【ヨーロッパ写真帖】…コルドバ(1)

コルドバ(スペイン) @
コルドバは、スペイン南部を貫流するグアダルキルヴィル川の中流域の右岸に、2度にわたって輝かしい文明の首都が置かれた古都であり、ローマ統治時代、イスラムのカリフ支配化の時代、レコンキスタでイスラムを追放しキリスト教徒の世界となってから現代に至るまで、実に幾多の変遷を経てきた町で,複雑な文化の影を色濃くとどめている魅力的な町である。
第1回では、メスキータ(イスラムのモスク)
とレコンキスタのあと、メスキータのど真ん中
に造られたキリスト教の大聖堂=カテドラル
を取り上げ、第2回には私の好きな「花の小
路」から周辺の趣きの有る路地をさまよい、
美しいパティオ(中庭)をお目に掛ける。
タイトルの画像は、グアダルキルヴィル川の左岸から眺めたメスキータ。最初はキリスト教徒のサン・ビセンテ教会を進出してきた回教徒がモスクとして共同使用していたが、アブデラマン1世がキリスト教徒から買い取り、788年に最初の回教寺院を完成させた。その後、987年にアブデラマン2世が、961年にアルハカム2世が…と増築を重ね、長さ180メートル、幅130メートルという現在見る規模となっている。

ああここは南欧なのだ、と実感したのはコルドバにやってきて通りの並木にたわわに実っていた朱色もあざやかなオレンジだった(上の左の写真)。「どうして取って食べる人がいないの」と聞いて見ると「とても不味くて食べられない」とのことだった。
東欧では林檎の並木、洋梨の並木を見ている。世界はいろいろな所があるんだ、と納得。上の右の写真はメスキータ(回教のモスク)の西側のトリーホス通りに面した外壁のアーチと壁面装飾。

門扉のイスラム風装飾 メスキータへの入口 棕櫚の門

アブデラマン1世の身廊
棕櫚の門から中に入ったところは、メスキータの一番古いアブデラマン1世の身廊と呼ばれる778年に建造された部分。白と茶色のだんだら模様のアーチと柱のジャングルといった印象だった。また天井の装飾、窓のモダンな幾何学風模様。偶像崇拝をタブーとする故に、こうした装飾技法が発達したのだろうか。

アブデラマン1世身廊の精緻・繊細な天井の装飾

アブデラマン1世の身廊のオレンジのパティオに面した窓の格子
アブデラマン1世の身廊から奥に進むと、アルフォンソ10世により建造されたヴィリャヴィシオーサ礼拝堂や王室礼拝堂があり、メスキータの真ん中に強引にはめ込まれたようにカトテドラルがあった。

ヴィリアヴィシオーサ礼拝堂の附近

王室礼拝堂の祭壇 花弁状アーチ
ミヒラブ
ミヒラブとは、これに向かって信徒が導師(マイム)に祈りのためにぬかづく場所。ミフラブの彼方には聖地メッカがある。普通は単なる壁龕があるだけであるが、ここメスキータでは壮麗に装飾された部屋になっていて、ドーム天井も見事なもの。

ミフラブの花弁アーチ ミフラブの天井ドーム

壁面の装飾

ゴシック様式の小塔 カテドラル

マヨール小礼拝堂の祭壇 「聖母被昇天」のステンドグラス
以上でメスキータの紹介を終わり、次には花の小路、美しいパティオを紹介する。