ホーム > サイトマップ > パソコン > DOS時代 > パソコン通信


パソコン通信へ、インターネットへ


目次
1.あらまし
2.NOM−BBSを開局
3.パソコン通信の大部分をNiftyで
   挨拶代わりの書き込み(私のレセコン使用法)
4.インターネット時代への移行


1.あらまし

私が大阪府医師会マイコン同好会(88年6月よりマイコンクラブ)に入会し、パソコンを購入したのが85年6月でした。88年9月にはパソコン通信のホスト局(NOM−BBS局)を開局し、府医のマイコンクラブのBBSが本格的に稼動するまでのつなぎの役目を担いました。その後、Niftyに加入し、ここでほぼ5年間にわたってパソコン通信の世界を満喫しました。

そこで、全国の医師だけでなく画像関連の専門家とも交流を深め、最新の技術を習得し、自分のオリジナルな作品を発表する喜びを堪能できました。そのほか、情報の宝庫としてのパソコン通信をしばしば活用してきましたし、電子メールという情報交換手段の便利さを実感し、何と素晴らしい時代に生きているのかと思っていたのです。

ところが、95年末にWindows95が発売され、このOSによりインターネット接続が簡単に行えるようになり、96年に入ってインターネットの普及は急速に広がりはじめました。その年の7月に堺でO−157集団感染事件が発生しました。この時、O−157に関する情報はインターネット以外には存在しなかったのです。それに対して、インターネットに接続できる方が、インターネットからO−157に関する情報をダウンロードして、それをパソコン通信に転載し、インターネットに接続する手段を持たない人たちは、そこから情報を得ていました。

このWindows95の発売とO−157事件の発生が、私たち医師にインターネット接続の必要性を強烈に認識させることとなり、パソコン通信時代からインターネット時代へと移行して行ったのです。インターネットの世界に入ってみると、クローズドなパソコン通信の世界と比べものにならない素晴らしい世界でした。そして私は、この96年8月から今日に至るまで、インターネットの世界を満喫しています。

ここに、パソコン通信の世界に入る前後の情況をBBSの記録によって、また、その世界から離れてインターネットの世界に移り住むようになる過渡期の状況をFAXとメールの記録を使って紹介します。そのいずれの場面でも、高橋 徳先生が導師として存在しています。ありがたい方です(笑)。


2.NOM−BBSを開局

大阪府医師会マイコン同好会では早くからパソコン通信の検討はしてきましたが、88年夏から自前のホスト局を持とうという機運が高まって参りました。そこで、私は88年9月29日に、SONYのIT−V1200というハードを使ってパソコン通信ホスト局NOM−BBSを開局しました。

1)開局のお知らせ

掲示板ファイル名                  :@BBS0001
タイトル                          :当BBSをこんな風に使って下さい
ユーザーID                      :NOM00000
発信者                            :野村 望
作成日時                          :88/09/29 23:16
容量(バイト)                      :1200  


       NOM−BBSをこんな風に使っていただけますか? 

1.OMMC局やHOCS局が24時間サービスになる迄のしばらくの間,会員への
  緊急伝達事項などを書き込む

2.非公開の,または個人的すぎる通信などにメールボックスを使っていただく

3.全くプライヴェートに使用する.(これががホスト局を持ちたかった最大の理由)

  当ホスト局オーナー(?)の関心のあるテーマは以下のようなものです.

  これらのテーマは特に歓迎します.

    (1)CG関係 (2)バッチプログラミング (3)CALC関係          
    (4)MS-DOS ユーティリティー (5)簡単なマシン語 (6)DTP関係  
    (7)診療補助に役立つもの (8)音楽 (9)VA(Vidual Audio)関係   

4.将来IT−V1200を使う方が多くなれば,NET WORKの一員となる   

2)開局お祝いの書き込み

掲示板ファイル名                  :@BBS0002
タイトル                          :祝 開局
ユーザーID                      :NOM00025
発信者                            :高橋 徳(TOKU)
作成日時                          :88/09/29 23:20
容量(バイト)                      :867


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆                               ☆
☆   <<<    祝 !  開局   >>>        ☆
☆                               ☆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 NETWORKERの夢であるHOSTの開局を短期間に達成された
 野村先生に祝辞と賛辞と羨望をお送り致します。

