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開業医の小児科独習法

第三章

2006.04.16. 掲載
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第三章:診療した患者から学ぶ
    1.診察について
    2.病気のいろいろ
    3.ストレス病
    4.季節病
    5.疾病の変遷


第三章:診療した患者から学ぶ

1.診察について

診察の際に泣きわめく子がいるものです。これに対して、診察する者が腹を立てて、高圧的に診察を続けることは賢いやり方ではありません。こどもは、ある日突然変わることが多いのです。それまで泣きわめき、暴れまわっていたこどもが、ある日突然お利口になるのを何度も経験しました。だから、泣き暴れる子にも腹が立たず、いつこの子はお利口になるのかというところへ関心が行きます。このようなこどもの態度に気を使われるその母親にも、「見ていてご覧、ある日から、突然いい子になるよ」と話します。

お利口になった時には、すぐ「ベタほめ」をします。製薬会社などからもらったこども用のおもちゃやシールなどがあれば、ご褒美にあげることもあります。ほめられると嬉しいのは、おとなもこどもも同じで、また、おとなにとってつまらないものでも、こどもにはとても嬉しいもののようです。

こうして、こどもと信頼関係ができると、それ以後の診療がやりやすくなるだけでなく、楽しくなり、それがますます「良循環」するという効果があります。

1)問診
小児科に限らず「診療は問診に始まり、問診に終わる」とわれるほど問診は大切です。小児科の場合、小さなこどもであれば、問診は母親とか祖母などの保護者と交わすことになります。そうすると、患者本人でないので、情報が偏る可能性があることを考慮して判断しなければなりません。

2)直感、第一印象
普通は「どうされました?」の問診から始め、診察に移りますが、診察室に入って来られた瞬間の直感、というか第一印象が大切なことがあります。それは、ただごとではない重症感で、意識がない、痙攣している、目をむいている、ぐったりしているなどです。こどもは経過が早いので、しかるべき病院へ紹介する時期をできるだけ短くする必要があります。

もう一つの大切なことは、嘔吐の気配を察知することです。こちらは、重症感がなくても、気をつけておかなければ、顔や白衣に大量の吐物をかけられることがあります。そこまでいかなくても、部屋のところ構わず突然嘔吐されると、しばし診療を中断して、掃除をしなければなりません。膿盆やビニール袋、タオルなどで被害を最小限に食い止める必要があります。

三つ目に大切なことは、疾病の傾向を察知する直感力です。例えば、ある病気、ある徴候が続くと、特定の病気の流行する前触れではないか?とか、知らない変わった徴候が続くと、新しい病気が発生したのではないか?薬の副作用では?環境のせいでは?などと、変化の傾向や異常を速やかに察知できることです。花粉症、気管支喘息、A型肝炎、インフルエンザ、食中毒、感染性胃腸炎、水痘やそのほかの伝染性疾患の流行を予測できたり、薬の副作用の早期発見につながる可能性があります。

3)視診
先に書いた「直感」というのも、その大部分は視診によるものです、それらは除くとして、小児の視診で特徴的なことは、小さなこどもの多くが診察者の目を凝視することです。じっと目をそらさず、見つめ続けられると、こちらが恥ずかしくなるほどです。この時、微笑みながら、こちらも目をそらさず、話したり診察することが大切で、これによってある種の安心感が生まれるのか、それからの診察がやりやすくなることがよくあります。

また、こどもの感染症やアレルギー性疾患では、皮膚や粘膜に発疹などの異常所見の見られることが多く、まずは、皮膚、粘膜の視診から診察をはじめます。見ただけで診断のつく病気がこどもには多いので、それらを見分けられるように、図譜などで良くマスターしておくことが重要です。

同じ病気でも、実際には千差万別の様相を呈することが少なくありません。図譜にはそれぞれの病気の典型的な写真が1〜2枚掲載されているだけのことが多く、診療には不十分のことがあります。そこで、私の医院に来られた患者さんを写真に撮って、それを整理分類すれば、診療に役立つ図譜ができることを思いつき、ポラロイドカメラを購入して、目で見て分かる疾病50種類以上の写真を、77年6月から約5年間に亘って撮影しました。その数は約800枚で、22冊の写真アルバムに整理し、診察机の前の書棚に置き、診察の際の説明によく利用してきました。この「開業医の小児科独習法」を書き終えたら、次はこの写真を整理して「開業医のための診療図譜」を作り、Webに掲載しようと思っています。

そのほか、皮膚・粘膜の視診のなかで、口腔の視診は、こどもの場合に大事な所見を得られることが多いものです。また、耳を痛がるこどもだけではなく、幼児の原因不明の発熱や不機嫌には、耳鏡を使って、鼓膜を見ると、かなりの頻度で中耳炎が見つかります。中耳炎が見つかれば、中耳炎は耳鼻咽喉科で治療を受けるべきだと思っていますので、紹介状なしで耳鼻咽喉科受診を勧めています。初診であれば、診察をしなかったことにして、耳鼻咽喉科へ行っていただくことが多いのは、急性虫垂炎の場合と同じですが、紹介をした医師からわざわざ返事をいただかなくても良いのは、中耳炎の方が多いと思います。

昔、耳鼻咽喉科の学生実習で、鼓膜を見るのに額帯鏡を使って光を鼓膜に導く方法しかなく、これがなかなか難しかったのですが、開業してからは、光源内蔵で耳内を拡大して見ることができる Welch Allyn の AudioScope を使い、鼓膜の視診が格段にしやすくなりました。

4)触診
頚部の触診は、特にこどもの診察に重要で、急性リンパ節炎はもちろん、風疹や伝染性単核症を疑わせる情報になります。風疹の場合、耳介後部や後頭部のリンパ節腫張も特徴的です。白血病でも頚部リンパ節腫張が見られます。

また、ムンプスの疑いのある場合は、下顎骨の後方から触れることで、耳下腺の軽度の腫張や圧痛を発見しやすくなります。また、左右の耳下腺だけでなく、左右の顎下腺も触診することが重要です。舌下腺が腫張することもありますが、これはまれです。

腹部の触診では、圧痛、筋性防衛、Blumberg徴候などで急性虫垂炎を疑い、先に取り上げたように61名を紹介しました。腸の蠕動運動、肝腫大、腫瘤などで重要な所見の得られることがあります。小学高学年から高校の女子の触診で、下腹部に腫瘤様のものを触知して病院に紹介して、結果は卵巣嚢腫3名、卵巣癌1名だったことを先に書きました。


「かかと落とし検査」もBlumberg徴候以外に腹膜刺激症状の有無を見る方法として併用しました。これは、爪先立ちをして、急にかかとを落とさせ、右下腹部に痛みを感じれば陽性とします。腹痛で来られた患者さんや家族に、この検査をして陽性であれば、再度来院するか病院へ行くように医学知識を教えることもよくありました。腹部の触診は素人には難しいものですが、これなら、誰でも簡単に腹膜刺激症状を調べることができるからです。

5)聴診
胸部の聴診でこどもに多い喘息や、痰が多いか少ないかなどが分かり、腹部の聴診では腸雑音が亢進しているか減弱しているか、などの情報も重要です。

6)用手検査
高熱、嘔吐、意識障害などがある場合、項部硬直やKernig徴候などの髄膜刺激症状を特に注意してきました。その結果、無菌性髄膜炎6名、髄膜炎の疑い6名を紹介しました。これらの検査手技は簡単なので、診察の際に家族にその方法を教え、これらが陽性の場合はもう一度来院するように指示してきました。

7)尿検査
血尿、蛋白尿で紹介した患者の内12名が急性腎炎でした。ほかに、ネフロ―ゼ、尿路感染症など腎尿路疾患が多くみられました。剣道部の部員が、激しい練習の後で集団で赤褐色の尿となり、横紋筋融解症によるミオグロビン尿と診断したケースが、中学生と高校生でありました。

嘔吐がある場合のアセトン血性嘔吐症や自家中毒、発熱の場合の尿路感染症、尿糖と血糖測定で見つかる腎性糖尿もまれにあり、若年性糖尿病の患者も2例紹介しました。尿ビリルビンや尿ウロビリノーゲンの異常から、血液検査をして急性肝炎(A型)で紹介した症例も3例あります。尿検査は、からだに負担がなく、診断の方向づけに役立つので、積極的に行なってきました。

8)蟯虫検査
これは、幼稚園や小学校で毎年決まった時期に行なわれ、その頃になると、蟯虫症としてどっと来院があります。駆虫薬コンバントリンの発注と、駆虫ができた証明のために蟯虫検査の準備が必要になります。

9)X線検査
肺炎などの重篤な病気の診断に一番役立つのは、成人と同じで、小児でもX線検査です。撮影して3分以内に写真やモニターでヴィジュアルな結果が得られるので有力な武器となります。しかし、小児は発育途中にあり、放射線の影響を受けやすいので、必要最小限度に抑えてきました。時には、その患者が他院でX線検査を受けて肺炎だったと聞かされ、検査をしておくべきだったかと思うこともありました。しかし、それも開業当初の頃で、親に充分説明をすることにより、そのような思いをすることもほとんどなくなりました。

10)説明
診察が終わった時、あるいは診察の途中で、病気に関するいろいろな説明をしなければならないとか、する方が望ましいことがしばしばあります。説明はほとんど言葉でしますが、言葉よりも文字で書いた方が理解されやすい場合はメモに書きます。例えば、難しい漢字の病名などがこれに当たります。図解した方が分かりやすい場合は略図を書きます。

イラストの優れた図書を使って説明することもよくあります。また、自分で撮影したいろいろな病気の写真を説明に使うこともよくあります。特に伝染性疾患では、同じ病気でも発疹などの症状が千差万別といってもよいほど異なることがあることを理解してもらうとか、時間的にどのように病気が変わっていくのか知ってもらうとか、似た病気の微妙な違いを説明する時などに頻繁に使っています。このことについては、「第四章:図譜作成で学ぶ」の項で詳しく説明します。

説明にパンフレットもよく利用します。製薬会社が持ってきてくれるものには良いものが少なくありません。しかし、自分の求めるパンフレットが無い場合もあります。そのため自家製のパンフレットをお渡しする場合もよくあります。このことについては、「第五章:説明パンフレット作成で学ぶ」の項で詳しく説明します。

11)カルテの記載
限られた時間の中で、できるだけたくさんの情報をカルテに記載するために、私は略語や略図を活用してきました。それは、患者さんとの会話(問診、説明)の時間を、できるだけ多く持ちたいためです。略語はできるだけ慣用的に用いられているものを使うことにしましたが、所見を書くにはどうしても自分が使いやすい略語を作らなければなりません。その結果、当院独自の略語を繁用することになりました。

Since this mornig he complains of fever, sore throat, and severe cogh but no sputum. He also has nausea and anorexia.

