悪性リンパ腫診断における一次抗体と染色法の選択

 

              広島大学医学部附属病院病理部 小川 勝成
はじめに

 悪性リンパ腫の治療の決定には、免疫染色が診断に際して重要な役目を果たす検査である。現在、数社から組織検査用免疫染色キットと多種類の一次抗体が販売されている。以前よりパラフィン切片を用いた悪性リンパ腫の診断には、B リンパ球抗体のL26抗体、Tリンパ球抗体のUCHL-1抗体、MT1抗体などが診断の分類に際して多く使用されてきた。しかし、これらの抗体のみでは大別ができない悪性リンパ腫も認められている。特に最近はCD分類に沿った抗体が多く販売されており、どの様な染色法(免疫染色キット)と一次抗体を組み合わせて使用すれば良いか検討した。

 

目的

 パラフィン切片を用いた悪性リンパ腫の診断において、悪性リンパ腫マーカーとして市販されている一次抗体8種類と組織検査用免疫染色キット3種類を用いて抗体希釈におけるそれぞれの至適条件について比較検討した。

材料

 材料は、過去、広島大学医学部附属病院で採取された手術材料(消化管、脾臓、乳腺等)及び生検材料(皮膚、リンパ節等)で悪性リンパ腫(B細胞性リンパ腫、T細胞性リンパ腫及びホジキン病と未分化大細胞型リンパ腫)と診断された計45症例を使用した。固定は10〜20%ホルマリンで固定後、通常どおりパラフィン包埋後、3μmに薄切し連続パラフィン切片を作製した。

 

方法

検討1)

 まず最初に反応性病変と診断されたリンパ節切片を用いて、各種抗体の至適条件の基礎的検討を行った。使用した抗体については表(1)に示した。それぞれの一次抗体についての希釈条件は、x50、x100、x300、x500、x1000、x2000、x3000倍希釈にて比較検討し、至適条件を決定した。

 染色法としては以下の免疫染色キットを使用した。

 

  1. DAKO社のENVISION 試薬(以下ENVISION 法)
  2. Vector社の VECTASTAIN Elite ABC キット(以下ABC法)
  3. IMMUNOTECH社のUltraTech HRP Streptavidin-Biotin Universal Detection System キット(以下SAB法)

 

 前処理として脱パラフィン後、0.3%過酸化水素水で内因性ペルオキシダーゼのブロッキング処理後にL-26抗体とUCHL-1抗体以外の抗体においては賦活処理としてpH6.0, 10mM クエン酸緩衝液で2分2回のマイクロウエーブ照射を実施した。

 一次抗体は1時間、二次抗体は30分、三次試薬は30分で各反応し、用手法にて実施した。発色は、ジアミノベンチジンで5分間行い、各反応間はpH6.4のリン酸緩衝液にて10分3回の洗浄をした。

 

検討2)

 病理組織学的に悪性リンパ腫(WF分類)1)と診断された45症例を用いて、8種類の抗体を用いて免疫染色を実施した。この検討においては一定の反応条件で検討するためにサクラ社の自動免疫染色装置IHS-20を使用した。染色に際して、賦活処理は検討1)と同様にした。また、染色方法はSAB法を使用し、一次抗体は1時間(室温)、二次抗体は10分、三次試薬は10分で反応した。発色は、ジアミノベンチジンで15分間反応した。

    

結果及び考察

検討1)

 反応性病変と診断されたリンパ節切片を用いてB細胞及びT細胞の分布について各種抗体の反応性について検討した。リンパ節におけるリンパ球の分布は、一般にB細胞はリンパ濾胞の胚中心を構成し、暗殻と一次濾胞を構成するリンパ球がB細胞性リンパ球とされている。T細胞は傍濾胞領域に多く存在する2)。これらの存在部位が明瞭に観察される希釈倍率を至適条件とした。表(2)に検討別の至適希釈条件を示した。 

 

L-26抗体では、ENVISION法においては50〜1000倍希釈までの広範囲で安定した染色性がえられた。特に胚中心領域にみられるB細胞は、ENVISION法では胚中心全体が均一に強く染色される傾向にあった。ABC法及びSAB法では、clear zoneとdark zoneが区別できる明瞭な染色性であった(Photo 1)。特にABC法では500倍希釈が最も強い反応を示した。

 
CD79a抗体は、前B細胞から形質細胞までの広い範囲のB細胞を認識するとされており3)、今回の検討においても染色性はL-26抗体よりも広い分布を示した。特に、暗殻領域が強く染色され、胚中心はそれよりも弱い染色性を示した。ENVISION法では、50〜300倍希釈で強い染色性が得られた。ABC法では100〜1000倍希釈で、一方SAB法では、50〜500倍希釈で良好であった。

 