 先ほど第一回のアクセスをGUEST IDでさせて頂きました。IDとPWとを
 拝受し、オートログイン・ファイルを作りまして2度目のアクセスを
 しております。
  
 きわめて残念ながらESCのファイルを用意しませんでしたのでカラー
 でのお祝いメッセージにはなりませんでした。

 MEDICAL CG を中心に活動参加させていただくつもりです。
     今後とも宜しくお願い申し上げます。

           大阪府高槻市 高橋 徳

3)大阪メディカル通信フェストの案内

掲示板ファイル名                  :@BBS0018
タイトル                          :メディカル通信フェスティバルのお知らせ  
ユーザーID                      :NOM00025
発信者                            :高橋 徳                                
作成日時                          :88/10/03 02:10
容量(バイト)                      :2385  

大阪府医師会マイコンクラブの会員の皆様へ
        <お知らせ>
大阪におけるパソコン通信を利用している医療従事者のための会合があります。
前回は伊香保温泉で開催され全国から有志が集まりました。
下記のような公式案内メッセージがNIFTY,PC-VAN,HITO-NET,ENT-BBS,などの医療SIGに
配信されております。当日はOMCC例会の翌日でもありますが、先生方にもぜひご参
加願いたく連絡申し上げます。
(なお、本文はOMCC-BBS,HOCS,NOM-BBSに配信します。参加のご希望は各BBSにお書
 き込みください。当方で幹事に連絡致します。)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
******大阪メディカル通信フェストのご案内******
 日時:10/23(日)  12時〜16時
 場所:富士通関西ラボラトリー セミナー室
     大阪市東区城見2−2−6
     TEL:06−949−3211

  +++[JR大阪]+++++
               +
            環状線+
               +
           [JR京橋]西出口下車
             II+ プロムナードのつきあたりを左
         −−−−II+ 川を越えたつきあたりを再び左
         II−−−−+ 8階建てのビル

         II    +  (ツイン21の向側)
   ツイン21◎II●富士通+
         II関西シス+
         IIラボ  +
         II    +
         II◎ホテル  +
           ニューオータニ 

当日の予定
12:00-12:30 恒例の夢子さんによる開会宣言,自己紹介
       (注: ↑  医療情報システム開発センター社員)

12:30-14:30 NTTによるISDN入門(スライド)
       NIFによるISDNデモンストレーション
    我々ネットワーカーにとっても近い将来必要不可欠になるであろうISDN
    (INS−NET64)についてNTTから御説明をいただきついでNIF
    によりNIFTY−Serveの実験回線を使用したデモンストレーション
    を行なっていただく予定です 
14:30-15:00 医療関係BBSの紹介
15:00-16:00 懇親会兼CB大会
        (注:↑チャットの複数参加、リアルタイム通信会議の事です。)
  
  その他アマチュア無線による動画TV,FAXのデモ etc を予定しています
  たくさんの方の御参加を期待しています

なお昼食の準備はとくにしておりませんので御了承ください。
なお当日参加費を僅少集めさせていただくと思いますが宜しく御願いいたします
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

4)大阪メディカル通信フェストに参加申し込み

掲示板ファイル名                  :@BBS0019
タイトル                          :大阪メディカル通信フェストに参加したい  
ユーザーID                      :NOM00000
発信者                            :野村 望                                
作成日時                          :88/10/05 16:40
容量(バイト)                      :250   

高橋先生

10月23日(日)の大阪メディカル通信フェストに参加を希望致します.幹事の方に
ご連絡の程お願い申し上げます.パソコン通信を利用している大阪の医療従事者の方々
にお会いできるのが楽しみです.お誘いありがとうございました.10/5 野村 望

3.パソコン通信の大部分をNiftyで

上記の大阪メディカル通信フェストに参加されていたのは、NiftyのFCASE(症例研究会)というフォーラムに参加されている医療関係者が大半でした。そこで高橋 徳先生のお誘いを受け、Niftyに入会し、ここにあるFCASE(症例研究会)という医療関係者のフォーラムと、FSKY2という(すこやか村・情報館)という画像関連のフォーラムでほぼ5年間活動してきました。

1)Nifty FCASEへの最初の書き込み

268/374 MGG02232 野村 望 はじめまして
88/11/01 23:02 コメント数:2

はじめまして

私は大阪の北東部,奈良と京都に接した交野という田舎で,15年前から開業いたしております野村と申します.レセコン歴は14年,パソコン歴は3年ですが,通信歴は超マイナーなBBSを3カ月経験したばかりで,このような巨大なホスト局にアクセスをすると,目の眩む思いが致します.

