財〕新宿文化・国際交流財団2004年)。
この数字などからも分かるように、依然として家主が在日コリアンをはじめ外国籍者の入居を嫌うことが多く、不動産業者も外国籍者の斡旋には消極的な態度をとるところが少なくないのが現状です。
○2004年の年末、荒川区内でアパートを借りようと不動産業者をたずねたが、ほとんどの業者が「大家に頼まれている」と何の正当な理由もなく外国人には規制をしていた。ある業者は「外国人だと紹介できる物件は半数ほどになる」とまで話していた。外国人への無理解はもちろんのこと在日コリアンの歴史的背景もほとんどの一般の人々には理解されていないことを実感した。(30代男性)
○不動産やで気に入った物件を大家に問い合わせしてもらったとき、「外国人なんですが・・・」とバツが悪そうに話しているのをみた。(30代女性)
○アパートを探して不動産やに行ったが手続きの段階で「日本国籍が必要」と言われた。
B朝鮮学校生徒らへの暴言暴行、日本学校内における差別
日本のマスコミによる朝鮮民主主義人民共和国に対する過剰で悪質な報道が日常化している中で、在日コリアン学生に対する暴言や暴行、嫌がらせが後を絶ちません。
「在日コリアンの子どもたちへの嫌がらせを許さない若手弁護士の会」が、関東地方の朝鮮学校21校の児童・生徒2,710人を対象に調査したところ、2002年9月17日以降約6カ月の間に「被害を受けた」と答えた児童・生徒数は522人(19.3%)に及ぶという結果が出ました。また同時期に結成された「在日コリアンの子どもたちへの嫌がらせを許さない大阪弁護士の会」が大阪府下12校1,768人を対象に行った同様の調査では2002年9月17日以降の約8カ月の間に「被害を受けた」と答えた児童・生徒数は416人(23.5%)に及ぶという結果が出ました。
「大阪市外国籍住民の生活意識についての調査報告書」2002年3月(調査は2001年)
「住宅・入居において差別などを感じた」
32.1%
「家主から日本国籍が必要と言われて、入居を断られた」
17.3%
「マンション・アパートの入口に『外国人お断り』とかかれているものを見た」
13.9%
「家主から入居の際、日本人の保証人が必要と言われて、入居できなかった」
12.2%
「不動産業者に外国人を理由として、あっせんしてもらえなかった」
11.8%
「住宅・入居において差別などを感じた」 国籍別 『韓国及び朝鮮』 31.7%
『中国』 33.2%
『その他』 38.2%
○中学生の娘の歴史の時間に教師が植民地政策を美化する発言。それに反論できなかったと娘は帰宅後泣いて報告した。翌日父親が校長と面談。校長は担当教師への注意を約束した。(50代女性)
○同級生から「朝鮮人!」と罵倒された(40代男性)
○日本(通称)名で通っていた高校の卒業式で、担任が日本名か本名のどちらで呼んでほしいのか聞いてきたが、私が答える前に「やっぱり周りから変に見られるし、日本名だよな」と言われた。(30代女性)
○国家試験を目前に控えたある日、「外国人の合格点数ラインは日本人のそれよりも高くなければ不合格になる」との噂が流れた。(30代女性)
○「外国人と結婚したい」と言う子が「なに中国人?韓国人?」と聞かれると「いやだ!そっちじゃない、気持ち悪い」と返していた。(30代女性)
○進路相談で先生から「日本に帰化しないと就職はできないから早く申請した方がいい」と言われた。(30代女性)
○専門学校には本名で通ったが、最初の出席確認の時に民族名を先生が呼ぶとクラス内がざわつき、その後ほとんどのクラスメイトが話しかけても相手にしてもらえなくなった。(30代女性)
関東や大阪府以外の地域でも同様に嫌がらせ事件が起きているという状況から、おそらく約半年の間で1000件以上の暴言、暴行等の事件が日本全国で起きたと推測されます。また、これ以外にも朝鮮学校への嫌がらせ電話、脅迫電話が相次ぎ、学校のホームページの掲示板への差別的書き込みが相次ぎました。
日本の学校においても、先にあげたように教師や同級生から不当な差別をうけています。足立区のある小学校で、本名で通学している在日コリアン学生が同級生から「このキムチヤロー、カンコクジン、チューゴクジン」とからかわれ不登校になったケースもあります。同級生からからかわれている事実は、たまたま母親が家の近くでその場面を目撃したことから発覚しましたが、そのような差別が日常的にクラスの半数以上から行われていたにもかかわらず、また入学の際の「家庭状況報告書」や家庭訪問の際にたびたび父母から担任教師に注意を促していたにもかかわらず、学校からは何の報告もありませんでした。多くの在日コリアンが日本名を名乗っているのは、このような差別の現実が背景にあるからです。大阪市外国人教育研究協議会による調べ(1999年)では、「本名使用率」は小学校13.6%、中学校14%、高校10.8%です。
C石原都知事発言(2000年4月の第三国人騒擾発言、2003年10月の韓国併合は朝鮮人の「総意」「責任」発言)
○「三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており、大きな災害では騒擾事件すら想定される。警察の力に限りがあるので、みなさんに出動していただき、治安の維持も大きな目的として遂行してほしい」(2000年4月9日、陸上自衛隊練馬駐屯地、創隊記念式典での挨拶。朝日新聞2007.3.18より)
○石原慎太郎東京都知事は28日、北朝鮮による拉致問題の解決を訴える「救う会東京」の集会で基調講演した際、1910年の日韓併合に触れ、「彼ら(朝鮮人)の総意で日本を選んだ」「どちらかといえば彼らの先祖の責任」などと述べ、当時の朝鮮人が日本との併合を望んだとの見方を示した。石原知事は、日本民族のルーツについて話す中で、「(日本は)決して武力で侵犯したんじゃない。むしろ朝鮮半島が分裂してまとまらないから、彼らの総意で、ロシアを選ぶか、シナを選ぶか、日本にするかということで、近代化の著しい同じ顔色をした日本人の手助けを得ようということで、世界中の国が合意した中で合併が行われた」と話した。また、「私は日韓合併を100%正当化するつもりはない」としたうえで「彼らの感情からすれば、そりゃやっぱりいまいましいし、屈辱でもありましょう。しかし、どちらかといえば彼らの先祖の責任であってね」と述べた。[毎日新聞2003年10月29日より抜粋]
このような発言が在日コリアンをはじめ外国人に対する差別と偏見を助長する結果しか生まないことは明らかです。
⒊在日コリアン差別をなくすための行政施策の現状
総務局の東京都人権施策推進指針のなかで外国人の人権問題を扱っていますが、一般的な呼びかけでは不十分で、具体的な対策が必要です。
生活文化スポーツ局では、「外国人都民会議」を経て「地域国際化推進検討委員会」を2001年度に設置しており、検討テーマには防災・緊急時の対策等が挙げられてきました。国際交流・協力を推進するための情報提供や普及啓発等も行われていますが、隣の神奈川県と比べても多くの面で非常に遅れています。同委員会には民間団体の代表らが含まれていますが、歴史的な背景をもつ在日コリアンは同委員会発足以降、一度も委員に選ばれておらず、コリアンはじめ在住外国人の人権問題は検討テーマには挙げられないままとなっています。
⒋在日コリアン差別の現実に即した行政施策の確立を!
⑴国のレベルで行うべき施策
@民族学校への処遇改善。民族学校に対する制度的保障を行おうとしない日本政府の態度は明らかに国際人権法上の要請に反しており、現に国連の各人権条約実施監視機関から再三勧告を受けています。民族学校を正規の学校と位置づけ、補助金その他の財政援助を得られるようにすること。民族学校卒業資格を大学入学試験の受験資格として承認すること等、日本政府は民族学校への処遇改善を早急に行うべきです。
A学校教育での歴史、人権教育の実施。日本学校の教員及び児童・生徒に対して在日コリアンの子どもに対して差別が行われないよう教育現場における歴史・人権教育の充実を促す施策を講ずるべきです。また、マイノリティの子どもの教育への権利として、日本学校における在日コリアンの子どもの継承語・継承文化教育の保障も行うべきです。
B制度的無年金状態に放置されたままの障害者・高齢者の救済。国民年金制度発足時や小笠原諸島や沖縄返還時にとられた一定年齢以上の者に対する救済的経過措置同様、制度的に無年金状態におかれてしまった、在日コリアンの障害者・高齢者に対して早急に救済措置を講じる必要があります。
C在留管理制度の改正。少なくとも特別永住者、永住者には身分証の常時携帯義務や再入国許可制度を廃止すべきであり、転居後14日以内に住所変更届をし忘れるなど、不注意で起こりうる些細な義務違反にまで刑事罰の対象とするような罰則制度も改めるべきです(出入国管理及び難民認定法の改定案が09年通常国会で成立し、2012年には施行される見込みだが、改定法でもこれらの問題の多くがそのままとなっている)。
D公務就任権、家事調停員、司法委員など国籍差別の撤廃。定住外国人が増加する一方で、外国人も公務員や家事調停員になり制度を良くしていくことは、多民族・多文化共生の点からも意義があることです。
E植民地支配被害者への個人補償(賠償)、謝罪、名誉回復、原状回復。戦時性奴隷とされた元「従軍慰安婦」、強制連行被害者、戦争犠牲者(戦傷病者、戦没者遺族、被爆者はじめ空襲犠牲者)などへの補償(賠償)と謝罪、名誉回復、原状回復義務の履行を行うべきです。関東大震災時の朝鮮人虐殺の真相究明等も行うべきです。
F差別状況や生活実態、意識に関する実態調査。差別をなくすためには、このような差別の実状を正確に把握することが極めて重要です。在日コリアンの生活実態や差別状況、日本国民の差別意識に関する実態調査を早急に行う必要があります。
G差別是正のための施策。上記の実態調査の結果明らかになった差別是正のための取り組みは、当事者を蔑ろにしたものではなく、当事者からの意見を聴取、反映する仕組であるべきです。
H政府などからの独立性を担保された人権擁護機関の設置。このような差別状況の是正施策のチェック機能を有し、被差別当事者が相談でき、また、啓発を実施する窓口を政府などから独立した機関として設置することが求められています。
I人種差別禁止法の制定。これらの内容を盛り込んだ差別禁止法の制定が強く求められています。
J国際人権規約の自由権規約(B規約)の第一選択議定書(個人通報制度)を批准すべきです。これは自由権規約に定める権利の侵害の犠牲者であることを主張する個人からの通報を自由権規約委員会が受理し、かつ審議する制度ですが、日本は同規約加盟以来このかた、同議定書を批准しないままとなっています。日本国内の裁判所等でも救済されない問題を国際人権機関に訴える道をひらくため同議定書を批准すべきです。
⑵東京都で行うべき施策
❶民族学校への学校助成。民族学校の特別支援教育や災害、保健・医療等の充実化のため、私立外国人学校教育運営費補助金以外の助成を積極的に行う必要があります。
❷歴史、人権教育の充実。都下の教職員、公務員などの職務研修中に在日コリアンについて、学ぶ機会を設けるべきです。また、学校における歴史、人権教育の一環として都内にある民族学校との交流の活性化を図るべきです。
❸制度的無年金状態に放置されたままの障害者・高齢者の救済。日本政府の救済措置が取られていない状況下において、東京都から福祉給付金を支給することを強く求めます。
❹関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する真相究明調査を行い、謝罪の一環として虐殺事件の原因や虐殺主体の明記された追悼碑を建立するべきです。また、東京大空襲朝鮮人犠牲者の調査を行い被害者や遺族に対する補償を行うべきです。
❺差別状況や生活実態、意識に関する実態調査。都内の在日コリアンへの差別に関する実態調査を早急に行う必要があります。
少なくとも国により人種差別禁止法が制定されるまでは、人種差別禁止条例を制定すべきです。
❼当事者からの意見を聴取、反映する仕組み。上記すべての差別是正施策において、当事者等と意見を交えながら行っていく必要があります。そのために現在行われている「地域国際化推進検討委員会」でも以前の「外国人都民会議」のようにより公平に多くの外国人の意見を反映するため、指名制のみではなく、公募でも委員になれるよう改善すべきです。そして人権問題まで含めより当事者の声が反映されるよう、地域国際化推進検討委員会の機能を向上させる必要があります。
❽川崎市などで行っている外国人の住まい探しの保証人制度、神奈川県で行われているような外国人居住支援制度をつくり、外国籍住民の住まい探しの負担の緩和を図るべきです。
❾国のレベルで行うべき施策についても東京都から積極的にそれを促していく必要があります。
(在日本朝鮮人東京人権協会・在日韓国民主統一連合東京本部)
はじめに
2009年5月に内閣府が行った「障害を理由とする差別等に関する意識調査」によると、社会における障害を理由とする差別の有無についての質問に対して、あると思う人43.2%、少しはあると思う人48.3%の合わせて91.5%という高率で障害者差別の存在を認めています。一方、同じ内閣府が2007年に行った「障害者の社会参加促進等に関する国際比較調査」による合理的な配慮と差別の項で、日本人44.6%の人がレストランの入り口のスロープ化や点字・手話の用意が無いことを差別と感じていない状況を併せて考えれば、その差別状況は大きな課題というしかありません。
一方、2006年12月に国連総会にて採択され、2007年9月に日本政府によって署名された「障害者の権利に関する条約」では、前文にて、「これらの種々の文書及び約束(障害者に関する世界行動計画及び障害のある人の機会均等化に関する基準規則など)にもかかわらず、障害のある人が、世界のすべての地域において、社会の平等な構成員としての参加を妨げる障壁及び人権侵害に依然として直面していることを憂慮する」としています。さらに、差別の定義として、第2条で『「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、合理的配慮を行わないことを含むあらゆる形態の差別を含む。』としています。また、その原則として、第3条で「固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び人の自立に対する尊重、非差別〔無差別〕、社会への完全かつ効果的な参加及びインクルージョン、差異の尊重、並びに人間の多様性の一環及び人類の一員としての障害のある人の受容、機会の平等〔均等〕、アクセシビリティ、男女の平等、障害のある子どもの発達しつつある能力の尊重、及び障害のある子どもがそのアイデンティティを保持する権利の尊重」がうたわれています。
この、条約では、これまで基本的人権の要素として分離されてきた、自由権と社会権の二つが、一体として行使されなければ、実体的に人権が保障されないことが明らかにされています。例えば、選挙の自由という権利が、投票所がバリアフルであって入れないことだけでなく、介助者がいなければそもそも、家から出て投票所や選挙演説会会場まですらたどり着けない状況があります。また、居住の自由といっても、家族介護に頼りきった施策展開の中で、家族か施設の二者択一が強制されているといったように、実体的に自由権すら奪われてきました。こうした世界の障害者の現実の状況を直視して、これまでの自由権、社会権の分離を統合する新しい動きです。
⒈障害者差別とは
障害者に対する差別は、大別すると、法及び制度的差別、物理的差別、差別心、能力主義差別があると言われています。
法及び制度的差別は、心神喪失者医療観察法や精神保健福祉法のように、社会防衛的な考えを基にして作られ、障害者という理由で予防拘禁や強制収容を行い、社会から隔離してしまおうというものです。さらに各種の資格を定める制度などの中で、表現は変わったが障害をあることを理由として排除する運用がなされていることはまだまだ数多く見られます。さらに、一見、直接的には排除がないように見えるものが、合理的配慮(便宜)を全く行わないことにより結果として排除されてしまうことなどが無数にあります。
また一方、障害者を「福祉の対象」として哀れみや恩恵として位置づける法や施策が長く続いてきた中で醸成されてきたパターナリズムが、官公庁窓口による権利性への否定的態度などの問題もあります。
言い換えれば、障害者問題というと、すぐ「福祉」の課題であり、漸進的に解決すべき課題と位置づけられがちであるが、このこと自体が一つの大きな差別となっています。
物理的差別では、例えば障害者は通常の交通機関を利用することが構造上困難とされたり、建物の中に入れなかったりする状況がいまだ当たり前となっている現状があります。これも、「建築基準法」と「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」を分離し、バリアフリーに関しては漸進的な取り組みを行えば可とする法及び制度的差別の現出とも言えるでしょう。
心の差別は、重度の全身性障害者が話をしようと思っても、本人と話さず、介助を行っている者の方と話そうとする者が多いことや、精神障害者が地域で暮らそうと思っても、危険だとの偏見からアパートすら貸してくれない現状。重度の障害者がいる場合、兄弟の結婚式や親の葬式すら出席が認められない事実などがあります。施設でも、40、50歳となっても、子ども扱いされ、一人の独立した人格を認めようとしないことなどがあります。一人の人間である障害者を、主体的に生きる者とは認めようとしない傾向が多くあります。