この文章を次のように略記しています。この方が簡潔で、分かりやすく、短時間で書くことができます。 Si Mo F(+) so-th(+) C(++) Sp(-) Na(+) Ano(+)

その詳細は「野村医院二十年史」に書いてあります。


2.病気のいろいろ

ここでは、毎日の診療を通じて学んだ病気の中で、印象に残るものについてまとめておきます。

1)風疹
風疹は開業当初の70年代には大流行をしました。国立感染症研究所のデータによると、それは75〜77年で、全国的流行としては過去最大の規模だったようです。77年から女子中学生に風疹の生ワクチンの定期接種が始まりましたが、それ以外の者への予防接種は行われなかったので、風疹はその後も3回の流行しています。88年に男女年少児への定期接種が始まり、94年からは男女年少児と男女中学生への定期接種に変更され、この頃から風疹の流行はなくなり、珍しい病気に変わってきました。

麻疹のところで書いたように、本年(06年)4月からは、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を1歳〜2歳までに1回、5歳〜7歳までにもう1回の合計2回接種することに変更されました。これで米国と同じ接種回数となり、麻疹と風疹の発生が減って、麻疹風疹輸出国の汚名を返上できることが期待されています。それと同時に、麻疹や風疹という病気を診たことのない医師も増えることでしょう。

風疹の発疹は麻疹のように融合することがなく、耳介後部や後頭部のリンパ節が大きく腫れるのが特徴で、血液検査では白血球減少症(顆粒球減少症)が必ずみられました。原因不明の白血球減少症に困惑して、血液内科へ紹介したところ、風疹の不顕性感染によるものであることが分かり、印象に残っています。この現象を利用して、風疹の診断の補助に使うこともありました。

麻疹、ムンプス、水痘などと同様に、風疹も中高生や大人が感染すると、ほとんどの場合重症化するのを経験しました。これは親からもらった抗体が、年齢を経るにしたがって減少するためだろうと思っています。
2)白血球減少症
小児はなるべく採血をしないようにしてきましたが、診断がつきにくい時には、やむを得ず血液検査をすることがあります。細菌性感染では白血球数は通常増加しますが、ウイルス性ではあまり増えないのが特徴です。その極端なのが風疹で、ほとんどのケースで白血球は減少します。その程度もかなり高度になることがあり、3000を切ることも珍しくはありません。開業当初はこのような症例についてかなり心配しましたが、風疹の場合は自然に回復するのを経過観察で知りました。

3)突発性発疹(突発疹)
生後5〜8カ月の乳児で、1)生まれて初めての突然の高熱と、2)熱の割りに一般状態は良く、3)2〜3日で解熱するとともに全身に風疹様の発疹が出るという症状から、最近では、この病気ではないかと尋ねてこられる母親もたくさんいます。

昔からある病気ですが、その病原体であるヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)が発見されたのは88年のことで、90年にヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)が発見され、これもこの病気の病原体であることが分かりました。だから、突発性発疹は2度罹る可能性があります。私が開業した頃は、乳児が環境に適応するための免疫反応の一種のように言われていたものです。生後10ヶ月目くらいの乳児に多かった記憶がありますが、最近は赤ちゃんも早熟になってきたのか、5ヶ月くらいでもみられるようになりました。

これらのウイルスは成人の咽頭から排出され、小児は2歳までにほぼ100%の感染を受けますが、約30%は不顕性感染とのことです。

4)インフルエンザ
<予防接種>
伝染性疾患に対する予防接種のすばらしい効果を、麻疹、百日咳、風疹で確認しました。人類の生命に対して最大の貢献をしたのは予防接種であり、それに次ぐのが抗菌薬ではないかと思えるほどです。しかし、インフルエンザの予防接種については、あまり効果が認められなかったというのが本当のところです。

私が開業したのは73年ですが、それ以前から小中学校でインフルエンザワクチンの集団接種は行なわれていました。10、11、12月は毎週何回か、どこかの学校へ当番として出かけ、全校生徒に予防接種をするため、会場となる体育館は戦場のような忙しさでした。

87年にはインフルエンザワクチンの効果がないという「前橋レポート」が報告されました。それは、インフルエンザの集団予防接種をしていない前橋市と、予防接種をしている周辺都市との、インフルエンザの流行状況に差がないというものでした。これをマスコミが大々的に取り上げ、反インフルエンザ予防接種キャンペーンをくりひろげました。そのためだと思っていますが、94年から、小中学校でのインフルエンザの集団予防接種はなくなりました。

私は最初からインフルエンザの予防接種は効果が少ないと思っていました。だから、自分も家族も、野村医院の職員の誰にも、インフルエンザの予防接種を行なっていません。それにも関わらず、開業してからの32年間で、インフルエンザに罹患した者(正確には、発症した者)は一人も居なかったのです。職員は常時6〜7人いて、延べ25名となりますが、当院在職中にインフルエンザで休んだ者がいないというのは事実です。そのことを医師会などで話すと、驚きの声が上がります。無謀なことをすると呆れている気配を感じることもあります。

予防接種をしていないのに発症しない理由として、1)誰もがインフルエンザに自然感染している、2)自然感染で得た免疫力(抗体)は、低下するスピードが非常に遅く、免疫力は長く維持されている、3)医院でたくさんのインフルエンザの患者さんに接触することにより、不顕性に感染して発症せず、それがブースター効果をもたらし、減衰し始めたインフルエンザに対する免疫力をもう一度高める効果がある、というように考えていますが、大きな間違いはないでしょう。

なぜ、インフルエンザワクチンが効かないと思ったかと言えば、予防接種を受けたのにも関わらずインフルエンザに罹患する患者さんを、数え切れぬほど診てきたからです。特に、インフルエンザが流行すると、毎年全員が予防接種を受けている小中学生の来院が一番多いのです。これをまともに考えるなら、この予防接種は効果がないと思うはずです。そういうわけで、小中学生への集団接種が廃止されたことは良いことだと思ってきました。

ところが、2000年に65歳以上の高齢者などに、インフルエンザワクチンの予防接種が再開されるようになると、マスコミはこぞってインフルエンザの予防接種を受けるよう煽るようになりました。かってはあれほど反対していたマスコミが、ワクチンそのものは本質的に何も変わっていないというのに、正反対のキャンペーンをすることに呆れます。

私は現行のインフルエンザワクチンの効果を今でも低く考えていますが、マスコミがくり返す「ワクチンは有効」のPRを信じて、予防接種を求めて多くの方が来られます。その人たちには、尋ねられれば、「自分はあまり効くとは思わないし、私も家族も職員も予防接種をして来なかったが、だれもインフルエンザに罹っていない」と答えていますが、予防接種をしない方が良いと積極的に説得することにはためらいがあります。というのは、インフルエンザの専門家が効果があると言っているのを覆す確固たる証拠を持っていないからです。「私の家族や職員が、予防接種をしていないのに、インフルエンザに罹患しなかった」というケースは、インフルエンザの予防接種が無効であるというエビデンスにはなりません。

03年末から04年春までに野村医院で診療したインフルエンザについて、まとめたものを「03〜04年のインフルエンザ」として、当院のサイトに掲載しました。そこで述べたように、患者数は159名で、予防接種を受けたのに発症した者が10名いて、そのうちの7名が1歳から12歳までの小児でした。小学生以下の小児は、成人と違って2回接種を受けているのに、これだけ多く発症しているということは、現行のインフルエンザワクチンが幼児には効果が少ないことを示していると言えましょう。これを裏付けるように、日本小児科学会は04年10月に、1)1歳末満では効果ははっきりしない、2)1歳以上6歳未満では、発熱を目安にした有効率は20〜30%である、という見解を示しました。

2回で6000円前後の費用をかけて、幼いこどもに痛い目を合わせた結果が、20〜30%の効果しかないというのに、それでも重症化を防ぐ意義があると言う議論に、私はついて行けません。

現行のインフルエンザワクチンは麻疹、百日咳、風疹、ポリオ、ジフテリア、破傷風、天然痘などのワクチンとは全く異質のワクチンで、効果も少なく、あっても半年しか持たないという代物であることについては誰も異論はないと思います。だから、別のタイプのインフルエンザワクチンの開発がなされるまでは、感染の機会を減らし、自然治癒力を高めるようにするのが正しいように私は思います。

<診断>
インフルエンザ迅速検査キットが発売されるまでは、1)突然の発症、2)38℃を超える発熱、3)かぜ症状、4)全身倦怠感、筋肉痛、関節痛等の全身症状があるという条件をすべて満たすものを、臨床的にインフルエンザと診断してきましたが、流行期であれば診断は容易でした。

<検査>
数年前にインフルエンザ抗原検出迅速検査キットが開業医でも利用できるようになり、診断が正確になりました。その上、従来の臨床症状だけで診断していた時と違って、知らなかった情報も得ることができるようになりました。それは例えば、1)A型B型の型判定ができること、2)発症早期には検査結果が陰性と出ることがあること、3)発熱がほとんどなくても検査は陽性のことがあり、不顕性感染を表しているのだろうということなどの情報です。しかし、診断が正確になることと費用対効果比で有用かどうかは別の問題だと思います。