昭和11年生まれ52歳です.どうかよろしくお願い申し上げます.

2)最初の書き込みへのコメントに対するお礼

272/374 MGG02232 野村 望 高橋,西野先生ありがとうございました
88/11/03 20:07 270へのコメント

高橋,西野先生 暖かいお言葉ありがとうございました.

パソコン歴3年で大したものと言って頂き,少々面食らっております.と申しますのは,医師会のマイコンクラブでこれまで一番若く,一番パソコン歴が短かったからです.この3カ月ばかりで高橋先生などが入られたので状況は少し替わりましたが....

その代わりレセコン歴は14年で,長い方だと思っております.開業歴は15年で,開業満1年目からレセコンを導入しました.こちらの方は,比較的うまく活用してきたと思っています.開業医の部屋に入れて頂いたご挨拶代わりに,私のレセコン使用法を書き込んでみたく思っています.

これまでも通信に興味はありましたが,若い子の長電話か,井戸端会議の類のように勝手に思い込み,食わず嫌いをしてきました.画像処理のコーナーなどを,ちょっと拝見しただけで「せめて1年早く通信を始めていたら,苦労をしなくて済んだのに」と少々残念な気がします.

            取り急ぎ お礼まで 11/3 野村 望

3)ご挨拶代わりの書き込み

280/374 MGG02232 野村 望 私のレセコン使用法(ご挨拶がわりに)
88/11/07 23:18 コメント数:2

ョ「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「イ・・・・・・・
、 <<  私のレセコン使用法 >> 、
カ「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「コ・・・・・・・

昭和48年9月より開業し、レセプトを家内と二人で書いてきました。しかし、こんな仕事は人間がするものではない、機械にやらせようという思いが強くなり、5月の連休の頃より、レセコンの検討をはじめ、昭和49年9月、開業して満1年目よりレセコンを使っています。その日から勤めてくれた事務員に、ぶっつけ本番で使い方を教え、その日からすぐに窓口会計をしてもらいました。彼女は現在では一番長く当院に勤めている事務員で、当院のレセコンの歴史を示す存在です。

前置きはこの位にして、私のレセコン使用法について書いてみます。

1)患者番号(カルテ番号)を一人1番号にする

カルテ番号は警視庁の指紋台帳の方法?にならって、姓と名前のそれぞれ前2字に2桁の数字を当てて4桁とします。この4桁が同じ組合せの姓名の患者に対して、00から99までの 100の数字をつけ加え、全部でカルテ番号は6桁の数字になります。

言葉で書くと難しいように感じられるかも分かりませんが、実際は簡単で、従業員はすぐに慣れてくれました。

文字と数字の対応のしかたは

ア行 カ行 サ行 タ行 ナ行 ハ行 マ行 ヤ行 ラワン行
1  2  3  4 5  6  7 8   9

例えば交野 一太郎はカタノ イチタロウだから2414になりその後に2桁の数字が付く訳です。

このようにして患者番号を一人1番号制にすると、非常に多くのメリットが出てきます。例えば、カルテやレントゲンフィルム、心電図等が、その患者の番号で時系列にしたがって並べておくだけで、整理も取り出しも簡単に行えます。

レセコンを使う上でも、まず患者を受付た時に姓名を聞いただけで最初の4桁の数字が分かるため、カルテ探しが容易になるほか、カルテ番号とレセコンの患者番号が同じものだから、別の番号台帳などが要らないので、時間の短縮が得られます。

私は開業と同時に、将来コンピュータを使うことを予想してこの方式を採用しました。

2)レセコンの操作をバ○チョン式に行えるようにする

レセコンを従業員の誰もが同じレベルで取り扱える様に工夫しました。そのためには、一定の手順を決め、特殊な便法などは使わず、言葉は悪いですがバ○チョンカメラ式にする必要があります。そのために行なっている工夫を書いてみます。