能力主義による差別に関しては、まだまだ障害者運動の中でも議論が深められていると言えませんが、一般的に障害者は生産性が低いなどの理由によって、低賃金や就労の機会すら奪われている現状があるだけではなく、その能力による序列化を全人格につなげ、その社会参加や生存権まで脅かす状態が続いています。
⒉東京の障害者差別の現状
・在宅
先に述べたように、生存権や移動の自由などについても、実際的に介助保障などがなければ行使できない現状に障害者の多くは置かれています。障害者自立支援法が施行されている現在でも、「福祉サービス」という名称が多用されているように、障害者のニーズも把握せず、否、ニーズを把握した上でも、措置・裁量時代と同じように、自治体の財政上の理由を盾にした給付制限がいまだに大手を振ってまかり通っています。
さらに、個人的な日常生活における干渉がホームヘルパー資格制度と事業所派遣制の導入により、自ら決める生活の質を貶める状況となっています。さらに、現行の自立支援法が、介護保険制度との統合を目論んで制度設計されたことに起因して、家族の介護機能の補完として位置づけられ、障害者を独立した一人の人間として認めようとしない現状が続いています。
障害者自立支援法の「重度包括支援」や「行動援護」などは、制度設計自体、利用障害者の多様なニーズに応えるものでなく、あたかも在宅生活の「施設化」の象徴とも言え、被支給決定のスティグマとともに利用率が低迷する状況となっています。
現行の障害者自立支援法では、身体障害者の場合、身体障害者手帳の所持が義務づけられており(知的障害者と精神障害者にはこのような規定はない。)、日常生活に困難をかかえる難病患者など慢性疾患の障害者は、ごく一部の内臓疾患を除いて、法の対象とすらなっていません。東京都はこれらの者のニーズ調査すら実施しようとしています。
一部の市区では、障害者自立支援法施行以前からの「従前からの利用者」と、施設などを退所などで他の区市町村より移住した場合や、新たに18歳を迎えサービス支給を受ける「新規利用者」の支給時間の格差が生じています。同じ障害程度、生活環境にも関わらず区市町村の財政状態により支給時間の格差が生じることは、新たな差別の出現となっています。
とりわけ強調しておきたいのは、これらの福祉制度を利用する際の主体が、障害者本人その人でなく、その介護を担わされている家族(その意味では単なる利害関係者と言ってもいい。)の意見が中心となってしまっていることです。20歳を超えたら、法律上の保護者は存在しないはずですが、実際的には、その家族のニーズが障害者のニーズとされてしまっています。障害当事者運動が、自己決定権を強調するのは、自らが権利の主体であることを奪われてきた証左に他なりません。
・所得保障
東京都においては、重度障害者手当や心身障害者福祉手当制度など、国に先んじて独自の手当制度を創設してきた経緯もあり、貧困が差別を助長するという点においては、東京の物価が高いとは言え、他の道府県より一歩進んだ現状を評価しますが、既に23区のすべてで実施されている難病患者を都として実施せず、市部との格差が広がっています。とりわけ、精神障害者に対する支給対象の拡大についても、全くと行っていいほど動きが見られず、障害名による格差は厳然とあります。いずれにしても、障害基礎年金と併せても生活を支える原資としては不十分です。未だにミーンズテストを行う生活保護にその生存を託さなければならない現状が続いています。
また、1982年の難民条約批准以前に20歳をすぎた在日外国人障害者等には、障害基礎年金が一部の区を除いて一切支給されず、無年金状態となる国籍による差別状態が続いており、利用者負担が増加した障害者自立支援法施行以降より苛烈になっています。
・施設
入所施設内では個人のプライバシーや自己決定権を奪われた生活がいまだに続いており、特に外出・外泊への規制が厳しい状況です。また、障害者自立支援法施行後の建前としての施設・病院からの地域移行も、かけ声だけの実態で、東京都においては、現実に2005年10月現在7,344人から2007年度末現在7,624人と2年半の間に280人3.8%も増えており、厚生労働省が要請している2011年度末までの7%減とは逆行する状態となっています。
東京都は、「国は7%減と言っているが、最重度の障害をもつ者、重複障害者、強度行動障害を伴う重度知的障害者あるいは日常的に医療的ケアを必要とする障害者など、入所施設における専門的支援が真に必要な障害者の利用ニーズに、こたえていく必要があります。このため、都内、とりわけ特別区の入所施設の未設置地域において、入所施設による支援が真に必要な者の利用と、施設から地域への移行を進めるため、地域生活支援型入所施設の整備を推進している。」(第2期東京都障害福祉計画)として、これからも入所施設づくりを進めようとしています。
ここで述べている「入所施設における専門的支援が真に必要な障害者の利用ニーズ」とは、利害関係者の親等のニーズであって、障害者本人の意思確認は全くされていないのではないのでしょうか。もし、意思確認(コミュニケーション)が取れないならば、介護従事という利害関係者である家族の意見に代弁させるのではなく、通常の生活を想定して対応することが求められるはずです。もちろん、意思確認ができた場合でも、家族への介護負担の贖罪意識からだったとしたら、自由な意思と言えません。入所施設はケアの囚人収容所ではないのです。リハビリテーションの場であるならば、国連におけるリハビリテーションの規定のとおり、本人の自発的な意志の確認と、目的と期限を区切った入所期間を明確にする必要が最低限あるでしょう。
つい最近の事例ですが、都内の大きな入所施設から、地域での自立生活に移行しようとしている障害者が、施設職員に「退所するなら保護者の同意が必要。」と違法な告知をされている事実が判明しています。
・労働
稼働年齢で見ると、通常2/3が就労していますが、障害者の場合1/3に留まります。障害者の雇用の促進等に関する法律があるにもかかわらず、依然として1.8%の法定雇用率が守られていません。特に視覚障害、全身性障害、知的障害、精神障害者などで重度と呼ばれる者は、雇用促進の枠から実際的に外されてしまっている現状です。さらに、重度障害に関して、雇用率算定の際、ダブルカウント制度(1人で2人雇ったこととなる)が行われていますが、これ自体重大な差別です。厚生労働省は重度障害者の雇用促進となるからと説明しているが、方法論については、例えば障害程度別の割り当て雇用など研究していくべきです。
なお、2009年3月、東京都教育委員会は、厚生労働省から、障害者の雇用の促進等に関する法律の法定雇用率2%が未達成(2008年12月31日現在、1.79%)として適正実施勧告を受けました。公的教育の場で障害者雇用が進んでいないことは、その教育そのものの質が問われてしまうこととなります。
たとえ、雇用されていても、嘱託やパートなど不安定な労働条件と低賃金に置かれている障害者が多数です。特にこの間、各地で頻発している(北海道などでは知的障害者に対する十数年にわたる奴隷的収奪まで発生している)、知的障害者への虐待労働は決してあってはならないですが、その土壌となる基盤を変革していく取り組みが求められています。
一方、福祉的就労の名のもとに、月収数千円から1〜2万の工賃で働いている福祉作業所の通所者も多数います。これらは障害者自立支援法の下では、就労移行支援や就労継続支援に移行していくと言われますが、自立支援法の利用者負担を払って、訓練を受けるという構造になっています。職業能力開発促進法による職業訓練校へ入れば雇用対策法に基づく生活費などの給付が受けられる状況を考えれば差別としか言いようがありません。
・住宅
障害者の単身率は、健全者の倍ともいわれている状況です。公営住宅の障害者の単身住宅の絶対的不足はもとより、たとえあっても、その広さが、介助を必要とする障害者には、圧倒的に狭隘です。このことは、自立を求める障害者のニードに応えていないだけでなく、世帯向け住宅への単身入居(常時介助者が必要な場合。)も困難な状況は変わっていません。
また、通常の賃貸住宅などでも、物理的な問題はクリアーできるにもかかわらず、大家の意向で障害者の単身入居を拒む風潮が強く、このため、入居できる賃貸物件が制限されて、物件探しが非常に困難な状況になっています。仲介業者である不動産業者が適切な説明を貸し主側に行いません。
東京都が、人権の問題として、障害者の地域自立生活を進めるのならば住宅の確保は喫緊の課題です。
・医療
一般の医療については、本人とコミュニケーションを取ろうとする姿勢がない医師が未だに多いです。
・環境・移動
これまでの街づくりに障害者が住人であることが全く考慮されてきませんでした。あまりにも必要もない段差などがあまりにも多すぎます。また、障害者が使えるようになっている、例えばトイレでも、鍵がかけられているとか使用不可となっている場合があります。
東京都は、これまで国の取り組みに先んじて、福祉のまちづくり条例を作り、建築物のバリアフリー化を進めてきました。現在は国の高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律の施行などもあって、都独自の取り組みをより発展させる必要に迫られています。現在の整備基準が、出入り口、通路やトイレなどの部分的な設計基準が重視されており、建築物全体の中での配置などがあまり考慮されていない状況の下で、基準に適合している施設でも使いづらい施設となってしまっている状況が見受けられます。
⒊東京都に関する課題
(1) 障害者自立支援法等関係
・都内の各自治体において、居宅系サービスの支給量については、障害者の生活に基づいた支給決定を行うように要請すること。障害者自立支援法における支給決定は、重度障害者の本人の生活サイクルを十分に尊重し、生活の質のレベルが低下することがないことを前提として、本人の意向をふまえ、当該障害者の生活実態やその生活意欲に基づいた決定とすること。
・区市町村では支給決定の上限を財政事情などの理由とした恣意によるものとせず、 個々の利用者に対し必要な時間数の支給決定を行う事を要請し、都民である障害者の生活ニーズに応じた支援を受けられるように、東京都として効果的な支援策を行うこと。
・移動支援については、必要な障害者に必要な時間分を確保できるよう充実を図ること。
・障害者が、東京都の設置してきた入所施設から自立する際は、入所時から培ってきた当事者自身のコミュニティーや医療の継続が必要とする場合がある。そのためには、入所施設がある自治体で自立生活に移行する場合もある。その際は居宅訪問サービスの経費負担が増大する自治体の受け入れの困難を軽減するために、東京都が当該自治体に助成すること。また、不動産賃貸に関する諸経費・什器・家電などの初期的費用の補助などを行うこと。
・身体障害者手帳所持者だけに限定して一部の障害者を排除するのではなく、難病患者等も含め制度の狭間を生まないように、そのニーズ調査を速やかに実施し、東京都として障害者施策を総合的に推進するとともに、国にも提言すること。
・障害者の権利に関する条約に規定されているように、障害者の地域社会での自立生活は、権利であることを確認し、施設・病院への社会的入所・社会的入院を基本的に廃止する方向で、施策を展開すること。また、基本的に、新たな入所施設の建設は行わないこと。なお、既にある入所施設については、これまで東京都が積み上げてきた人権上の配慮を厳守すること。
(2) 街づくり・住宅関係
・東京都福祉のまちづくり条例を抜本改正して、障害当事者のヒヤリングを丹念に行い、より効力を持った条例とすること。
・都営交通におけるバリアフリー化は、公営交通として、民間の公共交通事業者のモデルとなるよう積極的に行うとともに、計画段階から障害当事者の声を反映させること。
・都営住宅の入居資格を拡大して、24時間介助を要する単身の重度障害者などが世帯向け住居の入居を可能とすること。また、その際に必要な改修を補助すること。
・障害者がアパートなどの賃貸住宅を探すとき、様々な困難が生じている。住宅局は仲介する不動産業者に対してガイドラインを定めるなどの取り組みを行い、充分な指導を行うこと。
(3) 東京都障害者差別禁止条例の制定を
はじめにに記したように、障害者の権利に関する条約は、これまで基本的人権を自由権と分離して語られてきた社会権を、自由権と不可分の権利として再定義しています。
日本での障害者差別禁止条例制定への取り組みは、2006年10月千葉県「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」、2009年3月「北海道障がい者及び障がい児の権利擁護並びに障がい者及び障がい児が暮らしやすい地域づくりの推進に関する条例」などが既に制定されています。
残念ながら、これまで作られてきた条例は、障害者の権利に関する条約にうたわれている基本的人権のパラダイムシフトを十分に反映したものとはなっていません。現在その他の府県においても、条例検討が行われていると聞いています。障害者に関する権利条約の批准をひかえて、今、東京都が能動的に動くよう要請します。
なお、その際、障害当事者を構成員として開かれた審議会を設置し、綿密な詳細なヒヤリングを行うことなどで、十分時間をかけて都民世論の喚起を促す仕組みを作り出す必要があります。
※なお、文中引用した、障害者の権利に関する条文の翻訳は、政府仮訳が、あまりにも一貫性や現行日本の法規とつじつま合わせが多いので川島・長瀬仮訳から引用したものです。
八柳卓史(全国障害者解放運動連絡会議関東ブロック)
はじめに
精神障害者差別は国による法制度と政策が作り出したものであり、また精神障害者は他障害を持つ人とはと異なり、治安対象と規定され続けてきたという特殊性があります。本稿ではこうした国の政策が東京都の段階でどのように反映し、何が問題となっているか、そしてそれへの解決策として何が求められているかを提示します。
⒈精神障害者差別とは
精神障害者に対しては隔離拘禁を合法とする特別な法律、精神保健福祉法と心神喪失者等医療観察法が存在することが、差別の根底にあります。
精神保健福祉法における強制入院制度は主に措置入院と医療保護入院です。
措置入院とは本人はもとより家族が反対しても都道府県知事の権限を持って強制的に入院させるものであり、その要件は精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると二人の精神科医によって認められた際に強制入院させられます。この「他人に害」は単に他人の身体を傷つけることのみならず侮辱や名誉毀損まではいる広い概念です。
医療保護入院は精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者で、本人が自ら入院を求めない場合であっても、保護者(おもに家族)の同意があるものに対して強制入院できる制度です。
いずれも国権を持って人の人身の自由を奪い、強制的に入院をさせているにもかかわらず、精神科病院の医療費は一般科の医療費の半分から3分の2であり、人員配置についても医師は一般科の3分の1でよいとされており、まともな医療水準を満たしているとは到底言いがたいのが実態です。
一方で精神障害者が地域で当たり前に暮らすための支援体制は貧しく、障害者自立支援法によってようやく他障害への支援と一本化されましたが、地域で医療を受ける権利保障、衣食住の保障や所得保障支援など、後述するように必要な支援が保障されているとは言えません。
こうした貧しい精神医療地域での支援の不足もあいまって日本は実数でも人口比でも世界最大の精神科病院入院患者を抱えています。現在日本の「精神障害者」の総数は220万人ないし217万人と推定されています。入院患者の総数はおよそ33万人ないし34万人。任意入院患者も含む全ての入院患者の半数を超える17万人ないし18万人の患者は24時間出入口を施錠された閉鎖病棟に隔離されているといわれています。政府も「社会的入院者」の退院促進を言い始めていますが、入院者数および病床に減少の傾向は見られません。グラフ(病床数推移国際比較)にあるように諸外国ではすでに60年代に入院治療を例外として地域医療へと政策変換し病床を削減しましたが、日本ではまさにその時代に、精神科病床増床政策が採られ、その時期強制入院された方たちが長期入院患者として精神科病院を生活の場とせざるを得ない状況が作られてきています。
ハンセン熊本判決がハンセン病患者元患者差別に対して述べた同様の、国の立法政策による差別と偏見の作出助長が存在しそして今もあり続けています。
⒉東京における精神障害者差別の実態
(1)強制入院と精神科病院の偏在の問題
東京の場合は精神科病院の所在地が西部多摩地方に集中していることもあり、区部とりわけ東部の人間がいったん強制入院となると面会も一日がかりということになり、家族や友人の面会もかなり難しくなり、地域と切り離されてしまう状況があります。
また夜間休日において精神科救急の対象となった場合この問題はさらに深刻であり、東部の救急担当の病院に入れられても一定期間後後方病院に転院ということで三多摩地域の病院に転院を強制されたり、あるいは当番病院である三多摩の病院に東部から強制的に入院させられたりという実態があります。以下グラフ(措置入院者数と新規措置入院者数)にあるように全国的にも新規措置入院の件数が突出して多い東京の実態を考えるとこの問題は重要です。