<タミフル>
タミフルはインフルエンザウイルスを殺す薬ではなく、繁殖を抑える薬です。48時間以内に服用すると症状が軽くなり、回復が1日から2日早くなることが多いというのはほぼ間違いないでしょう。しかし、1〜2日回復が早くなるために、高価な薬を服用することが良いことかどうかは別問題です。04年までは、全生産量の約70%を日本で消費してきたとの新聞報道を読んだ時、日本はなんと強欲な国なのかと思いました。

32年間の開業医生活の中で、タミフルや迅速検査キットの出てくる数年前までも、今以上のインフルエンザの流行がありました。臨床症状からインフルエンザと診断し、タミフルなどを使わなくても、数日で治癒し、髄膜炎を併発した症例や死亡例を一例も経験していません。

<消炎鎮痛薬>
インフルエンザにかかっている患者に解熱剤を使うと脳炎・脳症になるリスクが高まるという理由で消炎鎮痛薬の使用が禁止されました。その根拠となった平成11年度厚生科学研究「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班」のデータが、厚生省の以下のサイトに掲載されています。

URLは、http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1211/h1115-1_15.html です。

これには以下のデータが掲載されています。

生存 死亡 人数 生存率 人数 死亡率 解熱剤の使用なし 47 ( 74.6%) 16 ( 25.4%) アセトアミノフェン(単剤) 51 ( 75.0%) 17 ( 25.0%) ジクロフェナクナトリウム(単剤) 9 ( 60.0%) 6 ( 40.0%) メフェナム酸(単剤) 3 ( 60.0%) 2 ( 40.0%) その他の解熱剤(単剤) 13 ( 86.7%) 2 ( 13.3%)

これをみると確かに、ジクロフェナクナトリウム(単剤)やメフェナム酸(単剤)使用の死亡率が40%で高いことは分かりますが、解熱剤使用なしとアセトアミノフェン(単剤)使用は25%で変わらず、その他の解熱剤(単剤)使用が13%と死亡率は最低です。

研究班では有意な結論は出せないとしているのにも関わらず、1)このようなわずかな症例であることと、2)その他の解熱剤(単剤)使用の死亡率が最低であることを無視して、「インフルエンザにかかっている患者に解熱剤を使うと脳炎・脳症になるリスクが高まる」とする結論を導き、アセトアミノフェン以外の解熱剤の使用を禁止してしまう厚生省と、その元になるデータを確かめることをせず、結論が独り歩きしているのを黙認している専門家に不信感が募ります。

とにかく、インフルエンザに関しては納得できないことが多くあり過ぎます。

5)日本脳炎
開業32年間で、大阪府下とか近畿で日本脳炎の発生があった報告を知りません。調べてみると、99年以降日本での発生は4例のようです。これは予防接種のおかげとされています。しかし、感染しても発症するのは1000人に1人程度であること、蚊に刺される機会が昔と比べて極端に少なくなっていることなどから、日本脳炎の予防接種についても、若干疑問を感じてきました。

この予防接種について相談を受けることが多いのですが、1)現在発生が非常に少ないこと、2)感染しても発病するのは稀であること、3)蚊に刺される機会が減ったことなどから、炎天下で猛練習など熱射病になりやすい状況でなければ、予防接種の副反応を考えると、必ずしも接種を受けなくても良いと思うと話してきました。もちろん定期接種なので、希望者には予防接種を行なってきました。

6)水痘と帯状ヘルペ ス
水痘は俗に水ぼうそうと呼ばれますが、麻疹に次いで伝染力が強く、必ずと言ってよいくらい家族内感染があります。それに対して、ムンプスや風疹は伝染力が弱く、必ずしも家族内感染はありません。潜伏期は、麻疹、風疹、ムンプスなどと同じく2週間と覚えておけばあまり違いはありません。

もう一つの特徴は、発疹を含めて症状が千差万別で、同じ家族であっても全くと言ってよいほど異なることです。時には2〜3個の水泡だけで終わり、虫刺されかと思っていると、2週間のちに兄弟が水痘になったので水痘だったと分かったり、時には天然痘ではないかと思うほど重症になることもあります。

3つ目の特徴は、全身のどこにでも発疹ができることで、頭皮とか口腔内、舌、目にもできます。頭に水泡を見つけた場合、ほとんど水痘と考えてよいと思います。結膜に出血性の水痘ができて、心配になり眼科に紹介したことがありますが、特別な治療もなかったので、それ以後は自院で診療するようにしました。

4つ目の特徴は、いろいろな段階の発疹(丘疹、水疱、膿疱、かさぶた)が混在することで、一斉にかさぶたができることはありません。

5つ目の特徴は、水泡は突然出現し、何もしなくても1日で破れることが多いということです。よく母親は「こどもが掻いて水泡を破ってしまった」と言われますが、その度にそうではないことを説明してきました。

水痘の治療では、爪を切り、手を清潔にして、掻いて化膿させないようにすることと、掻くよりは軽く叩くようにすることを親に伝えておきます。かゆみ止めに抗ヒスタミン薬、化膿防止に第1世代のセフエム系薬を投与することもあります。それは化膿すれば瘢痕が残る可能性があるからです。米国の報告で、アセチルサルチル酸(アスピリンなど)はライ症候群を引き起こす可能性がるとされ、水痘には使用禁忌となっています。

水疱にはフェノール・亜鉛華リニメント(セキアト、カチリ)という外用薬を塗布するように処方しますが、顔面などの目立つ箇所に水泡が密集している場合は、リンデロンVG軟膏を投与することもあります。この軟膏は、膿疱が非常に大きくて、あとがケロイドになるおそれがある時には、顔面以外でも、かさぶたができ始めると同時に使ってきました。

フェノール・亜鉛華リニメントは石炭酸亜鉛華リニメントとも、carbol and zink oxide liniment とも言い、同じものです。「セキアト」炭酸鉛華リニメン石亜トから、「カチリ」は carbol の zink の liniment のをつないだ略語です。面白いというか、滅茶苦茶というか、とにかく変な略語です。

数年前までは以上のような治療を行なってきましたが、最近はアシクロビルの保険適用が認められたので、重症の場合には、これを早期に使っています。

学校の出席停止期間は、すべての発疹の水泡がかさぶたになるまでで、一つでも水泡や膿疱が残っていれが出席できません。かさぶたが一斉にできるのではなく、いろいろな段階の発疹が混在しているのがこの病気の特徴なので、注意が必要です。

水痘が非常に軽い場合、2〜3年から数年のちに帯状ヘルペスが発症することがあり、数例経験しました。水痘に感染すると抗体ができますが、親からもらった抗体が多く残っていると、自分で作った抗体は少なく症状が軽く済みます。しかし、親かららった免疫(抗体)は急速に減少して行くので、自分で作った抗体が少ないと、免疫が低下してしまいます。水痘ウイルスは、感染したあと脊髄の神経節に潜んでいますが、免疫力が低下すると、抑えがとれて、帯状ヘルペスとして再び発症するのだと説明してきました。ただし、小児の帯状ヘルペスは成人と違って軽症で終わることが多く、アシクロビルを使わなければならない場合は稀でした。

水痘の予防接種は定期接種ではないので、行なっていません。インフルエンザを例外として、そのほかの任意接種の予防接種を行なわないできた理由は、1)予防接種にはまれであるとしても副反応が伴うものであり、2)それを予知する方法がなく、3)いったん重大な副反応が起きた場合は公的補償が得られないからです。この予防接種について相談を受ければ、任意接種であるため当院では行なっていないが、このワクチンの効果は、インフルエンザと違って良いように思うので、他の予防接種を行なっている病院とか小児科で相談してみるように勧めてきました。

7)ムンプス
ムンプス(流行性耳下腺炎)は俗におたふくかぜと呼ばれます。その診断は、発熱、耳下腺の腫張と圧痛、流行があれば容易です。しかし、反復性耳下腺炎と区別がつかない場合もあります。

耳下腺腫張を早期に見つけるコツは、触診のところで書いたように、下顎骨の後方から触れることで、これによって耳下腺の軽度の腫張や圧痛を発見しやすくなります。また、左右の耳下腺だけでなく、左右の顎下腺の腫張も触診することが重要で、ムンプスの場合はこの唾液腺も腫れることが多いのです。ムンプスの初期には耳下腺の腫張はなく、圧痛だけのこともあります。

ムンプスでは血清アミラーゼ値が上がりますが、これだけで膵炎の併発と診断するのは間違いで、アイソザイムを調べて、唾液腺由来か膵臓由来かの区別をする必要があります。

ムンプスは伝染力があまり強くなく、男の兄弟に感染させるつもりで一緒にしておいても、感染しないことがしばしばありました。

ムンプスもまた成人が罹ると重症化しやすいのは、麻疹や水痘、風疹などと同じで、それ以外に、思春期以降に感染すると、男子では約2割が精巣炎を併発し、その1割が不妊症になるとされています。私もこの病気に罹患した数名のお父さんを経験しました。成人女性ではまれに卵巣炎を合併することがあると言われていますが、私は経験していません。

ムンプスの予防接種も任意接種のため、私は行なわずにきました。この弱毒生ワクチンの予防接種は有効とされていますが、MMRワクチン中のムンプスワクチンにより無菌性髄膜炎が引き起こされ、これがもとでMMRワクチンが中止に追い込まれたことを考えると、勧めるわけにはいかずにきました。

ムンプスに罹患した患者と家族に対しては、髄膜炎を併発する可能性なきにしもあらずなので、過労を避け、発熱、頭痛、嘔吐があれば、髄膜刺激症状(項部硬直など)の有無を調べるように指導してきました。また、1日くらいは痛くて口が開けられないことがあること、その場合は、強く噛まずに済むものを食べること、腫れている耳下腺を暖めても冷やしてもどちらでも気持の良い方を行なえばよいと指導してきました。

8)反復性耳下腺炎
耳下腺が腫れる病気の大部分はムンプスですが、その次に多いのが反復性耳下腺炎で、この区別がつき難い場合もよくあります。この病気は感染症ではなく、10歳以下の小児に多く、繰り返すのが特徴で、ムンプスよりも軽症で経過も短い場合が多い感じがします。女児にもあると言われていますが、私の経験した十数名はすべて男児でした。

