テュービンゲン
ネッカー河畔の美しい大学の街
ネッカー河畔の街…テュービンゲンを訪れたのは、1990年10月のはじ
め。1477年に大学が創設され、ヴィーラント、ヘルタダーリーン、ケプラ
ーなどの逸材を輩出した学生の溢れる街であると共に、ドイツ最大の詩人、
ドイツ浪漫派の詩人ヘルダーリーンが晩年を過ごしたところとしても知ら
れている。
中世の面影を濃く残している街は、癒しの風景に満ちていて心をなごま
せてくれる。西にシュヴァルトバルト(黒い森)、南にシュヴアーベン地方の
山並みと濃い緑に囲まれたテュービンゲン。
〔ブラターネンアレー〕
ラインに注ぐネッカー川のハイデルベルクから遥か上流に位置するテュ
ービンゲンは、ネッカー川の北側に趣きの有る市庁舎が建つマルクト広場
を中心に広がる旧市街、テュービンゲン大学、ホーエンテュービンゲン城
などの見所があり、南側にドイツ国鉄(DB)のテュービンゲン駅、中央郵
便局などがある。
落ち葉がしきつめたプラターネンアレー
私の一番のお気に入りは、ネッカー川の大きな中州と南に有るプラターネンアレー(プラタナスの小道)。中州というよりは島といった印象の強いと
ころに、二抱えはゆうにあるプラタナスの大木の並木が、中州の真中におり枝を存分に広げ繁っていた。
真中の散策路いっぱいに落ち葉を敷き詰め、極めて歩きやすい。このような道は、せかせか歩くのは似合わない。ゆったりと逍遥したいもの。
時あたかも秋。小さな木々ですべての葉を真っ赤に染めているものもみられる。
〔ネッカー川の眺め〕
中州の東の端をかすめて街の南北を繋ぐエーベルハルト橋からも、中州に下りられる。橋の下をくぐって中州の東の端にゆくと、川幅の広いネッカー川の風景が楽しめる。
両岸に緑いっぱいの眺め。白鳥、いろいろな鴨の仲間がゆったりと泳いでいる。
橋の上にもどって、欄干に凭って上流の方を眺めると、まず眼につくのが旧市街側…つまり左岸にあるヘルダーリーンの塔。「ヒューペリオーン」「エムペードクレスの詩」「ハイデルベルク」他多くの詩作を残した彼は、中年以降憂鬱症に陥り、テュービンゲン大学付属病院にかかるようになり、晩年は指物師のもとに引き取られ、ネッカー河畔の塔で晩年を薄明のうちに過ごし命を終えた。
三角屋根を乗せた石の塔…まといついた蔦が真っ赤に紅葉している塔がヘルダーリーンの塔と呼ばれているもの。
河岸伝いに行ってみると、由来を記した銘板が有り、 河岸の崖の上にはホテルらしい窓に
「Ho(:)lderlin Turm」と書かれてあった。
塔に近い河岸には、細長いボートが5、6艘もやわれて いた。
紅い蔦にからまったヘルダーリーンの塔
〔DBテュービンゲン駅の近く〕
駅の近くに大きな池があった。朝早くの散歩だったので、勤め先に急ぐサラリーマンたちが、近道をするコースだったらしい。 列車でやってきたらしい人々は、駅からすぐの小道(曲がり角にテュー ビンゲン大学の創始者エーベルハルトの銅像が立っている)を行くと池の畔にでる。
静かな水面がひろがるここにも、水鳥の姿が多く、周りの木々も色づき
始めており、いい散歩コース。
ネッカー川の眺め 駅から近くの散策路
〔マルクト広場と市庁舎〕
マルクト広場は北側にある大きな商館のような市庁舎の建物から、ネッカー川の方向に下る坂になっていた。もともとの建物は15世紀に建てられたものだが、私たちが目にするファサードは1876年の改築によるもので、大屋根づくりのてっ辺の中央に二つの小さな塔が並んでいる珍しいものだった。

一つは、大屋根の前面に立つ上がっている二つ の大時計の上に東屋風の六角の塔。上の時計は 1511年にシュテーフラーによって作られた天文時
計で、丸い枠。
下の時計は四角い枠のごく普通のもの。時計の 両側には、この地を統べていた貴族の家紋の ようなものだろうか、巨大な紋章かで飾られてい る。
もう一つは、大屋根のてっぺん中央に乗っかって いる三角帽子のような尖った尾根を載せた小塔。
大屋根の部分にも、たくさんの部屋がありそうだ が、それを除くと、地上四階建て。四階の中央 には領主らしい厳しい肖像、二階の窓と窓の間 の外壁には、女性像が四つばかり、壁龕に似せ て描かれた枠の中に描かれていた。
また、二階と三階との間の狭い細長いところに は、歴代の市長の肖像が有る。
チュービンゲン市庁舎 広場の中央には、ルネサンス様式のメプチュー ンの噴水があり、周りには幾つかのテント掛けやら青空店が、祭礼の終わった頃の露天商のように店だししている。曜日によれば、あるいは早朝にはマルクト(マーケット)広場の名の通り、沢山の店が出て賑わうのだろう。
〔ホーエンテュービンゲン城〕
マルクト広場の西に、十二世紀に建て始められ十六世紀に現在の形となったホーエンテュービンゲン城がある。テュービンゲン最古の皮革業者コンラート・シュティーフェルなど、趣きの有る建物があるブルゲタイゲ通りの尽きるところに、城砦らしく厳しい造りの城門が現れる。
ホーエンチュービンゲン城の城門
二方の角に、三角屋根の望楼が突き出したアーチ形の入口。その上に二人の騎士に支えられたような丸い紋章。その両脇には銃を構えた戦士の浮き彫り。
城門をくぐると、広場に囲まれて一層高い石造りの城壁があり、堀が巡らされていた。いかにも頑丈な構え。さらに城壁の両端には直径20mはありそうな巨大な円筒形の望楼がある。
ホーエンチュービンゲン城のテラスからの眺め
城門を入らず右手に行くと、テラスからはテュービンゲン北部の町並みが一望できた。向こうになだらかな丘陵が広がり、白い壁、赤い屋根がひしめくように丘の麓に迫っている。
城の中に入ると、四角い広場になっていて、テュービンゲン大学の幾つかの研究所が入っているそうである。ギリシャ風の石の装飾をされた小さな入口を見つけた。エヴァンゲリッシェ・シュロス・キルへという城に付属した教会のようだったが、城は大掛かりな改修の最中らしく、中の見学は出来なかった。
マルクト広場の近くには、シュティフト・キルヘ(聖ゲオルク参事会教会)があり、その外壁の丸窓には聖ゲオルク(聖ジョージ)がローマ皇帝から迫害され、車輪に縛り付けられた上に首を切られたという様子の彫像があった。放射状の窓枠に縛り付けられた聖ゲオルク。
聖ゲオルグの殉教
この教会は15世紀にゴシック様式で建てられたホール様式。人口78000人の小都市テュービンゲンは、大学の町として知られているが旅人にとっては、美しいネッカーの流れと趣きの有る旧市街の魅力的なポイントだ。

街の光景 古めかしい建物 ヘルマン・ヘッセが勤めた書店

街の一角
駅から近くの静かな池
私の泊まったホテル・クローネのレストランにディスプレイされていたパンとワイン