(2)長期入院者の問題
東京都内のおいても長期入院患者の問題は大きな人権侵害状況にあり、グラフ(都内の精神科病院入院患者数の推移)にあるように、4年以上の入院患者が8千人、さらになんと20年以上の入院患者が2千人も存在します。いわゆる社会的入院は「受け皿があれば退院できる入院患者」とされていますが、これは逆転した議論であり、むしろこうした長期入院患者の地域生活可能な受け皿とは何かを問うこと、そしてそうした受け皿が質量ともに求められています。
⒊東京都に求められている精神障害者に対する人権保障
⑴精神障害者の地域生活確保のための体制
❶住宅の確保
単身生活者の住宅確保長期入院患者の住宅確保に向け、各区に満遍なく公営賃貸住宅を確保すること。また公的な保証人制度を確立し、賃貸住宅への入居を円滑に進めること。
❷介助支援体制の確保
ほとんどすべての長期入院患者は24時間の介助保障や、24時間駆けつけてくれる支援体制の確保で地域生活が可能となります。こうした介助支援体制の確保が求められています。現行の障害者自立支援法の枠内の支援では、精神障害者特有ニーズである待機や見守りの必要性が認められておらず、家事援助や短時間の身体介護のみでは長期入院患者の地域生活移行は困難です。またしんどいときにやすめる、休息のためのショートステイが圧倒的に不足しており、最低でも2週間休息できる施設を地域偏在なく準備していく必要があります。さらに障害者休養ホーム事業を都内の交通の便のよいところにあるビジネスホテルにも指定を拡大する必要があります。
❸地域で医療を受ける権利の確保
精神科病院の偏在の問題を解決し、また合併症の治療のためにも、各地域の総合病院に精神科病床を用意し、空病床に対しても一定の金額を保障することで、いつでも安心して早めに入院治療を受けられる体制が必要です。
⑵所得保障および医療費減免等の制度について
精神障害者は他障害と異なり都や区市レベルの障害者手当ての制度から除外されており所得保障としてこれらを精神障害者にも適用することが必要です。
とりわけ市町村の支給している福祉タクシー券なども精神障害者は対象外、JRや私鉄など公共交通機関における介助者の無料制度も適用されていません。また都の制度である、障害者医療証(医療費の自己負担減免の制度)も精神障害者は適用されていません。それゆえ他障害より大きな支出を強いられている事を考えると、他障害同様の手当てはより重要といえます。
⑶松沢病院に医療観察法入院施設新設をやめること
こうした圧倒的な隔離収容と貧しい福祉や支援の現状があるにもかかわらず、その実態を放置したままで、屋上屋を架したさらなる隔離収容法が2005年に施行されました。全野党反対の中で強行採決された心神喪失者等医療観察法です。この法律の対象となるのは、殺人や放火、強盗、強姦、強制わいせつ(以上は未遂も含む)及び傷害容疑で逮捕された容疑者のうち、心神喪失などにより、刑務所に行かなかった者です。この法の対象となると、特別な施設に拘禁されるか、地域で強制的に通院させられ監視の下に置かれることになります。医療観察法は精神障害者のみを「再犯防止」のために、できもしない「再犯のおそれ」を根拠に裁判所の判断で対象者を拘禁したり、医療を強制したり、という精神障害者差別法であり、精神障害者団体のみならず、精神保健専門職団体、法律家がこぞって反対した代物です。
この医療観察法による拘禁施設が今松沢病院に作られようとしています。
私たちは「心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク」の仲間と共に東京都へ松沢病院での医療観察法施設新設阻止を訴えていますが、すでに都は受け入れを決定し準備中です。この施設は二重のフェンスに取り囲まれ、監視カメラがつけられた厳重な拘禁施設であり、「これほど精神障害者は危険」という差別意識を助長する施設です。すでに松沢病院の周辺住民の間には、「危険な精神障害者がやってくる」という差別的な反対の声が上がっています。
おわりに
精神障害者施策には、いかに治安の対象たる精神障害者を以下に安上がりにかつ効率的に隔離収容するのかという視点が貫かれてきました。そして隔離収容の実態がさらに精神障害者への差別と偏見を助長してきました。
東京都としては、こうした差別を強化する医療観察法への協力を拒否し、同時に、精神保健福祉医療施策を人権の視点から総点検し、私たちの求める地域での生活確保に向けいっそうの努力を求めたいと思います。
はじめに
朝日新聞が、メキシコの豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)を押しのけて、4月26日(日)付の一面トップに「特別支援学校生、急増」および38面に関係記事「特別支援学校、親が志向」の記事を掲載しました。その内容は、まるで教育行政による誘導や排除、差別などはどこにもなく親が自ら分離教育を望んでいる かのように描き出しています。また、障害児も普通学校で共に学ぶというインクルーシブ教育が世界の流れになっていることをも無視し、文部科学省(以下、文科省と略す)や一部専門家にのみ取材した非常に偏った内容です。文科省の思惑をそのまま一方的に載せる朝日新聞の卑屈な態度、裏付けもとらない批判精神のなさにあきれます。これを批判する形で、東京における普通学校での障害児差別の実態を報告したいと思います。
⒈小学校入学前の差別
確かに、特別支援学校に入学する児童・生徒数は1994年以来増加しています。1993年には、特別支援教育在籍児童数は全児童数のわずか0.85%でしたが、2008年には実に2%を越え、実数、割合ともに増加しています。少子化の傾向が強まる中、突出した数字と言わざるを得ません。
しかし、それは、文科省特別支援教育課が言うように、「保護者が専門教育を望むようになった」からではありません。私たちのところへは、普通学校を希望しているのに、自治体の就学指導(支援)委員会で特別支援学校へ行くように判断され、それに従わなかったら何度もよびだされ、特別支援学校への入学を強制されたり、就学通知が3月末日ちかくになっても来ないのでとても不安だという相談がいくつも来ています。本来普通学校に行きたかったのに、こういう形で普通学校をあきらめさせられ、やむなく特別支援学校へ行かされているのです。この教育行政による誘導や排除、差別がいかに激しいものかは、さきにあげた突出した数字が物語っています。
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例 小学校入学前の差別の状況
…保育園では子ども達同士、とても良い雰囲気で、お友達に刺激されながら、同じようにやろうとのびのびと笑顔でがんばっているお子さんがいます。
保護者の方が、その子の進学にあたり、教育委員会に話しに行きました。しかし、保育園での友達とともに成長している様子は考慮されず、地域の小学校での在籍は難しく、ましてや親がつかないことにはまったく無理と言われたということです。(中野区Aさん)
1991年、男の子3人の兄弟の真ん中で生まれた次男は、1,144gの超未熟児でした。その際の頭蓋内出血が原因で重度の肢体自由となり、現在でも歩行は勿論、座位もおろか、首すらすわらず、食事・排泄等に全介助が必要な後遺症が残っています。
…地域の小学校に入学を希望する意思を伝えるとともに教育委員会にもその旨を伝えたところ、予想通り難色を示され、何回か三者で話し合いをすることになりました…
学校側や教育委員会からは、施設が整っていないことや専門知識を習得した教員がいないこと、さらに小規模学校で人手が足りない等などを理由にされ、再考を促され続けました。
が、私たちの考え方が変わらないとみて、親が付き添うことを条件に入学を許可するというように変化してきました。学校側は都合がいいかもしれないが、子供は親を意識するだろうし、他の子供は親が付き添うことはないのだから、この要求は単に人手だけの問題と看過し、介助者を雇う代わりに親が付き添うのはおかしいと一歩も引かず、桜の季節を迎えました。
結局、3月31日に教育委員会より学校に来るように呼び出されました。ぎりぎりになっても就学通知が来なかったこともあって、全国連絡会のKさんにも来ていただき、両親で学校に行きました。そこには、教育委員会学務課長、小学校の校長などがいました。
学校側は、普通学級入学の条件として(親がつかないなら)給食や排泄や移動などの介助はできないかもしれない(がそれでもよいか)と言ってきました。
そこで、父親の方から「次男の意識の高さを尊重して給食は食べなくても良い。排泄はおむつにさせるからこれも良い。ただし、他の児童と別メニューにならないように教室の移動だけはお願いしたい」と伝えました。
ある程度話が進んだところで、学務課長が就学通知を出しました。その場で。話し合いの前から、すでに用意していたのです。「だったらすぐに出せば良いのに、言うことを聞いたら出すよ、みたいなやり方はよくないですよね」とKさんは、言ってました。(港区Bさん…全国連絡会編『障害児が学校へ入るとき<新版>』2008年、32ページ以下から引用)
…区教委は就学通知をくれたものの、親につきそわせる「確認書」をとった。母親が産後間もないことを知っての上で、何人もの教師で取り囲み無理矢理署名させた…(大田区Cさん)
…障害のある親が、自分の障害のない子の就学時健診を拒否することを校長に告げたが、校長は都合が悪いなら別の学校で受けてもいいと言い、「とにかくお子さんを見せてくれ」と言う。何度か校長から電話が来たが、PTAを通して調べたらしく、以後電話は来なくなった。結局その子は入学まで健診を受けなくてすんだ。(大田区Dさん)
⒉入学後の差別…保護者への付き添い強要
また、「かつては多少無理してでも普通学校で学ばせたいという親が少なくなかった」が、今は「保護者が子どもの障害を受け入れ」などの朝日新聞の見解は、まるで普通学校を希望する親が子どもの障害を受け入れず「無理」をしていると、あたかも親がまちがった考えをもっているかのような書き方をしています。これは、障害あろうとなかろうと地域の友だちといっしょに学びたい、いろいろな子どもたちとの出会いを大切にしたいという当たり前の親子の願いについては何もふれない、一方的な見方であり取り上げ方です。現に今でも、たくさんの親子が地域の学校に行くことを希望し、地域の学校で学んでいますし、その子たちを受け止め、真剣に取り組んでいる先生たちもいれば、それを支援する専門家もいます。ですから、こういった親子や教員、専門家の言葉や考えも朝日新聞は当然のせるべきでしょう。
できればみんなといっしょに学びたいというのは人間としての当たり前の願いであり、インクルーシブ教育はこの願いを支援するものです。それが、普通学校入学のときから、「障害」のゆえに「就学指導(支援)」という形で、普通学校に入ってはいけないように言われ、希望に燃えているはずの入学が暗いものにさせられています。
ようやく入っても、「特別支援学校があるのにわざわざ普通学校を選んだ」ということで「特別扱いはしない」という様々な嫌がらせが続けられます。保護者の付き添いが強要されたり、プールや宿泊行事の参加を断られたりという、専門教育以前の基本的な教育権が奪われている現状があるのです。こんなつらい思いをしてまでも…、と普通学校での生活をあきらめざるをえない親子が大勢いるのです。中学、高校と上の学年に進むほど排除の圧力が強まり、全国的に特別支援学校は教室が足りなくなるほどの「繁盛ぶり」です。
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例 普通学校の中での差別の状況
…ハンディがあると、給食などは汚すということで親がつきっきりでいなければならないなどの制約があります。(江戸川区Eさん)
…付き添いを要求されたので、仕事を辞めたが、息子が教室にいる間中、別室に待機させられむなしく編み物でもしている他はなかった。障害のある子を産んだのが罪であるかのような扱いに悲しくなった。(三鷹市Fさん)
…付き添えと言われて仕事中に急いで行ってみると、プールの授業で水着を着て一緒に入るのが当たり前だと言われた。障害のない子の親には、仕事中に呼び出してこういうことを絶対に言わないだろう。(品川区Gさん)
このように、入学後の親子をもっとも苦しめるのが、保護者の付き添いの強要です。障害のない子にはこのようなことはないのにもかかわらず、仕事を辞めてでも付き添えというのは実に理不尽きわまります。障害児を普通学校へ・全国連絡会では、付き添いについて会員のアンケートとりましたので、別項で紹介します。
さらに、2007年には、「全国学力テスト」も実施されています。それ以前から、各自治体レベルで学力テストが実施され、荒川区や足立区で、障害のある子が排除されたことは、マスコミも取り上げていましたが、能力主義による競争によって、普通学級に障害のある子がますます居辛くなっているのです。
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例 「全国学力テスト」における差別の状況
…足立区では、その後、2006年1月と2007年1月に東京都が実施した学力テスト、2006年4月に区が実施した学力テストの合計3回にわたり、区立小学校1 校で、テスト中、教員が児童の誤った回答を指差し、正解を誘導するといった不正もあった。また、この小学校では、区が実施した学力テストの採点・集計から、障害のある児童の答案を本人や父母に無断で除外する、コピーが禁止されていた前年のテスト問題をコピーして練習させる、といった不正行為も行われていた。こうした行為の結果、2005年には区内72校中44位だったこの学校は、2006年には1位に躍進している…
…現時点における全国学力調査の実施は、旭川学力テスト事件の当時とは異なり、学校現場におけるテスト成績重視の風潮、過度の競争を招来し、そのために、教師が真に自由で創造的な教育活動をなし得ず、かつ、子どもの立場から見ても、…子どもたち全体が競争原理の中に組み込まれるほか、障害のある子どもに対する差別を招来するなど、一人ひとりの個性に応じた弾力的な教育を受ける権利を侵害されるおそれが大きいというべきである。(全国学力調査に関する意見書A〜日本弁護士連合会2008年10月02日 教育資料)
⒊原則分離の教育政策こそが差別の元凶
私たちは何年も前から、世界がインクルーシブ教育へと動いていく中で、なぜ日本では特別支援学校への入学者が増えるのか、について考えてきました。その最大の理由は、私たちの見るところ、文科省の障害のあるなしで分ける原則分離の教育政策にあります。これが、普通学校をインクルーシブ教育の場にすることを拒んでいるのです。
世界の動きは、日本国内とは全く逆で、障害児も普通学校で共に学ぶというインクルーシブ教育をめざした国連の基準規則(1993年)や、サラマンカ宣言(1994年)、さらに2006年には国連総会で障害者権利条約が採択されてきました。インクルーシブ教育を採用する国もお隣の韓国のように、欧米以外でも増えてきています。国内国外でどうしてこのようにちぐはぐなのかということにこそ、マスコミは重大な関心を持つべきではないでしょうか。
障害者権利条約の主旨にのっとり、基本的に誰もが地域の学校に入ることが保障され、入った後も共に学ぶ権利とそのための「支援」が保障されるように国内法が改正されれば、地域の普通学校へ入学する子どもたちも増えていくにちがいありません。東松山市の実践はそれを証明しています。
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例 東松山市の市政と学校教育の取り組み
学校教育では、平成8年から教育委員会が介助員制度を開始し、地元の小・中学校への障害児の受け入れを行ってきた。現在、市内の小・中学校に33人の介助員を派遣しており、義務教育年齢の障害児の75%が地元の学校へ通うようになった。
… 障害児をとりまく学校教育の課題を次のように考えている。
(1)学校教育法施行令の問題点
私は、ノーマライゼーションの基本は教育にあると考えている。障害のある子どももない子どもも地元の学校でともに学び育つことによって、お互いを理解し合い、助け合って生きていく基本が育まれる。しかし、現在の日本の教育制度は学校教育法施行令によって障害児は「特別支援学校に就学させるべき者」とされ、一般の教育制度から分けられて教育を受けることとなっている。
(2)就学支援委員会の廃止
その振り分けの判断を委任されてきたのが、市町村教育委員会が設置する「就学支援委員会」である。私は3年前からこの廃止を教育委員会に求めてきたが、この度、就学支援委員会の廃止と、保護者と子どもの希望を尊重した新しい就学相談の仕組みが開始される見込みとなった…(東松山市長 坂本祐之輔)
東松山市でこれが可能なのは、地方分権が進められているからです。しかし、小泉「行政改革」で地方分権を言っているのは、国庫負担を減らすためで、決して民主主義の一環としての地方分権ではありません。現に、東京都は分離教育を決して変えようとはしていません。
それにしても「なんだ、やればできるじゃないか」という声がひろがることを恐れる文科省は、原則分離の国内法体制をなんら変えることなく、障害者権利条約を国会で批准させようとしています。現在、条約原文をねじ曲げた公定訳をつけた批准法案が用意されています。