私の経験から、反復性耳下腺炎とムンプスの違いを、以下に列挙して置きます。

 反復性耳下腺炎 ムンプス 1)耳下腺の腫張  片側だけが多い 両側が多いが、片側もある 2)耳下腺の腫張  過去にもある 過去にはなし 3)耳下腺の腫張  過去も同じ側が多い 4)耳下腺の腫張  食事中に腫れることあり 食事中に腫れることはない 5)耳下腺の腫張  1〜3日で治る 5〜7日で治まる 6)耳下腺の腫張  急速のことが多い ゆっくりのことが多い 7)顎下腺の腫張  ほとんどなし 顎下腺の腫張を伴いやすい 8)発熱  なしか、微熱 高熱か、微熱 9)年齢と性別  5〜10歳の男子に多い 年齢、男女の関係は少ない 10)血清アミラーゼ  上昇なし 上昇あり 11)現地での流行  関係なし 流行していることが多い 12)他への感染  ない あり

しかし、耳下腺の腫張が片側で、過去に耳下腺の腫張の既往がなく、食事中に腫れたのではなく、腫れがわずかで、微熱がある5〜10歳の男子の場合、ムンプスか反復性耳下腺炎かの鑑別ができない場合があります。血清アミラーゼ値も必ずしも参考になりません。その場合はしばらく経過を見ると臨床的に診断可能になるものです。ムンプス抗体価を調べても良いのですが、その結果が出る頃には臨床的に鑑別できる可能性が高いと思います。

最近はエコー検査(7.5MHz以上)が鑑別に使われ始めたようです。ムンプスのエコー所見は充実性臓器所見ですが、反復性耳下腺炎では唾液管末端の拡張を示す多発性小胞状所見がみられるとのことで、将来はこのエコー検査が簡単で、苦痛なく、生体に害がなく、即刻診断でき、画像を残せるため客観性があり、有用な手段になることが予想できます。

9)溶連菌感染症
溶連菌感染症は、正式にはA群β溶血性連鎖球菌による感染症のことです。この病気は開業以前から良く知っていて、重視してきました。そのわけは、私は元心臓外科医でしたが、その当時の心臓外科の対象になる心疾患は、小児の先天性心疾患と成人の心臓弁膜症でした。戦前から開業する頃までは、心疾患と言えば弁膜症を意味するほどで、僧帽弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症、大動脈弁狭窄症、大動脈閉鎖不全症がその代表でした。これらの弁膜症はほとんどがリューマチ熱の後遺症で、その原因が溶連菌感染症であることが解明された頃でした。

しかし、一般にはそのことがあまり知られておらず、家庭医学の本にも書かれていない病気でした。患者さんに説明するために「医学豆知識」というパンフレットを77年に作りましたが、その最初の病気の話がこの「溶連菌感染症」で、77年5月9日作成の記録が残っています。そのパンフレットの内容をそのまま野村医院のホームページに掲載しましたが、ほぼ30年経った今でも通用するのではないかと思っています。

開業当初はこの病気を重視して、リューマチ熱から心臓弁膜症になることを患者さんによく説明し、ASO検査などを積極的に行ない、A群溶連菌迅速テストが発売されてからは、それもよく使ってきましたが、10年くらい前からそれを止めました。リューマチ熱は一度も経験しなかったのですが、猩紅熱でさえほとんど見られず、急性腎炎だけが少し出る程度でした。75年から93年の18年間で急性腎炎は12名ですが、最後の90年から93年の4年間では1例もありません。

戦前や戦後間もなくの頃と比べて、なぜ溶連菌感染症の合併症が劇的に減ったのかと言えば、環境の改善の他に、ペニシリン系、セフエム系の抗菌薬がひろく使われるようになったためであることに異論はないと思います。抗菌薬の使い過ぎを指摘されながら、私を含めて多くの医師は、咽頭痛など上気道炎症状がある場合に、抗菌薬なしで治療することに不安を感じてきました。ペニシリン系、セフエム系の抗菌薬の副作用が少なく、使いやすいものが多かったことも、抗菌薬に頼る傾向を助長したと思います。その結果として溶連菌感染症の合併症が激減したのだと思っています。

溶連菌は咽頭痛を起す最も頻度の高い細菌ですが、これまでペニシリンが最も効果があり、第1選択薬とされてきました。私も、小児はペニシリンアレルギーが少ないので、できるだけペニシリンを使い、ペニシリンアレルギーがあるとか、味を嫌う子とか、下痢をする子などの場合に限ってセフエム系を使ってきました。

ところが、最近米国で溶連菌性の咽頭痛に対して、セフエム系の方が効果があるという報告がありました。それによると、ペニシリン治療の25%、アモキシシリン治療の18%、古い世代のセファロスポリン系治療の14%に治療の失敗がありましたが、第3世代のセフエム系薬の治療(バナン、セフゾン)では7%だったということです。このことを知ってから、なぜ溶連菌感染症の合併症が激減したかという理由がよく分かりました。

10数年前から、溶連菌抗原を検出する迅速診断キットが発売され、一時はよく使いましたが、最近は使っていません。そのわけは、1)溶連菌性の咽頭炎は非常に多いこと、2)診断がついても治療薬はペニシリンかセフエム系薬を使うので変わらないこと、3)患児の親の出費を増やすこと、などによります。

溶連菌感染症について、笑うに笑えない矛盾を開業当初に経験しました。猩紅熱の患者を診たある医師が「猩紅熱」として保健所に届けたのです。猩紅熱は明治30年に制定された「伝染病予防法」によって法定伝染病に指定されています。届けを受けた保健所は、法律にしたがって、患者を病院に隔離し、住居を厳重に消毒しました。猩紅熱は溶連菌感染症の一部でもあり、溶連菌感染症は法定伝染病にも届出伝染病にも指定されていません。しかも、そのころ既に溶連菌感染症の治療法は確立され、ペニシリンもセフエム系薬剤も容易に使える状況であり、現実にもそれが行なわれていました。

その医師は、知らなかったのか、あるいは、現実に即していなくても法律は法律、それに従うべきであると考えたのか分かりませんが、患者とその家族、保健所にとって迷惑この上ない話でした。それ以上に、その法律が明治30年(1897年)から平成10年(1998年)まで、「101年間」も改正されることなく生き続けてきた、ということに呆れてしまいます。この「伝染病予防法」は平成10年に改正されて「感染症予防法」に改名されました。

77年に「溶連菌感染症」のパンフレットを作ったことを紹介しましたが、その中でも、猩紅熱と溶連菌感染症と法定伝染病関係の矛盾について触れています。

学校保健法では、「溶連菌感染症」は学校において予防すべき伝染病の中には、明確な規定はありません。適切な抗菌薬治療が行われれば、ほとんどの場合24時間以内に他人への伝染を防げる程度に病原菌を抑制できるので、登校登園については、流行阻止の目的というよりも、患者本人の状態によって判断すべきであると考えられます。

10)感染性胃腸炎
開業して驚いたことの一つが、発熱・咳・咽頭痛などのかぜ症状に負けないほど、発熱・下痢・嘔吐の症状で受診する小児が多いことでした。これらは俗に「腸感冒」といわれていましたが、なるほど「お腹にくるカゼ」かと納得できました。感染性胃腸炎という名前は、私が開業したころにはなく、急性胃腸炎でしたが、いつの頃からか感染性胃腸炎に代わっていました。急性胃腸炎には非感染性胃腸炎も含まれるわけですが、実際にはほとんどが感染性なので、同義語に近いと思っています。

感染性胃腸炎という病名は、多種多様な病原体によるものを包む症候群です。ノロウイルスによる流行が初冬にピークを作り、ロタウイルスの春のピークがそれに続き、腸炎ビブリオなど細菌性のものや、いわゆる食中毒によるものが夏の主な原因になっています。サルモネラによる集団食中毒も数回経験し、カンピロバクター感染症も1例経験しました。

ノロウイルス感染症
1968年に発見された「ノーウォークウイルス」は、その後「小型球形ウイルス(SRSV)」とも呼ばれていましたが、02年の夏に「ノロウイルス」と正式命名されました。ノロウイルス感染症のピークは秋から年末にかけてで、年齢は乳幼児から学童まで幅広く、成人にもみられます。フルコースでは、発熱、吐気、嘔吐、下痢、腹痛がありますが、発熱のない者、嘔吐で止まる者、下痢だけの者もあります。白色便はあまりありません。免疫はあまりできないのか、何度もくり返して感染する者もいますが、再感染では軽症が多い印象があり、不顕性感染も多いように思います。

ロタウイルス感染症
ロタウイルスは私が開業した73年に発見されました。白色下痢便が特徴で、そのため「白色下痢症」とか「仮性小児コレラ」と言われていました。ロタウイルス感染症は、ノロウイルス感染症に続いて、1月〜4月が流行のピークです。こちらは、乳幼児が罹り、5歳までにほとんどの小児が感染すると言われています。症状は発熱、嘔吐、下痢のすべてが認められることが多く、嘔吐だけとか下痢だけなどは少ない印象を持っています。

母親などにも感染しますが、軽症が多いようです。しかし、下痢をしている孫が遊びに来て、帰った後で祖父母が激しい下痢嘔吐で来院し、点滴注射をしなければならないほど脱水がひどい症例を何回か経験しました。孫と離れて暮らしているので、ロタウイルスに感染する機会がなく、免疫ができていなかったので、重症になったのではないかと考えました。

腸炎ビブリオ感染症
腸炎ビブリオは、50年に大阪市の「シラス食中毒事件」の病原菌として、阪大の藤野博士が発見した細菌です。海水中に生息し、塩分を好むという変わった特徴があり、7月〜9月が発生のピークとなる細菌性食中毒病原体の代表で、原因の食品はほとんどが魚介類です。

サルモネラ感染症
サルモネラの食中毒の集団発生を2回経験しました。一つは給食弁当、もう一つは洋菓子のシュークリームで、いずれも鶏卵が原因でした。

カンピロバクター感染症
カンピロバクター感染症も小学生で1例経験しました。原因は鶏肉だったように覚えています。この病気は腸管感染症であるのに、マクロライド系薬がファーストチョイスであることが妙に印象に残っています。