UCHL-1抗体ではENVISION法においては300〜1000倍希釈まで同等な染色性を示し、安定した結果が得られた。ABC法及びSAB法においては500〜1000倍希釈で強い染色性が得られた。T細胞はリンパ濾胞の周囲に強く染色されるが、低倍率希釈では濾胞内にも多数の陽性細胞が観察された。しかし高倍率希釈する事で、これらのT細胞は減少した。UCHL-1抗体はCD45Rに分類される抗体であり、顆粒球などとも反応するとされている1)。また、希釈倍率及び染色法により染色性に差を認める報告4)もあり注意が必要である。

 

CD3(ポリクローナル)抗体についてはABC法及びSAB法で安定した明瞭な染色性が得られた。SAB法では低倍率においては、血管及びマントルゾーン内への共染が強く観察され、300〜500倍希釈程度が良い条件と思われる。CD3抗原はTcRと複合体を形成しているのでT細胞特異抗原として有用性が高いとされている5)

 

CD8についても同様にABC法とSAB法で安定しており、明瞭に染色された。これらの抗体については、ENVISION法では反応性が弱い傾向がみられた。希釈倍率についてはABC法では、300〜1000倍希釈、SAB法では500〜1000倍希釈程度が良いと思われる。

 

MT1(CD43)抗体では、ENVISION法においては50〜100倍希釈において非常に強い染色性が得られたが、マントルゾーン内での陽性細胞も多く観察された。またMT1抗体は、未熟B細胞や組織球及び顆粒球にも反応性を示すので、T細胞の分布のバランスにおいては、300倍希釈程度が適当と思われた。

 

CD30(Ber-H2)抗体は、ホジキン病におけるReed Sternberg 細胞に特異的な抗体として報告されている8)。多数の陽性細胞を認めたホジキン病において希釈倍率の検討を実施した。低倍率においては、リンパ球においても陽性像が観察された。特にENVISION法においては300〜500倍希釈で良い結果が得られた。またABC法及びSAB法においては1000倍希釈で過染のない明瞭な染色性が得られた。CD30はトリプシン処理が必要とされているが5)、自施設では、クエン酸緩衝によるMW処理で良い結果を得ている。

 

bcl-2抗体は、濾胞性リンパ腫における腫瘍性濾胞と非腫瘍性の反応性濾胞との鑑別に有用な抗体とされている9)。検討にはニチレイ社の希釈抗体を使用した。方法別の検討では、ENVISION法においては弱い染色性であった。特に核に陽性を認めるbcl-2抗体では、ABC法で強い染色性が得られた。

 
  1. 検討2)

     検討1)において得られた希釈条件を使用して8種類の抗体を用いて病理組織学的に悪性リンパ腫と診断された45症例を用いて、免疫染色を実施した。希釈条件は、表(2)に示した。ただしbcl-2抗体はニチレイ社の希釈抗体をそのまま使用した。判定は(-,+-,+,2+,3+, )の5段階とし、-は陰性、 + は陽性、2+は強陽性、3+は更に強い反応性を示すものとした。

    (1)T細胞性リンパ腫におけるマーカーの検討

     T細胞性リンパ腫8例における検討では、UCHL-1抗体で3+を示すのは、3/8例(37%)であった。CD3抗体では、8/8例(100%)が3+の強陽性を示した。UCHL-1抗体で+であったがCD3抗体で3+を示す症例(Photo 2)が3/8症例(37%)でみられた。腫瘍細胞間に混在するL-26抗体、CD79a抗体で陽性のB細胞を少数で認めるが、散在性かあるいは集簇傾向に観察され、B細胞性リンパ腫に比べるとその判定は比較的容易であった。T細胞マーカーとしてUCHL-1抗体は、従来より特異性が高いとされている4)が、T細胞性リンパ腫の50%で陰性という報告もされている6)。その反応性が弱い場合はCD3抗体が安定しており、更に特異性が高いものと思われた。

(2)B細胞性リンパ腫におけるマーカーの検討

 B細胞性リンパ腫25症例における検討では、L26抗体で3+以上の強陽性を示す症例は12/25症例(48%)であり、CD79a抗体で3+の強陽性を示す症例は19/25症例(76%)であった。また、L26抗体とCD79a抗体の反応性を比較した場合、CD79a抗体の方が強い染色性を示した症例は16例であった。今回検討したB細胞リンパ腫25症例中、比較的多数のT細胞の混在した症例が9例あった。CD3抗体で強い反応を示す症例が8例、UCHL-1抗体で強い反応を示す症例が5例あった。しかし、これらの症例では5例は濾胞性リンパ腫と診断されており、瀰漫性中細胞型リンパ腫(DM) と瀰漫性大細胞型リンパ腫(DL)各1例においては明らかな非腫瘍性のリンパ球(T細胞)の混在であった(Photo3)。濾胞性リンパ腫と診断された5/5例(100例)においてはbcl-2抗体で腫瘍性濾胞は陽性であった。これらの結果よりB細胞リンパ腫の同定にはL26抗体よりもCD79a抗体の方が非常に有用であると思われた。また、濾胞性リンパ腫の同定には、bcl-2抗体が有用であった。