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政府公定訳にみる障害者権利条約文の文科省のねじ曲げの例
第24条(教育)2項
2 締約国は、1 の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
(b) 障害者が、他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができること及び中等教育を享受することができること
文科省は、インクルーシブ教育を「包容教育」と訳しています。包容とは聞き慣れませんが、大きな樹の下に抱え込むことをイメージするもので、文科省の教育政策という大きな樹の下に普通学校も特別支援学校も「地域の中で平等に扱うこと」以上のことではなく、同じ教室の中での共生共育を原則とするものではありません。
なお、教育費の無償化は初等教育に限られるかのように訳していますが、原文では高校を含む中等教育も含んで無償であることが明記されています。現在の格差教育を維持したい文科省の思惑が出ています。
こういった現状にはいっさい触れず、インクルーシブ教育の流れに逆行した形で、共に学ぶことを願う多くの親子の思いをも傷付ける今回の朝日新聞社の記事にこそ、今日の東京、そして日本全体における普通学校での障害児差別が如実に表されているのです。
おわりに
分離隔離こそが一切の差別の根源です。私たち障害児を普通学校へ・全国連絡会は、差別と闘う皆さんと共に、文科省とそれに追随する東京都の障害児を分離する教育政策をやめさせるための運動を続けていく所存です。(引用事例については、匿名性維持のために表現を変えたものがあります。)
千田好夫(障害児を普通学校へ・全国連絡会 事務局長)
資 料
「特別支援教育支援員」アンケートの結果報告
名谷 和子(運営委員)
今年1月に、「特別支援教育支援員はインクルーシヴ教育への環境整備の一歩となっているのか!?いまだに続いている親への付き添い強制と新たな取り出しの実態を明らかにしていこう」と、全国連絡会の会員に呼びかけてアンケートをお願いしました。
グラフ1 51人の方からお答えを頂きました。そのほとんどは保護者の方(44人)でしたが、ほかにも教員や支援員の方からも、いただきました。グラフ1は、対象となるお子さんが、どこに在籍しているかを表しています。
グラフ2 現在、何らかの形で保護者が付き添いをしている方は19人(37%)でした。
グラフ3 付き添っている方は、どのくらいの頻度で付き添っているのでしょうか?毎日・毎時間、つまり、ずっと付き添っている方が7人(39%)もいます。さらに、毎日数時間という人も合わせると、半分以上の人は、毎日付き添っているのです。週に数日という人は、グラフ6との関連で、支援員が対応できない日は、保護者が付き添っているので、週に4日という人も1人いました。3日の人も2人で、半分以上を付き添っているということです。また、「必要に応じて」というのも、遠足などは、子ども同士のつながりができる機会なのに、保護者が付き添うことへの疑問もありました。「必要」とは、学校の側の必要であり、たとえ年に数回であっても、言われれば付き添わなくてはならないということは、精神的にも大きな負担です。
グラフ4・5 集計をしていて、「あれ?」と感じたことがありました。私の中に、「普通学級だから、付き添いを求められる」という思いがあったのですが、「付き添っている」と答えられた方の中に、特別支援学級や学校の方が割合としては多くいたことでした。グラフ3の「毎日・毎時間付き添っている」7人の中の、5人は、就学前の療育施設・特別支援学級・学校在籍の人です。最近、全国連の事務局にも、特別支援学級に通っている方から、「学校から毎日、付き添うように言われて困っている。」という内容の相談もありました。ふたつのグラフを比べてみると、付き添っている割合は、普通学級の方が少なく、以前のように、「付き添い」の強制は、普通学級だからということではないのです。
グラフ6 保護者に何らかのかたちで付き添いを求めている学校には、「支援員」は配置されていないのでしょうか。文科省は1校1人の割合で配置ができるような予算措置をしたと言っていますが、配置されずに、保護者は付き添っている実態もあるのです。また、「配置されているけれど、他の子に付いている」という回答が2人あります。「特別支援教育」の対象児はLDやADHDなどの「発達障害」と言われる子に限り、知的障害や自閉症の子には付けないという方針を出している自治体もあると聞いています。ここに「特別支援教育」の本質が表わされていると思います。配置されているけれど、毎日ではない場合は、それ以外の日は、前述のように、保護者の付き添いが求められているということです。
グラフ7 保護者は付き添っていないが、支援員の配置はどうかということですが、保護者も支援員も付き添っていないという人は9人です。保護者が希望して支援員が付いているという人が15人です。前述のように、保護者の付き添いが強制されているケースもまだまだありますが、希望すれば支援員がつき、保護者が付き添わなくてもよくなったケースが増えていると言えます。また、支援員を付けることを希望している保護者が増えているということも言えます。以前から、介助者は付くことの是非については論議がありますし、そのつき方やお子さんや学校の状況も様々ですから、数字だけでは語ることはできませんが、保護者の方から支援員を希望するということが増えてきているということが言えます。一方、保護者が希望していないのに、支援員が配置されている人も8人いました。そのうち、3人は、事前に相談もなかったということです。特別支援教育は始まる前にはこのようなことはなかったと思います。支援員の配置によって、保護者の付き添わなくてよくなったケースもあれば、希望もしていないのに、子どもに支援員が付くようにもなっているのです。
グラフ8 支援員がどのような形態で雇用されているのか、自治体によってバラバラです。また、保護者には、そのことがわからないということもあるようです。
以上、51人は、大きな数ではありませんが、「特別支援教育支援員」は、文科省から「インクルージョン教育への環境整備の一つ」として出されたものですが、アンケートの結果からは、「インクルージョン教育への環境整備への一歩となっている」とは言えない実体がみえてきたと思います。
勿論、地域や学校の対応に差があるので、一言で結論をまとめることは出来ませんが、全国連では、90年代に「保護者の付き添いに付いてのアンケート」を実施していますが、依然として、保護者に付き添いが強制されているという実態があることは、なんら変わっていません。「支援員」が予算化されたことで、保護者が希望すれば、支援員が付き、保護者の付き添いが無くなったり、軽減されたケースも増えてきています。これを環境整備の一歩とみることもできます。しかし、医療的ケアが必要な子の保護者には、在籍が普通学級であろうと、特別支援学級あるいは特別支援学校であろうと、付き添いが強制されています。さらに、支援員が付くのは、「発達障害」の子に限るという、新たな差別が生まれているところもあります。また、希望していないのに支援員が付くケースも出てきているのは、以前とは、異なることです。
はじめに
女性の人権について、当事者として感じている差別は、東京都においても、さまざまな形で現れていますが、一言で括るのはたいへん難しい。共通していることは、「自己決定権」の欠如であるといえます。女性は、職場においては非正規労働など命令を受ける立場の人が圧倒的に多く、家庭においては「無償労働」の大部分を、就業女性も専業主婦も担っていながら、これを共に考え、分担してくれる夫は少ない。また、非正規雇用やシングルマザーの状況は、ここ数年ますます悪化しています。
一方で、夫や家族や恋人の思い通りにならないと、暴力を受ける女性(男性も子どももあるが)はあとを絶ちません。職場でのセクハラも未だ増える傾向にあります。社会では、慣例としてこの家父長的な慣習を是認し、これに従わない女性を異端視します。その結果、日本女性のジェンダーエンパワーメント指数は2008年、108カ国中58位までに下がりました(UNDP国連開発計画)。
東京都は、2000年に「東京都男女平等参画基本条例」を制定しました。それは、1995年の北京行動綱領を受けて、政府が1999年に「男女共同参画社会基本法」を定めたことに続くもので、青島都知事時代に諮問され、石原都知事の時代に制定されました。以後、都内の各自治体に条例が出来つつあり、現在東京では21の市区町村に条例が制定されています。しかしこの9年間を振り返ると、東京都は男女共同参画について、きわめて消極的であったといわざるを得ません。また、条例が出来てからの激しいバックラッシュの動きに、東京都が先導したのではないかと思えるような動きがあったことも指摘しておきたいと思います。
本白書では、「東京都男女平等参画条例」の歩みを東京都の女性の現状と合わせて検証しながら、女性たちがこの間取り組んできた特に顕著な事件をとりあげ、東京都への要望をまとめる一助としたい。
⒈ 1995年(北京世界女性会議)前後からの東京の女性運動のあゆみ
1995年
第4回世界女性会議(北京会議)に日本から5000人参加 (世界から5万人)
1999年
2000年
男女共同参画社会基本法成立
石原慎太郎氏、都知事に就任
ニューヨーク国連特別総会「女性2000年会議」開催
東京都男女平等参画基本条例成立
2002年
2005年
2009年
チャンス&サポート東京プラン2002(東京都行動計画2002−06)スタート
日本のNGO「北京+10」北京会議に参加
国連女性差別撤廃条約第6回日本レポート審査に女性45団体が意見書提出・傍聴・ブリーフィングに参加
男女共同参画社会基本法10年
2010年
国連女性の地位協会(CSW)「北京+15」をメインテーマに開催
女性団体は、1975年の国際婦人年以来、国際婦人年連絡会をつくり、さまざまに連帯し、国連の会議にも参加してきました。1979年には「国連女性差別撤廃条約」が成立、日本政府は85年に署名し、男女雇用機会均等法など国内法の整備をおこないました。しかし89年の「選択議定書」には、未だ調印していません。一方「北京行動綱領が採択された1995年以降、日本NGOは世界女性会議ロビイングネットワーク(北京JAC)、日本女性監視機構(JAWW)、日本NGO女性差別撤廃ネットワーク(JNNC)など新たな共闘組織を立ち上げ、女性の差別撤廃の強化に取り組んできました。
⒉ 東京の諸問題
⑴ウィメンズプラザと東京女性財団
1988年4月
東京都婦人問題協議会が「東京ウィメンズプラザの基本構想」を報告、公設民営方式が望ましいと提言
1990年3月
東京都が東京ウィメンズプラザを公設民営にすることを決定
1992年4月
東京都生活文化局に財団法人設立準備担当設置
7月
財団法人東京女性財団設
1995年11月
東京女性財団、ウィメンズプラザの管理運営開始
1999年6月
石原都知事「民間委託や監理団体の見直し」に言及
2000年10月
東京都の問題を考える懇談会・外郭団体専門部会が、62の都の監理団体を47団体に削減することを発表
11月
東京女性財団理事・評議員の懇談会で出席した9人全員が廃止反対表明
12月
都議会で、共産、公明、東京・生活者ネット廃止反対表明するなか、都が女性財団の廃止を決定
2001年4月
東京ウィメンズプラザは、都の直営に。
12月
東京女性財団評議委員会、理事会で「寄付行為」否決 解散
私たちは、以上の経緯で「東京男女平等参画条例」が施行されてから東京女性財団が廃止されたことについて、未だ納得のいかない状況におかれています。同条例では、「都の責務」がうたわれており、「都は、総合的な男女平等参画施策を策定し、実施する責務を有する」とともに、「都は、都民、事業者、国および区市町村と相互に連携と協力を図ることができるよう努めるものとする」としています。ウィメンズプラザも、都の直属とするのではなく、都民との連携のもとに、運営されるべきものです。男女共同参画のために、行政だけの運営では、前進はありえないと考えます。女性財団のなくなった今、せめて利用団体との連絡会や、協議機関を設けるべきです。
⑵都の市区町村における条例の制定と女性センター(男女共同参画センター)について
2008年の時点で東京都の市区町村では21の自治体が条例を制定しました。また、ほとんどの自治体では女性センターをもち、行動計画を進めてきています。
しかし、各女性センターの状況は、運営がまちまちで、区市町村の担当がセンター長になっているところ、臨時のNGOが派遣で長になっているところ、NPOや企業が運営全般を請け負っているところなど、直営、委託、指定管理とさまざまです。職員は、非常勤専門員と呼ばれる非正規職員が主体となっているところが多く、「官製ワーキングプア」を生み出しています。
各市区町村にセンターができたことは素晴らしいが、責任ある運営にするための体制づくりと財政支援が必要です。
このような自治体の活動を監視し参加していくため、「東京男女平等条例ネットワーク」は、2005年3月、都内自治体の有志が集まって結成されました。「男女平等条例」をキーワードに、都内自治体の状況について情報交換し、女性差別撤廃のための学習をしています。回を重ねるごとに、自治体の参加有志も増え、ネットワークの効果が徐々に表れてきています。
清水 恵(ℓ女性会議東京都本部常任)
⑶石原都知事の「ババァ発言」取消し裁判をたたかって
『週刊女性』2001年11月6日号での石原都知事の発言「“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って」を問題にして119人(後131人)の女たちが損害賠償訴訟を起こしたのは2002年12月でした。この第1次裁判では原告10人が「言葉による暴力」の深刻な被害を陳述するなど立証を重ね、2005年2月の東京地裁判決は、<女性の存在価値を生殖能力のみに着目して評価することは、個人の尊重、法の下の平等を規定する憲法や男女共同参画社会基本法その他の法令、女性差別撤廃条約やその他の国際社会の取り組みの基本理念と相容れず、要職にある者としては不適切である>と断定しました。ただし、<特定性を欠いており、原告らの名誉毀損には当たらず>とされ、敗訴しました。
翌日の都庁定例記者会見で、この判決について意見を求められた石原都知事は、「判決よりも裁判そのものが不思議」と斬り返し、「僕は初めて聞いたことにショックを受けたから、それを取り次いだだけですよ。ある会合で。そこに変な左翼がいたんだよ。それが喧伝したわけだ」と嘘を重ね、「あれは裁判のための裁判で、あの人たちのパフォーマンス。その域を出ないね」と逆襲しました。また「種の保存のために四苦八苦して、シャケだって死にものぐるいになって上がってきて、産卵したら死ぬわけでしょう。カラスが目玉しか食わなくなるような無惨な形。だけど人間の場合には違う」と上塗りする発言をしました。
第2次裁判はこの定例記者会見発言を対象とし92人が2005年4月に提訴しました。特定された原告への差別発言として争いましたが、2007年7月31日に出された判決は「石原知事としては先行発言が松井教授の話を紹介しただけのつもりだったのに、前訴判決では石原知事自身の見解ないし意見の表明であると認定されたため、そのような認定に納得できないという気持を前提として述べられたものと認めるのが相当である」と、知事自らが『週刊女性』で開陳した事実をないものとした“嘘”を受け入れたばかりか、石原都知事の気持ちを慮り、実質的に第1次裁判の東京地裁判決を否定するものでした。当然のこととして控訴しましたが、高裁も地裁判決を追認し、最高裁は棄却しました。
2008年11月原告団事務局のメンバーがジュネーブの国連女性差別撤廃委員会へ要請に行きました。2009年7月ニューヨークで、日本政府の報告書(条約に基づいて4年ごとに現況報告が義務付けられている)が審議されましたが、事前の日本政府への質問項目には「女性の品位を下げ、女性を差別する不平等で父権的な制度を象徴する、侮蔑的な性差別発言を公務員が行わないことを確保するために、どのような措置が取られたか示して下さい」と入れられています。日本の現状は世界の常識からはかけ離れているということです。
三島ひろ子(石原都知事の女性差別発言を許さず、公人による性差別をなくす会)
⑷東京都におけるドメスティック・バイオレンスの現状について
東京都は、2000年3月に東京都男女平等基本条例を制定し、ドメスティック・バイオレンス(DV)の防止に取り組んできました。2002年度に配偶者暴力相談支援センターを設置し、国も2004、2007年の2度にわたって、DV防止法の改正を行なっていますが、被害者からの相談は、いまだに後を絶たず増加の傾向にあります。DVによる被害者を保護するために、東京ウィメンズプラザと東京都女性相談センターが、DV相談支援センターの機能を担っています。東京都のDV相談件数は、2001年度には、3.334件であったが、DV相談支援センターが開設された2002年度には、7.300件と約2.2倍増となりました。その後も相談件数は増加し続け、05年度には9.766件となり、以降は8千件台が続いています。2007年度の相談件数の99.7%は女性です。