11)腸管出血性大腸菌感染症
腸管出血性大腸菌O157は、いろいろな意味で私たちに大きな影響を与えた細菌です。交野市医師会の定例理事会は毎月第1土曜に開かれます。96年7月も第1土曜日に交野市医師会の定例理事会がありました。その時、堺市でO157による小学校集団食中毒事件が進行していたのでした。

このO157感染症で受けた影響を列挙してみます。

●O157 What?
「O157」と聞いて、何それ?と手許にある最新の医学書をすべて調べてみましたが、いずれにも記載がありません。医師というプロフェッショナルでありながら、現在進行中の医療事件について何の知識もなく、一般の人と同じように新聞やTVなどマスコミの報道に頼らざるを得ないことが非常な悔しく恥ずかしい思いをしました。

●インターネットだけが情報源
O157に関する情報は、唯一インターネットだけにありました。私は当時「パソコン通信」をしていたので、有志の人がパソコン通信に流してくれたインターネットの情報を取り込んだり、インターネットに接続できる友人に頼んで、印刷してFAXで送ってもらったりして、O157の情報を入手し、それをコピーして医師会員に提供しました。

●インターネットに接続したいという強い欲求が医師会員に生じた
O157の情報がインターネットでしか得られないことを知ると、医師会員の間に、インターネットに接続したいという欲求が湧き起こり、パソコン同好会を作ろうということになりました。私がその世話人に指名され、翌8月に平均年齢60歳の中高年医師16名による同好会が発足しました。そして、翌9月には交野市医師会のホームページを開設し、全員がインターネット接続可能となりました。

●O157というこれまでに経験したことのない病原菌を知った
O157は少数の菌で感染が成立するので、食中毒の原因となった食品を決めることが難しいことを知りました。堺市の場合も、厚生省が汚染源としたカイワレ大根からO157は検出されず、汚染源は不明です。カイワレ大根業者が起した損害賠償裁判は、6年後に最高裁で勝訴しました。

また、この細菌はベロ毒素を産生し、このベロ毒素の作用により、出血性大腸炎、溶血性尿毒症症候群や急性脳症を起こすという、従来の細菌にはない性質を持っていることを知りました。

●下痢や嘔吐の治療法が変わった
O157はベロ毒素を産生するので、体内から早く排出する必要があり、下痢止め、吐気止めは使用禁忌で、抗菌薬もO157が死ぬと体内からベロ毒素が排出されるという理由から、原則使用禁止となりました。使って良いのは生菌整腸剤や乳酸菌製剤だけとなり、水分と電解質の補給のための輸液が治療の中心となりました。

この食中毒事件以来、感染性胃腸炎全般について、嘔吐は止めない、下痢も止めない、抗菌剤もO157が疑われる場合は使わないというルールができたようです。

●食中毒の原因として注意すべき食品に牛肉が加わった
これまでの食中毒の原因食品は、魚介類(腸炎ビブリオ、ノロウイルス)、鶏卵(サルモネラ)、鶏肉(カンピロバクター)が代表的でしたが、牛肉も要注意となりました。

12)咽頭結膜熱
咽頭結膜熱は、夏かぜの一つで、その名の通り、 咽頭発赤、結膜充血、発熱を3徴候とします。プールで感染することが多いことから「プール熱」とも呼ばれ、アデノウイルス感染症です。

13)ヘルパンギーナ
ヘルパンギーナは、発熱と口腔粘膜にあらわれる水疱性発疹を特徴とする夏かぜの代表的疾患です。その大多数はエンテロウイルスで、流行性のものはコクサッキーウイルス感染によるものです。突然の発熱に続いて咽頭粘膜が発赤し、口腔内、主として軟口蓋から口蓋弓にかけて直径1〜2mm 、大きいものでは5mmほどの紅暈で囲まれた小水疱が出現します。小水疱はやがて破れ、浅い潰瘍を形成し、痛みます。

まれには無菌性髄膜炎、急性心筋炎などを合併することがあると言われていますが、私は経験していません。「ヘルペス性歯肉口内炎」との鑑別は、歯肉の発赤腫張と口唇や舌、口腔内粘膜に水泡や潰瘍が認められることから、「手足口病」との鑑別では、手や足にも水疱疹があり、口腔内の水泡はヘルパンギーナよりも前方にあることから、「アフタ性口内炎」との鑑別では、発熱を伴わず、口腔内所見は舌と頬部粘膜に多いことから容易です。

14)尿路感染症と亀頭包皮炎
排尿痛や頻尿がある時には、尿検査をして膀胱炎と診断することは容易で、女児によく見られます。不明熱が続く時に尿検査をすると、膀胱炎症状がなくても尿路感染症(腎盂腎炎)の場合があります。また、男子幼児がペニスの先を赤く腫らして、亀頭包皮炎で来院することもよくあります。セフエム系抗菌薬の内服とゲンタシン軟膏を包皮の内側に塗ることで治る場合が多いのですが、再発防止のために汚い手でペニスを触らないように指導しておきます。

15)単純ヘルペスウイルス感染症
単純ヘルペスウイルスの初感染では、「ヘルペス性歯肉口内炎」になることが多く、口唇や口腔内に小さな水疱や潰瘍性病変を認め、歯肉は発赤腫張します。発熱と口内痛が強くて、経口摂取ができないほどのこともあります。多くは乳幼児が罹りますが、成人がこれに罹ると重症化することが多く、食べられないため1週間点滴注射を行なった症例を経験しました。不顕性感染もかなりあるようです。

このウイルスは、初感染後に知覚神経節に潜伏し、発熱や過労、ストレス、紫外線などの誘因によりウイルスが再活性化されて再発します。熱が出た後にみられることが多いので、俗に「熱の華」とも呼ばれます。再発の多くは口唇ヘルペスで、熱感や疼痛、違和感などを伴った比較的限局した小水疱の集団の形になります。この時期は感染力が高く、指で患部を触れると指に感染して赤く腫れて痛みます。これをヘルペス性ひょう疽と言います。だから、口唇ヘルペスの活動期には指などで触れないように指導して来ました。

アシクロビル(ゾビラックス)やバラシクロビル(バルトレックス)の内服やアシクロビル(ゾビラックス)軟膏やビダラビン(アラセナA)軟膏の塗布は効果がありますが、高価なのが難点です。

ここで、いままでに取り上げた「ヒトヘルペスウイルス(human herpes virus )」をまとめてみました。

名称 略称 正式名称 初感染 再発 ------------------------------------------------------------------------------------ 単純ヘルペスウイルス1型 HSV-1 HHV-1 歯肉口内炎 口唇ヘルペス 水痘帯状ヘルペスウイルス VZV HHV-3 水痘 帯状ヘルペス Epstein-Barrウイルス EBV HHV-4 伝染性単核症 ヒトヘルペスウイルス6型 HHV-6 突発性発疹 ヒトヘルペスウイルス7型 HHV-7 突発性発疹 ------------------------------------------------------------------------------------

16)伝染性紅斑(リンゴ病)
伝染性紅斑は、左右のほほに蝶が羽根を広げたような形の紅斑ができるのが特徴で、真っ赤なほほから、俗に「リンゴ病」とも呼ばれます。紅斑は四肢や殿部にも広がりますが、躯幹に出現するのは稀です。この病原体はヒトパルボウイルス(HPV)B19で、5年周期で流行するようです。まれに、成人も感染します。

17)伝染性軟属腫(みずいぼ)
伝染性軟属腫は、白っぽい光沢を帯びた1〜10ミリの半球状の隆起で、見るからにみずみずしいので、俗に「みずいぼ」と呼ばれます。直接または間接的な接触により、伝染性軟属腫ウイルスに感染して発症します。この病気は小児科医と皮膚科医で治療方針が異なり、学校医や園医を悩ませてきました。私は昔、出張勤務していた川崎病院の外科に、皮膚泌尿器科出身で外科の修行に来ていた先輩がいて、その先生から伝染性軟属腫を摘除する手技を習い、以来数個程度であれば自分で簡単に摘除してきました。

小児科医は、1)自然治癒する病気だから、摘除のような痛い目を合わせず放置しておくべきで、2)プールに入れないのは可哀そうだから、プール入水を許可すべきだという意見のようです。一方、皮膚科医は、1)自然治癒するかもしれないが、イボが消えるまで半年から長いもので3年もかかることもあり、2)その間、他の人に対して感染源になりうること、3)経過を見ている間にかなりの数に増えるので、数が少ない間に早めに取った方が良いと考えているようです。

私は原則的に皮膚科医の意見に賛成ですが、摘除しても周りの皮膚に感染している可能性があり、数個以上の場合はその後で数十個に増えるかも知れず、数個以上の摘除は無意味で、こどもに痛い目を負わせるだけだと思います。その場合は自然治癒を待たねばなりません。100個近くできるので俗に「百イボ」と言われるくらい多数に広がっても、ある時忽然と消えるのが特徴です。ただし、プールで裸の接触やタオルなどを介しての感染を考えると、プール入水を許可しないできました。

実際、開業当初から10年近くは「みずいぼ」真っ盛りで、2つの保育園と1つの小学校の校医をしていましたが、クラスの数名から半数近くに「みずいぼ」が見つかることがありました。しかし、ここ10年くらいの間で「みずいぼ」は激減しています。

普通のイボに使うヨクイニンの効果はあまり期待できず、硝酸銀で焼く方法は皮膚に色素沈着を残すので良い方法とは思えません。そこで、「みずいぼ」は、2〜3個程度の段階で摘除し、数個以上の場合は自然治癒を待ち、他に感染させないようにするという治療方針が、現在のところ一番合理的だと思います。

18)伝染性膿痂疹(とびひ)
私は幼稚園のころ、夏になると「とびひ」になり、海水浴をすると少し軽くなるので、母によく海へ連れて行ってもらいました。また、「テラポール」という薬を飲むと治るので、まじないのようにこの薬の名前を覚えていました。Web検索で調べると、「テラポール」は昭和12年(1937年)に第一製薬が合成した国産初のサルファ剤だそうです。私が生まれた翌年に作られたサルファ剤を、その3〜4年後からに飲んでいたのだと思うと愉快です。

