【ヨーロッパのお城・ V】

Karlstein

 1375年、カレル四世によって建てられたこの城は、チェコの首都プラハから西南に約28キロ
の緑深い丘の上に、中世そのままの姿で聳えたっている。谷底には樹々に埋もれるようにベロウンカ
川が流れ、城のテラスから眺めると重畳とした山々が望まれる。最初は修道院僧たちのリゾートとし
て建てられ、後にはカレル四世の財宝の保管場所として使われてきたが、その後は歴代の王の別荘と
して使われ、現在に至っている。

 中世の城砦の多くが、戦禍に遭い廃墟と化しているが、この城は600年前からの姿をよく留めて
いるのに感嘆する。日本の城郭の大部分も戦火に焼かれたり、征服者に壊されたり、明治になってか
らも破壊されたので、昔のままという名城は数少ない。大阪城のように鉄筋コンクリート造りで、エ
レベーターなどという外見だけ「城」というものは、いかがなものだろう。

 

              城  門           深い谷底に街道と川が

 私はバスで城の下まで来て、急な坂道を辿って城を目指した。雑木がトンネルをなしている急斜面
の山道の傍らにバードサンクチャリの掲示板があり、このあたりに棲息している小鳥立ちの絵が描か
れていた。

      

    天守のような塔から眺めた城壁と見張  城館と天守のような塔を繋ぐ渡り廊下
  り塔

 城は山頂を中心に、山の斜面のカタチをなぞるように城壁が廻らされ、ところどころに望楼が拵え
られている。カレル四世が財宝の隠し場所としたのも頷ける山深いとところ。
 城の主な建物は政治・外交の表舞台だったろうと思われる建物と、一段高く聳えている天守閣のよ
うな王のプライベートの場である建物の二棟。その間は、空中回廊のような屋根付き、木造の通路で
繋がっていた。

 

  山城で問題になるのは飲料水。各地に群雄割拠した時代は、
 何時、他国に攻め寄せられるかわからないものであったし、も
 し篭城となれば食料と飲料水の備蓄いんかは死活問題。
 深い井戸を掘った城をいくつも目にしてきたが、ここカレルシ
 ュタイン城も、かなり低いところに深い井戸を掘ってあった。


  左の写真は城壁の出入り口から井戸に向かう道。花壇の横の
 通路を降りて行くと小屋があり、深い井戸がのぞけた。城の主
 だった城館のある城壁に囲まれた庭から、小さな門を抜けると
 井戸のある小屋まで、石段を下ってゆく。二つの通路のあいだ
 は花壇。

 

 

 

   

城館の最初の部屋にはカレルシュタイン城の模型が置かれていた

 最初に入った広い部屋には、壁面に各地の城砦の写真が掛け並べられてあり、がっしりした大きな
木製の台の上には、カレルシュタイン城の模型が置かれてあった。山地に建てられ起伏が有る地形な
ので、今一つ、全体の印象が掴みにくいもどかしさが有ったが、模型を見て全体の規模や城館の配置
が判った。

 

    細長い謁見の間       謁見の間の次の部屋には古色蒼然の家具が

 次の広間は細長い「謁見の間」。歴代の王たちは、ここに滞在しているあいだに訪れてきた近隣諸
国からの使節を引見したのであろう。あまり家具らしいものが置かれていなかったので、どのような
ものだったか、想像できない。
 右上の年代色がかった戸棚の扉には、聖母マリア像らしい浮き彫りがほどこされていた。一体、い
つ頃のものだろう。

      

 左の二連祭壇画には上にキリストらしい像、その下に聖母子らしい像が描かれていたが、説明がな
いので、何時頃のものか判らなかった。左の写真は、大きなガラス・ケースに入った女性の像は、実
に意味深長。王冠をかぶった王妃が国王を踏みつけているようにも見える。ふくよかで柔和な表情と、
王を踏みつけている行為はスゴイ、ミスマッチ。着ているものも、しどけなく着崩れているようだし、
誰かを指差している仕草も何か物語がありそう。

    

 大広間の一角にガラスで囲われたところがあり、中世の居城の居間の様子を再現したものだろうか。
戸棚、ライティング・デスク、衣装櫃、木製の椅子などが配置されていた。

 重量感の有る木製の戸棚がありました。浮き彫りで両サイドに城門の模様、中央に二つアーチが左
右対象に彫られている。一見、日本の木工藝に拭き漆のような光沢がありましたが、これは経年変化
と丁寧に磨きこまれて出た色ではないかと思う。

【中世の様子が偲ばれる絵画】

   

  聖母子と王家の人々       ボヘミア王国の地図 

 上左の絵は、王家の依頼で描かせたものだろうか。画面を上下に分割して、上に聖母子が描かれ、
下に聖人に祝福を受けている王の像らしいものが描かれていた。

 上右の大きな額に入った絵は、中央にボヘミア王国の地図が中央に描かれ、両サイドの上に諸侯の
紋章らしいもの下には人々が谷間らしい地形のところを行進している状況が描かれている。建国秘話
あるいは周辺諸国との戦いの場面だろうか。

チェコの周辺まで含めた地図

 広間の壁面にあった大きな絵画。真ん中にはチェコの周辺まで含めた地図。両サイドには岩山とカ
レルシュタインかと思われる城砦が描かれ、沢山の男女が描かれていた。戦争の場面ではないので、
王族たちだろうか。鍵は地図の下に黄土色の寛衣を着た女性が手に持って、皆に何か告知している様
子だが、残念なことにどんなことが記されているのか判読できなかった事である。

  一応の見学を終えて、天守のような王の城館から表に出たが、
 出口はハネ橋になっていた。

  見学を終えての感想だが、城内の展示物、絵画、工芸品につ
 いては、その由来を含めて少なくとも英語での説明表示が欲し
 かった。ここでは今までに見たことのなかった地図と物語を現
 している絵が何点か有ったにもかかわらず説明書きが無かった
 ので、今一つ物足りなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 城門を出ると、駅に向かう通りに屋台がけの土産物屋が並んでいたので、少し冷やかして廻り、城の裏手の街道側に降りる急勾配の坂道を下りた。


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