警視庁や警察署に寄せられた相談件数は、2001年度の554件から2007年度は2.118件と約3.8倍に増加、そのうちの98.3%が女性です。東京都が実施した一時保護件数は、2007年度は542件、法施行以降の一時保護所への入所は、母子がやや高くなっています。
暴力は、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、男女平等参画社会の実現を妨げるものです。さらに、DVは配偶者間にとどまらず、周囲の者に及ぶ場合があり、特に同居する子どもへの影響は深刻です。暴力は、父親からだけではなく、被害者である母親からも受けることがあります。母親は、夫から暴力を受け続けることで、心理的にも精神的にも追いつめられ、余裕がなくなり、子どもを叩いたり、場合によっては、育児放棄になることもあります。
また、子どもは暴力を目撃しながら育つことで、心や身体にさまざまな影響を受けます。身体的には不眠、頭痛、腹痛など、精神的には注意力の欠陥、神経過敏、感情麻痺、攻撃的になるなどの症状となって現れることもあります。また、DVという緊張状態の中で、親に甘えることができず、子どもらしく生きることができなくなる場合もあります。
被害者の職業は無職58.8%、パート・アルバイト22.4%、フルタイムの勤め人11.5%、自営業1.8%です。被害者の多くは子育て世代であり、その8割以上が無職やパート・アルバイトであることから、加害者から逃れても生活基盤が弱いため、生活再建は非常に困難であり、公的支援が不可欠です。被害者が加害者のもとから逃れた後の不安は、経済的なこと(43.0%)が最も高く、次いで加害者の追跡(38.8%)となっています。子どもがいる場合は、子どもの安全(25.7%)、子どもの心への不安(25.1%)の順になっています。
DVを根絶するためには、家父長的な社会構造を壊し、「夫とは」「妻とは」という固定観念から一人ひとりが脱け出し、お互いの生き方を尊重し、共感しあえる関係を築いていくことが大切です。同時に、幼児からの徹底した人権教育が必要であることは言うまでもありません。
高橋久美子(シェルター「けやき」代表)
⑸東京の女性労働の現状−女性が働くことへの支援体制
石原都知事は、将棋の米長邦雄氏(都の教育委員)と対談したなかでつぎのように発言しています(MXテレビの対談番組の一部が本になっている中に収録)。
「共稼ぎというけども、たいして稼いでいない場合、子どもを保育所に預けるほうが、1人当りよっぽどカネがかかる。その分、母親が家庭にいてくれたほうが社会も子どもも助かる…パートで月せいぜい15、6万稼ぐんだったら…」。
「たいして稼いでいない」理由、つまり「稼げないしくみ−103万円の壁、130万円の壁−非正規労働・有期雇用・時給が安い」を考慮することなく、女性の働く権利を、労働における均等待遇を否定しています。女性への差別意識−性別役割分業を肯定−がこんな形でも表れていると感じるが、都知事の意向は具体的な政策に反映されます。別項にあるように都の保育政策は、「子どもの内面的成長を保障する」ものから「預かるだけ−東京独自の認証保育所の設置条件」に変質してきているし、働くことを援助する労働相談窓口が縮小されてきています。
かつては「労政事務所」という呼称で区部に7ヵ所、多摩に3ヵ所、計10ヵ所あったものが、次第に減らされてきて、今日では労働相談情報センターとして区部4ヵ所、多摩2ヵ所、計6ヵ所しかなく、さらに2009年4月からは運営面も縮小されています。面接相談は平日17時までが基本となっており、夜は飯田橋のセンター1ヵ所のみで、土曜開所も飯田橋だけです(多摩からはさすがに来られないと認識しているのか、国分寺と八王子が週1回ずつ開所)。労働者からの相談が7割強、そしてここ5年女性からの相談が増えて5割強になっていることからすれば、窓口を狭めた影響は女性に厳しいと言えます。
2007年度労働相談状況で見ると(現時点では2008年度詳細は未発表)、あっせんにまで至ったケースでは女性が54.7%と多く、項目ではパート128件、派遣92件、外国人80件、メンタル68件、セクハラ42件、男女差別2件となっています。相談件数全体(54,669件)でみると、パートの相談(3,921件)では女性が62.3%と断然多く、労働契約や解雇の相談とともに、職場のいじめとセクハラが深刻な状況になっています。派遣(4,307件)もまた女性からの相談が56.2%と、東京では女性労働問題であると言えます。男女差別に関する相談は222件で前年より81件も増え、相談内容では、配転・出向、退職強要、母性保護、育児休業などが多く、働き続けられない要因になっています。あっせんの事例は、育休明けの就労拒否−退職強要であり、育休申し出に対する配置転換−退職強要でありました。前者は上司の「怒鳴る」態度に和解退職し、後者は均等法違反で強要を止めたとされています。
セクハラの相談は2,723件で前年より167件増えており、半数が地位利用のセクハラです。「女性の側に、セクシュアル・ハラスメント行為に対する意識が高く、なおかつ申し立てしやすい環境があれば、件数は上昇する」という注がつけられていますが、すでに相談件数の5%がセクハラだということは、潜在的なものも含めて、女性が働き続けられない大きな理由となっており、二重の意味での人権侵害です。
石原都知事が女性差別意識を払拭し、率先して「男女は平等・対等」ということを示してくれれば、少なくともセクハラは減り、少しは安心して働き続けられるのかなと思います。
中村ひろ子(均等待遇アクション21)
⑹東京都の教育と子どもの現状
この10年間の東京都の教育を振り返ると、あまりの激変ぶりに愕然とします。石原都知事になって教育面でまず変わったことは、東京都教育委員会の教育目標から、日本国憲法と47教育基本法が削られたことでした。石原都知事は「東京から日本の教育を変える」と豪語しましたが、結果的にはその通りになったといえるでしょう。
各地区でも多くの変化がありました。品川区で始まった学校選択制は多くの区市に広がりました。選択自体は必ずしも悪いことではありませんが、同じころ行われた各区の一斉学力テストの点数公表と結びついて、学校間格差が広がりました。また児童・生徒数が多いところに集まり、少ないところは激減する傾向も出ました。都、国の一斉学力テストも行われ、能力主義が激しくなりました。各地区の学校で「教育目標を数値主義で示す」よう強制されました。杉並区の和田中学校では、学校に塾を導入した「夜スペ」が導入されました。
一方、「授業時数確保」のかけ声の下、夏休みの短縮が増えました(世田谷区・葛飾区など)。学校3学期制から2学期制にして授業時数を増やすところも出てきました(目黒区・渋谷区など)。また1ヵ月に1回程度土曜日授業を行い、児童・生徒にはその振り替えはしないという、学校五日制を崩す動きも始まっています(日野市・港区など)。
また前回の指導要領のもと、「習熟度別」学級がほとんどの小中学校に導入され、「習熟度」が低いと見なされた子どもたちの中では、あきらめや意欲の減退が見られます。
東京都での国家主義的な動きも進みました。すべての学校で「道徳地区公開講座」を行うよう強制されました。「日の丸・君が代」が教職員に処分をもって強制されていますが、その最終的なターゲットは子ども達です。杉並区とすべての都立中高一貫校、都立養護学校の一部では、歴史を偽造し戦争と天皇を賛美する扶桑社の中学校歴史教科書が採択されました。
人権教育も大きく後退しました。2003年に都立七尾養護学校の性教育への弾圧が行われ(今年09年、東京地裁で都側が敗訴する判決が出された)、04年に都教育委員会が「ジェンダーフリーという言葉の使用」と「行きすぎたジェンダーフリーの考えに基づく男女混合名簿の使用」を禁止しました。2002年の東京都の男女混合名簿実施率は、小学校70%、中学校28%、高校(全日制)70%、高校(定時制)85%、盲ろう養護学校96%でした。多くの学校では男女混合名簿は維持されましたが、男女混合名簿の発祥の地である国立市など、一部の地区や学校では男女別名簿への後退が起きています。
教員に対する締め付けも全国に先駆けて行われました。自己申告と業績評価が導入され、勤務時間は改悪されて多忙化が進み、教育委員会と校長の権限が強化されて、ついには都教育委員会が都立学校に対し「職員会議での採決の禁止」通知まで出す有様です。一方、新規採用教員の自死は後を絶たず、心が痛みます。
しかし、これらに反撃する運動もまた起こっています。私達は保護者や市民とともに、ひとつひとつ地道に取り組んでいきたいと思っています。
朝倉 泰子(東京教組)
⑺東京の保育問題
私たちℓ女性会議東京都本部は2003年、2005年、2007年に公立保育園の非正規保育士実態調査を行い、その結果、労働条件は全く改善しておらず、ますます任用形態の細分化が進み、無資格保育士も増えていることが明らかになりました。
東京都が保育所として認定している、認可保育所・認証保育所・認定こども園・保育室・家庭福祉員(保育ママ)の定員は、合計でおよそ18万人です。
社会状況を反映して、保育園に預けて働きたいという要求が高まる一方、保育園に入れない待機児童の増加が問題になっていますが、全国一出生率が少ない東京都に待機児童が集中しています。
都の発表によると2009年4月の待機児童は7,939人(昨年に比べ2,460人増加)ですが、都の認定を受けていない「ベビーホテル・事業所内保育施設」に入って、認可保育園の空きを待っている潜在待機児童もたくさんいます。
政府は2008年2月に「新待機児童ゼロ作戦」を策定し、10年間で受け入れ児童を100万人増やす目標を掲げ、そのための予算「安心こども基金」(1千億円)創設が補正予算に盛り込まれています。
都が独自に認めている「認証保育園」は予算措置の対象にならないため、私たちは改善を求める要望書を国に提出しましたが、“園庭がない、散歩に連れ出す保育士の手がない、超過入所が常態化している”など認可保育園に比べ保育環境の悪い「認証保育園」の基準を認可保育園まで押し上げる努力が先ではないでしょうか。
都は「子育て応援都市東京・重点戦略」で、待機児童解消に向けて、今後3年間で1万5千人分を整備するとしていますが、公立保育園の現状は、詰め込み保育がなされ、非正規の職員がそれを補っている状況です。
新聞によれば「待機児童の増加に伴い、保育所の45,6%が定員を超えて子供を受け入れている。人手不足を補うため、非正規の保育士を雇う施設が多く、保育士の半数近くを非正規(公立53,7% 私立39,4%)雇用が占めている」(毎日新聞3/10)と報道されています。
7年ぶりに改定され2009年度から施行予定の「保育所保育指針」改革案は、最低基準をクリアーすれば新たに指定制などでも対応できる民間参入を促す仕組みをつくる危険性があります。
保育を民間に委ね、市場原理の下で利用者の自己責任で利用するという方向性は、子育ての公的責任放棄と言えます。
保育所の数を増やし、保育士が働きやすい条件をつくり、保育料を安くし、格差を生まないような政策、財源の手当てを切望します。
岩井久江(ℓ女性会議東京都本部常任)
⑻東京都のポジティブ・アクション
東京都は1978年に「婦人問題解決のための東京都行動計画」を策定し、今日までに6度にわたる改訂を行い、2000年には「東京都男女平等参画基本条例」を制定した。国の「男女共同参画社会基本法」制定や国連の「女性差別撤廃条約」批准などの流れを受けて、1995年の世界女性会議以降、都政でも女性の人権と自立に向けた施策が講じられてきました。
国際的にも男女平等の推進は確かな潮流になっていますが、残念ながら国内ではバックラッシュの動きも目立ってきており、東京都もその例外ではありません。様々な女性団体が反対する中、東京都女性財団や男女平等推進基金の廃止、男女混合名簿の廃止、「ジェンダーフリー」の不使用などは記憶に新しいでしょう。
東京都行動計画の最新版は「チャンス&サポート東京プラン2007」です。この中で都民へのポジティブ・アクションの推進について、「企業の経営施策やCSR(企業の社会的責任)の視点も踏まえ、女性の能力発揮を進めるため、都と事業者とが協力して推進する」として次の事業を上げていますが、調査と意見交換と啓発にとどまっています。
@雇用の場における男女平等に関する実態調査:都内30人以上の事業所11業種25,000事業所男女5,000人(産業労働局)
A事業者団体との連絡会:事業者団体との連絡会を年2回程度開催、シンポジウム開催、(生活文化スポーツ局)、労働情勢懇談会の開催(産業労働局)
Bポジティブ・アクションの推進:ポジティブ・アクション実践プログラムの作成(2000部)と普及啓発(産業労働局)
C関係法令や女性の活用事例等セミナー:ポジティブ・アクションリーダー養成年1回30人、事業主向け均等法セミナー年2回、ポジティブ・アクション実践セミナー計15回 ポジティブ・アクション・ネットワーク会議年1回(産業労働局)
都庁内におけるポジティブ・アクションとしては、管理職選考受験の奨励、採用及び職域の拡大に当っての男女平等の徹底を各局で実施するとしていますが、これは2002年の前回改訂時と同じです。現実は、女性副知事は石原知事就任以来就任していないし、局長級の女性は2003年から数年間おらず、現在も95人中たった1人です。部長級の女性は761人中62人で比率としては8.11%、課長級も入れた管理職全体の女性比率は14.4%となっています(東京都人事委員会20年4月1日発行「都職員の構成」より)。東京都の審議会委員の女性比率の目標値は35.0%であるのに対し、現状値は21.7%。これが男女平等といわれている東京都の職場の現状で、東京都自らが、もっと積極的に政策決定の場に女性を登用する努力をするべきです。職員の実情としては、職場と家庭で仕事を中心的に担っていれば、管理職試験の準備をする時間がないというのが実態であり、人材育成や年次目標の設定など具体的なポジティブ・アクション・プログラムを作成し実施しない限り、個々人の努力に委ねるだけでは、真の男女平等参画の職場の実現はなかなか見えてこないでしょう。
山本幸子(都労連)
⑼議会と政治参加の状況
かつて、東京都の議会棟には、女性トイレがなかったそうです。有楽町の旧庁舎時代のことです。その話を聞く数年前に、私も杉並区議会で同じような経験をして、女性トイレ確保の申し入れをして驚かれました。1983年のことです。
当時は、ことほどさように女性の存在すら考えられていなかったですが「議会」という世界でした。
しかし、今や、女性であれば男性より信頼を受けやすいというまでになりました。つまり選挙は女性の方が闘いやすい、女性は「悪いことはしない」と捉えられているからです。それだけ、男性優位の政治がダーティだったという印象の裏返しかもしれません。その一方で男性が立候補する際には、妻が日常の近所づきあいやPTA、趣味の会などで票を広げ、二人三脚で男性を議会へ送るという役目を果たしたりします。
それでも、男女差別の比較的少ない場が議会でしょう。むしろ男女差別より、少数会派への差別の方が大きいです。
1999年、補欠で入った私を含め15人(12.6%)だった女性が、現在24人(18.9%)となりました。毎回本選挙と2年毎にずれている補欠選挙でも、確実に女性議員が増えています。国も直近の衆議院選では11.25%となりました。初の1割超えです。しかし、都も国も、区議会レベルのように1/4以上を女性が占めるというには程遠い状況です。
さて、問題は、女性が増え仕事は平等ですが、それで女性問題は前進したかというと、必ずしも希望が広がったわけではありません。議会に「東京都男女共同参画社会推進議員連盟」という任意の会があり、毎年「男女平等施策の推進」を求めて予算要望を提出しています。これは政党会派、男性女性を問わない横断的組織です。それ故に、提出事項そのものが甘く、全会派受け入れ易いものに限られてしまいます。それでもゆっくり男性にも考えてもらう場として話し合います。遅々としていますが、女性問題はまだまだ男性の理解が重要だと私は思っています。女性財団が廃止された際、同時に女性弁護士と連携したDVの訴訟費用、わずか200万円が削られました。国の施策もありますが、国の方はDVのみならず交通事故等の民事も含めた予算です。DVに特化した訴訟費は、額の問題だけでなく、女性被害者には安心施策だったはずです。これ等の施策も含め、全女性議員がまとまって女性問題で闘ったとは言い難いです。私は一人会派で毎年予算要望を出しつづけていますが。
昨今は、女性知事、区長、市長も一般市民が創り出すようになりました。今期は初の女性都議会事務局長も誕生しました。今後は女性議員の数だけでなく、女性ならではの質が問われています。
福士敬子(東京都議会議員)
都議会の状況
立候補
内 女性
当選・現有議席
内 女性
1997年結果
2001改選前
264
47 17.8%
127
119
13 10.2%
15 12.6%
2001年結果
2005改選前
244
44 18.0%
127
117
19 15.0%
20 17.1%
2005年結果
2009改選前
220
40 18.2%
127
125
22 17.3%
22 17.6%
2009年結果
221
52 23.5%
127
24 18.9%
はじめに