伝染性膿痂疹の治療は抗菌薬の内服が一番効果があり、消毒薬や抗菌薬入り軟膏を使うよりも簡単です。第1世代のセフエム系薬ケフレックスでほとんどの場合治癒しました。外用薬は消毒用にヒビテン液、軟膏はゲンタシン軟膏か、湿疹状の場合にはこれにリンデロンの加わったリンデロンVG軟膏を使いましたが、ステロイドで感染が増悪した経験はありません。

小児の病気で「伝染性」で始まるものがたくさんあります。取り上げた順に並べると、1)伝染性単核症、2)伝染性紅斑(リンゴ病)、3)伝染性軟属腫(みずいぼ)、4)伝染性膿痂疹(とびひ)の4種類です。これらを一々正確にカルテに記載するのは時間の無駄であるだけでなく、違いの部分が直感的に分かり難いので、「伝染性」「伝」で省略し、後に続く部分を前2字のカタカナで代用して略号で記載してきました。それを順に並べると、1)伝タン、2)伝コウ、3)伝ナン、4)伝ノウ、です。IME辞書もこの略号の読みで登録してあるので、例えば「でんたん」と入力して「伝染性単核症」と変換されるので便利です。

19)破傷風
破傷風について、忘れられない二つのエピソードがあります。ある日の午後、10歳くらいの少年が「ボク死ぬ!」と言って当院へ飛び込んできました。親にも相談せず独りできたのです。事情を聞いてみると、古い釘を踏んでしまった、だから、破傷風になって死んでしまう、助けて欲しいと言います。彼は近くの団地へ引越してきたばかりでしたが、前に住んでいた守口市の小学校の同級生が、古釘を踏んで破傷風に罹り死んでしまったのだそうです。

彼の話を聞いて、こんなに小さなこどもが、正しい医学知識を持っているのに驚き、足の傷を治療した上、冷蔵庫に保管していたテタノブリンという抗破傷風人免疫グロブリンを筋注しました。その効果のせいかどうかは分かりませんが、幸い破傷風の発症はありませんでした。もうあれから30年近い歳月が過ぎています。

もう一つは、これも同じころの小学生の男児ですが、手足が硬直して痙攣すると言って父親が連れてきました。確かに四肢の強直性痙攣、躯幹の後弓反張があるようですが、すぐにプリンペランによる錐体外路症状だと診断しました。医師になったころ、破傷風の入院患者を見たことはありますが、このような生易しいものではなく重症感に圧倒されました。また、開業する前に勤めた市中病院で、四肢の強直性痙攣、躯幹の後弓反張などの症状から破傷風が疑われた患者が、プリンペランによる錐体外路症状だったことを覚えていたからです。

当時はまだナウゼリンがなく、制吐薬はプリンペランだけで、投与量が少し多過ぎたのかも分かりません。すぐに服薬を止めてもらい、間もなく治まりました。その父親は子煩悩な方でしたが、脳卒中で亡くり、その息子は大学を出て立派な社会人となって、時折来院されていました。

三種混合予防接種(DTP)や二種混合予防接種(DT)には、沈降破傷風トキソイドが含まれています。この予防接種は大切だから受けるようにと説明する時、死ぬと言って飛び込んできたあの少年のことを思い出します。

20)接触皮膚炎
小児の湿疹の中でアトピー性皮膚炎が最も多く、接触皮膚炎もかなりあります。その中で特殊な接触皮膚炎を紹介します。

一つは毛虫の毛による皮膚炎で、新緑の頃から初夏にかけて、腕や首筋に赤い小さな発赤や水泡などの皮疹で来られた場合、その多くは毛虫の毛によるかぶれです。樹の下で遊んでいたこどもが多いのですが、そうでない大人にも見られます。洗濯して干していた下着の上を毛虫が這い、その下着を着ただけでもかぶれることがあるからです。

実際に、毛虫が這っているのを見てそれを振るい落とし、その下着を着たらかぶれたという人を診療してから、毛虫の毛の猛毒?を実感しました。このかぶれた皮膚を触った手で腹や胸などを触ると、そこもかぶれるほど刺激性は強力です。だから、この時期の毛虫には要注意です。

もう一つは、カモガヤによる接触皮膚炎です。スギ花粉の時期が過ぎ、春から夏にかけてはカモガヤ花粉症の季節ですが、スギ花粉と違ってカモガヤ花粉では、接触皮膚炎や気管支喘息の原因となることがあります。

最後は、口の周りが帯状にかぶれてユーモラスな顔になる口舐め皮膚炎で、俗名を「なめかん」と言います。小学生によくみられ、この病気を知らないと「これは何?」と思いますが、舌で口のまわりをなめるために、自分の唾液でかぶれて発生します。英語でも「 lick dermatitis 」と言います。

21)アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎は内科医には手に負えない病気と思い、原因の追求や治療法の選択などを全く行なわずに来ました。診療だけでなく、保育園、小学校、高校の検診を通して診てきたアトピー性皮膚炎の印象は、

1)80年から90年前半がアトピー性皮膚炎の最盛期だった、2)最近の10年では最盛期の半数に満たない、3)最盛期には検診をした高校のあるクラスの半数近くが重症のアトピー性皮膚炎だったこともあり、成長するに従い軽症化すると言われてきた定説に疑問を感じた、4)民間療法を求めて遠くまで出かけて行くアトピー性皮膚炎の患者と家族をみてきたが、軽快したのは少なかったようだった。

そのほか、5)ステロイドの害がマスコミで喧伝されてから、何がなんでもステロイドを拒否する者も出てきた、6)母親から受けるストレスが増悪因子ではないかと思われるケースもみられた、7)厳しい食事制限をする小児科医の話を聞いて、それで本当に良いのか、あまりに単純過ぎる考え方ではないかと思った、などが頭に浮かびます。

22)蕁麻疹
蕁麻疹は小児にもよくみられますが、ここでは蕁麻疹に似た病気である「クインケの浮腫」のことを書いておきます。「クインケの浮腫」は、思い当たる原因も、何の前触れもなく、突然、口唇や瞼などが腫れる病気です。蕁麻疹と違ってかゆみはなく、また蕁麻疹よりも深いところでむくみが起きています。ほとんどが原因不明で、これまでに数例経験しました。別名を「血管神経性浮腫」「血管性浮腫」とも言います。突然口唇がいかりや長介のようになったり、突然まぶたがお岩の幽霊のようになると、本人はもちろん家族も仰天してしまいます。そこで、これは心配のいらない蕁麻疹の一種だと説明し、抗ヒスタミン剤やステロイドを投与すれば、速やかに治ります。

23)かぜ症候群
ちょっと乱暴ですが、ここでは「かぜ症候群」として、感冒、上気道炎、咽頭炎、喉頭炎、扁桃炎をひっくるめたものとします。かぜ症候群は、成人でも多い病気ですが、小児では一番多く、簡単のようでいろいろ問題もあります。それをいくつか取り上げてみます。

●かぜ症候群には抗菌薬を使わないという原則
かぜ症候群の大部分は扁桃炎を含めて、その大部分がウイルス感染とされています。ウイルス感染には抗菌薬は無効であり、細菌感染が強く疑われる症例にのみ抗菌薬を使用するようにと、昔から学者は唱えてきました。しかし、多くの臨床医は、発熱のあるかぜ症候群に対して、ためらいながらも、抗菌薬を投与してしまいます。私の場合、その抗菌薬は32年間を通してサワシリンとケフレックスのいずれかでした。もちろん、気管支炎とか肺炎の疑いのある場合はマクロライド系とか第三世代のセフエム系(セフゾン)も使いました。

小児はペニシリンアレルギーが少ないので、サワシリンをよく使いましたが、アレルギーがあるとか、下痢になる子とか、味を嫌う子などがには、ケフレックスを投与してきました。ケフレックスは非常に副作用が少ない上、細粒は味が良く、これを嫌うこどもはまれでした。

かぜ症候群の中で最も重要な細菌感染は「溶連菌感染症」ですが、これを疑う場合は、できるだけサワシリンを使うようにしてきました。先に「溶連菌感染症」のところで書いたように、最近米国で第三世代のセフエム系薬の方がペニシリンよりも効果があるという報告から、セフエム系がペニシリンに劣ることがないことを知り、ケフレックスを使って来て良かったと思っています。

臨床医が、発熱を伴うかぜ症候群に対して抗菌薬を使おうとするのは、細菌感染を否定することができず、また、合併症としての細菌感染を考慮するからだと思いますが、安全で副作用の少ない抗菌薬が使えることも大きい理由だと考えます。事実32年間の開業医生活で、これらの抗菌薬による副作用で困った経験はありません。もちろん、かぜ症候群での抗菌薬投与は短期間で、そのほとんどが3日でした。

耐性菌の発生の原因が抗菌薬の乱用によるとされている問題で、かぜ症候群に対する抗菌薬の短期投与が関与する割合は極めてわずかであり、本当の原因は別のところにあると思っています。

●保険適応病名の不備と矛盾
抗菌薬の呼吸器感染症に対する適応病名は、「咽頭・喉頭炎、扁桃炎、急性気管支炎、肺炎、慢性呼吸器病変の二次感染」に限られています。数年前までは「上気道炎」の病名でも抗菌薬の投与は認められていましたが、現在は保険組合とか国保組合の段階まで行くと「上気道炎」は適応症に入っていないとの理由でばっさり削られます。そこで、仕方なく「上気道炎」「咽喉頭炎」に変更しています。医学的には同じ内容の病名でも、その薬の適応症の名前でなければ認められないと言うわけです。保険診療だから、それも仕方がないかと諦めています。

ところが、同じ時に併用する呼吸器系の薬には「咽頭・喉頭炎、扁桃炎」は入っていないのです。例えば、ピーエルPL顆粒(幼児用)は「感冒もしくは上気道炎」、フスタゾ−ル・小児用は「感冒、急性気管支炎」、ブロチン液は「急性気管支炎」、メジコンシロップは「感冒、上気道炎」が適応症です。これらの薬を併用しようとすれば、こちらの適応症も加えなければなりません。