A.素人が使いやすいハードを選ぶ
キーボードの入力はパソコン歴3年の私でも不得意です。ましてメカに弱い女性で、しかも全員がパートという細切れ勤務の中で、これに慣れる様に要求するのは無理な話だと思います。

そこで採用したレセコンは、最初がIBMカードの挿入とテンキーだけで操作できるタイプのもの、2回目からはタッチするだけで項目の選択ができるセンサーパネルとテンキーの組合せの機種にしました。

B.下準備を充分にする
診療項目、病名の選択、略号、更にそれらのセンサーパネル上でのレイアウトなどを時間をかけて決めておくことが重要です。

C.操作法の手順を決める
私がレセコンを操作する場合は僅かですが、自分がまず使用法を充分検討し、これをマスターした上で、一番分かりやすく、間違いの少ない操作法を決定します。色々特殊な方法がある場合でも、原則として唯一つの方法だけを教えます。

D.カルテの記載をレセコンで入力しやすいように工夫するそれには、主として略語を活用します。

例えば
  内科再診−>内サ  コランチル−>コラン  カン−>感冒

3)レセコン操作法、カルテ記載略号などをマニュアルにする

新しい機種に変更する時にはこのマニュアルを使って説明します。これまで、新しい機種を使う前日に、機械の前で約3時間ばかり、このマニュアルに従って私が実際に操作して見せ、それで間違いがないかをインストラクターにチェックしてもらってきました。

その結果、過去に3回レセコンを新しく導入しましたが、いつも初日から従業員全員がこれを操作して窓口会計を行なうことができましした。インストラクターの立会いは何れの場合も前日に約3時間と当日に約3時間で済ませることができました。

マニュアルが使われるのは最初の間だけですが、これを作ることで問題点がハッキリするほか、従業員が家庭に持ち帰って勉強したり、新しく従業員を採用した時のテキストに役立ちます。

4)レセコンをレセプト専用機に終わらせない

レセコンをレセプトを作成する道具としてだけに使うとしたら、持っている機能の30%位しか利用していないことになります。データ入力には莫大な時間と労力が使われているのだから、これを活用しないのはもったいない話だと思います。一度入力したデータはとことん使う方針で私はこれまでやってきました。

A.窓口会計
レセプト作成に劣らぬ重要な機能は窓口会計でしょう。医院によればレセプト作成よりも重要だと思っていらしゃるところがあるかもしれません。当院では前にも述べましたようにレセコン導入の日から14年以上もこれをまず窓口会計に使い、その結果としてレセプト作成に利用してきました。

レセコンを窓口会計に使うメリットを数えあげてみますと、窓口会計の処理時間が短くなり、しかも正確さが増し、過ちの発見が容易になり、この結果がレセプト作成をはじめその他多くの業務に活用できることです。

ご参考までに当院の外来で患者さんが要する時間を書いてみますと、受付から診察、投薬、会計までを含めて1人あたりの平均は約3分です。これには投薬だけとか注射だけ、あるいは検査だけのように、診察を受けていない患者さんを含んでいます。診察時間は1人あたりが平均約6分なので、診察を受けられる人が診療関係で要する時間はおおよそ9分以下ということになります。

患者さんの待ち時間をできるだけ短くするということは、自分が待たされるのが嫌いなだけに、開業当初から心掛けてきた課題でした。それに対する極めて有力なアシスタントが、このレセコンによる窓口会計の実行というわけです。

B.日計表の作成
窓口会計が行なわれているので、その日の日計表を打ち出すことはあっけない程簡単な操作で行え、時間も1分以内で終わります。これは青色申告をしている関係から必須の業務で、毎日診療終了後に行なっています。

C.薬剤使用量の把握
これはレセプト業務が終了してから行なっています。診療行為別にデータを出すことも簡単で、以前は診察から検査までも打ち出していましたが、利用することが少ないので最近は薬剤使用量のみをプリントアウトしています。これによって薬剤購入に当たって活用できる資料が得られます。各月別の使用量の他に累積使用量を出しておけばより有用ですが、これには少しだけテクニックが必要です。

D.在庫管理
これまでに述べた業務は、レセコンに付属した機能を利用したものでした。これから後の業務はオプションで付加した機能になります。まず薬剤の在庫管理ですが、これは比較的簡単に行えます。しかし、出庫量は自動的に入力されますが、入庫量は新たにこちらで入力しなければならないのが少々面倒です。