「性同一性障害」(GID:Gender Identity Disorder)という概念が国内で広く知られるようになったきっかけは1995年、埼玉医科大学倫理委員会に対して「性転換治療の臨床的研究」と題された申請書が提出されたことに遡ります。申請者は原科孝雄・総合医療センター形成外科教授(当時)を代表とする研究班で、以下のようにその理由が説明されていました。「性転換治療は本邦では全くタブー視されている問題である。これらの患者は肉体の性と、頭脳の中のそれとの相違に苦しみ、自殺にまで追いやられる場合もある。そして闇で行われる手術を受けたり、海外での治療を求めるなど、暗黒時代とも言える状況にある。諸外国、特に欧米諸国ではこの治療が合法化され、健康保険の対象にさえなっている国もある。この治療を医学的に系統づけ、これらの患者の福祉に役立つことを目的に、女性−男性の性転換をおこなう。」
これについて同倫理委員会は、「性同一性障害とよばれる疾患が存在し、性別違和に悩むひとがいる限り、その悩みを軽減するために医学が手助けをすることは正当なことである」と答申し、そのことがメディアでも大きく取り上げられました。1997年には日本精神神経学会による「診断と治療に関するガイドライン」(初版)が策定され、国内でもいくつかのGID(性同一性障害)の専門医療機関が生まれました。
2007年末現在、全国の主要なGID医療機関で扱った件数は7,177件に上ります(日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」調べ)。女性から男性に性別移行を希望する人(以下、FtM:Female- to-Male)が4,146名、男性から女性への性別移行を希望する人(以下、MtF:Male- to-Female)が3,031名でした。この数は過去10年ほどに診療に訪れた数だけであり、すでに性別適合手術を受けた人などは含まれていません。
また、2004年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(法律第百十一号)」(通称、「性同一性障害特例法」)が施行されたことにより、一定の条件をもとに、家庭裁判所において戸籍上の性別記載を変更することが可能になりました。2008年末現在、家庭裁判所で承認された総数は1,263件にのぼると報告されています。
⒈ 性同一性障害の定義
性同一性障害は、国際的診断基準である国際疾病分類第10版(WHO, 1992)や米国精神医学が刊行するDSM-W-TR(2000)に、疾患として記載されています。たとえば、DSM-W-TRでは、以下のように定義されています。
A. 反対の性に対する強く持続的な同一感(他の性であることによって得られると思う文化的有利性に対する欲求だけではない)
B. 自分の性に対する持続的な不快感、またはその性の役割についての不適切感
C. その障害は、身体的に半陰陽を伴ったものではない。
D. その障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
ここで重要なのは、性別違和感(自分の性に対する持続的な不快感、またはその性の役割についての不適切感)があることそのものが「疾患」なのではなく、「臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」という点において、「障害」と定義されている点です。
人間の性のありようは多様です。性的指向が社会の多数者のありよう(異性愛)とは異なる同性愛が「障害」や「疾病」ではないのと同様に、反対の性に対する強く持続的な同一感があることそのものが直接に「問題」あるいは「障害」とされているわけではありません。たとえば国際障害者年行動計画(1981)で「障害者の生活上の障害は、障害者個人の身体的不全によるものではなく、その人とその人をとりまく環境のあいだの関係の障害である」と指摘されているように、様々な社会的マイノリティ(少数者)が直面する「問題」や「障害」は社会との接合面で引き起こるものなのです。
性別違和をもつ人々の中には、外見的特徴を服装や行動様式のみを「反対の性」に合わせて、それで社会とうまく折り合いをつけている人もいます。しかし、日常生活で繰り返し経験される「臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害」を緩和あるいは解消するために、ホルモン療法や手術療法(性別適合手術)などによって外見的特徴を変えることを強く望む人々もいます。こうした必要な医療サービス(治療)を受けるために、あるいは法的に戸籍上の性別記載を変更するために必要とされる正当な理由、それが性同一性障害という診断なのです。
⒉ 性同一性障害に関する施策
「性同一性障害」に対する社会的認知が高まるにしたがい、それまで社会的に不可視化されていたこの問題への、様々な取り組みもみられるようになっています。法務省人権擁護局が毎年発表する「人権週間」の啓発活動の重点事項には、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等、刑を終えて出所した人に加え、2004年から「性同一性障害を理由とする差別」が盛り込まれるようになりました。
「東京都人権施策推進指針」(2005年11月)においても、「性同一性障害のある人々などに対する偏見があり、嫌がらせや侮べつ的な言動、雇用面における制限や差別、性の区分を前提にした社会生活上の制約などの問題があります。」(p.8)とあり、施策の展開において、「…国内行動計画で重要課題とされている女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等、刑を終えて出所した人に加え、犯罪被害者やその家族、性同一性障害のある人々などの人権課題を視野に入れた、個別的な視点からアプローチする手法とを組み合わせて効果的な啓発を行います。」(p.33)と明記されています。
その他の地方自治体でも、性同一性障害を理由とする差別を禁止する法令が策定された例は様々にあります。重要なのは、単に「かけ声」で終わらせず、具体的で有効な取り組みを推進していくことです。そのためにも、性同一性障害に関する正しい理解を深めると同時に、性同一性障害をもつ人々と共に私たちが暮らす環境、つまり社会そのものについての理解を深める必要があります。
⒊ 性同一性障害の「障害」を生み出す社会
「異性愛社会」から同性愛者が不当に排除されてきたのと同様の歴史が、性別違和をもつ人々にもあります。無知や誤った知識、あるいは偏見により、世間からみて「非典型的な男女」あるいは「異性のようなふるまい」(服装やしぐさ、言葉遣い、行動様式など)は、「不自然なこと」「異常」あるいは「変態」だとして、いじめや侮辱、嘲笑の対象になることがあります。
学校生活で脅かされる安心・安全
1998年にジェンダー・クリニックが開設された岡山大学が、性同一性障害と診断された329名について調査した結果によれば、「不登校」29.2%、「自殺念慮」74.8%、「自殺未遂・自傷行為」31.0%など、さまざまな「問題行動」が高い割合でみられたそうです(出典:中塚幹也,江見弥生.思春期の性同一性障害症例の社会的,精神的,身体的問題点と医学的介入の可能性についての検討.母性衛生2004;45:278)。同調査の回答者は、そのほとんどが思春期以前に性別違和を自覚していたと報告しています。この調査以外でも、性別違和が「問題」として具体化するは、社会的な集団生活を始める入園・入学以降が多いと指摘されています。
国外の例になりますが、米国の中学・高校(6〜12年生)に在籍するLGBT(レズビアン/ゲイ/バイセクシュル/トランスジェンダーの頭文字を合わせた略称で、同性愛者や両性愛者を含む、性的少数者の意)を対象にした全国調査(回答者6,209名)が実施されています(Kosciw JG, Diaz EM, Greytak EA. 2007 National School Climate Survey: The experiences of lesbian, gay, bisexual and transgender youth in our nation’s schools. New York: GLSEN; 2008.)。
これによれば、38.4%が自己のジェンダー表現(服装や行動様式)にまつわる問題が原因で、学校生活における安心・安全が感じられないと回答しています。ハラスメント被害の経験率も高く、「言語的ハラスメント」86.2%、「身体的暴力」22.1%だということです。こうした問題を背景に「過去1ヶ月間に1日以上の欠席」をした生徒は32.7%で、全米の一般的な生徒4.5%に比べて非常に高いと報告されています。さらには73.6%が、日本でいうところの「オカマ」「ヘンタイ」といった侮蔑的な表現をよく耳にすると回答しているのですが、その発言者として報告されているのは「同級生」(44.1%)よりも、むしろ「教師や学校関係者」(63.0%)が多いそうです。
同様の傾向は、日本の男性同性愛者6,000名を対象とした調査結果でも報告されています(日高庸晴,木村博和,市川誠一.ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート2.厚生労働省エイズ対策研究事業「男性同性間のHIV感染対策とその評価に関する研究」成果報告;2006.)。それによれば、「学校で仲間はずれにされていると感じたことがある」42.7%、「教室で居心地の悪さを感じたことがある」57.0%、「“ホモ・おかま”など言葉による暴力をうけたことがある」54.5%、「言葉以外のいじめを受けたことがある」45.1%だったそうです。
ひとつが米国の調査、もうひとつは国内の男性同性愛者に関する調査で、いずれも国内の性同一性障害をめぐる問題を調査したものではありません。しかし冒頭で述べたように、同性愛と性同一性障害は(洋の東西を問わず)世間で混同されることが多く、同じように社会から排除され、いじめや侮辱、嘲笑の対象にされることがあります。また幼少から思春期においては、当人にとってさえ、同性愛と性同一性障害の区別が困難である場合も多いことから、国内の男性同性愛者の調査は、性同一性障害についても重要な参考文献になります。
学校生活においては、身分証明証、制服、トイレや更衣室・修学旅行の部屋割り、クラブ活動での区別(男性は野球部、女子はソフトボール部など)など、性別違和のある生徒にとって「生きづらさ」を感じる場面が多くあります。性同一性障害が社会的認知を得るにしたがって、全国的にはこのような問題を解消するために組織的に取り組もうとする学校や教員も増えていますので、地域社会あるいは行政がそうした学校や教師を孤立させず、支援していくことが望まれます。
性同一性障害という概念が社会的に知られるようになったことにより、性別違和を抱えている人々が家族に打ち明けやすくなった、あるいは家族が学校関係者に事情を説明しやすくなったというよい面がある一方で、診断がない場合に「ホンモノではない」といった誤った認識に基づく不当な扱いを受ける事例も報告されています。
あるいは、性別違和とGID医療との距離が近くなりすぎる傾向も懸念されます。幼少期・思春期の「反対の性」になりたいという願望や異性役割行動は、成長するにしたがって消滅することも多いのです。まずは、周囲がそれを禁止することなく、強化するわけでもなく、将来の選択肢が最大限になるよう、温かく見守ることが大切です。またそうした環境づくりを当人や家族の自助努力に任せるのではなく、学校や地域社会がそれを支援し、さらにはそうした地域社会を支援する体制をよりマクロなレベルで社会が整えていく必要があります。
社会生活で経験される「障害」
同性愛者が外見からそうであると判断することができないのとは異なり、性同一性障害の場合、「反対の性」に特徴的な服装や行動様式、あるいは外見によってそうであると判断されることもあります。またその分、日常生活において世間の興味本位な視線や差別的・侮蔑的な態度にさらされることも多くなります。外見と性別記載が食い違っている場合、当人確認に問題が生じるとして、社会にある様々なサービスの利用を断られたり、選挙権を行使できなかった事例なども報告されています。
就職・就労においても、様々な問題が指摘されています。自助支援グループ「TNJ(TSとTGを支える人々の会)」が2003年に「性同一性障害および性別違和のある人々の就労に関する調査」(回答者112名: MtF68名・FtM44名)を実施したところ、求人に応募した際に「不利益を受けた」と回答したのは全体の13%で、以下のような具体例が報告されています。
・ 「面接中、終始男と勘違いされ、最後に女とわかって落とされた。」(30代、FtM)
・ 「何度もしつこく本当に女性?と聞かれた。」(20代、FtM)
・ 「女性と思われ、面接に呼ばれるが、男と分かると興味本位の質問ばかり受けるか、急に用があるからと言って面接を途中で終わらせてしまう。」(30代、MtF)
・ 「(男の恰好をしている)君がお茶くみをしたらおかしいと言われた。」(30代、FtM)
また、「仕事を辞めた経験がある」と回答したのは全体の78%で、そのうち「仕事を辞めた理由に性別違和が関係している」と回答したのは、FtM 49%、MtF 22%でした。具体例には、次のようなものがあります。
<日常生活上の不便>
• トイレや更衣室での着替えが苦痛(30代、MtF)
• 更衣室での苦労が精神的ストレス(20代、FtM)
<「らしさ」の強制あるいは禁止>
• 制服や化粧が強制されて(20代、FtM)
• 髪の毛を切りたくなかった(30代、MtF)
<その他>
• 仕事を続けながらのトランジションは不可能だったから(30代、FtM)
• 治療を始めて外見が変わったから(30代、FtM)
• カムアウトしたら拒否された(30代、MtF)
• GIDが職場で問題になって(40代、MtF)
• 同性愛者だと噂がたち居づらくなった(30代、FtM)
上記と一部重複しますが、「職場で性別違和を理由に嫌がらせを受けたことがある」と回答したのは、MtFが27%、FtMが17%でした。
• 「本当のことを打ち明けたとたん、バカにした態度をとられた。」(30代、FtM)
• 「その部署から追い出された。」(40代、MtF)
• 「仕事上のミスをすべてそのせいにする。」(40代、MtF)
• 「知ってるくせに、未だに「彼」と言われることがある。悪気はないのはわかるけど。」(30代、MtF)
• 「髪を切れとか男になれと言われたことがあります。いきなり胸を触られたことがある。」(40代、MtF)
性別違和のあるなしにかかわらず、異性装(男性による女装、女性による男装)という現象に対する、社会的な拒否反応には根強いものがあります。とくに男性による女装は「変態」「悪趣味」として、社会の不当な評価にさらされ続けており、そのことが就労を続けながら性別移行することを困難にしています。
人権問題であるという認識の欠如
NHK教育番組「ハートをつなごう」では「性同一性障害編」として、様々な当事者が出演しています。そのうちの一人で現役の高校教師である土肥いつき氏が、「変態」という視線にさらされ続ける当人の苦悩を物語る、次のようなエピソードを紹介しています。
土肥氏は男性教師として就職して以来、長年にわたって教壇に立ち、被差別部落や在日朝鮮人の生徒たちの直面する問題にも取り組んできました。差別・偏見に悩む生徒たちには、「隠す社会から語れる社会へ」をモットーに「自分のことを語ろう」と励まし続け、どうしても語ろうとしない生徒の「しんどさ」に共感的態度を示してきたといいます。しかし心の中では、「なんで言えへんねん」と思う自分がいたといいます。「わたしは生徒に『自分のことを語ろう』と言ってきましたが、自分自身のことは決して誰にも語りませんでした。『在日や部落のことは人権問題。でも自分のことは変態。こんな恥ずかしいことは誰にも言えない』『自分のしんどさに比べたら、在日や部落の方が語るのは楽やろう』と思っていたのです。」(滋賀県人権センター発行『じんけん』2006年8月号より)
「変態」という社会の視線、差別・偏見は、それを向けられた当事者と同じ秘密をもつ人の中にも入り込み、内面化されてしまうことがあります。社会が人権問題であると認識しない問題については、冷遇や嘲笑の対象になる当人でさえもそれが差別・偏見であると明確に意識することは容易ではありません。
日本ではとくに「ニューハーフ」や「おかま」といったキャラクターで人気を博しているタレントが活躍する機会も増えています。そうした場面で繰り返される「本当は男のくせに」「気持ち悪い」といったやりとりに苦言を呈するようなことをすれば、逆に「遊び心がわかってない」「無粋なことを言う」「過剰な被害者意識だ」と批判されるかもしれません。差別・偏見の問題かどうかについては、明確にそうであると判断できるものよりも、そうかもしれないがそうでないかもしれないと判断に迷うもののほうが多いものです。それが繰り返されるなかで、これが人権問題である認識と判断力が薄れていくことが懸念されます。
⒋ 「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」の課題
公的書類の性別表記に関わる問題
出生上の性別に違和感をもつ人が、性別を移行し、望む性で生活を送っている場合、公的書類に書かれている性別の記述と生活の実態が食い違うことによって、さまざまな問題が生じます。
