【ヨーロッパのお城 U】
ホーエンツォレルン城
南ドイツからルート27をテュービンゲンに向かう途中、ちょっと東南の方向へわき道を逸れると、
まるで絵に描いた架空の物語の舞台のように、富士山の容姿に似た三角錐をした山が現れ、頂上に影
のようにお城が見えてくる。近づくに従って、塔の林立したいかにも中世の物語風の城の姿がだんだ
ん眼を惹きつけるようになってくる。ホーエンツォレルン城だ。

もともとヘヒンゲン地方に居を定めたツォレルン(Zollern)伯まで歴史は遡るが、いくつもの分家
に分かれた氏族のひとつ、ホーエンツォレルン家はブランデンブルグの辺境伯となり、選帝侯ともなり、1415年、一門はプロイセン侯爵領をも受け継ぐことになった。19世紀から20世紀初頭にかけて、プロイ
セン王国はヨーロッパの強大国となりドイツ帝国の基礎を築いたが、第1次世界大戦での敗北によって
没落した・・・と、このへんで面倒な歴史の記述は止めにしておこう。
しかし近づくに従って、歴史の舞台という異様な雰囲気に惹きこまれて行きそうになる。

城 門 城門のゴシック様式のアーチの下の騎士像のレリーフ。

城門の上にホーエンツォレルン家の鷲 いかにも城砦らしい塔
の紋章があった。
城門を入ると、幾重にも城壁のつらなる坂道があり、途中からひときわ目立つ四角い塔が見えてく
る。近世まで群雄が割拠して諸侯を名乗り、隙あらば・・・という中世の城砦らしい雰囲気が感じら
れる。

今潜ってきた門を上から眺める テラスからは遥かに広がる山々の眺め。
城門から入り、石畳の坂道を上がって振り向くと、今、入ってきた城門の内側が見える。

真ん中の塔は城内の礼拝堂のもの
ホーエンツォレルン城には、カソリックの教会と新教の教会とが、中庭を挟んで向かい合ってい
るので、何本もの尖塔が見えていた。この城が出来た頃は未だカソリックであったものが、後世に
になって、新教に宗旨変えして新しく教会を建てたものだろうか。カソリックの教会には入れなか
った。新教の教会は武具なども飾られ、ちょっとした博物館風だった。

城壁にあった紋章 城館は重厚な煉瓦造りの建物

教会のステンドグラス 城館のあるじだろうか
城館への入口の横に、剣をついた騎士らしい彫像が立っていた。ご先祖様のひとりなんだろう、と
勝手に思う。新教の教会の中は、素晴らしいステンドグラスが、内陣の背後や中庭に面した壁面の窓
に見られる。中でも、下のようにホーエンツォレルン家の鷲の紋章のものは、他には見られないユニ
ークなもの。

紋章のステンドグラス 宝物室にガラスケースに収められていた王冠
ここには、旧教と新教のほかに、ロシア正教の礼拝堂まである。ちょうど、新教の明るい教会の祭壇の反対側に入り口があったが、公開されていなかった。

「若き王子の肖像」…と勝手に名づけていた肖像画。

ホーエンツォレルン城の新教礼拝堂