過去に約3年間実行してみた結果の反省は、なるほど在庫管理は完全に近く行えるが、その分だけ従業員がコンピュータに頼ってしまい、自分で実際に薬剤を管理しようとしなくなることと、わざわざ入庫量を入力しなければならないのが欠点でした。

しかし、薬剤の現在の在庫量、1カ月使用量、納入価などが即座にディスプレイに表示できることは何かと便利です。

また青色申告では棚卸しが必要ですが、その計算もこの在庫管理を利用すると簡単に行えます。そのような訳でこれまで在庫管理を利用してきましたが、昨年からはパソコンに移行させました。

E.疾病統計 ある病気の患者数とか、患者番号 患者氏名 性 生年月日等のデータが毎月得られるなら、それを用いて色々な統計や分析が可能になると考えられます。大学にいた頃、学会に発表する時期になると、教室の何処かでカルテの山を積み上げている光景を目にしました。その時に、このような非生産的な方法を将来中止して、コンピュータを使ったデータ管理をするべきだと考えました。

2台目のレセコンを昭和57年に導入するに当り、是非これを実現させようとメーカーに働きかけ、このソフトを組んでくれる事を条件に購入した次第です。その結果昭和57年1月から今日まで6年10カ月間の、当院の疾病の基礎データをハードコピーの形で所有することができました。

これを使って例えば以下の様な統計を簡単に作ることが可能です

      野村医院 原発性異型肺炎患者数(昭和57年〜62年)
ョ「「「ホ「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「イ
、年 月 、 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 計、
セ「「「゙「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ニ
、 57 、 1 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2、
、 58 、 0 0 1 0 0 1 1 0 0 0 1 1 5、
、 59 、 1 2 1 0 9 5 3 2 1 2 3 2 31、
、 60 、 1 0 2 4 1 2 2 0 0 0 0 0 12、
、 61 、 4 1 1 0 0 1 0 0 0 0 0 2 9、
、 62 、 2 1 4 3 1 2 1 1 0 2 3 0 20、
セ「「「゙「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ニ
、 計 、 9 4 9 8 11 11 7 3 1 4 7 5 79、
カ「「「ヨ「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「コ

F.その他のデータ検索
(1) 同一家族のリストアップ
  電話番号をキーとして来院患者の家族全員の名前を知ることができます。
(2) 地域別患者構成
診療圏の調査などに利用できます
 (3) 診療行為による患者検索
例えばある薬剤を投薬した患者を調べることができます
 (4) 病名による患者検索
    これは E.疾病統計の一部です

5)データのバックアップを必ずとる

コンピュータの入力に必要な労力と時間は大変大きいものです。また一旦失われたデータは2度と再び手にすることができない場合もあります。だからバックアップは毎日必ずとるように習慣づけています。これは一度手ひどい被害を経験すれば身にしみて分かります。

バックアップの大切なことは分かっていても、操作が面倒であれば長続きできません。前の機種はフロッピーを2枚バックアップすればよかったので簡単でしたが、今年からは40MBのハードディスク内蔵タイプなので、これをフロッピーに落としていくのは大変です。ハードディスクは信頼性が高いといっても、もしもクラッシュした時のことを想像するとゾーとします。

そこで簡単にバックアップをとるためのトゥールが必要になってきます。現在この種のトゥールの中で一番使いやすいのは磁気テ−プによるストゥリーマでしょう。これはカセットテープと同じ形のテープで、40MBのバックアップをわずか5分間で行えて、しかも操作はボタンを1回押すだけだから簡単至極といえます。

6)毎月の全データを磁気媒体の形で保存して置く

最近のレセコンは2カ月から3カ月のデータを保持している機種が多いようです。しかしこれだけでは返戻のレセプトに対処できない場合が多く、また過去のデータを検討する場合にはまったく不充分です。最低1年間のデータをフロッピーまたは磁気テープで持っていると、必要に応じてそのデータをレセコンに戻すことによって、何時でもそのデータが発生した年月に戻ることが可能になります。