これまでは、医学的に内容が同じなら、病名が違っても適応症に準じて取り扱われてきたのが、最近は適応症の記載された病名以外は認めず、こちらへの問い合わせもなく、数ヶ月に遡って削ってきます。これは保険診療の欠点、不備の問題ですが、改善の余地はあると思います。

●咳嗽は多種多様である
かぜ症候群の主な症状は「発熱、咳嗽、鼻汁、咽頭痛、全身倦怠感」ですが、その中で「咳嗽」はいろいろな様相を呈します。また「かぜは万病のもと」「かぜは百病の長」といわれ、多くの病気がかぜ症状で始まり、かぜから他の病気に進展することもあります。そう言う意味で「咳嗽」という症状は、その原因において多種、性状において多様であり、これほど多種多様な様相を呈する症状は他には「疼痛」くらいでしょう。だから、臨床医にとって、この二つの症状の原因、病態生理、診断、治療に精通することが大切です。小児に限れば「咳嗽」「疼痛」よりはるかに頻度が高く多種であり、重要だと思います。

「咳嗽」について総論的にまとめてみますと、
1)「咳嗽」は本来、気道内の異物を排除しようとする合目的な生体の防衛反応である
2)だから、対症的に「咳嗽」を止めるよりも、その原因を除くことの方が大切である
3)しかし、「咳嗽」が悪循環を形成し、「咳嗽」「咳嗽」を助長し続ける場合がある
4)また、「咳嗽」が生体の防衛反応ではなく、習慣性や心因性による場合もある
5)問診、聴診、検査で「咳嗽」の原因を推定し、重大な病気を見落とさぬ必要がある
6)乾性咳嗽には、原疾患の治療とともに積極的に鎮咳薬の投与を行う
7)湿性咳嗽に鎮咳薬を投与すると、去痰を悪くし症状を増悪させることがあり、
  原疾患の治療とともに去痰薬、気管支拡張薬を投与する
8)小児は乾性咳嗽から湿性咳嗽に移行することが多い
9)長引く「咳嗽」には、マイコプラズマ感染症と慢性副鼻腔炎による後鼻漏を考える
10)上記疾患には、マクロライド系やテトラサイクリン系抗菌薬が奏功することが多い

24)気管支炎
小児は、乾性咳嗽などの「かぜ症候群」の症状に続いて、主症状が湿性咳嗽の気管支炎に移行しやすい特徴があります。小児は水気が多いため、気道分泌物の多い気管支炎になりやすいのだと思います。また、よく喘鳴が聞こえますが、これは気道分泌物の量に対して、気管支が細いために発生すると考えています。喘鳴が聞こえる気管支炎は、小児に多く、喘息性気管支炎とか喘息様気管支炎とも呼ばれます。臨床的に便利なのでよく使ってきましたが、できるだけ、気管支炎と気管支喘息は区別すべきなのかも分かりません。

25)気管支喘息
感染が引き金となって発症する気管支喘息と喘息性気管支炎との区別の難しい症例もあり、気管支喘息単独の小児患者は少なかった印象を持っています。また、気管支喘息の小児は重症化しやすく、あちこちに転医し、最後は大学病院の小児科で治療を受けたが好転しなかった症例も知っています。

気管支喘息や喘息性気管支炎には気管支拡張剤を使いますが、98年に北陸製薬から発売された「ホクナリンテープ」は、皮膚に張りつける全く新しいタイプのβ2刺激薬で、皮膚から非常にゆっくりと薬が吸収されるため、その効果は24時間持続し、副作用もわずかです。この薬は使いやすく、瞬く間に広く使われるようになりました。このような独創的発想による薬が、日本の中小メーカーで生まれたことを嬉しく思います。

26)鼻・副鼻腔炎
「かぜ症候群」の大部分はウイルス性とされていますが、ウイルス感染に細菌感染を合併すると鼻汁が膿性や粘膿性となります。小児はこのように鼻・副鼻腔炎に進展することが多く、これも「かぜ症候群」に抗菌薬を投与する理由の一つです。抗菌薬と消炎剤でほとんど治りますが、少し長引く時には、耳鼻咽喉科受診を勧めてきました。

27)口腔内疾患
口腔内疾患で一番多いのは「アフタ性口内炎」です。治療はケナログ軟膏やアフタッチ貼付錠と比べて、アフタゾロン軟膏が最も効果があり、開業直後からこれだけを使ってきました。いずれもステロイド入り外用薬ですが、ケナログとアフタッチがトリアムシノロンであるのに対して、アフタゾロンはデキサメサゾンであり、その違いが効き目に関係しているのかも分かりません。

そのほか、単純ヘルペスの初感染に見られる「ヘルペス性歯肉口内炎」や病的意味のない「地図状舌」も見られます。「鵞口瘡」にほとんど遭遇しなかったのは1歳以下の乳児を診療していないせいかも分かりません。

28)急性中耳炎
小児は中耳炎によく罹ります。耳を痛がるこどもはもちろん、幼児の原因不明の発熱の場合も必ず鼓膜を診るようにしています。そして、中耳炎であれば全例耳鼻咽喉科で診療を受けるように指導してきました。中耳炎は難治性のことが多いようなので、専門外で下手な治療はすべきでないと思うからです。


3.ストレス病

43年間医師として過ごした中で得た私の結論は「多くの病気にはストレスが関与している」ということです。小児の病気もそれは例外ではなく、ストレスが強く影響していると思われる病気の診療も行なってきました。そのいくつかを「ストレス病」というジャンルでまとめておきます。

これは正しくは「心身症」というべきですが、1)「psychosomatic disease」「精神身体疾患」と訳していたのを、「心身症」に変更してから一層分かり難くくなった上、2)「日航機墜落事故の機長は心身症」という間違った報道で、イメージが悪くなり、それなら「ストレス病」とした方が直感的に分かると思うからです。ストレスについては、その正確な定義について述べることは本文の目的ではなく、心身に影響を与える持続的、慢性的な日常生活上のできごと程度に考えています。

この病気に関与するストレスについて、1)いらいら腹立ち型のストレスと、2)不安心配型のストレスに分けて私は考えてきました。そして、かっては不安心配型が多かったのが、最近はいらいら腹立ち型が優勢のように感じています。もちろん、現実はこのように完全に2分できるものではなく、その占める割合もいろいろです。ストレスをこのような二つのタイプに分けて、それぞれが関与する病気に違いがあるという見方をする者は私の他にはいないようですが、診断と治療の実際面で有用であると思っています。

いらいら腹立ち型ストレス病:
過敏性腸症候群、神経性咳嗽、蕁麻疹、抜毛癖、肥満症

不安心配型ストレス病:
消化性潰瘍、気管支喘息、過換気症候群、神経性頻尿、円形脱毛症

混合型または分類不能ストレス病:
心因性嘔吐、片頭痛、起立性調節障害、夜尿症、心因性歩行障害


<いらいら腹立ち型ストレス病>

現代は大人もこどもも「総イライラ」の状態のようです。不満、怒り、腹立ちの感情を抑えなければならなずイライラが続くと、お腹が痛くなったり、咳がとれなかったり、蕁麻疹が続いたり、髪の毛を無意識で抜いてしまったり、絶えず何かを口にしていなければおられず、その結果として肥満症になることがあります。

1)過敏性腸症候群
成人、小児を通じて今もっとも多いストレス病は「過敏性腸症候群」です。小児の場合はこれを「反復性臍疝痛」と呼ぶこともあります。長期間腹痛があり、排便によって軽快し、何回も排便したくなり、大便は兎の糞のようにコロコロしたものから、下痢だけ、下痢と便秘のくり返しなどのように普通の便とは異なります。これはイライラ腹立ち型ストレスによって起こる病気の代表です。

こどもの場合、例えば、生徒会長や班長に選ばれた後や、学年が変わって担任の先生やクラスメートが変わったときなどになりやすい傾向があります。そのほか、いじめが関係していることもあります。

起床時から腹痛や下痢があり、親が心配して時間外に連れてきたり、救急病院を受診する者もいました。中には、いろいろな医療機関を転々として、最後は東京のある大学病院で入院して検査を受けた者もいました。

77年5月から「医学豆知識」というパンフレットを作って、患者さんにお渡しして、病気の説明に活用しました。この「過敏性腸症候群」もその一つで、83年1月に作成したものを、そのままホームページ掲載しています。その頃は「過敏性大腸症候群」と呼ばれていましたが、大腸だけではなく小腸も関与するので、最近では「過敏性腸症候群」といわれるようになりました。

2)神経性咳嗽
神経性咳嗽は心因性咳嗽とも呼ばれ、咳嗽が長引き、検査をしても器質的な呼吸器疾患が見つからず、主に日中に激しく、睡眠中は出ない特徴があります。この場合も「咳嗽」が悪循環をして、激しい咳をするからますます咳がひどくなることがあります。気管支拡張薬は無効で、強力な鎮咳薬も効果が少ない場合に、この病気を疑ってみる必要があります。その多くは、不満とかイライラを抑えている時に出る傾向があります。その原因を探り、患者や家族にそれについて説明をすることが効果のある場合もあり、抗不安薬や抗うつ薬が有効な場合もあります。

3)蕁麻疹
蕁麻疹はアレルギー性と非アレルギー性に分類されます。非アレルギー性蕁麻疹の中で、イライラ腹立ち型ストレスが発症の原因となるものも珍しくはありません。年齢や性では中年女性が一番多いのですが、年長の小児でも叱られたり、嫌なことを辛抱しなければならない状況で、手や顔に蕁麻疹が出ることがあります。この場合抗不安作用のある抗ヒスタミン薬のアタラックスがよく効きます。昔から言われている「嫌な人を見ただけで蕁麻疹が出る」というは、あながち間違いではないようです。