例えば、就職の際に、住民票の写しや社会保険関連の書類提出が必要なことから、外見と書類との食い違いを不審がられ、性同一性障害について説明をしても、一般の人に比べて不利な扱いを受けるといったことがあります。同様に、住居を借りようとして断られる場合もあります。
また、身分証明が必要となる日常のさまざまな場面で説明が必要になることは、当人にとって単に煩わしいだけでなく、出生上の身分を常に意識させられるという点で精神的な苦痛をもたらします。レンタルビデオの会員になるといったごく日常的な場面においてさえ「性同一性障害をもっていること」の説明が必要となったり、相手に推測を与えてしまうことになったりするのは、プライバシーの観点からも好ましくありません。
さらに海外への渡航では、入出国の手続きで当人かどうかを疑われる可能性があるほか、ホテルのチェックインや買い物の際にも問題が生じます。宗教や文化的な理由で差別の激しい国では、生命の危険も伴います。
このような問題の解決に向けて、2004年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(法律第百十一号)」(以下、「性同一性障害特例法」)が施行されました。この法律が成立した理由については、「性同一性障害者は、社会生活上さまざまな問題を抱えている状況にあり、その治療の効果を高め、社会的な不利益を解消するため」と明記されています。これにより、性同一性障害の診断を受け、第三条に挙げられている5つの要件を満たすことによって、家庭裁判所の審判を経て戸籍上の性別記載を変更することが可能になりました。
1. 二十歳以上であること
2. 現に婚姻をしていないこと
3. 現に未成年の子がいないこと
4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
5. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
3については、施行から3年目にあたる2007年に見直しがなされ、現在では「現に未成年の子がいないこと」に修正されています。これによって、子どもをもつ当事者の希望がかなうようになりました。
性同一性障害特例法が残した課題
性同一性障害特例法の成立は、法制度上の大きな前進でした。しかし、しかし、第三条の5つの条件については、成立当初から様々な問題が指摘されてきました。
とくに、一般に「婚姻要件」および「子なし要件」と呼ばれる2と3の要件については、家庭をもちたいと願う当人たちの当り前の権利を否定するものであり、またすでに築かれた家族を壊すものであるだけに、大きな問題とされてきました。
さらには、要件の4と5は、事実上、性別適合手術を受けていることを、法的な性別変更の条件とするものです。
多くの人は、性別適合手術が、その人の性別のあり方を変えるのだと思っているかもしれません。例えば、男性の外見で、男性として生活している人が、入院して性別適合手術を受けると女性の外見になり、退院したときには女性として生活できるようになっている、といったイメージを持つ方もいるでしょう。しかし、これは誤ったイメージです。
現実には、顔つきや体つきなどは、ホルモン療法や、ひげや体毛の脱毛処理(MtFの場合)、乳房の切除(FtMの場合)などによって変化するものであり、性別適合手術の影響はほとんどありません。当事者の多くは、性別適合手術を受ける以前の段階で、社会的な性別の実態を移行して生活しています。それは、ホルモン療法などのほか、当人の努力や経験、社会的な学習によって可能となるものです。そのようにして、望む性での生活を手に入れた後で、性別適合手術を受けるかどうかは、それぞれの選択によって異なります。手術費用が工面できない、基礎疾患があるなどの理由で、手術を選択しない人や選択できない人は、社会的に望む性で暮らしながら、逆の性別の戸籍や住民票を持ち続けることになります。このような人々が抱える問題は、現在の特例法では解決されません。
当事者が、公的書類の性別変更を望むのは、社会生活上の実態と、戸籍や住民票、さらにはパスポートや健康保険証などの性別が食い違うことによってさまざまな不利益があるためです。これらの書類を、社会生活の実態に合わせてほしいというのが、多くの当事者の願いでしょう。しかし、特例法の性別変更の要件は、その人の社会的な生活そのものではなく、法的な婚姻関係や親子関係の有無、生殖機能の有無、外性器の形状などによって定められています。
このため、法的な性別変更を必要とする当事者と、変更が可能な当事者は、必ずしも一致しないということになります。
親族関係を記録する戸籍と、個人を特定するための住民カード、安全な渡航を保障するためのパスポートなどでは自ずと目的が異なります。戸籍の変更ができないケースでも、他の書類については性別表記変更を許可する、もしくは性別を空欄とするなどといった施策も検討されるべきでしょう。
また、「性別変更を必要としていながら、それが認められない人」が存在することは常に認識しておく必要があります。同時に、戸籍の変更が認められない人が、そのことによって社会的に不利益を被ることのないような配慮が求められます。
⒋ 多様性の認識に向けて
埼玉医科大学倫理委員会の倫理委員会答申や、性同一性障害特例法の成立によって、「性同一性障害」という言葉は広く認知され、メディアでも取り上げられるようになりました。しかし、「こころとからだの不一致」というステロタイプなイメージが流布されるあまり、当事者の多様性については認識が不十分となっています。
例えば、性同一性障害をもつ人は、出生上の性に違和感を覚え、それとは反対の性で生きたいと願うのだから、好きになる相手は身体上の「同性」に決まっていると考える人が多いようですが、これは誤解であり、同性に魅力を感じるか、異性に魅力を感じるかは、当事者によってさまざまです。思春期の若者が同性を好きであるという理由で「性同一性障害」とみなされたり、自らを誤解することがないよう、十分な啓発が望まれます。
また、性同一性障害をもつ人が自分の子を設けたい、あるいは子育てに関わりたいと願う場合にも、十分な支援が提供される必要があります。
性同一性障害への治療基準として国際的な学会が示すガイドラインでは、「生殖に関する選択肢」として、インフォームド・コンセントとの関連から次のような内容を定めています。
・ ホルモン療法や性別適合手術を受けた人が、生物学的な親になれないことを悔やむケースがある。
・ ホルモン療法を開始する前に、MTFは精子を保存するという選択肢を知らされるべきであり、精子バンクなどの利用について考慮するよう勧められるべきである。
・ FtMは、現在のところ、受精卵を低温保存する以外に手段がないが、そのことを含めて生殖の問題について知らされるべきであり、他の選択肢が利用可能になった場合は、それらが呈示されなければならない。
残念ながら、日本のガイドラインには同様の項目がありません。十代、二十代の若い当事者が、出生上の性に対する違和感に悩み、性別の移行を模索していた場合、早期に性別適合手術を受け、法的な性別を変更すれば、就職で不利益を被ることもなく、一般の人々と同じように生活を送ることができます。しかし、そのためには、子どもを作ってはならず、生殖能力も放棄する必要があります。性同一性障害をもつ人の「性と生殖の健康と権利」をどう考えていくべきかは、今後、もっとも真剣に議論されるべき課題と言えます。
はじめに
性的指向
性的指向とは、性的欲求や恋愛感情が、異性に向かうか同性に向かうかという傾向を指します。一般に、性的指向は、思春期より前に形成されるものと考えられています。又、性的指向は、本人の意思や選択によって決まるものではなく、趣味や嗜好とは区別されます。いかなる性的指向も、異常・倒錯・障害ではなく、又、治療の対象にもなりません。
性的指向が、同性に向く場合を同性愛といい、そのような性的指向を持つ人を同性愛者といいます。性的指向が、異性に向く場合を異性愛といい、そのような性的指向を持つ人を異性愛者といいます。性的指向が、両性に向く場合を両性愛といい、そのような性的指向を持つ人を両性愛者といいます。
同性愛者
同性愛者と異性愛者とを外見から判断する方法はありません。同性愛者であるからといって、異性的な外見、行動、考え方をするわけではありません。それらは、それぞれの人が、自分の性別役割や性別認識をどのように考え、実践するかという意識や意思に関わることです。
又、年齢や社会的制約(差別、偏見等による行為の制限や孤立しやすい状況を含む)などから、性的指向に基づいた性的行為や恋愛対象を選ぶことができない場合もあり、必ずしも表面的な性行動や性的体験の有無から同性愛者であるか異性愛者であるかを区別できるとはいえません。
従って、同性愛者であることが明らかにされるためには、それぞれの人が、自分の性的指向をどのように認識しているかに基づく自己申告を待たなければなりませんが(それは、通常、性的指向を意識することがない異性愛者についても同じことです)、同性愛の性的指向を有する者は、どのような人種・民族・国家の中にも一定数存在しています(具体的にどのくらいの割合の人が、同性愛者であるかは、各種の調査でも幅がありますが、それは、性的指向の表れをどのような基準で判断するかという定義の問題や、同性愛者であることを申告しやすい状況がどの程度整っているかによっても左右されます)。
性自認との関連性
現在では、自分の性別認識が、いわゆる生物学的性別と異なりその差異に違和感を感じている場合は、性同一性障害(GID)として、性的指向の問題とは切り離して考えられるようになっていますが、かつては、トランスセクシュアルも同性愛者も、「自然な」異性愛から外れた人たちとして、病気や障害、あるいは、変態として同じように排除されてきた共通の歴史を持っています。同性愛者とトランスセクシュアルとの間には、人権保障や差別の撤廃を求める上で、個別の政策課題もありますが、問題解決のためには共通の視点が有効な場合もあります。
⒈同性愛者差別とはどのような差別か
性的指向による差別
同性愛/両性愛/異性愛という性的指向の間には、優劣はありません。それぞれの性的指向は、社会の中で等しく価値をもつものであり、又、個人が自己実現をしていく上で、重要な要素となっています。従って、性的指向による差別とはどのようなものかを考える場合、異性愛という特定の性的指向を持つ者だけが、社会的資源の利用において有利な立場にあること、権利の保障において特別な地位を与えられていることは、基本的に他の性的指向を持つ者に対して差別的に作用しているといえます。又、異性愛以外の性的指向であることを理由に、不利益な状況を強いられたり、権利が保障されていなかったりする場合、性的指向による差別があるといえます。
同性愛者の存在を認識しないことによる差別
現在の日本の法律(憲法を含む)には、基本的には、同性愛者が社会の一員として存在しているという認識はありません。そのため、日本の法制度は、異性愛者の存在だけを前提に作られており、二つの点で同性愛者に対して差別的に作用しています。
<制度利用の困難さ(1)>
同性愛者が同性愛者として生きていこうとする上で利用することができない制度として、結婚を含むパートナーシップ保護制度があります。結婚が認められないことで、例えば、相続の権利や税制上の優遇措置、DV法による保護などが受けらません。又、同性間のパートナーシップは、法律上、事実婚としても認められていないので、事実上の夫婦に認められる制度の利用もできません。
この問題は、どのようなパートナーシップを同性愛者が築きたいかに関わらず、そもそも選択肢が存在しないという点で、大きな不平等事例です。
又、同性愛について学ぶ(公的)教育機会がほとんどないということも同様の問題です。多くの同性愛者は、思春期に同性愛という性的指向を持っていることを自覚します。その事実に直面し、自らの性的指向について悩んだり、将来を模索したりします。異性愛者の場合、同世代の仲間らと知識や経験を共有することで自己の性的指向に向きあう機会が得られたり、学校教育の中でも、性の仕組みや将来の家庭生活に関する情報を学んだりする機会が得られます。
一方、同性愛者は、誰が同性愛者であるのかわからないことに加え、その存在が社会生活上無視されているので、いずれの機会からも、自らの性的指向についての知識や情報を得ることが困難です。特に、実生活の中で、同性愛者に接する機会が稀である(家族という社会集団の基本単位の中においても自らの性的指向についての知識等を得ることは期待できません)ことを考えると、(公的)教育の場において、異性愛者が(その性的指向やそれに基づく生活、問題解決の方法に関して)得られる知識・情報に接する機会と同程度に、同性愛や同性愛者に関する知識・情報に接する機会が与えられることは、教育機会の均等の立場から重要なことです。
<制度利用の困難さ(2)>
同性愛や同性愛者に関する情報が、日本に全くないわけではありません。むしろ、変態という言葉に代表されるように、異性愛者とは異なる不気味な存在としての興味本位の情報は十分に社会に行き渡っています。
そのため、同性愛者が、利用できる制度についても、対応する相手から、否定的評価を突きつけられたり、興味本位の対応をされたりするのではないかという不安から、制度の利用を避けることがあります。例えば、同性愛者であるが故に犯罪被害(暴力、名誉棄損、脅迫等)にあっても、警察に行くことを躊躇する同性愛者が少なからず存在します。これは、同性愛者自身が、不当な取り扱いを受けるのではないかという誤解や単なる思い込みから、制度の利用を躊躇しているというよりは、個々の同性愛者が、社会からの否定的評価にさらされ続けてきた結果、その評価を内面化してしまうと、制度を利用しようとする際に、再び被害に遭う(侮辱や嘲笑の対象とされる、プライバシー情報などが自己の制御を超えて広がる等)という不安に駆られるのは当然のことです。
同性愛者の表面化に対する抑え込み
一方、同性愛者の存在を前提としていない社会では、同性愛者が社会の中でその存在を主張しようとする場合、それを抑え込もうとする傾向もあります。
<一般化による問題の埋没>
同性愛者の人権保障や性的指向による差別の撤廃の必要性が訴えられた場合、人権保障はすべての人に対して行われます、あるいは、あらゆる差別に反対します、という形で、問題が一般論に解消されてしまうことがあります。例えば、都城市は、かつて、その男女共同参画条例の中で「性別又は性的指向にかかわらず」差別解消と社会参画を進めることをすることを明記していましたが、条例が改正され、その部分が削除されました。その理由は、条例は、すべての人の人権を保障する(あらゆる差別を撤廃する)ので、同性愛や性的指向については、その中に含まれるということでした。
しかし、同性愛/同性愛者についての正確な情報が不十分で、性的指向による差別の存在や同性愛者の人権保障の必要性がほとんど認識されていない状況下で、個別具体的な課題としての地位を失うことは、結局、問題を隠蔽していくことになる可能性が強くなります。
<差異化による対策の不在>
同性愛者の人権保障や性的指向による差別の問題を、一般的な問題に押し込めることで表面化させない手段とは逆に、それらを特殊な問題とすることで、封じ込めようとする方法もあります。
例えば、初期のHIV対策では、日本人初のAIDS患者をアメリカ在住の日本人ゲイとすることで、(日本にはほとんど存在しない)特殊な人たちの病気として情報を出し、社会的発言力の弱い同性愛者の存在を隠蔽しました。一方、異性愛者向けの性産業に従事していた人たちの感染がわかると、異性愛者への感染拡大を防ぐことを中心に据えることで、同性愛者に対するHIV感染予防対策はおろそかにされてきました。同性愛者は、最初は、特殊な存在として奇異の目を向けられることを恐れて、次には、少数の存在として無視されることで、HIV感染予防に関する情報への十分なアクセスを妨げられたり、早期治療に必要な資源へのアクセスを妨げられたりすることになりました。
⒉同性愛差別の実態と特徴
性的指向による差別が裁判で争われた事例としては、同性愛者団体が都の青年の家を宿泊利用することを、東京都が拒否したことに端を発するものが、日本では唯一の事例です。
判決では、東京都の宿泊拒否には正当な理由がなく、不当な差別的取扱いに当たるとされ、裁判所は、性的指向による差別を認めないという立場を明確にしました。特に注目すべき点は、同性愛者の存在を前提としない、もっぱら異性愛者向けに作られたルールを適用することで、同性愛者の権利行使が妨げられる場合に、そのルールを適用すること自体の違法性が指摘されたことです。これは、同性愛者の存在が前提とされていない日本において、異性愛者中心の法律や制度が同性愛者に差別的に働くことがあるということを明らかにしました。
同性愛者の権利行使について、国が積極的に妨害してきた事例としては、婚姻要件具備証明書の発行制限の問題があります。オランダで同性婚が認められた後で、それまでは記載を要しなかった結婚相手の性別の記載を求め、相手が同性である場合は証明書を発行しないようにしたという事例です(なお、最近、婚姻要件具備証明書の発行に際しては、外国で同性婚をすること自体を問題にはしないという方針に変わりました)。法務省は、その理由を、日本においても同性婚が認められるかのような誤解をされることを避けるため、としていましたが、これは、普段は同性愛者の存在を無視しておきながら、問題が公になろうとした時には、それを封じ込めようとする、典型的な差別行動です。