前の機種は記憶装置がフロッピーだけだったので、毎日のバックアップの他に月末にはその月の総括用にもう1組作成し、保存してきました。今年からは、これを磁気テープに変えただけで本質的には同じ事をしています。ただし今度のレセコンは常に2カ月分のデータを持っているため、1本のテープで2カ月分のデータがバックアップされているわけで、1年間のデータを保存しておくためには6本のテープで間に合います。

7)対象によってはハードコピーをしておく

磁気媒体でデータを保存しておくことは、もちろん、最も大切なことです。しかし、時々使う種類のデータは、プリントアウトして、こちらを利用する方が効率的だと思っています。このように対象に応じて使い分けをするのが実用的なのです。ただし、この場合気を付けなければいけないのは、 (1)対象とするテーマを絞ること 、(2)整理をうまくすることでしょう。

そうでなければ、打ち出された文書の洪水に溺れるだけで、骨折損のくたびれ儲け作業をせっせと行っていた事になるでしょう。

私がハードコピーの形でデータヲ持っているのは、マスターファイルのデータ、疾病統計、薬剤使用量、日計表レセプトの総括表、患者別レセプト点数表くらいです。

8)原始データを大切にする

磁気媒体だ、ハードコピーだ、といっても、それらより大切なのは原始データだと思っています。電子カルテとかICカードなどが話題になることも多いようですが、全面的にそれらに移行する等とは到底考えられません。原始データ、特にカルテは最も貴重なデータであると常日頃考え、自分なり工夫したり整理したりして、最後に頼るのはこれだと考えています。

9)肝心な所は従業員には操作させないで自分が行なう

レセコンの入力量は、受付事務員によるのが最も多く、恐らく98%以上を占めると思われます。しかし、その対象はあくまで窓口業務に関係したものに限るのです。始めにのべたように、バ○チョン化を行なった業務だけを操作してもらうわけです。危険な操作とか少し複雑な業務は私が行ないます。このように操作の面でも使い分けをするのが、うまくレセコンを使いこなす要点の一つでしょう。

10)自分用のマニュアル(メモ)を作りそれに従う

毎日行なう業務は間違うことも少ないのですが、月に1回行なう業務になると忘れることが多くなり、失敗しやすく、失敗しないまでも以前に解決済みの問題を、また始めから考えて時間を浪費することがしばしばあります。特に年をとり、記憶力が衰えてくると、その傾向が強くなります。それに対する有効な解決法は自分用のマニュアル(メモ程度でよい)を作り、それに従って業務を実行していくことです。

突発的なできごとや不調などを解決した時も同様で、メモをとっておくだけで、時間の浪費が少なくてすみます。50歳を過ぎ、時間が何物にも代え難い程貴重になってくると、その意味がお分かり頂けるのではないかと思っています。

これで一応ご挨拶代わりの書き込みを終わりにします。如何でしたでしょうか? 今回は総論的に私のレセコン使用法をまとめてみました。もし、続けて読んで頂けるのなら、次回は実際的な問題を中心に書いてみたく思っています。ご意見をお聞かせ下さい。

                      11/7 野村 望

このあと、5年近くの間にここNiftyのデータライブラリへ、医療関係の作品を44点、画像関係の作品を26点登録しました。その一部は、このサイトにも再録しています。

レセコン使用法(各論)、    医用画像独習記

実用画像通信、  BOWの98画像初心者用講座


4.インターネット時代へ移行

あらましのところでも書きましたが、私を含めて交野市医師会会員がインターネットに接続したいという強い欲求を持つことになったきっかけが、96年7月に堺市で発生したO157集団発生事件でした。その時の緊迫した状況を、高橋 徳先生と交わしたFAXとメールで記録しておきます。

1)〜4)は、高橋 徳先生にO−157に関する情報をインターネットからダウンロードして、FAXで送信して欲しいという依頼に関連した記録で、5)〜9)は交野市医師会にパソコン同好会が生まれ、野村医院のホームページに続いて交野市医師会のホームページを開設したところまでの記録です。なお、この部分は、リアルタイムにホームページに掲載した「パソコン物語」の中でも触れています。

1)FAX送信 7/24
高橋 徳先生

さて、早速ですがお願いがあります。さきほど当医師会の会長より電話があり、「O−157について阪大と市大のインターネットに情報が出ていると今朝の朝日新聞に載っていた。入手してくれないか。」と依頼されました。

