印象記『中国・江南の春』

杭州へ…その2
旅の第7日目
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●1999年4月16日(金) 9,313歩〔一日で歩いた歩数〕●
【中国茶葉博物館】
霊隱寺を出てほんの
5分もバスてで走ったところに中国茶葉博物館があった。中国茶といえば日本では半発酵の烏龍茶が有名で、多数の銘柄が日本にも輸入されているが、杭州近郊の龍井村は日本と同じく緑茶てで有名なところ。多分、山間で霧や雨の多いことも緑茶の栽培に適しているのではないか…とは、ろまねすくのしろうと考え。それにしても私の住んでいる京都市の南郊、宇治市、宇治田原町、和束町、京田辺市の低い丘陵地帯の茶畑となんと似ている風景だろう。15時35分、龍井の中国茶葉博物館に到着。最近出来たものか、新しい建物で、幾棟もの平屋建てが続いていた。このあたりのお茶葉は収穫量が限られており、あまり杭州遺骸には出していない極上の手揉みの緑茶である。展示を簡単に見た後、別棟にあんないされて試飲させてもらう。色々「て、日本語の堪能な係員から説明を受けたのち、中級のお茶と最高級のお茶を飲ませてもらった。
実を言うと、最高級のお茶は中国の要人と国賓のための専用で、栽培状況、出荷状況が厳しく管理、制限されていて、大部分は北京の中央政府に送られ、一握りの幹部と海外からの賓客の接待に使われているという。
「私たちの口にも入らないんですよ」…とのこと。中国茶葉博物館の職員はおろか所長クラスでもなかなか味わう機会がないと嘆いていた。
私たちが上等の玉露を飲むとときのように、一度沸騰させたお湯をかなり冷やしてから、もったいぶって小さな茶碗に注ぐ。茶葉は日本の極上のお茶のように、針の細さまで揉んでいなくて、お湯を注ぐと葉がすぐにパッと開いてしまう。
飲んだ感じは?…味は?
正直に言って、どこがおいしいのか良く分からない。日本茶のようなコクも香りもし…。しかし、日本にも輸入されていない貴重な、珍しさだけで、同行者たちは筒入りの高いお茶を幾つもお土産に買っていた。私?私も六缶ほど買いました。私たちの旅行中に植木や鉢植えの水遣りを頼んだ隣家や息子へのお土産に。
16時10分龍井の中国茶葉博物館を出発。
16時20分、黄龍洞に到着。
【黄龍洞】西湖の南側は、標高の低い山々が幾重にも重なり合ったところだった。どのようにバスが走ったのか、見当がつきかねたが、山はそれほど高くないものの、深山幽谷めいた所で下車。
杭州には、西湖の南に「抱朴道観」という中国で最古の、かつ現存する唯一の道教寺院があるが、黄龍洞も道教の獅ト渓流が流れており、黄色い龍が緑陰で燃えるような眼を輝かしている彫り物も見られた。
道教は私たちの周辺ではあまり縁の無い宗教だが、中国の道教…で私の頭にピンとくるのは、旧制中学時代に岩波文庫で没頭した清代の文人蒲松齢が綴った怪異小説集「聊斎志異」だった。確か分厚い文庫本で全六冊だったかと記憶している。題材はすべて神仙、狐、鬼、化け物、不思議な人間たちで、怪異な世界と人間界の交錯したロマンの世界をみごとに描き出した物語ばかりだった。
また明代の瞿佑
(クユウ)の書いた怪異小説集「剪燈新話」にも没頭した。この説話集には三遊亭円朝がヒントを得て作った怪談「牡丹灯篭」の原作これらは清朝、明朝よりは遥かな昔、漢の時代の「神異記」、魏の時代の文帝の撰といわれる「列異伝」、「捜神記」さらに唐代には盛んに道教の影響の顕著な神怪物といわれている小説が書かれたのである。道教とは何か…この問題では研究者のあいだですら、未だに一致した見解はないということ。どうやら中国での土着宗教、民族宗教が基になり紀元前4世紀頃に〔墨子〕において、その存在が認知されているように承知している。また、中国古来の鬼道〔巫術〕に墨子の流れの上帝鬼神の哲学が融合し、日本への伝播、影響は天上界としての天照大神から綿々と降臨を経て地上界を統べる天皇の存在の意義付けが大きい的な舞台装置とみられる。
道教の舞台装置は、根本に「天神・地祇・人・鬼」の存在、天上界は統べてを統率する「太上老君」〔神格化された哲人老子〕と神々の世界であり、仙人、道士、皇帝、役人、庶民…別の系譜では山川湖沼に生息する、物の怪の様々な存在が有る。小説、物語にはもってこいの背景ではないだろうか。
私がこれらの怪異文学に親しんだのは、ちょうど太平洋戦争の真っ只中に青春期を過ごし、すべてが戦争志向で精神的な閉塞状態から逃避したいと言う気持ちが、こうした浮世離れの世界に没入させたのだろう。
現在の書店にならんでいる新書の中に、SF小説、中国歴史小説、伝
奇物語を得意としていられる田中芳樹氏の長編伝奇小説「創竜伝」には、こうした天界と地上界など道教的な舞台装置が巧みに取り入れられていて面白い。
ずいぶん回り道をしてしまったが、小雨に煙って来はじめた夕暮れの山峡の雰囲気は、一瞬にして私を50年以上の昔に引き戻したようである。道教の寺院である道観の所在地か旧跡か、杭州の周りには「洞」の名のついた場所が多い。黄龍吐翠(黄龍洞)の近所にも、金鼓洞、紫雲洞、栖霞洞、千人洞、水楽洞、老虎洞、紫来洞、霊華洞、南観音洞、北観音洞、…etx。
16時45分に黄龍洞を出発。16時55分 三泊する西湖湖畔の望湖賓館に到着。723号室に入る。全室ウオーターフロント…ではなくて西湖フロントだとゥえることは見える、と言った斜め北の方角に偏っていた。
18時00分 望湖賓館からバスで友好飯店に行き、杭州の名物料理の「乞食鶏」をメインとした料理の前に座ったが、「名物に美味いものなし」という格言をしみじみ感じたのみ。
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