 
(3)未分化大細胞型リンパ腫におけるマーカーの検討

 未分化大細胞型リンパ腫(Ki-1リンパ腫)3例では、背景にCD3陽性のTリンパ球が観察された。CD30(Ber-H2)抗体は、3/3例(100%)で陽性であった。腫瘍細胞は不整な大型核を有し、細胞膜と胞体内のゴルジ野に陽性像が観察された。これらの腫瘍細胞には多核細胞や核分裂像もしばしば観察された(Photo 4)。Ki-1抗原は、ウイルスにより活性化された遺伝子産物とも考えられており7)、一部の非ホジキンリンパ腫においてもKi-1陽性が報告されている8)。今回検討した 非ホジキンリンパ腫においても、IBL-likeT型とImmunoblastic T細胞性リンパ腫及び菌状息肉腫等一部のT細胞性リンパ腫において陽性細胞が観察された。

(4)ホジキン病におけるマーカーの検討

 ホジキン病8例における検討では、T細胞あるいはB細胞が優位に混在する背景に、大型の核小体を有したReed-Sternberg 細胞(多核細胞)やHodgkin細胞(単核)が散在性に出現し、CD30(Ber-H2)に陽性であった。これらの細胞では、細胞膜が陽性のものとゴルジ野が陽性のものが観察された(Photo 4)。

 

免疫染色における注意点

 免疫染色全般にいえることであるが、染色態度は各種細胞によって違うので、internal control で常に確認し、抗体の希釈条件をチェックする事が必要である。特に悪性リンパ腫においては、N/C比の高い細胞が対象であるので、陽性細胞が腫瘍細胞か反応性のリンパ球であるかの判断が困難な場合もある。そのような場合には、核分裂像のみられる細胞の形質を参考にする方法も重要とされている5)。また、最後の発色については、高倍率希釈する事により反応時間を遅くすることができ、判定に余裕を持つことができる。今回の検討では、例えばL26抗体においてENVISION法では、50〜1000倍希釈と希釈倍率において幅のある許容範囲が見つかったので、希釈抗体調整において、希釈しやすい容量μl を選択できる。抗体の希釈については抗体希釈早見表を作成しておくと便利である。

 

まとめ 

染色法については、ABC 法が特異性、抗体の高倍率希釈が可能で感度においても優れていた。特にCD3、CD8、bcl-2抗体においては推奨される。次がSAB法で今回検討した抗体については感度も比較的高かった。ENVISION法は、L-26抗体及びUCHL-1抗体においては、非常に安定していたが、他の抗体においては低倍率希釈での使用が勧められる。尚、bcl-2抗体(希釈抗体)においては、染色性が弱い傾向にあった。

B細胞性リンパ腫におけるマーカーの検討では、bcl-2抗体は濾胞性リンパ腫の診断に有用であった。panB抗体としては、CD79a抗体が感度、特異性において優れていた。

T細胞性リンパ腫におけるマーカーの検討では、UCHL-1抗体よりもCD3抗体がPanT抗体としては、特異性、感度において優れていた。

CD30(Ber-H2)抗体は、ホジキン病及び未分化大細胞型リンパ腫(Ki-1リンパ腫)のマーカーとして有用であった。しかし一部のT細胞性リンパ腫においても陽性例があるので注意が必要である。

パラフィン切片を用いた悪性リンパ腫のTB分類に際しては、L26抗体、CD79a抗体、UCHL-1抗体及びCD3抗体の組み合わせが重要と考えられた。

文献 

1) 下山正徳,向井 清,菊池昌弘他:専門病理医による非ホジキンリンパ腫の病理診断とホルマリン固定標本によるTBマーカー免疫診断の一致率:LCPP(Lymphoma Clinico-pathology Panel)による共同研究. 癌の臨床 1993,39:739-763

2) 森 茂郎,山口和克:リンパ節におけるB,T領域の検討. 病理と臨床 1983,1:1503-1507

3) 田丸淳一,張ヶ谷健一:表面抗原を用いた悪性リンパ腫の診断ーREAL分類に沿ってー.  医学のあゆみ 1999,188:901-905

4) リンパ腫の免疫組織染色研究会 花岡正男,菊池昌弘,三方敦男他:パラフィン切片におけるリンパ腫の免疫組織染色 ー固定法、染色法、および市販抗体についての検討ー.  病理と臨床 1990,8:683-686

5) 佐藤雄一,古屋周一郎,向井清:悪性リンパ腫の免疫組織学的診断. 病理と臨床 1989,7:854-862

6) 三方淳男:本邦悪性リンパ腫の現状と問題点. 病理と臨床 1989,7:804-808

7) 那須 芳,山辺博彦:Ki-1リンパ腫とその周辺疾患. 病理と臨床 1989,7:840-845

8) 菅野祐幸,中塚伸一, 青笹克之:未分化大細胞型リンパ腫とホジキン病. 病理と臨床 1998,16:394-398

9) 東 守洋,石井源一郎,張ヶ谷健一:濾胞性リンパ腫の発生と遺伝子異常. 病理と臨床 1998,16:379-383

 

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