しかし悲しいことに、小生のパソコンは93年で止まっていてインターネットとも無縁です。そこで先生にお願いしてみようと思いました。

 ホームページのアドレスは
 阪大 htt:www.med.oska-u.ac.ip/doc/o157.html
 市大 htt:www.hosp.msic.med.osaka-cu.ac.jp/o-157RE.htm

もしダウンしていただけるなら、ニフティーでメールいただければ有難いのですが。厚かましいお願いで申し訳ありませんが、よろしくお願い申し上げます。

                                    7/24 野村 望


2)FAX送信 7/24
高橋 徳先生

この度は突然ご迷惑なお願いをいたしましたところ、お忙しい中、早速時間をかけて大量の資料を送信下さりありがとうございました。

緊急事態が発生した時のインターネットの威力をまざまざと知らされました。インターネットを始めなければいけないような状態に小生も追い込まれた思いです。

インターネットはパソコン通信と違ってリンクというのが張り巡らされているのですね。これまでよく知らなかったのですが、面白いと思いました。小生が、あるいは交野市医師会が、ホームページを持つ時にはいろいろリンクする楽しみがありそうです。

しかし、リンクして発信する情報があるかな、と考えるとちょっと自信がありません。

                                  96.7.24.野村 望


3)FAX送信 7/30
高橋 徳先生
                                  96.7.30.野村 望

もう7月が終わろうとしています。先日は突然ご面倒なお願いを申し上げましたところ、お忙しい中にも関わらず、早速お聞き届け下さり、まことにありがとうございました。会長に手渡し、喜んでもらいました。

あのすぐ後、NIFTYのFACTIVEというボランティアのフォーラムで、東京都のHPから落としてきたというO−157に関する詳細なQ&Aを見つけました。その前には「もんじゅ」の事故に関する詳細な専門的データーが載っていました。ボランティア活動する人達が有用な情報を入手し、それを実践に結び付けていく力に驚きました。翌日、FCASEでもO−157関連情報の会議室が先生やKEN先生のお力で設けられているのを知りました。

そこに大阪市大のホームページから転載された記録が連続して載せられましたね。あれは本当に感動の記録で、大阪市大のO−157の治療チームの素晴らしさに圧倒され、興奮し、いいなあと思いました。突然降って湧いた危機的状況に置かれた時、人間はこのような行動をとることができる、若い医師たちのエネルギーのほとばしりをひしひしと感じ、羨望を覚えました。そしてインターネットやパソコン通信の威力を再確認致しました。

近いうちに小生もWIN95パソコンを購入しようと思っています。インターネットも始めよう、医師会員の中にインターネットに興味を持っている人がかなりいるようなので、同好会を作っても良い、その場合のおすすめのパソコンはCANBEだろう、これなら家族からもクレームが少ないだろう、などと考えています。


4)メール受信 8/8
野村先生、何度かFAXを頂戴していましたのにお返事が遅くなって申し訳ありません。あれから当市医師会も忙しくなり医師会事務所に日参し、時には保健所長と激論をたたかわせ、時には会長にインターネットの重要性を説き、「よその医師会の会長から先に依頼が来るとはなにごと」と詰め寄ったりしておりました。

大阪府医師会もおくればせながらインターネットにホームページを出す事になり、私と畑先生とでホームページを共同製作しました。本日8並びの大安に公開のはこびとなりましたが、昨夜はメンテナンスで半 分徹夜です。


5)メール送信 8/9
高橋 徳先生
メールありがとうございました。また、先日はご迷惑なお願いにお応えいただき、ありがとうございました。

8月3日の当医師会の定例理事会で一理事より緊急提案があり、パソコン同好会を作ること、小生にその世話役を当てることが決められました。以前から役員を免除してくれるのならお世話をしてもいいと言ってはいたのですが、今度のO−157でインターネットに接続したいという会員の願いが一気に燃え上がった次第です。

平均年齢が約60歳の全くパソコンを触ったことがない人達に、インターネットでネットサーフィンができるようにアドバイスをするということは、結果がどうなるのか今から興味津々ですし、楽しみでもありす。

理事会で決議されたので、早速CANBE Ct16をソフマップで買ってきました。そして、呆れるほど高機能で簡単なのに驚きました。WIN3.0、3.1でインストールに悪戦苦闘したことが嘘のようです。昨日の午後は休診だったので、アサヒネットとC&Cmeshの二つからインターネットに接続しました。ASAHI−NETはパソコン通信のIDとPWがそのまま使えるし、枚方にアクセスポイントがあるので毎回つながりますが、meshは5回に1回くらいで嫌になりました。

ホームページの作り方をみると、HTMLというのは簡単なテキストファイルなので、MIFESでもあらかたできそうな感じがしますが、いかがでしょうか?