同性間パートナーシップの保障が一切ないことは、前述のとおりですが、その結果、同性愛者に差別的に働く可能性のある法解釈や法制度も出てきます。例えば、最高裁の青少年保護条例に関する限定合憲解釈では、結婚制度が認められていない同性愛者が、同判決が例示する婚約中又はそれに準ずる真摯な交際関係であることを証明することは、異性愛者に比べ格段に困難になるものと思われます。
同性愛者の存在を前提としない法制度による弊害は、例えば、雇用・就業に関する点にも見られます。近年法改正がなされ、同性によるセクシュアルハラスメントや同性愛に関する性的言動も規制の中に含まれうるようになりましたが、それまでは、特に、性的言動に関する点では、それらが同性愛差別の温床であるにも関わらず、具体的な法的救済方法はなかったわけです。
性的指向や同性愛者に関する正確な知識・情報の不足と誤った知識・情報の流通により、いじめや侮辱、嘲笑の対象として同性愛者が扱われることがあります。又、同性愛者に対する差別意識が、同性愛者を「標的」とする犯罪を誘発することもあります(例えば、2000年1月から2月にかけて、東京都の夢の島公園で複数の少年らが、そこに集まる同性愛者を狙って強盗を繰り返していた事件は、最終的に強盗殺人事件に発展しました)。それらの犯罪が、同性愛に対する誤った知識とともに、多くは、同性愛者は被害者になってもそれを訴えることができない(犯罪として発覚しづらい)という認識と結びついています。
これらのことから、同性愛者の存在を無視している法律や制度の状況が、性的指向による差別を助長する役割を果たしていることが明らかになりますし、又、同性愛者が表に現れてきた場合に、それを押し隠そうとする対応の弊害も浮かび上がってきます。
⒊同性愛者に対する施策
人権問題としての認識状況
昨年、日本政府は、国連人権理事会における定期的普遍審査において、「性的指向と性自認による差別の撤廃」を勧告され、それをフォローアップすることに同意しました。又、昨年末、国連総会において、性的指向および性自認による人権侵害を撤廃する宣言に賛同したことから、性的指向による差別問題の解消や同性愛者の人権保障が必要であるということを、日本政府は確認したといえます。
廃案になって久しい人権擁護法(案)では、性的指向による差別を禁止し、それによる差別を積極的に救済対象としていましたが、この法律のような包括的人権法の中に性的指向による差別の禁止を位置づけることは、日本政府が国際的に表明した立場を具体化するものとして一つの方法です。しかし、それについて、具体的な動きは今のところありません。
国や地方公共団体が行う人権啓発活動の中に、性的指向による差別を止めようという内容が含まれていることもありますが、具体的な人権施策に乏しく、先に述べた都城市のような問題を考えると、このような標語自体も、いつまで継続的に人権問題の中に含まれていくか予断を許さない状況にあります。
公的機関の性的指向対策の現状と課題
<国の施策>
L/G(レズビアン・ゲイ)
「人権教育・啓発に関する基本計画」では、「同性愛者差別といった性的指向に係る問題」も「それぞれの問題状況に応じて、その解決に資する施策の検討を行う」新しい人権問題の例として掲げられています。しかし、具体的な施策については今のところ示されていません。
PHA(HIV感染者/AIDS患者)
HIV感染者/AIDS患者に関する差別撤廃は、人権教育・啓発に関する基本計画にも明記されています。又、感染症予防法に基づくHIVの予防指針においては、同性愛者は個別施策層の一つとなっており、差別にさらされる危険性が高い同性愛者が、HIV感染予防情報にアクセスしやすくしたり、適切な医療が受けられるようにしたりする手段をとることが考慮されています。
<東京都の施策>
人権施策推進指針では、「近年、同性愛者をめぐって、さまざまな問題が提起されています」との記述はあるものの、具体的な施策はありません。なお、HIV感染予防啓発の面では、同性愛者向けのパンフレットの発行などで、当事者団体などと連携して、同性愛者を視野に入れた対策も行われています。
<他道府県、市区町村の施策>
人権教育や啓発に係る指針などで、性的指向による差別の存在を指摘しているものがあります(用語としては、性的マイノリティなどとしてその中に含めていると思われるものもあります)。しかし、条例レベルでは、性的指向による差別を明確に禁止したもので、現在、施行されているものはありません。
⒋同性愛者差別を解消するために
性的指向による差別は、未だ、人権問題としての認知度が低く、又、同性愛者自身が、積極的に自らの人権保障を求めて具体的な施策を求める動きも活発であるとはいえません。しかし、これは、性的指向による差別がないとか、同性愛者自身が要求したい権利がないということではありません。同性愛者が同性愛者として社会的関係を作っていくことを困難にする様々な要因が複合的に関連していることを考慮して、それらの要因を一つ一つ解消していくことが、同性愛者差別を解消していく上では必要になります。
性的指向についての正確な知識の普及
同性愛者の人権保障やその差別の解消を目指す上で、性的指向の正確な知識の普及は不可欠です。それは、同性愛者が、自らの立場を理解し、自己に肯定的な評価を持つ上で必要であるとともに、異性愛者が、それと意識することがなくても、彼ら/彼女らも持っているものであり、異性愛という性的指向が「自然」であるならば、同性愛という性的指向も「自然」であり、異性愛が価値のあるものであるならば、同性愛も同様に価値があるものであることを理解する上でも重要だからです。
公的機関においては、人権教育・啓発の場を通じて積極的に性的指向の考え方を広報していくことが重要です。
性的指向による差別の解消に積極的姿勢を示すこと
同性愛/同性愛者に対する偏見や誤った情報が未だ根強く残っている状況下においては、当事者との十分な協議の上で、条例の制定などにより、公的機関が性的指向による差別を撤廃し、同性愛者の人権保障に積極的に取り組む姿勢を示すことが、世の中の人々の意識を変えていく上で大きな影響力を持つ可能性があります。
公的機関の職員などに対する教育啓発
同性愛者であることで不当な扱いを受けたり、侮蔑や嘲笑の対象になるのではないかという不安から、同性愛者が相談窓口や制度の利用を控えたりするようなことがないように、対象となる機関の職員らには、性的指向に関する理解を深め、同性愛者が安心してそれらの窓口や制度を利用できるように教育・研修がなされるとともに、そのような教育・研修がなされていることを積極的に知らせていくことが必要です。場合によっては、それらの窓口や機関に当事者を置いたり、当事者団体との協力関係を作っていったりすることも必要です。
又、カミングアウトをしているかどうかに関わらず、同性愛という性的指向は未だセンシティブな情報であることから、そうした教育や研修においては、同性愛者のプライバシーの保護についても十分に配慮することが伝えられる必要があります。
<教育機関における取組み>
児童・生徒、教職員の中にも多くの同性愛者が存在しています。既に、いくつかの大学などでは、同性愛者の存在を前提として、セクシュアルハラスメントに対処するガイドラインを作成しているところもあります。同性愛者も全ての人の中に含まれるという一般論の中に解消させることなく、具体的な個人にとってわかりやすい行動指針の作成は、今後も普及されるべきです。
同性愛という性的指向に対する偏見に基づいた情報には、幼いうちから触れる機会があることを考えると、教職員に対しては、性的指向や同性愛者について、その価値の尊重や人権を保障することを考え、実際に行動できるように、研修などを通じて教育・啓発を行うことは重要です。
又、教員が、児童・生徒に対して、性的指向についての正しい知識や同性愛者の人権問題などについて教育する機会は、公権力による不当な干渉を受けることなく保障されるべきです。知識の伝達とともに具体的な実践を伴った教育機会を得ることで、同性愛者の児童・生徒はもとより、他の性的指向をもつ子どもたちも、個性や多様性を尊重することの重要性や、いじめなどの行為がいかに個人の尊厳を傷つけるものであるかを具体的に理解しながら、人格の形成などを目指すことができるからです。
<医療機関における取組み>
HIVに関わる医療現場では、同性愛者や同性間性的接触によるHIV感染者が多いことから、そこに従事する人たちは、同性愛者に対する理解を深める必要があります。そのための教育・啓発は、HIV感染の予防に関する効果的な助言を与える上でも重要ですし、HIV感染者やAIDS患者のQOL(生活の質)に配慮した治療を行う上でも重要になります。
カミングアウト支援
性的指向による差別の解消を求めたり、同性愛者としての自らの権利保障を訴えたりしていく上では、カミングアウトが不可欠になります。なぜならば、カミングアウトは、単に自分の性的指向を話すことではなく、同性愛者として尊厳をもって他者と関係性を築くための手段だからです。しかし、カミングアウトをすることには様々な困難が伴い、それらを克服して、カミングアウトに至るには様々な条件の整備が必要です。
・同性愛者であることで、傷つけられない安全な場所があること。
・同性愛者としての経験や知識を共有できる機会があること。
・性的指向に関する正確で肯定的な情報が得られること。
は、同性愛者が自身の性的指向について、肯定的な自己評価を得て、カミングアウトにつなげていくための前提条件です。一般的に、このような場は、当事者の自発的な取り組みによって作られ維持されてくことが望ましいのですが、公的機関は、当事者から施設の利用やピアな関係による相談の場の確保のために必要な援助を要請された場合には、可能な援助をすることも望まれます。
はじめに
2001年5月11日、熊本地裁は、1996年まで続いた日本のハンセン病隔離政策が憲法違反であったという判断を下しました(「らい予防法」違憲国賠訴訟判決)。それは、長きにわたる迫害と隔離を強いられたハンセン病回復者たちにとって、まさに「人間回復」を意味する瞬間でした。しかしながら、これによってハンセン病問題が解決されたわけではけっしてありません。当事者およびその家族の「人生被害」の回復および人権確立のために、乗り越えていかなければならない課題があります。
⒈ハンセン病問題とはどのような問題か
(1)ハンセン病という病気
ハンセン病は、らい菌という細菌による慢性感染症です。発症すると、主として末梢神経と皮膚が侵されます。斑紋や結節などの皮膚症状のほか、知覚麻痺や運動麻痺、神経炎、手足の指が曲がるなどの変形をおこします。この病気にかかった人びとは、古来より、差別や迫害に苦しめられてきました。
らい菌はきわめて病原性が弱いために、たとえ菌が感染しても、多くの場合、体内での菌との共生状態にとどまり、発症することはありません。発症者の増減は、当該社会の社会経済状態によって大きく変化します。日本国内では近年、あらたな発症者は出ていません。
1943年、アメリカで、スルフォン剤プロミンのハンセン病にたいする劇的な効果が確認されました。日本でも1949年ごろからプロミンが使用できるようになり、化学療法の発展によって、ハンセン病は“治せる病気”になりました(もっとも、それ以前から自然治癒したひとは少なからずいました)。1980年代初頭には、多剤併用療法(MDT)が、世界保健機関(WHO)から提唱され、ハンセン病の治療法として確立されています。
(2)隔離政策の歴史
近代日本のハンセン病対策は、1907年に制定された「明治40年法律第11号」(通称「癩予防ニ関スル件」。1931年に「癩予防法」へと改称)から始まります。それは、患者であれば強制的に療養所へと収容し終生隔離しておこうとする絶対隔離政策と、患者には子どもをもたせず根絶やしにしようとする優生政策の2本立てであったといえます。こうしたあり方は、「らい予防法」(1958年制定)へと受け継がれ、1996年まで続きました。
現在、全国には13の国立ハンセン病療養所と、2つの私立療養所があります。(東村山市には、国立療養所多磨全生園があります。1909年に設立された当初は、「第一区連合府県立全生病院」という公立療養所でした。)2009年5月1日現在、厚労省調べで、国立ハンセン病療養所入所者数は2,568人、平均年齢は80.2歳に達します。
入所者総数がもっとも多かったのは1950年代で、1万人を超えていました。療養所での入所者の生活は、12畳半の一部屋に、6〜7人も雑居させられました。国家予算の抑制のために、職員や医師や看護婦が圧倒的に不足し、入所生活を維持するためのあらゆる労働が「患者作業」という名目で入所者自身に課せられ、そのために病状を悪化させたひとが多くいました。療養所内には「監禁所」があり、逃走など、園当局から秩序を乱したとみなされたひとたちが、そこへ監禁されました。入所者どうしで結婚するさいの条件として断種手術がなされ、また、子どもができると強制的に堕胎させられました。
こうした非人間的な状況の改善を求めて、1951年、療養所入所者自治会の全国組織が結成されました。プロミン予算獲得闘争、「らい予防法」改正闘争、「患者作業」の返還、職員増員要求、個室化の要求など、入所者自身の手による運動によって、療養所での生活が少しずつ改善されていきました。現在は「全国ハンセン病療養所入所者協議会」(全療協)という名称で、入所者の全国組織の運動が展開されています。
戦前から戦後にかけて、療養所への大規模な収容が可能になった背景として、ひとつは、官民一体となった「無らい県運動」があります。患者がひとりもいない県であることが目指され、この病気が「恐ろしい伝染病」として、講演会、映画、新聞雑誌等で喧伝されました。“職務に忠実な”巡査や保健所職員等が、患者の家を何度も訪れ、療養所への入所を迫りました。この病気になったことがわかると近隣から徹底的に差別され、「村八分になった」「学校や職場へ行けなくなった」と語るハンセン病回復者は多くいます。
もうひとつ、制度的な問題としてあったのは、療養所への隔離が絶対的な前提とされていたために、この病気の治療を一般の病院では受けられなかったことです。化学療法の発展により“治せる病気”となって以降も、ハンセン病治療は保険診療の対象として認められず、抗ハンセン病薬は保険医薬品に入っていませんでした。療養所での治療は無料でしたが、療養所外でハンセン病治療を受けようとすると、高額の医療費を自己負担しなければなりませんでした。そもそもハンセン病治療のノウハウのある医者じたい、一部の大学病院など、ほんの一握りしかいませんでした。「ハンセン病医療の隔離」ともいえるこの状況は、病気を治したい一心で“みずからすすんで”入所する患者を、数多く生みました。
この「差別」と「医療」をめぐる問題は、違憲国賠訴訟の勝訴から8年が経過した現在も、解決されていない課題として存在しています。
⒉ハンセン病問題の現状と課題
現状と課題について、以下では、(1) 関係の断絶(差別の存在)、(2) ハンセン病回復者の生活保障、(3) 当事者の視点に立った歴史を後世に伝える、の3点からみていきます。
(1)関係の断絶(差別の存在)
一般市民のハンセン病にたいする差別が助長され放置された結果として、また、この病気にかかったひとを長期間にわたって隔離した結果として、ハンセン病回復者と「社会とのつながり」「家族とのつながり」が断絶されたままにある、という現状があります。以下では、その一端を紹介します。
アイスターホテル宿泊拒否事件 2003年秋、熊本県が、里帰り事業の一環として、菊池恵楓園(熊本)入所者の宿泊予約を「アイスターホテル宮殿黒川温泉ホテル」にしたところ、ホテル側から、ハンセン病の元患者であることを理由に、宿泊を拒否される事件がおきました。この事件は大々的に報道されました。ホテル側の誠意のない“謝罪”を、入所者側がつっぱねると、世間の批判の矛先が入所者のほうへと向き、誹謗中傷を連ねた匿名の電話や手紙が自治会などに殺到しました。違憲国賠訴訟の勝訴から間もない時期であり、一般市民のハンセン病差別の根深さを実感させられる事件となりました。
病歴を隠して生きざるをえない退所者 療養所から脱出し、社会復帰を果たした退所者は、全国に1千人以上おり、そのほとんどが病歴を隠して生活しているといわれています。(なお、東日本退所者の会には現在21人が入会しています。)社会復帰後、職場や近所づきあい、友達づきあい、また、新しく得た伴侶にさえも、自分の病歴を隠してきたという退所者の体験談があります。また、自分の病歴のために、子どもが結婚差別を受けたというひともいます。
遺骨になっても故郷に帰れない ハンセン病になった肉親をもつ家族たちもまた、差別や迫害の被害にあっています。ハンセン病家族たちの多くは、差別から身を守るために、病気となった肉親の存在を周囲に隠し、その肉親との関係を疎遠にせざるを得ませんでした。入所者の遺骨の受け取り拒否も、そうした状況を示しています。全国すべての療養所には納骨堂があり、受け取りを拒否された入所者の遺骨は、そこに納められています。
ハンセン病回復者と「社会とのつながり」「家族とのつながり」をとりもどすための、地道で具体的な取り組みが求められています。
(2)ハンセン病回復者の生活保障
入所者の生活と医療の質の保障――「療養所の社会化」という将来構想
現在、全国の国立ハンセン病療養所の入所者総数は2,568人、平均年齢は80.2歳(2009