4)抜毛癖
抜毛癖(抜毛症)は、小学校高学年から中学生の女子にみられます。頭髪の一部が異常な形でなくなっていたり、眉毛がなくなっていたりで驚かされます。これもイライラ腹立ち型ストレスが原因と考えられ、禁止をするよりイライラ型ストレスの元になっている原因を探り、本人の気持に配慮することが大切です。

5)肥満症
小学校の検診で肥満症の小児は年々増加の傾向があり、クラスの半分近くが肥満度50%ということもあるくらいです。これにはいろいろの原因が関わっていると思いますが、その一つとして、塾通いや友人・学校関係のストレスの増加も関係があるように思います。食べることで欲求不満を解消させている面もあるようで、その治療はなかなか困難です。


<不安心配型ストレス病>

不安心配型ストレスが大きく関係する病気として、強烈な不安が続けば一晩でも十二指腸潰瘍ができて穿孔することがあると言われる消化性潰瘍が代表的ですが、不安から気管支喘息発作が起きることも、過換気症候群になることもあり、おもらしをしないかという不安から神経性頻尿になったり、大きな手術などの後では、幼児でも円形脱毛症になっていることもよく見られます。

6)消化性潰瘍
消化性潰瘍(胃・十二指腸潰瘍)は不安心配型ストレスが関与している代表的ストレス病です。開業した頃は、小児でもよくみられました。例えば、野球チームに入っている少年が、監督に厳しくしごかれて、十二指腸潰瘍になったとか、ピアノを習っている少女でレッスンが厳しく、親に叱られるのがストレスとなり、十二指腸潰瘍になった例を知っています。上腹部痛であって、空腹時痛や夜間痛が特徴で、黒色便、貧血を伴うこともあります。絶えず水を飲んでいる子が十二指腸潰瘍だったこともありました。しかし、最近はむしろイライラ腹立ち型のストレス病、特に「過敏性腸症候群」が圧倒的に多くなりました。

7)気管支喘息
気管支喘息は気管支筋収縮と気道のアレルギー炎症が主な病態ですが、ストレスにより発作が誘発されやすく、自己暗示で気管支喘息発作を起すことができる者もいます。ストレスは不安心配型が多く、発作が起きないか、死んでしまわないかという不安は、喘息の急性増悪を起こしたり、喘息が頻回に起きる誘因となることがしばしばあります。また、吸入ネブライザーを持っているだけで発作が起こらないという患者も多く診療してきました。

8)過換気症候群
過換気症候群は思春期以降の女性に多いようですが、小学6年の女児が、体育の時間に走っている途中でこの病気になり、時間外に当院へ来られたことがありました。

この病気は、息が苦しく酸素が足りない気がして不安になり、そのため、1)呼吸をし過ぎて、2)炭酸ガスが過剰に排出され、3)そのために血液が急激にアルカリ性になり、4)血液中のカルシュームが組織へ移行して、5)そのために血中のカルシューム濃度が低下し、6)その結果として、手足がしびれ、硬直し、テタニー様症状になり、7)交感神経の興奮により、カテコールアミンが分泌されて頻脈になる、などの症状を呈します。

私はこの少女のほか、成人女性で数例経験しましたが、1)病気のメカニズムを説明して不安を取り除くこと、2)絶対に死ぬことはないこと、3)呼吸の回数をゆっくりすればすぐに治まってくることを伝えること、4)不安をとるために抗不安薬の投薬や注射を行なうことで、比較的短時間に元の状態に戻りました。紙袋再呼吸法は理論的には正しいのですが、うまく説明して納得してもらわなければ、酸素欠乏感を助長する可能性があります。

9)神経性頻尿
神経性頻尿は幼児から小学校低学年児に多くみられ、尿検査に異常がないことで尿路感染症が否定され、夜間熟睡中には排尿がないことから、診断は容易です。お漏らしをしないかという不安が一番大きなストレスになっているようで、親の態度や学校での集団生活がそれを助長するようです。これは一過性で間もなく治まります。

10)円形脱毛症
不安心配型のストレスが原因と考えられる円形脱毛症は小児にも見られます。大手術のあとで円形脱毛ができている乳幼児を何人か見たことがあります。


<混合型または分類不能ストレス病>

いらいら腹立ち型ストレスと不安心配型ストレスの混合したタイプとか、それらに分類されないストレスが関与していると思われるストレス病もいくつかあります。神経性嘔吐はその代表で、両タイプのストレスで起きるほか、体質的なものもあるかもしれません。そのようなストレス病を列挙します。

11)神経性嘔吐
神経性嘔吐は心因性嘔吐とも言い、緊張や不安、抑うつなどのストレスが関与し、アセトン血性嘔吐症や自家中毒と呼ばれることもあります。

12)片頭痛
突然、拍動性の頭痛が前頭部または側頭部に起こります。時には嘔気嘔吐を伴うことがあります。小児でもかなりあり、体質の遺伝もあるようですが、ストレスがその誘因である場合もあります。

13)起立性調節障害
起立性調節障害は、心臓・血管、消化管、中枢神経を支配する自律神経の失調が原因となって生じる症状をまとめたような病気ですが、学校での友達関係、先生との関係、親子関係がうまくいかないことや、新しい環境に慣れないことなどのストレスが関与していることも多いようです。

14)夜尿症
夜尿症もまたストレスが関与している場合の多い病気だとされています。私の印象に残っている患者は、修学旅行の前に夜尿症があるので、何とかして欲しいと親が連れて来た中学3年の女生徒です。三環系抗うつ薬のトリプタノールを投与して、修学旅行は無事だったようでほっとしました。このような年になっても夜尿症が続くのかと驚いたことを覚えています。その彼女も今は同じ年頃の娘の母親となっています。

15)心因性歩行障害
幼稚園の男の子が歩けなくなったと言って母親が連れてきたので、歩かせてみると、へなへなとなり確かに歩けません。歩けないことのほかの症状は何もないのですが、重大な病気かも分からないと思って、大学病院の整形外科へ紹介したところ、器質的には異常なく、心因性歩行障害と診断され、間もなく治りました。3人兄弟の末っ子の甘えん坊でしたが、何らかのストレスから一種のヒステリーを起したのだろうと考えました。

私は医学部学生の頃からハンス・セリエのストレス学説に興味があり、田多井吉之介訳の「汎適応症候群」を読んでいました。当時は「psychosomatic medicine」「精神身体医学」と訳し、「psychosomatic disease」「精神身体疾患」と訳していましたが、いつの間にか「心身医学」「心身症」に変わっています。医師となってからも、心と病気というテーマに関心があり、病気の中にストレスの関係しているところはないかと注意する習性ができてしまったように思います。その結果得た結論が「多くの病気にはストレスが関与している」です。いつかこれをテーマにまとめたいと思っていますが、セリエがストレス学説を発表した1936年に私は生まれたのに何かの縁を感じています。

ストレス病の治療について、ストレスの原因となっているものの解明や除去が有効な場合もありますが、それができない場合も多く、むしろ対症療法の方が有効な場合も少なくありません。悪循環を断つように働きかけることで、自然治癒の機転によって良循環に向かうよう手助けすることの方が重要な場合もあります。そのためには、医師と患者との信頼関係のできていることが必須でしょう。

具体的には、受容的に話を聞くこと、病気のメカニズムを理解してもらうこと、困っている症状を軽くする対症療法を併用すること、不安を少なくするように努め、時には軽い抗不安作用のある抗ヒスタミン薬を使ってみるなどが有効なこともありました。しかし、手に負えずに無力感を味わったことも多々あります。

4.季節病

季節によって多発する病気や症状が悪化する病気を「季節病」といいます。93年に発行した「野村医院二十年史」の中で、84年の疾病統計の一つとして疾病の季節的変動を調べてみました。その結果、12疾患で春型、夏型、秋型、冬型といった傾向を認めました。それを再掲し、これに補足説明をつけておきます。

1.春型季節病
アレルギ―性鼻炎(ピークは4月)、急性気管支炎(5月)、急性扁桃炎(5月)、非定型肺炎(5月)、蟯虫症(5月)。春は花粉症の季節で、アレルギ―性鼻炎やアレルギ―性結膜炎が最も多い季節病ですが、カモガヤ花粉症では喘息性気管支炎を引き起こすこともあり、また、春から夏にかけて毛虫の毛による接触皮膚炎が毎年何例か見られます。蟯虫症が5月に集中するのは、この月に学校や保育園で一斉に虫卵検査をするためのアーティファクトです。開業当初までは、麻疹の流行期でもありましたが、予防接種の普及により、麻疹の発生は激減しました。

2.夏型季節病
急性咽頭炎(ピークは8月)、夏かぜといわれる、咽頭結膜熱、手足口病、ヘルプアンギ―ナが多発します。また、炎天下での厳しいスポーツ練習によって、運動部の中学生が熱射病でよく担ぎ込まれてきます。伝染性膿痂疹(とびひ)や食中毒も多発します。O157事件も7月でした。

3.秋型季節病
急性化膿性扁桃炎(ピークは10月)、喘息性気管支炎(10月)。朝晩が冷え込み始める頃から、気管支喘息や喘息性気管支炎が増えますが、真冬になれば減少します。ブタクサやセイタカアワダチ草の花粉症はそれほど多くありません。

4.冬型季節病
急性上気道炎(ピークは12月)、感染性胃腸炎(12月)、急性胃腸炎(12月)、インフルエンザ(1月)。冬はノロウイルス感染症、ロタウイルス感染症、インフルエンザの季節です。

5.疾病の変遷

32年間の間に小児疾患にも変動がありました。増加傾向にある疾患は、花粉症と肥満症で、はじめは成人の病気だったのが、年々低年齢化し、増加しています。反対に減少傾向にある疾患は、激減したのが、麻疹、風疹、百日咳で、これらは予防接種の功績です。予防接種をしても減らないのはインフルエンザで、この予防接種に問題があると思っています。急性虫垂炎、腸重積、熱性痙攣はなぜか減少傾向にあります。非定型肺炎が減ってきたのは良いマクロライド系薬が開発されたことや、この病気の知識が普及したことが関係するのではないかと思っています。アトピー性皮膚炎もなぜか減少傾向にあり、軽症化しているようです。


<2006.4.16.>



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