とりあえず、ASAHI−NETの個人ホームページに、当院のものを作ろうかと考えています。5MBまで無料とのことです。

取り急ぎ、お礼まで                             8/9 野村 望


6)メール送信 8/15
高橋 徳先生

敗戦記念日の今日午後9時過ぎにホームページを持つことができました。

MIFESだけでやってみました。私の作った256GIFがインターネットエクスプローラーで表示できないので(FPICSからダウンしてきたツールで作った)JPEG画像にしました。

MIFESで作ったファイルの拡張子が4文字にできないので、これをECVPLUSでRENAMEするというのがちょっと面倒でした。というより3文字以上の拡張子などマック並みなことができるとは驚きでした。浦島太郎です。

一応タイムリミットに何とかできあがり、喜んでいます。明日午前5時出発で、伊豆方面へ家内の家の一族約30名とドライブ旅行に出かけます。義父88歳、未だ歯科医現役でやっています。

拙いホームページですが一度覗いてみて下さい。

http://www.asahi-net.or.jp/~mf4n-nmr/index.html

とりいそぎご報告まで。                     1996.8.15.野村 望


7)メール受信 8/16
野村 望 先生
うひゃー、さすがはBOW先生、すごいですね。
私は昨夜、琵琶湖方面から渋滞30Kmの中を帰ってきました。インターネット用のパソコンの電源がまだ入っていません。これから見にいきます。                      TOKU


8)メール受信 8/24
野村 望 先生


お返事遅くなりました。
さっそくマイコンクラブのホームページからリンクを張らせていただきました。交野市医師会のHPも頑張ってください。ただいまのところ独立したHPをもっもとも多くもっているのが大阪府です。    TOKU


9)メール送信 9/24
高橋 徳先生
                                   9/24 野村 望

ご無沙汰しています。あれからパソコン同好会の世話役でてんやわんやです。A会員35名中17名がパソコン同好会の会員になりました。全部で15台のCanbeCt16を一括購入(定価の69%)し、8月24日に最初の例会を拙宅で持ち、以後第2土曜日を例会日としています。

メンバーは全くのパソコンど素人が12名、Mac組が2名(こちらは素人ではありません)で、医師会事務所にもCanbeを入れました。

その全くパソコンを触ったことのないものの中で2名が自力でインターネットに接続しています。今月末には、パソコンの入っている15名全員にインターネット接続してもらう予定でほぼできそうな感じです。

最初の例会からまる1ケ月過ぎた今日、交野市医師会のホームページを開設しました。

アドレスは
http://www.asahi-net.or.jp/~ha2s-kk/index.html です。

ようやく交野市医師会もホームページが持てて感無量です。これもO−157の時に先生にご無理をお願いしたことが大きなきっかけとなったことを思うといつもの事ながら感謝の気持で一杯です。

野村医院のホームページは12時間ほどで作ったもので、その時は興奮しましたが、今回の当医師会のは連休の2日間をほとんどつぶして作りましたので、やったという充足感があります。

ご覧いただければ嬉しく存じます。

このようにして、O−157事件が発端となり、予期せぬスピードで、交野市医師会の中高年医師たちを、インターネットの世界へ誘い込むことに成功したのでした。本当に何が幸いするのか分からないものです。 本日、野村医院ホームページが開設9年目を迎えたのを機会に、私のパソコンの使用が、個人〜集団的な規模からパソコン通信という全国的な規模に移行した時期、そして、それがインターネットというグローバルな世界へ移行した時期という、私にとって重要な二つの移行期のできごとを再録しました。

(2004.8.15.)


ホーム > サイトマップ > パソコン > DOS時代 > パソコン通信   このページのトップへ